非戦闘員の悲劇
会議場で危ない局面なんて起こるのかしら?なんて思っていた時もありました。
まさかの大暴れは、マリア=プーデ子爵令嬢が起こしたのだ。
衛兵の方々がマリアを連行しようとした時に、マリアが暴れ出して噛みつく、泣き叫ぶ、吠える…等々、異世界で初めて『ドン引き』という単語を使いたくなっていた。
アイレンルーガ殿下がマリアがあまりに煩いので、消音魔法を使って声を消してくれたので、やれやれ静かになった…と皆が少し油断したのがいけなかったのかもしれない。
促されて立ち上がったマリアは自分の履いていたパンプスを素早く脱ぐと、何故だか私に向かって投げつけて来たのだ。当たり前だけど私は非戦闘員なので、気が付いた時にはピソア中佐が飛んで来たパンプスを叩き落としてくれていた。
ただ…ここで悲劇が起こった。
私の横に立っていた同じく非戦闘員のヒルズ少佐の顔面に、飛んで来たパンプスの片方が直撃したのだ。誰か…ヒルズ少佐を助けてあげて欲しかった…
「……」
ヒルズ少佐の顔にめり込んだ後、コロンと床にパンプスは転がり落ちた。
そして物凄い顔でマリアを睨んでいるヒルズ少佐…ど、どうしよう?!
「踵が目に当たらなくて良かったです…ね?」
慌てふためいてうっかり口走った後に失敗した…と思った。ヒルズ少佐が私を冷ややかな目で見下ろした。
「鈍くて避けられなくて申し訳ありませんでしたね…」
「いえ…あ、そうですね?あ、え~と…アハハハ…ハァ…」
もう誰か助けてよ!ロイト=ギナセ中尉は遠くの方からこっちを見てニヤニヤ笑っているだけだし、アイレンルーガ殿下は怖い顔でマリア=プーデを睨みつけてて、こっち見てないし…もうっもうぅ!
マリアはまた暴れながら衛兵に連れて行かれた。声は消音魔法で聞こえないけど、大声を上げて罵声を浴びせているようだ。
ライフェルーガ殿下は多分、ショックだったんだろうな…ずっと会議場の床に座り込んだままだった。今はアイレンルーガ殿下とセリナージャ妃が声をかけている。
議会の途中でセリナージャ妃は泣いてはいたが、今は比較的冷静に見える。そういえばお母様に聞いたことがある。
アナベラ様を勝手にライバル扱いしていたとはいえ、学生の時のセリナージャ妃の成績は優良で現に国王妃の公務に関してセリナージャ妃の悪評は聞いたりしたことはない。
だからこそ、やっぱり勿体なかったと思うよ。元々のセリナージャ妃のポテンシャルは高いのに、嫉妬で目が眩んで自分の実力を出そうとする場所を間違えてしまった、と思う。
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「う~ん、う~ん?」
「凄いね…何かに悩んでいるみたいだけど食べる速度は俺より速いね…」
「比べるな、ピソア中佐。釣られて速度を速めると喉に詰まらせるぞ?」
翌日…私はアイレンルーガ殿下達と食堂でランチを頂いてます。今日のランチも美味しいな~珍しいお魚の竜田揚げなんだよね!海ってこの世界で見たことないけど、確かセリナージャ妃の母国のビアンレア公国は海に隣接してたよね。そこからの輸入品かな~?お魚があるから魚醤作ってないかな?お醤油ないかな~鍋も食べたいな…あ、これ海老じゃない?うそっ?甲殻類の味がすごいよ、美味しい!
「あの…殿下」
「なんだ?レミオ」
「あの方はフローア=ゼルベデシ公爵令嬢ですよね?」
「そうだな」
「噂では…その、才色兼備な…ご令嬢で慎ましやかで可憐な…」
「噂だから…」
「そうですか…」
竜田揚げの最後の一口を口に放り込んで、横を向くと…アイレンルーガ殿下とピソア中佐とレミオ=ワーデア様が生温かい眼差しを向けている…ような気がする。
「なんですかぁ~?」
「いや…今日も元気だな、と思ってね」
「はいっ!…ところで殿下…」
アイレンルーガ殿下のランチのプレートを見ると、プ・リ・ン!が乗っている。アレ食べるの?食べないの?
「フローアちゃん!大盛りモガが出来上がったよ~」
「はいっ只今!」
食堂のおばちゃん、ランさんの呼びかけに勢いよく返事をすると急いで食堂のカウンターに走った。
やったぁぁ!メガ盛りプディング!ランさんからボウルを受け取ると席に戻った。
「なんだぁありゃ?」
「一人であの量を食べるのですか?!」
ピソア中佐とレミオ=ワーデア様は新鮮な反応で驚きを表してくれる。ヒルズ少佐もロイト=ギナセ中尉も、もうメガ盛り見ただけでは驚いてくれないもんね。
席に座り、抱え込むようにしてプディングを頬張っていると、私の前に座ったレミオ=ワーデア様は眼鏡を光らせながらブツブツ呟いている。
「どうすればあんな大量な物体を体に備蓄出来るんだ?頭まで胃袋なのか?」
「…(モグモグ)」
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さて…腹六分目の昼食を食べ終えて、午後の仕事を片付けていると第一執務室に外務省のガラムさんがいらっしゃった。ガラムさんは私に気が付くと少し微笑んでから目礼された。そのガラムさんの後ろに若い兵士がいる。あの人どこかで……あっ!泊まり込みの夜に見たアイレンルーガ殿下の…あの兵士だ!
「殿下…」
ガラムさんがアイレンルーガ殿下に声をかけると殿下は素早く立ち上がった。
「少し出て来る」
「はい」
ピソア中佐が答えて…殿下が出て行ってからピソア中佐は小さく呟いた。
「王家の影か……何かあったのかな?」
「え?」
ピソア中佐が答える前にレミオ=ワーデア様(実は内務省の事務次官)が
「外務省のガラム補佐官の後ろにいた兵士ですよ。彼は調査班の影ですね」
と言ったことで、怪しげな兵士だと思っていた人は実は王家の忍び?だということが発覚した。
そうと分かればモヤモヤしていたことが分かってホッとした。調査班ということは私の護衛をして頂いていた影の方とは別班なのかな?という疑問が湧いたけど、ピソア中佐は教えてくれるかな?
チラチラとピソア中佐を見ていると中佐はにこりと微笑んで答えてくれた。
「王家には三種類の影がいるんだ。調査班と実働班と暗部班…まあ暗部はまず直接見ることは無いだろうね。暗部に選ばれると、暗部所属です…と明かしてはいけない規則があるし」
「おおっ!」
これこそまさに忍びではないの!私は影…正体は明かせぬってね。
「暗部を見るという事は自分が暗殺される…と言う事だ、と俺のじーさまがよく言ってたしね。だからじーさまは亡くなる前に……」
ええっ?!ピソア中佐、何その溜めは…?ピソア中佐のおじい様って確か…頭の中で貴族年鑑を高速で読み上げていた。
「先々代のジュリアス=ピソア元宰相閣下は…あ、ああ暗さ……」
「いいや、96才まで生きた大往生だよ。死ぬ前の日まで骨付き魔獣肉かぶりついてたしな」
ずこーーーっと異世界に来て初めて、ズッコケた。実際は事務机の上にバタンと上半身を倒しただけだが…気持ちはスライディングズッコケくらいだ。
ピソア中佐を見るとニヤニヤしている…このおじ様、私をからかって遊んでいるんだわ。絶対、中佐の息子さんに嫌われてるよ、親父うぜぇと思われてるよ。高校生くらいの年代の息子には、ばい菌みたいな扱いをされていると思うわ…
私がニヤニヤ笑うピソア中佐をじっとりと見詰めていると、アイレンルーガ殿下が戻って来て私の前に立った。
「あ~~えっと急で悪いんだけど、俺と一緒にビアンレア公国に行って欲しいんだけど」
「……え?」
今なんて言ったの?え?私がビアンレア公国に…ってどういうことなの?ビアンレア公国……はっ?!もしかして現地で自由行動ありなのかな?魚醤を買いに行ってもいいのかな?
「あの…ビアンレア公国でお魚食べに行ってもいいですか?」
ついうっかり買いに行くを食べに行くと言ってしまったけど、勿論現地で買い食いもするつもりなので問題無いはずだ。
「……」
アイレンルーガ殿下がとんでもない顔をして私を見ろしている…折角のカッコイイ顔が台無しですよ?
「殿下…認めてあげないと、フローアちゃんが付いて来てくれませんよ?」
またまた失言?を私にぶつけてきたピソア中佐を睨んだけれど、さり気なく目を逸らされた。
「また食い意地ですか…フローア嬢の胃の中を解剖してみたいですね…」
そして、レミオ=ワーデア様までもが失礼だぞ!




