昏倒を誘う女
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お忍びから帰ってきて、ビアンレア公国の客間でのんびりしていると、アイレンルーガ殿下が訪ねて来てくれた。
「調べてきたよ、マリア=プーデ元子爵令嬢の遠い親戚のリルワンド伯爵がこのビアンレア公国にいるね。恐らくその方を頼りにこちらにやって来て、上手く伯爵家の養女に潜り込めたみたいだね」
言い方!アイレンルーガ殿下の言い方!
「養女になられたのなら、そこでゆっくりと過ごさればいいのに…」
私の座るソファの横に腰を下ろしたアイレンルーガ殿下は苦笑いを浮かべている。
「以前もライフェルーガの継承権の放棄の時に、王族になれないなら意味はない…とか叫んでいただろ?今回も国妃…国妃と言っていたし…よほど王族に入りたいのだろうね」
「はぁ…」
珍しい…というか、私だったら好き好んであんな忙しい王族になりたくないけどね、責任だって国単位で自分の肩にかかってくるし…それならば伯爵令嬢でそこそこ自由に出来る方が絶対、楽に決まっている。
「何か…納得いかないって顔だな?」
アイレンルーガ殿下は私の栗色の髪の毛先をクルクルと指で弄っている。
「正直…に申しますとわざわざ一国の責を負わなければならない一族に入りたいなんて…マリア様は変わっているな…と」
アイレンルーガ殿下は声を殺して笑っている。そして毛先を弄っていた指を私の頬に近付けて来た。頬を指先で押してくる。ぷにぷにしないで欲しい…
「それはフローアが王族の何たるかを…理解しているからだろうな。あの令嬢は上辺だけの華やかさだけを求めているんだろう?そんな覚悟じゃどこの王族でも入ったはいいが…周りの重責に潰されてお終いだ」
急に腹黒さを出してきた、アイレンルーガ殿下はミナが入れてくれたお茶を優雅に飲んでいる。
そうよね…優雅に泳いでいる水鳥だって水面の下で必死に足を動かしている。皆見えない所で努力して、頑張っているものね。
「マリア様はビアンレア公国で公子殿下方に近付いて行くのでしょうか?」
アイレンルーガ殿下は首を捻っている。
「確か……この国は妾妃や側妃も例外的には認めていた、かな?でも余程の事がないと無理だと思うけどな」
「…そうですよね」
どこにねじ込んでいくつもりなのだろう…
「フローアは…王族に連なる者になるのは、やっぱりイヤか?」
ぷにぷにと私の頬を押していた殿下の指先がツッ…と下がり、顎から首筋を撫でて行く。いつの間にか、メイド達の姿も見えない…ああこれは…
王子妃として求められることには応えて行こうと腹は括っているんだよ?でもね…婚約したぐらいからそれとは別にやけに迫られている…というか、すぐにそういう方面に持っていかれるというか…
アイレンルーガ殿下の目がぎらついている……失礼しました。キラキラしていると訂正しておきます。
ゆっくりと殿下の顔が近付いて来たので、目を閉じた。
優しく唇が重ねられている間に…アイレンルーガ殿下の手がドレスの中に入り込んだ……
…
……
着崩れたドレスの背中のリボンをアイレンルーガ殿下が直してくれている。
「ちゃんと直ってますか?」
「うんうん、大丈夫~」
本当かな?リボンが曲がってるんじゃないかと背中を見ようと振り向くと、また顔を近付けてきたアイレンルーガ殿下に後ろから唇にキスをされた。
「…んぅ…殿下っ…もう!」
「はいはい、ゴメンね」
アイレンルーガ殿下はこんな風に気安く触れてくるし、私に対して妙に距離感が近い。これじゃあまるで普通の恋人同士みたいじゃない…このことを考えるとズキッと胸が痛んだ。
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ビアンレア公国で一週間…喪に服した後に…シセリド新国王陛下の戴冠式が行われることになった。アイレンルーガ殿下はその一週間の間、すごく忙しそうだった。常にヒルズ少佐とレミオ=ワーデア様を連れてどこかへ出ている。ピソア中佐とギナセ中尉が私の護衛?のような感じだった。
「ピソア中佐、お聞きして構いませんか?」
「何かな~?」
「ん~と、今…アイレンルーガ殿下はライフェルーガ様の為に尽力中ということでしょうか?」
ピソア中佐はニヤリと笑い返すと
「流石、有能な事務官様は目端が利くね」
そう言って、優雅にお茶を飲んでいる。
するとそこへ、ギナセ中尉が焦ったように室内に入って来た。
「あの…今、取り次ぎが…ライフェルーガ様が、フローアさんに直接会って謝罪したいって…」
「ええっ?!」
今更…と思ったけど、こういう場合はどうしたらいいんだろう…
「フローアちゃんが嫌だ、と思うなら会わなければいいよ?でもね、おじさんの人生経験から言わせてもらうと、直接会ってぶつける所はぶつけてみた方が、後々スッキリすると思うね」
人生の先輩、ふざけたおじさんだと思っていたピソア中佐からの助言もあり、私は意を決してライフェルーガ様に会うことにした。
でもギナセ中尉は直接会う事に大反対みたいで、室内に入って来たライフェルーガ様に唸り声をあげそうなほど、警戒して威嚇していた。犬みたい…ただしラブラドルレトリバー系だけど…
そうしてギナセ中尉に威嚇されて、ピソア中佐に睨まれながら私と対面のソファに座ったライフェルーガ様は
「今まで…済まなかった…」
と頭を下げられた。
「ひぃ……!」
思わず叫んでしまった私の変な雄叫びには一切動じず、ライフェルーガ様は硬い表情のまま言葉を続けた。
「私は…王族から、国を追い出されてこのまま朽ちて行くのだと…不貞腐れていた。そんな私に兄上は根気よく接してくれた。お前にはやるべきことがある。私にビアンレア公国とワイリアーリアリドル王国との橋渡しをしろ…と、兄上はビアンレア公国でも叔父上達に掛け合ってくれて…私にもこの国で継承権が与えられた。そして伯爵位も賜ることが出来た」
「まあっ!」
私は素直に驚きの声を上げた。アイレンルーガ殿下がビアンレア公国で忙しそうに動かれていたのは、コレだったのね。ライフェルーガ様は俯いていた顔を上げた。
憑き物が落ちたような顔をされていた。そうよね…元々とても美形な方だものね。眩しいわ…
「フローア…私はここで頑張ってみようと思う。君を悲しませ苦しませた私だが…兄上に託されたこの想いを受けて頑張りたい!」
私は思わず手を叩いてしまっていた。橋渡しということは外交を担当されるのよね!いいわっいいわ……ん?待ってよ?あっそうだ!
「ライフェルーガ様…ビアンレア公国で外交を担当されるのですよねぇ?是非とも探して欲しい食材があるのですが…」
「でた………」
何故かピソア中佐がそんな呟きを言い放った。おじさんは引っ込んで下さいな!
「食材?……ん?…なんだ?」
私はうっかりと興奮して前のめりになっていたようだ…ソファを挟んで離れていたはずなのに、ライフェルーガ様の1ヘード以内に近付いてしまったみたいだ。
私に近付かれて魔法が発動してしまった為に、徐々に顔色を悪くしてヘナヘナ…とライフェルーガ様がソファに倒れ込んでしまってから、しまった!と慌てた。
「ライフェルーガ様?!ライフェルーガ様!気絶する前に…魚醤をっえ~と魚を発酵させて作った香辛料を探して下さいませっ!聞こえてます?返事して下さいませっ!」
「無茶言うよ…もう昏倒してるって…」
またピソア中佐が呟いている。おじさんは引っ込んで下さいな!
そして不名誉にも、昏倒を誘う女の称号を頂いてしまった私は、アイレンルーガ殿下にひっくり返ってしまったライフェルーガ様を引き渡した。アイレンルーガ殿下は
「しまったよ…忙しすぎてライフェルーガにかけてた魔術を解術するのを忘れてた…」
と言って倒れているライフェルーガ様の吸収魔法と透過魔法の術をこっそりと解術していた。
「これ、絶対こいつには内緒な!」
はいはい、分かっておりますよ。




