第80話 そして、黒檻は希望を閉じ込めた
「いい度胸じゃないかお前。だったら死ねよ!」
空中に展開していた魔導書は一斉に僕の妹の方へと向き、魔法を放つ。
さらに、奴隷紋が光り輝き、僕の妹の動きを縛っている。
だけれど、そんなことは僕の妹の前では些事だ。
「あら残念、届きませんでしたわねぇ」
その魔法も、魔導書も、命令も、奴隷紋も全て消滅していた。
「な、なんだこれ」
僕は怒りのあまり冷静さを失っていたが、ちょっと考えればこれは当然の結果であった。
原初の神の熱意はあらゆる邪悪を払い除ける。
邪悪とは言うが、実際はその気になれば魔術であろうとなんであろうと払えるのだ。
そんなチートアイテムの前ではきっと世界で最も強力な魔導書の魔法であろうと容易く打ち砕かれるであろう。
つまり僕の妹は始めから無敵だったのだ。
僕としたことが、もう少し冷静になっておけば……。
余計な心配をしていたと分かった途端気が抜けてしまい、ほっと胸を撫でおろす。
「なんだ……なんだなんだなんだお前はぁ! 兄さんの魔術で洗脳されたんじゃなかったのかよぉ!」
シュトリは恐怖から汗を滝のように吹き出しながら、僕の妹を指さし怯えた表情を見せる。
というかやはり、生徒会長であるアリエルが妹を巻き込んだ今回の件に大きく関わっていたようだな。
あの男はいずれ必ず殺す。
「シュトリ、お前は……。さあ、そろそろ決着といこうか」
僕は剣を握りしめ、シュトリへと近づく。
「ああ、ありえない! だって俺には最強の勝負師、アルがいるんだぞぉ! どんな無茶でも通るんはずなんだ! 負けるはずがないぃ……!」
面白いほどにシュトリはわーきゃー喚きだす。
希代の勝負師には妹がいることすら知らずに。
「もう終わりだシュトリ。ほら、痛くしないでやるから首を出せよ」
僕のその言葉を聞いてシュトリは尻もちをつき、這ったままあとじさる。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。こんな雑魚に僕が殺されるってのかぁ……? ありえるわけ……ないだろ」
僕はそのシュトリに1歩ずつ近寄っていく。
勝負ありだ。
──僕が剣を振り下ろそうとしたその瞬間、辺りは一瞬にして暗くなる。
なんだこれは。
シュトリ、アル、グウェン含む僕たちを黒い四角い膜のようなものが取り囲んでいる。
つまり僕たちはこの黒い謎の檻に閉じ込められたというのか。
「そんな兄さん! ああ、俺だっているのに……! もう終わりだ、おしまいだぁ」
阿鼻叫喚のシュトリは何か事情を知っているようだった。
なら、アジェンダ変更だ。
「おいシュトリ、知ってることを全部話してもらおうか」
僕はシュトリの襟元を掴み、アジェンダ変更を発動する。
「これは万能防衛術式、黒魔術の『イージス』。物理的に破壊は不可能だし、強力な破壊魔法を五属性同時に放たないと解けない。お前とツモイを殺すために兄さんが仕掛けていた最終兵器だよ」
その言葉を聞いた僕の古い方の妹、グウェンは大地を割るような強力な斬撃を黒い壁へと繰り出す。
「確かに、物理的には難しそうですね」
剣術において僕の妹の右に出るものはいない。
その妹で破壊不可能であれば、確かにこの壁は物理的なアプローチでは敵わないということだろう。
謎の物体が現れ、突然の出来事に闘技場は騒然とする。