第87話 そして、神と魔王は世界を覆い尽くした
石畳がコツコツと響く。
僕たちが袖を通しているのは既に制服ではないからか、気持ちが少し落ち着かない。
ゆっくり深呼吸だ。
「ロクトくん、大丈夫」
僕の手を握るのは、嫁のリカンツ。
その温もりに僕の背負った荷はすーっと降りていく。
後方にはエル、アル、リカンツちゃんが控え、僕が行くのを待ってくれている。
僕は彼女たちに背中を押され、光の射す方へと歩む。
その先には演説台となっている飛び出た部分があり、上にはどんよりと曇った空を、下には民衆を眺められるようになっている。
「待たせすぎだロクト。リカンツとまたイチャついてたのか?」
いつもの軽口を僕にぶつけるアベル。
「まあな。時は金なりって言うだろ」
僕は今日に限ってアベルのテンションに合わせて言葉を返す。
アベルは僕に目配せを送る。
ああ分かっている、始めるんだな。
「聞け! 民衆共!」
力強いアベルの第一声に、民衆たちは空を仰ぎみるようにして僕たちに視線を送る。
そしてアベルは続ける。
「我々はかつて戦争を繰り返し、平和になったのも束の間、水面下で争い、奪い合った。悲しい歴史は何度も繰り返された。そして俺は見た! アーリアス中枢、学園でも何者かの意志による闘争を! これは誰のせいだ! 分かるやつはいるか?」
民衆は誰一人として答えない。
アベルの圧に気圧されているからではない、確かにその答えが分からなかったからだ。
「……神だ。神は至福を肥やすために我々に闘争を強いる! 最後の一人になるまで神は闘争し、最後に世界を滅ぼす。だがそんなものはもう終わりだ。終わったんだよ。ここにいるのは原初の神をその身に宿す現人神、ロクトだ!」
アベルの演説に対し、民衆は声を上げる。
よし、予想通りの反応だ。
まあ、一応僕が神であることを証明しよう。
「聞け! 民衆よ! 僕は神、原初の神だ。いいかお前たち、両手をあげろ!」
僕はアジェンダ変更を全ての民にかけ、手を上げさせる。
みな自分の行いに驚いている。
そして、彼らの頭上に巨大な四角い白い箱を置く。
「続けて、この方がもう一人の現人神、焔神を身に宿すツモイ!」
アベルの演説に続いてツモイは僕たちの演説する砦から姿を現す。
ツモイはその身を神の炎で包むと、民衆の頭上に浮く白い箱を刀で切り裂く。
その衝撃で空は晴れ渡り、中から瓶で小分けされた葡萄酒が飛び出し、それをひとつずつ丁寧に僕の効果変更で一人一人の手に握らせる。
酒、この世でこれより強い趣向品はない。
「それは神の賜物である。この二神が在る限り、アーリアス大陸は不滅だ! 神話の終焉の時は訪れることはない!」
僕はアベルの言葉に続けて能力で彼らの脳裏に神話を見せつける。
これで信じないものはいないはずだ。
民衆は歓喜の声を上げる。
この壊れゆく揺籃を神の時代から遠ざけようというのだから、喜ばないはずがないのだ。
「だが、神々と決別し、利用する我らは既に悪魔そのもの! この仮初の平和を保つためには我々はひとつにならなければならない。よって! ここに魔王エリカの君臨を宣言する! 今日よりアーリアスは合衆魔界アーリアスとなる!」
エリカは僕よりも高い台から民衆を見下ろす。
「神と決別せし者たちよ、この魔王エリカが世界を覆い尽くし、貴方型を守ると誓うよ!」
これこそアベルの目標の最終形態。
現人神二人を携え、神を生み出すほどの星の力を秘めた魔王の君臨。
名付けて、魔王エリカ計画。
この合衆魔界の演説は演説を始める前より既に内容がアーリアス全土に行き渡っている。
死神デスシーンの謀反により神罰を受けずに情報開示が可能となり、人間は神の餌であることを知った。
そして生きとし生ける人間は明日を求め、魔王エリカに忠誠を誓った。
領主も、国王も、皇帝でさえも。
これから先は神ですら知らない世界。
神の揺籃から生まれ、神を否定し、利用する。
生物は生まれを選ぶことはできない。
しかし、どう生きるかは選ぶことができる。
───僕たちは魔王城を踏みしめる。
大層な話にはなったが、ついに僕たちは自分の手で生き方を見つけた。
次回最終回です
本投稿と同日、つまり10月21日曜の10時過ぎに最終回を投稿します
どうか最後までお付き合い下さいませ。