二次元の生き物
まったり更新でお待たせしてすみません。少しを加筆加えております。
怒涛の一日だった。
婚約破棄からアイレンルーガ殿下の事務官になっちゃった…
私は公爵家の屋敷に戻った。すぐに簡素なドレスに着替えて、借りてきた城のメイドの制服を洗濯して…とメイドのミナに渡しながら
「貸して頂いた女官の方にお礼を差し上げなくてはね、焼き菓子でいいかしら?」
と聞くと、ミナは嬉しそうに微笑んで頷いた。
「服をお返しする時に一緒にお渡し致します」
ミナに任せておけばTPOに沿った抜群のお菓子を準備してくれるので、制服の件はOKと…
「さて…この後の問題は…」
まずは両親…ゼルベデシ公爵夫妻に婚約破棄のご報告をしなくては…と先触れをお願いしてからお父様の執務室に向かった。
執務室には既にお母様もスタンバイしていた。両親の表情は至って普通だ…あれ?
「どうやら今日、ライフェルーガ殿下から婚約破棄を申しつけられたみたいだね?」
お父様…もう少し包んだ言い方して欲しいよ。でも驚いていないのね?お母様の顔を見た。
お母様も頷きながら笑顔を浮かべている。怒ってないね?
「アイレンルーガ殿下から近いうちに婚約破棄へと動くだろう…とは聞いていたの」
なるほど……私がアイレンルーガ殿下にご相談した時にすでに殿下は両親にも話を付けてくれていたのか…
お父様は何度も頷きながら、話を続けた。
「国王陛下からも…婚約破棄の件で謝罪と醜聞が広まらないように善処する…とのお言葉を頂いているので、心配する必要は無いよ」
陛下まで?!
どうやら王族の方々に前から根回し?をされていたようだ。婚約破棄に関してはもう散々泣いたし…マリアとそういう仲だと気が付いた時に怒りや悲しみで嘆いたものの…それが過ぎれば後はライフェルーガ殿下は過去の人になりつつある。
「アイレンルーガ殿下に事務官として取り立ててもらったのよね?」
「はい、お母様」
私が力強く頷くと、父も母も安心したような表情を浮かべている。
「頑張ってね」
「アイレンルーガ殿下に良く仕えなさい」
「はい…お母様、お父様…」
両親からはお咎め無しだった。怖いくらい順調に進むな~と思いながら自室に帰った。
さて…明日から本格的に事務官としての仕事を始める。私にも制服が欲しい所だが…我儘は言えない。取り敢えず、持っているドレスの中で袖が邪魔にならずに動きやすい地味色のドレス数着を暫く着回そう。
明日持って行くものの準備をしてから、今日は早めに就寝することにした。
◇ ◆ ◇ ◆
目覚めは最悪だった。夢でライフェルーガ殿下に婚約破棄を言いつけられる場面を再び見てしまったからだ…やはり私なりに覚悟していたとはいえ、ショックだったみたいだ。
それもそうか…前世でも婚約破棄なんてなったこと無いし、ましてやお付き合い?している男性から二股をされて嫌味を言われるなんて、されたこともない。
こんな経験そうあってたまるかって…
今日から朝夕の送り迎えだけにミナとパセムが付いて来てくれることになった。
「お嬢様こんなに早い時間から王城に向かうのですか?」
ミナは不思議そうな顔で馬車で私と対面に乗っている。因みにパセムは御者席だ。
「私は新人事務官だもの、一番先に執務室に入ってお掃除して…少しでも早く仕事を覚えなければいけない立場なのよ」
私がそう前のめりに説明していてもミナは、はぁ…と生返事しか返してくれない。まあね、分かるわよ?公爵令嬢が新人が~とか仕事が~とかに熱心になることは常識外れだものね。
国王陛下に任命された仕事だもの、任される限りは…頑張りたいじゃない?
という訳で一番乗りで第一執務室に入った。あ…籐籠の『急ぎ』の書類が片付いている!もしかして私が帰った後にアイレンルーガ殿下が片付けてくれたのかな…
「そうだわ、お茶を入れましょう」
私は社会人の時を思い出し、ここには給湯室…はないけれど、執務室の隣の準備室を覗いてみた。あ!ミニキッチンがある!イソイソと準備室に入ると魔力コンロの上に備え付けられている釣り棚の扉を開けた。
あ、茶葉の缶があるわ…おおっコロ茶だ。これダージリンティーに似ているのよね。茶葉の缶を開けて香りを確かめてからコンロの下の棚からヤカンを取り出した。
世界変われど、キッチン用品の置き場所は共通しているみたいだ。砂糖は…無いね。アイレンルーガ殿下にお願いしてミルクと砂糖は常備させてもらおう。
たまにはミルクティーを飲みたい派なのだ。
「え~とお茶は殿下でしょ?ヒルズ少佐にギナセ中尉…私…他にもいらっしゃるのかしら?」
「いや、執務室には4名だね」
「…!」
急に後ろから声をかけられて驚いて後ろを見た。
声の主はアイレンルーガ殿……下ぁぁぁああああ?!
朝の光を浴びて、何故か半裸のアイレンルーガ殿下が準備室の戸口に格好良く凭れて立っていた。
重要な事なのでもう一度言うと、深紅色の髪を艶やかに纏い、覗く瞳は夜の帳のような濃紺色…瞳を覗き込めば虹彩の加減で瞳の奥に星が輝いているように見える神秘的な瞳の殿下が戸口に凭れて立っていた。
半裸の衝撃で長く語ってしまったけれど、もっと簡単に言うとアイレンルーガ殿下は限りなく二次元寄りの辛うじて現実世界に存在している、美の結晶だということだ。
その美の結晶が何故半裸?!どうして半裸?殿下の素晴らしい筋肉が惜しげもなく私に晒されている。
「…で…」
「おはよ♡フローア嬢」
「ぉ…はようごじゃいまじゅ……」
動揺して噛みまくってしまった……
前世を跨いでこんな至近距離で綺麗な若い男性の筋肉とご対面したのはほぼ初めてなのだ。そりゃ海にいけば半裸の男の人なんて沢山いたけれど、私の周りには二次元的な生き物?は断じて存在していなかった。
「殿下、なぜ半裸なのぜじゅか?」
またまた噛んでしまった……しかしアイレンルーガ殿下は噛み噛みの私の言葉を正確に聞きとってくれたようで
「書類仕事が溜まってくると、自室に戻るのも面倒でここに泊まり込んでいるんだ。というか、もうすでにここに住んでいると言ってもいいかも…」
アイレンルーガ殿下はそう言って、執務室の横の扉を指で指した。あそこに仮眠室?のような部屋があるのね。
「殿下…」
そんな状態になってまでお仕事をされているなんて…なんという社畜魂…!この場合は城畜魂っ!
アイレンルーガ殿下は寝起きの気だるげな眼差しを私に向けて来られた。朝から色っぽい…
「もう一眠りしようかな~フローア嬢も一緒に寝る?」
「結構です!」
脊髄反射でNOを叩きつけたけど…アイレンルーガ殿下ってこんな軽口を叩く人だったのね。
「アハハ…振られちゃった~お茶入れてくれるの?お願いね」
と言いながら半裸様は仮眠室?に戻って行った。一体なんなの?半裸を見せに来たの?
その後…何とかお茶を入れると、着替えて執務室に戻って来たアイレンルーガ殿下にお茶をお出しした。
「フローア嬢は茶を入れることが出来るのだな…」
ああ、しまった。また公爵令嬢なのに……でももういいか。取り繕ったってもう王子妃でもないしね。
「お茶を入れるのは趣味です」
「趣味…」
「はい、趣味です」
趣味で押し切ろう…今後ついうっかり異世界の知識を出してしまった時は「本で見た」と「趣味」が便利ワードとして大活躍しそうだと思った。
そして就業時間前にヒルズ少佐とギナセ中尉も来られたので、お茶をお出しして本日の業務を開始した。
「腹減った……」
お昼前…仕事の雰囲気をぶち壊す言葉をアイレンルーガ殿下が呟いた。
「殿下、朝食食べてないのですか?」
ヒルズ少佐が首を傾げている。
そう言えば…執務室に泊まり込んでいる時は朝食どうされていたのかな?
「今朝は…まあ…食べ損ねて…」
何故だか私をチラチラと見てくる半裸殿下。別に私は殿下が朝食を食べることを邪魔したりしてませんよ?
「あ~でしたら、昼食を早めに食べましょうか?フローア嬢は軍の食堂で食べた事ないよね?」
「ないです!」
ギナセ中尉に聞かれてつい張り切って答えてしまった。私、今まではお昼はメイドのミナが持って来てくれるお城の配給?ランチを頂いていたからね。
しかもその昼食って…お洒落なヨーロピアンスタイルの食事なのよね、つまり量が圧倒的に少ないのよ。
かつ丼食べたい!カレーライス大盛り食べたい!特盛海鮮丼が食べたい!
きっと軍の食堂ならお昼からガッツリメニューがあるはずよね?楽しみ~どんなのかしら?
私は浮き立つ気持ちを抑えきれずに、ニマニマ笑いながら執務室の皆様と共に食堂に向かったのだった。