王子様の添い寝
第一執務室の消音魔法を張った中で、アイレンルーガ殿下は静かに話し出した。
「今、詳細を確認中だ。大公陛下の代行はセリナージャ妃の弟、シセリド公子殿下が行っている…近いうちにセリナージャ妃とライフェルーガにもビアンレア公国に渡って貰って大公陛下を見舞ってもらう予定だ」
「…そう、ですか…」
んん?これはどういうことだろう?
例えば…一般的なご家庭なら、実家の父親が倒れたら嫁に出ていた娘と外孫が父親の枕元に駆け付けて…というのはあることだろう…だけど、セリナージャ妃は一国の国王妃だよ?縁起でもないことだけど、大公陛下が身罷られた場合は国賓として葬儀に出席はあるかもしれないけど、そんなホイホイと見舞いだからと他国から嫁ぎ先に戻れるの?
こう言っちゃなんだけど、お見舞いってなに?しかもライフェルーガ殿下も一緒に?表敬訪問?
「ん~という訳でね、明日の朝議で決めるが…もしかすると今、準備中の大規模討伐が延期になるかもしれないんだ」
「ええっ?!延期!」
私が驚いて声を上げるとアイレンルーガ殿下は申し訳なさそうな顔をしている。
「折角、泊まり込みまでして頑張ってもらっているのだがな、すまん…」
そりゃ無いわ……それならそうともっと早く言ってよ。
「はい…分かりました。じゃあ本日は寝ます、おやすみなさいませ」
私は泊まり込みのやる気を削がれた気分になって、こうなりゃ寝てしまおうと思った。自分の持ち込んだボストンバッグの中から厚手の毛布とタオルケットを取り出して、部屋の隅の壁際に厚手の毛布を敷いていると、アイレンルーガ殿下が
「…え?おい…何をしているんだ?」
と慌てたような感じで私に声をかけてきた。
「今から眠るつもりですが……あ…」
そうだった…!ついうっかり雑魚寝感覚で端っこで寝りゃいいか、と思ってて殿下の前だというのに油断していた。
アイレンルーガ殿下は顔を引きつらせると床…と言っても重厚な絨毯が敷いてあるのに
「床に婦女子が寝転ぶなんて…ダメだっ!!」
と、叫んだ。
殿下ーー夜中ですよ?え?消音魔法かけてるって?
「でも…隣の客間は…ヒルズ少佐とギナセ中尉がいるし…あ、そうですね。今からそちらにお邪魔して…」
と私が毛布を抱えて移動しようとすると、アイレンルーガ殿下が客間の扉の前に立ち塞がった。
「あ~~客間も駄目だ!」
「…じゃあやはり執務室の端で…」
また移動しかけた私の前にアイレンルーガ殿下が素早く近付いて来て、手に持っていた毛布を奪い取った。
「フローア嬢はこっち」
「え?」
アイレンルーガ殿下は仮眠室の扉を開けて、私を手招きした。
そっそこはぁアイレンルーガ殿下がお休みになられている…ベッド?!
「フローア嬢はこちらで休むように」
「ちょっとお待ち下さいませ、そうすれば殿下はどちらでお休みになられるのでしょうか?」
アイレンルーガ殿下は目を彷徨わせると、ソコで…と部屋の窓際に置かれているこじんまりとしたソファーを指差した。
そんなこじんまりとしたソファーじゃ、アイレンルーガ殿下の体が完璧にはみ出てしまうじゃないの!
「…っ!王族の方を差し置いて寝台にはあがれませんっ!」
私が叫ぶとアイレンルーガ殿下も何故か叫び返した。
「女性が体を冷やしたりしてはいけないだろ!」
気遣いは有難いのですが…ここで発揮して頂いてもこちらが困る。不敬と殿下の心証を天秤にかけて、心証を悪くしたくらいでは処刑されないだろうから、心証を悪くする方を選んだ。
私はアイレンルーガ殿下に奪われた毛布を奪い返した。
「どうぞお気遣いなく…同室で休ませて頂くことは致し方なく了承致しますが、眠るのは私はこちらの椅子で十分でございます。おやすみな………殿下?」
私は奪い返した毛布に包まりながら、こじんまりソファーに寝転ぼうとした。しかしアイレンルーガ殿下が包まった毛布を引き剥がそうとしてきた。
「フローア嬢は寝台だ…」
「何を仰いますやら…殿下はどうぞ寝台でお休み下さいませ」
暫く殿下と毛布の引っ張り合いをしていた。これ以上引っ張るな!毛布が破れる…と心の中で罵倒していた。
すると埒が明かないと思ったのか…殿下が毛布ごと私を包み込み、私の体を持ち上げようとしてきた。ええっ?!そんな力技?
「ちょ…待って下さいっ!私が困ります!」
慌ててソファーのひじ掛けを掴んで、上に持ち上がらないように踏ん張った。私がそんな動きをするとは予測していなかったのか、アイレンルーガ殿下は私の体を掴み損ねたのか、ふらついて私と共にソファーに倒れ込んでしまった。
毛布越しとはいえ、アイレンルーガ殿下に覆い被さられているこの状況!
その時…キィィ…と仮眠室の扉が開いた。
「殿下……」
室内魔灯の灯りを背に…グリード=ヒルズ少佐が鋭い目をしてこちらを見ながら戸口に立っていた。
毛布の中で私は慌てていた。自分で被った毛布が体に包まり過ぎて逆に、身動きが取れなくなっていたのだ。
「こんな深夜に…婦女子になにをされているのですか?」
ひええええっ?!ヒルズ少佐の指摘に血の気が引いた。そっちの心配がぁ?!殿下にも好みがありますかr……
「そうだな…グリード、邪魔するなよ?」
「なっ…もがぁ…」
アイレンルーガ殿下の言葉に反論しようとすると、殿下に毛布で口を塞がれた?!私を窒息させるおつもりかっ?!
「…程々でお願いしますよ、失礼します」
溜め息と共にヒルズ少佐が仮眠室を出て行ってしまった。程々ってなんだ?何が程々なんだ?
私がヒルズ少佐の言葉の意味を考えていると、フワッと体が浮きあがった。
し、しまった!踏ん張るのを忘れていた!
アイレンルーガ殿下に毛布ごと運ばれて…ベッドの上に降ろされてしまった。
「だ…駄目ですっ殿下…殿下はこちらでお休みに…」
「分かったから~じゃあ寝るよ。おやすみ~」
「え?」
アイレンルーガ殿下は室内を暗くしてから、毛布にくるまれた私の横に寝転がってきた。
なんだと?
「……」
お互いにベッドとソファーのどちらで寝るかで揉めてたね?うん。そして今二人でベッドに寝転がってしまってるね?
毛布に包まって、更にアイレンルーガ殿下に抱き締められていて身動きが取れない。
気のせいかな?アイレンルーガ殿下の規則正しい寝息が聞こえてくるような?
嘘でしょう?
今更騒いで、アイレンルーガ殿下の眠りを妨げるのも不敬になるような気がして、ただひたすら浅い呼吸を繰り返していた。眠れる訳がない!!
…
……
そんな状態だったがいつの間にか眠っていたみたいだった。ガクッと体が揺れた感覚で眠りから目が覚めた。私は何故か毛布には包まっておらず、アイレンルーガ殿下のベッドに堂々と優雅に一人寝をしていた。
それはそうと、アイレンルーガ殿下はどこでしょう?
ハッ……と気が付いてこぢんまりソファを見ると、アイレンルーガ殿下はそこにはいなかった。視線を動かすと殿下は窓枠に腰掛けて座っており……多分だがお酒を飲んでいるように見える。
これは絵になるわね~月夜と一人酒を嗜む王子様。
そしてアイレンルーガ殿下がくるりとこちらを向いた。
ひええっ?!急いで目を瞑った。
窓際からアイレンルーガ殿下がベッドに近付いて来る。
起きているのがバレたのかな?
浅く深呼吸をして眠っているフリをした。フワッ…とアイレンルーガ殿下の香水の匂いが近くで香る。これは見ているね?フローア嬢、起きてるんじゃね?と疑ってるね?
「…くぅ~すぅ~」
さりげなく静かに深呼吸を繰り返した。
「ふがっ?!」
突然、アイレンルーガ殿下に鼻を摘ままれた。
「バレてるぞ、こら」
「いだいですっ!もう…」
どこの世界に乙女の鼻を摘まむ王子様がいるかっていうんだ!……あ、ここにいますか?
「明日から、別の意味で忙しくなると思うが…頑張ってくれよ」
「ん?え?…それなんです?」
鼻を押さえながら問い掛けたがアイレンルーガ殿下は答えてくれなかった。おまけに、そのままベッドに滑り込んできたアイレンルーガ殿下に直に抱き締められてしまって、びっくりして叫んだはずなのに、言葉が出ていなかった。……そこで私の記憶はぷっつりと途切れている。
きっと魔法で強引に眠らされたか、気絶させられたのだと思う。
乙女に向かってなんてことするんだよ…




