怪しいメモ
食堂の窓の向こうには裏庭に消えて行く二つの影…追いかける?いやいや、別に怪しい~てことじゃないし、それに後から追いかけていた兵士より、確実にアイレンルーガ殿下の方が強いはずだ。
何と言っても国一番の実力らしいしね。万が一にあの兵士から遅れを取るとかいうことは無いだろうと思う。
「うわっ!フローアちゃん特別献立だって!」
背後から声がしてギョッとして後ろを向くと、ギナセ中尉が食堂に入って来ていた。後ろにヒルズ少佐の姿も見える。
「なんですか、このマシルトーテの量!」
ヒルズ少佐がマシルトーテと言ったのはトマトパスタのことだ。マシルがトマトでトーテがパスタ、直訳するとこんな感じだ。
「何…って私の為の夕食ですよ!あげませんからね!」
「結構です……その肉類の揚げ物の匂いだけで胃がもたれます…」
ヒルズ少佐はとんでもない鋭い目付きで私を見ていた。
ヒルズ少佐は胃腸軟弱ですね!
ヒルズ少佐とギナセ中尉が第一執務室用の夕食の入った籠と私専用夕食の籠を持ってくれたので、私は手ぶらで食堂を出ることになった。
結局、アイレンルーガ殿下のアレは何だったのだろう…
第一執務室に戻ってすぐに、アイレンルーガ殿下は帰って来た。
「お~持って来てくれ……うわっ何?その籠…」
アイレンルーガ殿下は私の机の上にドーーンと置いてある『フローアちゃん特別献立』の籐籠を見ている。
すると私が答えるより早く、ギナセ中尉が叫んだ。
「フローアちゃん特別献立って貼り紙してあったんですよ!食堂のランさんの特別みたいですよ!」
何をそんなに声高に叫ぶ必要があるんだろうか?あの食堂のおばちゃんはランさんと言うのか。
私は自分の籐籠を開けて、皿を取り出した。
「これはまた、量もすごいな~」
アイレンルーガ殿下はいつもと変わらない笑顔を浮かべてこちらを見ている。
まあ…いいか。王族だし、探られたくないことだって山のように抱えているだろうしね。
私は目の前の皿に目をやった。
炙った魔獣肉の大盛り、おやっ?肉の下には温野菜サラダが…グフフ。魔獣鳥と豚肉?唐揚げ…味付けは油淋鶏?!このタレどうしたの?!…そしてマシルトーテを口に入れた…おおっソースの中に…魚介?ペスカトーレェェ!
「あんなにお菓子を食べた後なのに、笑いながら食べているね…」
「あの揚げ物を頬張りながら、咀嚼速度が落ちないのが最早…奇跡だな」
ギナセ中尉とヒルズ少佐がどこかの貴族令嬢のように私に向かって呟きながら、サンドイッチをチビチビ食べている。
「ヒルズ少佐とギナセ中尉はボヤキもそうですが、食べ方も貴族子女みたいですね!」
「ほっとけ!!」
ギナセ中尉がとうとう、私に捨て身のツッコミを繰り出してきた。そう言えば…
「今頃ですが…ロイト=ギナセ中尉…の家名ですが、ギナセ侯爵の次男ですよね?」
私が首を傾げて微笑むと、家格の上のご令嬢にツッコミを入れてしまったことを思い出したのか…
「フローア=ゼルベデシ公爵令嬢…申し訳ありませんでした……」
と、口を尖らせながら謝罪されてきた。そのギナセ中尉の顔に思わず吹き出してしまった。
「フフッフ…ギナセ中尉、今更ですよぉ~それに私よりお一つ上ですよね。どうぞ気さくにお願いします。それに普通の貴族子女ならこんな所で泊まり込みなんてしませんよ」
「……だよね。ロイトもグリードも年下の部下に接するみたいに普通にしてやれ」
と、アイレンルーガ殿下が諭してくれた。殿下は調理パンをモシャモシャと食べている。そんな殿下の机の上には、手付かずの果物五種類が乗った皿が置いてある………
「殿下…フローアに殿下の果物狙われてますよ?」
ヒルズ少佐いきなり呼び捨て?!ってそれよりも人を殺し屋か何かと勘違いしてませんかね?!
「何ですか少佐、貴族子女に向かって賊みたいな表現をされてぇ……殿下、果物食べないのなら…」
アイレンルーガ殿下は無言で私に果物を乗せた皿を付き出して来てくれた。
「戴きます♡」
「もらうのかっ!」
ギナセ中尉とヒルズ少佐から同時にツッコまれた。息もぴったりですね。
■ ◆ ■
深夜……ギナセ中尉は隣の来客用の客間に簡易ベッドを作って寝ている。私は厚手の毛布を持って来ているので、床にゴロ寝の予定だ。
何となくだが、「床で寝ますのでお気遣いなく」と言うとフェミニストっぽい三人が文句を言ってきそうなのだが、何を隠そう私は床寝派なのだ。実際こちらの世界とは違う世界では畳敷きの日本間で寝起きしていたので、床でゴロリが一番落ち着くのだ。
まあ今の所まだ床にゴロンは出来なさそうだ。夕食後に持ち込まれてきた、外務省の書類の束の整理中なのだ。何故こんなに溜め込むのか…と、持って来てくれた外務省の職員には言えなかった。
どうやら第二王子のライフェルーガ殿下は政務を溜めまくっていて、外務省の役人が仕方なく手伝っているらしい…らしいというのは直接私に聞かされた訳じゃないからだ。
今……手元に来ている外務省の書類の中に魔法で隠されていた、小さなメモが挟まれていて
『外務省内が疲弊中…仕事遅れる』
と書いていたからだ。この字には心当たりがある、ガラムさんだ。
ガラムさんとは私より2つ年上の外務省の役人で、ライフェルーガ殿下の外務関係の政務の補佐官をしてくれていたお兄さんだ。多分、私がしていた政務を一役人であるガラムさんが代行していると思われる。
王子の決済を一役人がしてしまうなんて…そりゃガラムさんは優秀な方だけど…ね。しかしそれよりももっと気になる文面が続きに書かれていた。
『ビアンレア公国の方で動きあり』
とだけ書かれていたのだ。
ビアンレア公国…セリナージャ妃の母国。確か今の大公陛下はセリナージャ妃の実父だったはず…。ガラムさんは私がライフェルーガ殿下のことで頭を悩ませていることを知っていたから、セリナージャ妃関連のことを外務省経由で教えてくれたのだろうけど…これってきな臭いのかな。
私はそのメモ紙をワンピースドレスのポケットに入れた。
第一執務室の部屋の扉が開いた。またどこかに行っていたアイレンルーガ殿下戻って来た。アイレンルーガ殿下は私とヒルズ少佐が起きていたことにちょっと驚いていたようだ。
「二人共…もう休めよ」
「では…失礼して…」
ヒルズ少佐が隣の客間に移動したので、私も寝ようと先ずは洗面所に行って顔を洗った。この世界にも歯ブラシがあるのはあるのだが、歯磨き粉が存在しないのだ。今は塩を中心に混ぜ合わせて練粉を作ってそれでごしごし磨いている。
ハンドタオルで顔を拭いながら洗面所から戻って来ると、アイレンルーガ殿下が私が見ていた外務省の書類を見て眉間に皺を寄せていた。
「フローア嬢……君に異変は無い、よな?この書類に魔力の痕跡が残っている」
ひ……ひええええっ?!それガラムさんのメモじゃないかな?え?どうしよう?怪しくないけど、怪しいといえば怪しいし…
狼狽えた私に気が付いたアイレンルーガ殿下が、目を鋭くした。
「フローア嬢…何か知っているな?話してみろ…」
おっ…王子様が夜中に私に迫ってきます!!
私はポケットの中のメモを取り出すと
「これですっ!これ…」
急いでアイレンルーガ殿下に見せた。
アイレンルーガ殿下はメモを受け取ると、中を読んでいる。
「外務省の役人か…?」
「はい、ガラムさんという方で忙しくなることのお詫びと…多分それに関する情報のようなものだと…」
アイレンルーガ殿下は頭をガシガシと掻いてから、私を手招きした。ど、どうしよう?怒られるのかな…恐る恐るアイレンルーガ殿下の近くへと移動した。
アイレンルーガ殿下は消音魔法…音を消す魔法を発動した。
会話を聞かれたくないのか…益々怖い、なんだろう?
「このガラムという外務省の役人は…優秀だな、使える。今、ビアンレア公国が揺れている。大公陛下が倒れられたんだ」
私は息を飲んだ。
セリナージャ妃のお父上、つまりライフェルーガ殿下のお爺様が倒れられた…
 




