崩せ、書類タワー
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「こっちだ、この机が君の仕事机だ」
アイレンルーガ殿下が書類の山を上手に避けて、指し示したのは大きな執務机の隣の辺りだけど…
「あの……書類置き場?なのでしょうか、机が見当たりませんが…」
何かの書類が乱雑に置かれた場所は…絶妙なバランスで書類タワーを形成している一角にあった。
「あ…え~と毎日、決裁書類が持ち込まれてね。諸事情により事務官がここには来てくれないので、まあつまりは即戦力になりそうなフローア嬢に頼んでしまおう!という訳でね」
「はあ…」
私ってば先程から、はあ…しか呟いてない気がする。
第一王子の執務室に山積みの書類…働き手は軍の方お二人。いくらなんでも補佐の出来る事務官が必要よね?しかもどうして私なの?
「ああ?ヒルズ、書類ってこれじゃないか?」
アイレンルーガ殿下は大きな執務机の上の山の端から書類を取り出して、期限が~と言っていた方に渡している。
「ああっそれです!良かった!殿下、お早く署名を…」
アイレンルーガ殿下とヒルズさんは私を無視して書き物を始めてしまった。どうすんのこれ?
「フローア嬢、悪いな…ここは手一杯なんだ…書類の整理を頼む」
こっちを見ないでアイレンルーガ殿下が簡単に頼むって!丸投げ!?…と思っていたら、もう一人の軍服の方がこちらに近付いて来た。
「フローア=ゼルベデシ公爵令嬢、初めまして。ロイト=ギナセ中尉です」
「は、はい、フローア=ゼルベデシで御座います」
慌ててカーテシーをしたら、ギナセ中尉は敬礼をしていた。きゃあ…敬礼格好いい!それはともかく…
「あの…これほど書類仕事が滞っているのはおかしくないですか?」
ギナセ中尉は高校生みたいな可愛い顔をしていたのに、一瞬だけ鋭い眼光を光らせた。
「全てはセリナージャ妃殿下の差し金です。何度申請しても事務官の補充がされないままなのです」
「差し金……ああ、そういうことですね」
言われて納得というか、私も体験済みだからだ。つまりセリナージャ妃殿下…国王妃がアイレンルーガ殿下に嫌がらせをしている訳だ。私にも仕事が立て込んでいる時に、お茶会に急に呼び出す、なんてことをしてきてたしなぁ…
大人なのに大人げない
セリナージャ妃殿下は、このワイリアーリアリドル王国からいくつかの小国を挟んだ、山裾に拡がる国の第二王女殿下だ。その王女殿下が何故離れた我が国に…そこは政治の色々な思惑が、と言うことはなく只々……アイレンルーガ殿下のお母様への嫌がらせらしい。
これは有名な話で、セリナージャ妃殿下とアナベラ元妃は12才から18才までの貴族の子女子息が学ぶ、ワイリアーリアリドル国立の由緒正しき魔術学園の同級生だそうだ。
そこでセリナージャ妃殿下はアナベラ様をライバル視していたそうだ。実際、傍で見てきた私の母…当時侯爵令嬢、現公爵夫人から言えば
「セリナージャ様からの一方的な敵対視だった」
と言うことだった。アナベラ様は試験で常に首位、運動神経も抜群、美人だし性格も朗らか…そんな二人は高等部の頃に一人の男子生徒を巡って恋のさやあてがあったらしい。
これも実際、傍で見てきた母曰く
「セリナージャ様が片恋していた生徒会長がアナベラに片恋していたのよ。それをセリナージャ様が歪曲して捉えて、自分と生徒会長の間に割り込む悪役令嬢だって、騒いでたわ…」
と言っていた。
悪役令嬢ね、セリナージャ様って私と同じ転生者なのかな…
そう、セリナージャ様は拗らせたまま大人になり…そして自国に帰っても拗らせたままだった。アナベラ様がワイリアーリアリドルの国王陛下と政略婚姻をしたと聞いた彼女は、また絡んできたらしい。
今度はアナベラ様の婚姻相手の国王陛下に政略婚姻を迫ってきたのだ。国同士で話し合いがなされて、かなりの持参金と様々な条件を呑む形でセリナージャ妃殿下が輿入れしてくることで決着した。
その時すでにアイレンルーガ殿下を身籠っていたアナベラ様はあっさりと妃殿下の立場を降りて、バツイチになった。
その後に産まれたアイレンルーガ殿下は当たり前だけど、れっきとした王族の血族…国王陛下は直ぐに認知してアイレンルーガ殿下を可愛がっている。今尚可愛がりは続行中だと思われる。
そしてセリナージャ様も数年後に懐妊して、産まれたのがアレ…ライフェルーガ殿下と言う訳だ。
アナベラ様に対するライバル視がアナベラ様の息子に移った、ということか。
本当に迷惑なオバサンだ
そういえば、今思い出したけれど、お母様にチラッと言われたことがある。
「あなたの婚姻に関しても、横やりが入ったのよ…」
ちょっと待ってよ?私も国王陛下みたいに横から奪われてライフェルーガ殿下の婚約者になった?
もしかして私、アイレンルーガ殿下の婚約者だった…とか?
「……」
今更言っても仕方ないか…結局、アレには婚約破棄されたしね。
「よし…!」
私が気合いを入れる為に小さく呟くと、ギナセ中尉はパッ…と笑みを浮かべた。
「フローア様、事務用品などは後ろの棚に入っています」
そう言ってギナセ中尉は壁際の棚を指差した。
事務用品か…どれどれ?
「こ…これ…」
棚の中には私が企画開発し、公爵家で販売している…その名も『フセン』『クリップ』『クリアファイル』の魔道具が戸棚の中に収まっていた。
「フローア様、素晴らしい事務用品を開発して頂いてありがとうございます。とても助かっています」
私が振り向くとギナセ中尉は嬉しそうに頷いている。アイレンルーガ殿下の方も見た。
アイレンルーガ殿下も、目元を緩ませて微笑んでくれている。
私が開発した魔道具を使ってくれている…それだけで心が躍る。やる気が出て来た…
私は、付箋の束を取り出すと取り敢えず、一番近くの書類タワーに手を付けた。
先程殿下達も言っていたけど、期日が迫っている書類がこの書類タワーに埋もれてしまって消息不明になっていたよね。
これは、他にも期限が迫っていたり、緊急を要する書類が埋もれている可能性が高い!
しかし机の上はタワーの山……仕方ない、ダンボールもないしね。
「ギナセ中尉、籐籠を数十個どこに行けば手に入りますか?」
「籐籠ですか?え?」
「書類の仕分けをしようと思いまして」
私がそう答えるとギナセ中尉は気が付いたのか、満面の笑みを浮かべた。私は場所を教えてもらうと、一人で向かうことにした。この人員不足の執務室からギナセ中尉を借りだす訳にはいかない。
それに…執務室を出ると、私に近付いて来る二人がいた。私付きのメイドのミナと護衛のパセムだ。
「ごめんね、私…今日からアイレンルーガ殿下付きの事務官になったの…二人にはそれに付随することのお手伝いをお願いするかもしれないけど、お願いします」
ミナとパセムは一瞬、息を飲んだがすぐに頷いてくれた。
「先ずは何をされますか?」
ミナの言葉に私は頷き返した。
「先ずは…備品保管庫へ、籐籠を借りて…後はこのドレスをどうにかしましょう」
私は自分の着ている袖口に飾りのついた華美なドレスを指差した。こんなにゴテゴテしたドレスじゃ書類整理がしにくいもんね。
私達は急いで備品保管庫へと移動した。
私が籐籠を入手し、メイド服を借りて帰って来た時にはアイレンルーガ殿下とヒルズさんの姿はなかった。
「わあっ!?ドレスどうされたんですか?」
「動きにくいから脱いできました。殿下は?」
私はパセムから受け取った籐籠を室内に運び入れながら、ギナセ中尉を見た。
「殿下は軍の定例会議に…」
まあ、忙しいのね…
私は籐籠を床に置くとまずは二種類に分類することにした。つまり『急ぎ』か『急ぎじゃない』かだ。
「……」
私が無言で書類を仕分け始めるとギナセ中尉はそれ以上は話しかけてこなくなった。
それはそれとして……仕分けを始めて数分で私は気が付いた。これ……第ニ王子殿下の政務関連の決議案じゃない?え?こっちはライフェルーガ殿下のご領地の、サンゴルドア領の陸橋工事の試算…
そう言えば…私、ライフェルーガ殿下の政務のお手伝いをしていたけれど、外交案件ばかりを扱っていた。てっきり他の…第ニ王子殿下としてのご領地の管理や、外交以外の政務はライフェルーガ殿下が取り仕切っているとばかり思っていたけれど…
「これも……これも?」
第一王子の政務書類と思われるものと、軍備関係の決済書類…第一王子のご領地の嘆願書から…公共事業の計画案に紛れて…第ニ王子殿下、ライフェルーガ殿下の政務が全部ここに集まっている?
「……」
つい、書類を仕分ける手が止まってしまった。ギナセ中尉に聞こうかと思ったけれど、やっぱりアイレンルーガ殿下に直接聞いておきたい。
そりゃ書類タワーも出来るってもんよ。だって第ニ王子のライフェルーガ殿下と、第一王子のご自分の政務と…おまけに軍関係の仕事の三種類が全部、この執務室に集まっているんだもの…
スパダリはいつ活躍してくれるのか…