第76話 そして、僕は兄だった
「──なるほどな。じゃあ質問を変えようか。君に入学試験の日、その計画を吹き込んだのは誰か、教えてくれないか?」
僕からのアルへの質問はまだ続いた。
どうしても敵の正体を暴きたい一心だった。
「ごめんなさいロクトさん。それが、どうやっても思い出せないんです……」
エルの実の姉、アルはごめんなさいと深々と頭を下げる。
恐らく何らかの記憶消去魔術。
噂には聞いていたが、記憶を操作するタイプのものは相当高レベルな魔術らしい。
つまりこの状況を生み出したのは、かなり高ランクの魔法使い。
「いや、謝らなくていいよ。思い出せないことには何か理由があるように感じるから」
黒幕の尻尾を掴みかけている。
この尻尾を逃すわけにはいかない。
「そうだロクトお兄ちゃん。お姉ちゃんの職業はどんな場面でも勝負事に勝っちゃう勝負師。お姉ちゃんは間違いなくシュトリの最終兵器だよ。まあわたしも一応勝負師なんですけど……」
エルの一言に釣られ、姉のアルを見る。
「はい、わたしたちは勝負師。双子はそれぞれ極端に偏った異なる性質を持って生まれます。私は正の勝負師で、エルは負の勝負師です」
初めて聞いたな、勝負師か。
「その、正の勝負師と負の勝負師は何が異なるんだ?」
僕の問いに対してエルが語りたそうにしていたので発言を促す。
「正の勝負師はいついかなる場面においても、勝負ごとにおいて確実に勝ち、負の勝負師は逆に負け続けます。終身名誉負け犬なんです……うぅ」
なるほど、だから先程の襲撃の際、アルに僕のアジェンダ変更が効かなかったのか。
アレは恐らく幻術の効果ではなく、勝敗が決定するほどの攻撃は効かないという概念的防御という説明が一番しっくりくる。
それに僕はここ数日エルと昼食の献立を決める戦いを繰り広げてきたが、確かに彼女が僕に勝ったことは一度もない。
だが、対戦相手がアベルだった時は話が違ったことを思い出す。
なるほど、確かに正の勝負師、負の勝負師というのはよく分かった。
だが、そこでひとつの疑問が思い浮かぶ。
「待てよ、じゃあ闘技大会では僕は確実に負けてしまうエルを連れて、確実に勝てる幸運の女神を連れたシュトリを倒さなきゃいけないのか……」
これはとてつもない無理ゲーだな。
「実はそうでもありませんよ。一見すると確実に負ける勝負師と確実に勝つ勝負師、この二つがぶつかれば勝敗は明らかに思えるかもしれませんが、結果はドローです。正の性質は負の性質で相殺できます。ですからエルちゃんが戦う気になればわたしの能力を止められるはずです」
アルは僕たちにスキル効果の説明をする。
なるほど、だからエルは自分でなければいけないと言っていたのか。
「そういうことか。とりあえず、闘技大会に申し込みに行こう。アル、君の能力はよく分かったよ、そろそろ行った方がいい」
「ええ、ああ……そうね。ありがとう」
僕は彼女の腹部にある奴隷紋が仄かに明るくなっていることを知っていた。
これは確かに激痛だもんなあ。
奴隷紋を消してあげたいが、アルとの対決の前にそれがバレてしまえば今回の作戦は成功しないため、僕は効果変更で奴隷紋は消さず、痛みを少し減らしておく。
「ロクトお兄ちゃん……お兄ちゃんだけが頼りなんです。お願い、お姉ちゃんを助けてあげて……!」
エルの縋るような目線が痛い。
「ああ、僕に任せておけ。全部丸く解決してやるよ」
妹が困っていたら助け舟を出そう。
それがお兄ちゃんとしての責任だろう。