一夜明けて…
今のこの状態は、朝起きました…という言い方は語弊があるような気がする。
気を失った、気絶した、昏倒した…アイレンルーガ殿下にやられたのだ、下世話じゃない方でねっ!
兎に角、急いで身なりを整えて仮眠室を出ると…執務室の中にはヒルズ少佐が一人で事務机に向かいペンを走らせている姿があった。
「…ああ、おはようございます」
私の気配に気が付いたのか、顔を上げたヒルズ少佐が……一瞬、私に生温かい目を向けた様な気がした!!
「おはようございます。断じて昨夜見られたあの後に何かあったとか朝まで如何わしい行いに耽っていたとかではありません。気絶昏倒爆睡失神、色々言い方は御座いますがアイレンルーガ殿下にそういう魔術…魔術なのか?をかけられてしまったせいで今の今まで気を失っていただけですのでどうぞ誤解のない様にっ!!」
「………そうですか」
一生懸命捲し立てたのに、ヒルズ少佐に一蹴された。
負けた気がした…何に?と聞かれると、何かは分からないけれど何か負けた……
洗面所に向かい、顔を洗い…軽く化粧をして執務室に戻った。普通の公爵令嬢なら、侍女やばあやがいないと着替えはおろか化粧も一人では出来ない所だけど、前世の記憶がある為になんでも一人でこなしてしまう。
まあこんな泊まり込みが出来るのも前世のお陰だし、芸は身を助く…え?ちょっと違う?
席に座り、急ぎの決済が無いかと確認していると、客間からギナセ中尉が出て来た。髪の毛が爆発しているよ?
「ぉはよぅ…ござぁまーす」
ヒルズ少佐は寝起きでぼんやりしているギナセ中尉を一瞥すると
「起きて来ましたか…夕食の食器を返却して、今日の朝食を取りに食堂へ行って来て下さい」
と、指示を出している。寝起きなのに容赦ない…ギナセ中尉は、ふぁい…と返事をして洗面所で爆発した髪の毛と顔を洗って来ると、すぐに執務室を出ようとした。
「私も一緒に行きます」
食事と聞いて、廊下に飛び出してギナセ中尉の後を追いかけた。
「朝から元気だね…」
まだ眠いのか、ギナセ中尉はのっそりとした動きで空の食器の入った籐籠を持ってくれている。
今朝の朝食何かなぁ~と浮かれた調子で食堂に入ると…今日は食堂の料理人のおばちゃん達がカウンターの向こうで調理をしていた。下ごしらえかな?
私はカウンターに近付くと声をかけた。
「おはようございます。夕食ご馳走様でした、とても美味しかったです」
私の声にカウンターの中にいた、おばちゃん達とおじさんが一斉に顔を上げて、微笑んでくれた。
「おはよーさん!フローアちゃんの食事、あれで足りたかい?」
おっいつものおばちゃんだ、この方がランさんかな?
「はい、ありがとうございます!」
ランさんは、笑顔で頷きながらギナセ中尉から空の籐籠を受け取ると、カウンターの上に籐籠を二つ置いた。
「ホラッ持って行きな!今日の朝食だよ。フローアちゃんの特別献立も今日でお終いだろ?、沢山入れておいたよ」
「今日でお終い?」
ランさんの言葉に首を傾げると、ランさんは少し顔を近付けてきた。
「ここだけの話…備品部の役人が大規模討伐が中止になったので…余りそうなカルサを食堂で使ってしまって欲しいって言ってきたんだよ~」
「討伐中止?!」
ギナセ中尉が大きな声で叫んだ。
カルサとは小麦に似ている穀物だ…なるほど、討伐の遠征先で大量消費の予定だったからカルサが余っちゃうのか。
「カルサを使い切りたいからね~昼食時に、焼き菓子を焼いて皆に配ろうかと思ってね」
「賛成です!」
ランさんの言葉に脊髄反射で賛同をしていた。お菓子!いいじゃないかっいいじゃないか!
「討伐中止よりお菓子配布に夢中になってるね……」
後ろでギナセ中尉が何かブツブツ言っていたがソレどころじゃない。
「お菓子~配布~」
ギナセ中尉がフローアちゃん特別朝食の籐籠を持ってくれているので、手ぶらで執務室に戻った。
あら…アイレンルーガ殿下が戻っていらっしゃるわ…
「おはようございます……」
「おはよう」
気のせいかアイレンルーガ殿下の表情は硬い…
私はフローアちゃん特別朝食の貼り紙がある籐籠をギナセ中尉から受け取り、蓋を開けた。
「きゃあ!……すみません」
特大プリンが入っていた。重要なことなのでもう一度言うと、特大のバケツプリンが入ってた。
本当はこの特大プリンを抱え込んで食べたい所だけど…執務室内を重苦しい雰囲気が包み、とても浮かれたことをする感じではない。
ソッ…と籐籠の蓋を戻し、書類に目を落とすアイレンルーガ殿下の横顔を見た。
殿下は私が見るとすぐに視線に気が付いたのか、顔を上げて私を見た。
「ん?…あ、そうか何か聞いたか?昨日話した討伐だがやはり中止になった」
「やっぱり…」
ギナセ中尉が呟いたので、アイレンルーガ殿下は私、ギナセ中尉、ヒルズ少佐を順番に見た。
「朝食を食べながら話そうか?」
殿下のお許しが出たので、私はニヨニヨしながら籐籠を開けた。
「これはまた…大きな、それなに?」
アイレンルーガ殿下は籐籠から出してきたバケツプリンの入れ物を指差した。
「モガです!」
モガとは異世界でいうところのイタリアンプディングに近い。硬めな感じのプディングなのだ。
「でかっ!五人分くらいあるんじゃない?」
「一人で食べるつもりですか?」
「あれ?ヒルズ少佐も食べます?はいっ」
私はバケツプリンを食べる前に小皿に取り分けてヒルズ少佐に渡そうとした。
ヒルズ少佐は私が差し出したプルンと揺れた小皿のプリンを見て…ギナセ中尉に
「フローアがくれたぞ…」
と私の目の前でギナセ中尉に横流ししてしまった!…いや、良いんだけど何か拒絶されたみたいで辛いわ…
私はプリンの器を横に退けると、籐籠に入っていたタルタルソースがたっぷりかかった、魔獣鳥のビッグフライサンドにかぶりついた。
「うわっそのサンドでかっ!俺の三倍あるよ…フローアさんの顔よりでかい……」
おやそうですか?確かにギナセ中尉の手に持っているサンドは、THE女子☆彡みたいな可愛さだね。
「小型魔獣を丸のみで食べてしまう…え~とヨーヨーだったか?あの細長い魔獣の食事風景を思い出したな…」
あらやだよ?アイレンルーガ殿下…それアナコンダに似た蛇系統の魔獣のことじゃない?私、鶏を丸のみしている訳じゃないですよぉ~?
「たった三口で大きさが半分になってませんか?フローア、しっかり噛んでますか?」
お父さんみたいな注意をしてくる、まだ二十代だと思われるヒルズ少佐に頷いて見せた。
そうして、少し食事が進んだ後、小リスみたいな小さな口でポテトフライっぽいものをカリカリ食べていたアイレンルーガ殿下が、静かに話し出した。
「先日から準備を進めてもらっていた、大規模討伐は中止になった。理由はビアンレア公国の大公陛下が倒れられた。病状は重篤…外務省とビアンレア公国のシセリド公子殿下と話し合いの結果、セリナージャ妃とライフェルーガの両名を公国との取り決めに基づき、ビアンレア公国預かりとすることになった」
「え?」
話の内容が理解出来なくてポカンとしてしまった。私と同じくギナセ中尉もポカンとした顔をしている。そんな中、ヒルズ少佐は…ああそうですか…といつものテンションで頷いている。
え?どういうこと?
アイレンルーガ殿下とヒルズ少佐を交互に見ていると、アイレンルーガ殿下が頷いて話し出した。
「シセリド殿下が全て白紙にしたいと申し出てきた。それならばセリナージャ妃とライフェルーガの件を受諾して頂くように申し上げている。恐らくこの条件を飲まれるはずだ」
受諾…条件…もしかして私が考えていたみたいに、セリナージャ妃の為にビアンレア公国が何かしらの金銭負担を強いられていたのかも?
するとポカンとしてギナセ中尉が
「もしかして…これのこと分かって無いの…俺だけ?」
と呟いていた。
アイレンルーガ殿下が少し笑顔になると私の方を見た。
「フローア嬢は知っているのかな?」
言って…いいのかな?間違いならこの部屋の中のここだけの話…で済ませられるだろうし…
「以前殿下がセリナージャ妃のお輿入れに際して条件をつけて…と仰っておられたので、ビアンレア公国とセリナージャ妃に関する事の金銭的な取り決めも条件の中にあったのではないかと思っています。例えば…お輿入れの際の持参金以外にセリナージャ妃にかかる生活費をビアンレア公国が全て負担する…とか」
私がアイレンルーガ殿下の方を見ながら、恐る恐る発言するとアイレンルーガ殿下は破顔した。
「流石だな…役人達がフローア嬢は切れ者だ!と言っていただけはあるな。ほぼ正解だ」
なんと、押しかけ婚に応じてやるんだから毎月慰謝料払えごるぁ!!…という当てずっぽうが当たってしまったようだ。
ニヤニヤ笑うアイレンルーガ殿下を見ていると…アレ?もしかしてライフェルーガ殿下の生活費もビアンレア公国が出してるんじゃないのかな?という気がしてきたよ。
まさかね?




