お元気そうでなによりです
宜しくお願いします
丸っこい公女殿下は……やっぱりまだ子供だった。
ご挨拶が済んで、客間に移動しようとしたアイレンルーガ殿下とシセリド第一公子殿下の前に、ユリアン公女殿下御年8才が走り込んで来て
「王子様と婚姻したいぃぃぃ!!」
と突然泣き叫んだのだ。すると、父親ではない第二公子殿下と第三公子殿下が同時に
「お前まで姉上の愚かさに追随するのか!」
と怒鳴りつけたのだ。
えっとね…セリナージャ様はここにいるんだよ?弟殿下の怒り爆発で…名指しされたセリナージャ様もライフェルーガ様も真っ青になってしまった。
セリナージャ様は相当ショックを受けたらしく、すぐに部屋に引き籠ってしまった。ライフェルーガ様はそんなお母様に付き添っている。
流石に公子殿下様達は、言い過ぎた…としょんぼりしていらした。
「私達は傍若無人な姉にずっと振り回されてきたのだ」
シセリド第一公子殿下は肩を落とす弟達と、まだ泣いている8才の公女殿下を見て眉を下げていた。
「姉上はそれはそれは父上に甘やかされてきた。常に自分が一番で、全てのことに姉上が優先され優遇されてきた。そんな姉上が留学先でアナベラ様に出会ってしまった。留学先から帰国して来た姉上は、取り憑かれたようにアナベラ様のことを罵り、父上に懇願し…こうなってしまった。父も楽観視していたのだと思う…姉上はビアンレア公国の公女…国王妃として寵愛されるだろうと…ところが、姉上は国王陛下と相容れなかった。そうだろうな…とは思う。姉上の全てはアナベラ様に勝つことだからな。そこにはワイリアーリアリドル王国の為にという献身の志も見えない。そんな薄っぺらな国王妃を寵愛なんてするはずがない…ふぅ…本当に長い間済まなかった」
シセリド殿下が頭を下げられると、弟殿下二人も揃って頭を下げられた。
「お止め下さい、国家間の話し合いで決まった婚姻です。確かに複雑な条件下ではありましたが、いかようにも変化することが可能だったのだと…私は考えています」
アイレンルーガ殿下が慌てて言葉を紡いだが、シセリド殿下はより一層頭を下げられると、何度も何度も謝罪の言葉を口にされていた。
公女殿下も父親のそんな姿を見て、顔色を失くして俯いて黙り込んでしまった。
本来は、明日まで滞在して公女殿下とアイレンルーガ殿下のお見合い?をセッティングしたかったらしいシセリド殿下は、それについても謝罪をされた。
「私も父上と同じ轍を踏むところだった。ユリアンによかれと思ってアイレンルーガ殿下との婚姻を薦めようとして…婚約者同士のお二人を引き裂いてしまうところだった」
アイレンルーガ殿下は満面の笑みを浮かべているが、私は目が泳いでしまった。
引き裂かれるも何も、最初から裂かれるような位置にはいないような気もするのですが…
私とアイレンルーガ殿下はワイリアーリアリドル王国にすぐに帰国することにした。アイレンルーガ殿下はライフェルーガ様と帰国ギリギリまで話し込んでいた。
兄弟同士もう少しお話をさせてあげたほうがいいかな…と思ってアイレンルーガ殿下に進言した。
「もう少し滞在させて頂けるようにお話を…」
「いやいやいやぁ?そんなにゆっくりしている暇はないだろう?そうだよな?」
脊髄反射で反対されてしまった。……怪しい。何故急いで帰国しようとするのかな?
怪しむ私にヒルズ少佐が推察を語ってくれた。
「もう一人の公女殿下に絡まれるのも避けたい…に違いありません」
そうか…6才の公女殿下もいらっしゃったよね?女の子って結構ませている子が多いから、それぐらいから年上の格好いいお兄様に色目を使ったりするものね。
そうして私達はすぐに帰国したのだが…私達が帰国して5日後、ビアンレア公国の国王陛下が崩御されたとのご連絡が入ったのだ。
国葬には私とアイレンルーガ殿下が参列することになった。国王陛下の葬儀の後にシセリド殿下の戴冠式も予定されているので…ビアンレア公国に暫く滞在することになった。
国王陛下のご葬儀が終わり…シセリド殿下の戴冠式の準備の為に滞在中に…私はアイレンルーガ殿下とお忍びでビアンレア公国の街へと繰り出していた。
私は商店街広場へ走り込むと屋台を指差した。
「串焼きがありますよぉ!おじさん、その浜焼き串10本下さいな」
「へいっ毎度!」
屋台のおじさんにお金を支払い、串の入った紙袋を受け取った。香ばしい串焼きの匂い~~!浜焼きって帆立の串焼きじゃない!やったぁ~しかもバター風味帆立が大好きなのよ…うぐうぐっ美味しい!
「フローアさんっあっちに魔獣スネ肉の甘辛煮込みって看板がありますよ!」
「うぐっ…?!すぐに向かいましょう!」
私はギナセ中尉と浜焼き串の入った袋を抱えたまま、通りを横断して別の屋台に向かった。
「……買い食いは構わないが、公爵家のご令嬢が自ら屋台へ突撃して買い漁るものなのか?」
「申し訳ありません、殿下…お嬢様にお小遣いを渡してしまいまして…」
「いや、ミナが悪い訳じゃないけど…うちのロイト=ギナセ中尉も一緒になって屋台で買い食いしてるし…」
アイレンルーガ殿下とメイドのミナがそんな会話をしているとは知らずに、私はギナセ中尉と一緒にすね肉甘辛煮が入った紙製のボウルに入ったすね肉をフォークで刺して食べていた。
スジコンニャク煮の味がする~!ああ……お好み焼きに入れたい。
「ん?」
大口を開けて、スジ肉を咀嚼している時に視線を感じたので、顔をあげた。
若い男の人達と一人の令嬢が此方を見ている。小柄で…結構派手なメイクの令嬢だ……?あれ……この子どこかで…
「フローア=ゼルベデシ……」
「へ?」
何故、フルネームを呼び捨てで…ていうか、この子ってもしかして…
その派手なメイクの小柄な令嬢は急に高笑いをして私の前に歩いて来た。やっぱりそうだ!
「マリア=プーデ子爵令嬢?」
「オーホホホ、今はマリア=リルワンド伯爵令嬢ですわ!ああ、お久しぶり~ホントに何をなさっているのかしらぁ?こーーんな庶民の広場でみすぼらしい格好で、みすぼらしい庶民の男と一緒に…オーーーホホホ」
扇子で口元を隠しながら高笑いを続ける元?マリア=プーデ子爵令嬢…しかし香水臭いな
……ツッコミどころが満載で、どこからツッコんでいいのか分からなかった。
え?あなた伯爵令嬢なの?リルワンド伯ってどこの方?みすぼらしい恰好って言うけれど…今は私はお忍び中で、普通の町娘スタイルをわざとしているんだけど?それにだね、このお隣にいるのは同じくお忍びスタイルの普通の青年風な服装だけど、ギナセ侯爵の次男のロイト=ギナセ中尉だよ?前に会った時は軍の制服着ていたから気が付かないのか?なんならもう少し付け加えると、アイレンルーガ殿下の親戚筋にあたる高位貴族のご子息だよ?
「何を……って甘辛煮を食べてますが…」
最早、今の見たまんまを伝えるしかない。だって本当に買い食い中だし…隣に立つロイト=ギナセ中尉が小声で…
「え?あれマリア=プーデ子爵令嬢なの…顔、全然違うじゃん…」
と、呟いておられる。ロイト=ギナセ中尉よ…女性とは、メイク一つで可憐な淑女から小悪魔系美女にまで変身出来る生き物なのだよ。
さてそれは兎も角…国外追放処分を受けても、マリア=プーデ元子爵令嬢は取り敢えず元気そうだ。なんだ、ちょっぴりは心配していたのだが、これはこれで良かったね…と正直に思った。
しかしそんなマリア=リルワンド伯爵令嬢?はニンマリと微笑んだまま、扇子でビシーッと私を指し示した。
「いつまでもそこで庶民食を食していればいいわっ!私はこのビアンレア公国で伯爵令嬢として華々しく社交界に出ますのよ!そして公子殿下に見染められてゆくゆくは国妃になりますの、オーホホホ!」
「え?」
公子殿下と聞いて、あの丸っこい三兄弟殿下をすぐに思い出したけど、あれ?あの三方はすでにご結婚しているし、子沢山で各ご夫婦とも円満っぽいけど…え?どういうこと?
「あの……」
「今更慌てて私に媚びても遅いわよっ?!未来の国妃の私に恥をかかせたことを後悔なさるといいわっ!」
私が、公子殿下って丸っこい方々のこと?と聞きたい言葉は最後まで言わせてもらえなかった。
すぐに踵を返してマリア=リルワンド伯爵令嬢とそのお取り巻きの男性達はいなくなってしまったからだ。
「アレ…なんだろ?」
「さあ……」
ギナセ中尉と二人で首を捻っていると、通りの向こうからゆっくりとアイレンルーガ殿下とミナ達が近付いて来るのが見えた。アイレンルーガ殿下はニヤニヤしている。
もしかして遠くから様子見してましたか?
「おっかしいな~公子殿下ってあの三兄弟方の他にまだ5才と3才と1才に満たない赤子しかいないんじゃなかったけ?17才の令嬢が嫁ぐには中々に無理があるよね~おっかしいなぁ?」
アイレンルーガ殿下は白々しくもそんな風に言いながら、益々ニヤニヤしている。周りに変装しているピソア中佐とヒルズ少佐は白けているのか、アイレンルーガ殿下を見ながら無言だ…その中、眼鏡のレミオ=ワーデア様が困惑したような声を上げた。
「先程の方はどなたですか?」
「え?」
うん…女性とは、メイク一つで可憐な淑女から小悪魔系美女にまで変身出来る生き物なのだ。




