宮廷ドラマの如く…
「秘匿案件だから詳細は話せないが、まあ簡単に言うと…ビアンレア公国がこれ以上出費を重ねたくないのだな。大公陛下と公子殿下の気持ちは違う…という訳だ」
ああ…これこそがお察し案件だ。
セリナージャ妃の実父である現大公陛下は、セリナージャ妃と孫の為に踏ん張って生活費を渡していたわけだ。ところが息子…つまりはセリナージヤ妃の実弟、シセリド殿下は嫁に行った姉にお小遣いをこれ以上渡したくない!と言った訳だ。
さ~てこれはどうなるのやら…
朝食を食べ終わり、大規模討伐の書類は籐籠に全部押し込んで部屋の隅に置いた。そうして暫くすると、朝から役人の方が次から次にやって来た。これは珍しい…
書類を入口近くにいるギナセ中尉が受け取り、そして殿下が見て返却を私が受け取る。別に隠されている訳じゃないので…書類の内容を見て納得した。
ライフェルーガ殿下のビアンレア公国への入国に関する書類…わぁ……しかしライフェルーガ殿下…今はまだ殿下でいいのか?あちらに帰ったら無位なの?嫁になる予定の…マリアはどうするのだろう?鬱陶しいので一緒に連れて行って欲しいけどなぁ
これ…聞きたいなぁ。今はヒルズ少佐達がいるから聞きづらいけど…詳細聞きたい。
チラチラとアイレンルーガ殿下を見ていると目が合った。色っぽく微笑まれた。何となく、あ・と・で!と言われた気がした。
それから基本的な日常業務をこなしていると、軍人さんふたりが入ってきた。
「お疲れ様です。あ、初めましてゴルトス=ピソアと申します」
渋いお兄様だ…30代?40代かな…もう一方は、眼鏡君だ。真面目そう…
「レミオ=ワーデアです。本日より交代で事務処理のお手伝いに入ります」
「あ…はい!宜しくお願いします」
ああ…そうか、そう言えばローテーションを組んで軍の中から事務仕事の手伝いをしているって仰ってたっけ。
「一月に一度交代する感じなんだよ~俺とヒルズ少佐とピソア中佐とワーデオ先輩の四人で回してるの」
ギナセ中尉の説明にフンフン…と頷く。
「大規模討伐、中止だろう?助かったわ~」
と渋いお兄様…ピソア中佐が声を上げたけど、アイレンルーガ殿下がすぐに、そうでもないぞ~と言ってきた。
「大規模討伐は中止だが、二部隊は派遣することになりそうだよ。私とロイトは派遣組に入ることは決定だ」
ギナセ中尉は、えぇ?!と叫んでから机に突っ伏した。
「ヴァシルーって街から離れてるじゃないですかぁ…野営って干し肉とか冷えたローウとかばっかで…夜は隊の奴らと、ごろ寝だし…ヤダよぉ」
ヴァシルーとは大規模討伐の討伐地の一つの魔獣の谷と呼ばれる、魔素が濃く充満している谷に隣接している森の名称だ。しかも野営で食べ物って、干し肉とかローウ…堅パンみたいな、あまり美味しくない食べ物が主食になるの?
野営しながら討伐して食事は干し肉と堅パンばかり、絶対嫌だ…
「せめて添い寝は野郎じゃなくて……フローアさんにして欲しい…」
チラチラ私を見ながらギナセ中尉が言ってきたけどぉ?!ええっ添い寝?!
「ロイト、厚かましいですよ」
ヒルズ少佐の言葉に被せる様にアイレンルーガ殿下が割と大きめの声で言った。
「ロイトには申し訳ないけど、フローア嬢はオ…」
アイレンルーガ殿下が何か言いかけた瞬間、執務室の扉が乱暴に開けられた。
扉を開けたのはライフェルーガ殿下だった。
また私の周りの魔術が発動する。その魔術に気が付いたのか、ゴルトス=ピソア中佐が鋭い目付きで私を見てきた。
こっ…攻撃魔法じゃないです!断じて殿下方に勝手に攻撃をしようなんてことではなく……私は静かに立ち上がると壁際に移動した。少しでも吸収魔法の射程距離圏内から離れていたほうが、魔術が勝手に反応しないと思ったのだ。
「兄上っどういうことだ!この私が王太子を…継承権を放棄して公国に…うぅ、何だ?眩暈が…」
ライフェルーガ殿下は執務室の入口で倒れ込んでしまった。
やっぱり吸収魔法が発動したようだ…ピソア中佐が益々険しい顔をして私を見ている。
「どう…うっ…」
アイレンルーガ殿下は倒れたライフェルーガ殿下に近付くと
「ああ…また魔力切れだな~お前どこか具合が悪いんじゃないか?ビアンレア公国では療養したほうがいいぞ?」
と言っている。
ピソア中佐と眼鏡のレミオ=ワーデア様もライフェルーガ殿下を助け起こしながら、こちらを見ている。ヒルズ少佐は……いつもどおりに仕事をしている。ギナセ中尉なんて何故だが私の横に走って来て一緒に横に並んで立っている。
ヒルズ少佐とギナセ中尉はこの魔法のことをご存知なのかしら…
ライフェルーガ殿下はフラフラなりながら、お付きの近衛の方に支えられて執務室を出て行った。
皆の視線が私にいったり、アイレンルーガ殿下にいったり、と忙しない。
そんな中、ピソア中佐が口火を切った。
「ライフェルーガ殿下に吸収魔法の術式がかかっていましたね。それの術者は…フローア嬢?ですが…あの魔力…微かですが、魔術式をライフェルーガ殿下に仕込んだのは…アイレンルーガ殿下ですか?」
「流石、ピソア中佐~正解」
ピソア中佐は大きく溜め息をつきながら、眉間を揉んでいる。
「何故あんな分かりやすい術を直接ライフェルーガ殿下にかけちゃうんですか…」
アイレンルーガ殿下は破顔した。
「分かったっていいんだよ。要はフローア嬢に近付くなって牽制の意味だから」
レミオ=ワーデア様とピソア中佐はハッとした顔をした後、私を見た。
「フローア嬢に危害を加えると?」
え?私?
「ライフェルーガ殿下はそんな…」
否定の言葉をあげたレミオ=ワーデオ様をアイレンルーガ殿下は手で制した。
「あいつじゃないよ、マリア=プーデ子爵令嬢だ」
「!」
マリア=プーデ子爵令嬢…どうして?
アイレンルーガ殿下は、まあ座れ…と促したので皆は着席した…今頃、気が付いた。空いている事務机があるなぁ~と思っていたのだが、ピソア中佐とレミオ=ワーデア様の分だったのだ。
アイレンルーガ殿下は執務室に消音魔法を張った。
元々この部屋には魔術防御がかけられているんだよ~とギナセ中尉に教えてもらっているが、念には念を…重要なお話なのかな…自分が関係しているとあって緊張してしまう。
アイレンルーガ殿下は私を見て、少し微笑みを浮かべてから話し出した。
「半年前くらいだったかな?フローア嬢にライフェルーガと婚約の破棄をおこないたい、どうか助けて欲しい…と相談された時だった。フローア嬢付きの護衛とメイドが俺に打ち明けてくれた」
ミナと護衛のパセム?!
「ふたりの話はこうだ、一年以上前からフローア嬢に刺客が向けられている」
「刺客?!」
「そんな…」
私が刺客に命を狙われていたの?一年以上前…?知らないわ…
「フローア嬢には知らせなかったとゼルベデシ公爵が言っていた。公爵が急いでフローア嬢の護衛を増やしたら、フローア嬢がそんな過度な護衛はいらないと言ったので、フローア嬢に刺客のことを知られたくない公爵は影から守らせていたそうだ。そして妃候補から婚約者になり…フローア嬢が俺に助けを求めてきたという訳だな?その時に護衛からその話もされて…少し調べた。公爵も既に調べていたから首謀者は分かってはいたんだろう。マリア=プーデ子爵令嬢だと」
マリアが一年以上前から私を…確かライフェルーガ殿下がマリアと親密になっていると気が付いたのは半年以上前…そうか私が妃候補として名前が挙がる前からライフェルーガ殿下とマリアは付き合っていたのか。
「それにしても、どうして俺に言ったんだ?お父上にお願いしても良かっただろうに…」
私は色々明かされる衝撃の事実に驚いて、荒くなる呼吸を落ち着かせようと深呼吸を何度かしてからアイレンルーガ殿下の方を見た。
「ア…アイレンルーガ殿下は公明正大な御方で、臣下の話にも耳を傾けて頂ける方だと…お聞きしておりました。王族からの婚姻の打診を公爵家からお断りすることは出来ません。ならばライフェルーガ殿下から婚約破棄を申しつけて頂かねばならない。アイレンルーガ殿下に御知恵をお借りしたくお願い致しました」
「なるほど~確かにアイレンルーガ殿下なら上手く破棄に持って行ける妙案を授けてくれそうだね」
「良い選択ですね」
ギナセ中尉とヒルズ少佐が頷かれた。おふたりの目には私に対する憐憫の情が浮かんで見える。
ライフェルーガ殿下って全方位から嫌われてるわね…ちょっとおかしくなって笑ってしまった。
「そうか…まあ公明正大…なんて言われちゃったけど、結局はそのままにしていればいずれ破棄してくれるから、現状維持で頑張って!としか言えなかったしな」
「ちょっと…殿下?頼ってきてくれたご令嬢に対してその対応はあまりに冷たいのでは?」
ピソア中佐が眉をひそめた。
「なんだよ?ピソア中佐はどっちの味方だよ?」
「か弱きご令嬢の味方です」
ピソア中佐もフェミニストなのか~
まあアイレンルーガ殿下のお側付きの方々だもの、私も彼らのご実家の爵位は勿論記憶している。全員が高位貴族のお坊ちゃまだ。私の知る限り、黒い噂は聞いたことのない清廉な方々ばかりだ。
「フローア嬢に関する刺客は俺の方でも王家の影をつけていたし、問題はなかったよ。マリア=プーデ子爵令嬢を罪に問える証拠も揃えたしね」
王家の影…!噂に聞く忍びみたいな方達のこと?それも知らなかった…
アイレンルーガ殿下はニヤリと嫌な笑顔を浮かべると執務室の面々を見回した。
「ところで…ライフェルーガとセリナージャ妃を交えた議会が今日の夕方行われる…どう?皆来る?」
「行きます!」
ほぼ初対面のピソア中佐とレミオ=ワーデア様、私とギナセ中尉もヒルズ少佐も物凄いシンクロ率で同時に叫んでいた。
こんな面白い…いえ、ドラマチック宮廷ドラマのような展開を是非とも目の前で見てみたい!と思うのはいけないことでしょうか?




