異世界と繋がっております…多分
「ギナセ中尉!あのお兄様の食べていらっしゃる揚げ物は何ですか?」
私は食堂に入るなり近くに座っていた、強面の軍人のお兄様(推定30代)の大盛り丼?を指差した。
うっかりと大きめの声で叫んでしまったので、食堂にいた軍人さん達が一斉にこちらを見てきた。食べかけていた強面のお兄様は私を見て、盛大にむせ込んでいる。
「マクバ大尉すみません……これはラトーワという大型魔獣の肉揚げです。え~と今日は、辛味風味の味付けですね」
ギナセ中尉が食堂のカウンターの横に設置してあるメニューボード?のような看板を見上げて説明してくれた。
辛味揚げ!肉ということは豚か牛に似ているのかも?ワクワクが止まらない。うちでも魔獣肉は料理に出て来るのだが…公爵家はフレンチみたいにちっちゃーーい量を上品に食べる料理がほとんどなのだ。
しつこいようではあるが、たまにはガッツリ食べたい派なのだ。
私はギナセ中尉にアレコレと聞きながら、セルフサービスの列に並んだ。あら?アイレンルーガ殿下はどちらにいらっしゃるの?
ついガッツリ飯に気を取られていて、まるっと存在を忘れていたが…食堂を見回すと、窓際のテーブルに殿下が一人で座っているのが見えた。私が見ているのに気が付いたのか、手を振ってくる元半裸、今イケメン。
「殿下は並ばずとも、特上日替わり定食と決めてますからね。いつも場所取りをお願いしているのです」
ヒルズ少佐の説明を聞きながら、何となくしょっぱい気持ちになる。殿下は決してパシリという扱いではないけれど、席取りはめんどくせーと思ってそうなこの二人の為に駆り出されていやしないかな?間接的に不敬ではないのか?と気になってしまう。
まあ…殿下は窓際でニコニコしているし、本人がいいならいいか。
さて…本日は何を食べようか…と既に食べているお兄様方のお盆を覗いたり、私の前に並んでいるお兄様が何を頼んでいるのか後ろから覗き込んで、リサーチをしていた。
よしっ!決めたぞっ…やがて私の番が来た!
「は~いお次、何にするね?」
食堂のおばちゃんに聞かれて私は迷わずに叫んだ。
「特上フレフレ肉のカリッと揚げ大盛りでお願いします!」
「ええっ?!大盛りぃ?!」
「まさかっ!」
ギナセ中尉とヒルズ少佐が驚いたような声を上げた。私達の側にいたお兄様方も「まじでっ?!」とかの叫び声を上げている。
「嬢ちゃん、大盛りなんて食べれるのかい?」
食堂のおばちゃんにまで心配された。ご心配なく…絶対に大丈夫。実はこの私の体は究極の胃下垂らしく、どんなに暴飲暴食をしてもスレンダーボディをキープしているし、いつも実家ではフレンチ料理っぽい少量サイズの食事の後、それでは足りないのでパンケーキとクッキーをドカ食いしている。それでも胃もたれしないほどの丈夫な体なのだ。
「フフ…大盛りお願いします」
私の不敵な笑いに食堂のおばちゃんはニヤリと笑い返してくれた。
私は普通の定食代、650シベルと大盛代の200シベルを足した合計850シベルを払い、調理をするおばちゃんの手元を熱く熱く、見詰めた。
「へいっ!お待ちどうっ特上フレフレ肉のカリッと揚げ大盛りだよ!」
「ありがとうございます!」
器からはみ出るくらいに盛り上がったフレフレ肉の揚げ物…!本当は白飯でガッツリ食べたいとこだけど、今日はロールパンで勘弁しておいてやろうかぁ、ああん!付け合わせのサラダも瑞々しいね。あらぁ?パンはおかわり自由?!これはいいじゃない!
私は大盛りのトレーをお盆に乗せて、席取りをしていてくれたアイレンルーガ殿下の所へと移動した。アイレンルーガ殿下は私のお盆に乗せている、揚げたてホカホカのフレフレ肉の大盛りを見て仰け反っている。
「え?え~と誰が食べるの?」
「私ですけど?」
「……」
アイレンルーガ殿下の前には食堂のおばちゃんが直接運んで来てくれた、特上日替わり定食がスタンバイしている。むうっ?良く見ると殿下の特上日替わり定食には通常の定食にはついていない、葡萄系の果物が乗っているじゃないの?もしかして特別メニュー?ズルい…王子様特権だよね?
「ちょっと…待て。フローア嬢から射殺すような目を向けられているのは気の…」
「殿下の気のせいではありませんか?ではお祈りを~日々の豊穣を糧に…」
と、笑顔で殿下の言葉をぶった切って女神に祈りの言葉を捧げてから、フレフレ肉の揚げ物にナイフを入れた。
衣がサクサクだわ…わあっ切った断面から肉汁が溢れてる…どれどれお味は…おおっお肉柔らかっ!この辛味タレ、唐辛子に似てるね~白飯欲しいなぁ…勿論ロールパンも美味しいけど、おおっこのサラダ、和風?和風なの?カツオの味しない?あ~このミルク美味しい!ココアが飲みたいなぁ~
「食べ方は上品なんだけど…口に運ぶ速度が明らかにおかしいな?」
「殿下の仰るとおりですね。しかも…おかわり自由のパンを二度取りに行ってますが…」
「ヒルズさん、フローア嬢の観察はもう止めたほうがいいですよ?彼女もう食べ終わるみたいだし…」
ヒルズ少佐はギナセ中尉に促されて急いで食事を再開している。私はチラリとアイレンルーガ殿下の定食の方を見た。果物残っている……
私のそのいやらしいぃ眼差しに気が付いたのか、アイレンルーガ殿下が目を見開いた。
「…っ!まさかフローア嬢…俺の定食も食べたいのか?!」
私の周りにいる軍人のお兄様方から、悲鳴?歓声?が聞こえた。
いやいや?そこまで大食いじゃないので………でも
「殿下、果物いらないのなら下さいな♡」
「……ぅうぷ」
私の隣に座っているギナセ中尉が胸元を押さえている。どうしたの?何かつっかえた?
私は特上フレフレ肉のカリッと揚げ大盛りと、アイレンルーガ殿下から快く頂いた葡萄に似た果物を全て腹に収めて、意気揚々と食堂を出た。
「流石にお腹が重いですね…」
「こっちは胸やけしたよ!そんな細いお腹なのにあの大盛り肉どこに行ったの?!」
私は満腹のお腹を擦りながら、ギナセ中尉のツッコミを聞いていた。
私の胃袋は異世界に繋がっている……かもしれませんね(結構本気)
「まあまあ…婚約の事で気に病むこともなく、元気そうだからいいじゃないか」
アイレンルーガ殿下がそう言って割って入ってきたけれど、婚約破棄と食欲は別腹だからね?
そう言い合いながら軍の詰所に戻って来ると、あら?私の護衛パセムとなんと公爵家の執事が第一執務室の扉の前でウロウロとしているのが見えた。
「パセム、トリゴも…どうしたの?」
パセムとトリゴは私達に気が付くと、慌てて私の前に走り込んで来た。滅多に慌てないトリゴが白髪を振り乱している、本当にどうしたの?
「大変にございます、公爵家の方にマリア=プーデ子爵令嬢が来られて…お嬢様を出せと…」
「マ…マリア=プーデ子爵令嬢が?え?なんで…」
「何故わざわざフローア嬢のご実家まで乗り込むんだ?」
アイレンルーガ殿下が、トリゴにそう聞くとトリゴは何度も唾を飲み込むと
「フローアお嬢様が…自分のことを苛めているのだと、マリア=プーデ子爵令嬢が仰っているのです」
と、一瞬理解出来ないようなことを言ってきた。え?…今なんて言った?
「トリゴ…もう一度聞くわね?マリア=プーデ子爵令嬢が何ですって?」
「はい…マリア=プーデ嬢が仰るには、ライフェルーガ殿下は既に新しい妃候補がいるそうです。イベルガ=フアライン侯爵令嬢だとか…その令嬢はフローアお嬢様がマリア嬢への嫌がらせの為に選んだと…自分を苛める為にと、マリア=プーデ子爵令嬢が申しているのです」
なんだそれは…
すると、私の横に立っていたアイレンルーガ殿下がクスクス…と笑い声をあげた。私は笑った殿下の顔を見上げた。
「フローア嬢とライフェルーガが破棄になった時点で新しい妃候補が選ばれるのなんて、分かってたことじゃないか。下位貴族の子爵令嬢であるマリア嬢は、どういうつもりでそんなことをわざわざフローア嬢に言いに行ったんだろうな~まさか妃候補の選定にフローア嬢が口を挟める権限があるとか馬鹿な妄想をしているのではないよな?」
「それが…全てはフローアお嬢様の画策だ…とかなんとか言って騒いでおられまして…私が屋敷を出る段階ではうちの私兵と警邏にも連絡をして、お帰り頂こうとしてはいました」
トリゴはハンカチを取り出して額の汗を拭っている。
しかし、うちの実家に何してくれてるのよ?お門違いもいいとこじゃない…
「う…ん、しかし参ったな、そんな方向性の攻め方をしてくるとは予想外だな。やっぱりバ……は読み辛いな」
アイレンルーガ殿下?今、馬鹿と言いかけましたか?
アイレンルーガ殿下は困ったな~と言いながら顎を擦っている。
「ライフェルーガが破棄を言い出すことは予想していたから、事前に、国王妃にもお伝えしていたんだよ」
まあ、国王妃に…それで?
「国王妃は王族に見合う家格の令嬢を探しているらしかったね…あの方も家柄重視の方で口うるさ……だしね~マリア嬢はフローア嬢がいなくなったら直ぐに王子妃になれるとでも思ってたのかな?まあ精々ライフェルーガと二人で足掻けばいいじゃないか…フフ」
元、半裸。今、腹黒。
爽やかだと思っていたアイレンルーガ殿下は黒い笑みを浮かべておいでです。
フローアの胃袋は異世界と繋がっている……かもしれません