第74話 そして、敵の敵は味方だった
ブラン兵たちはヴァルキュリオスと魔術師を残して統率の取れた動きで撤退していく。
「逃がすか……!」
ツモイはそれに追い打ちをかけようと立ち上がる。
「いや、行くなツモイ」
僕はそれを肩を掴んで止める。
「しかし師匠……!」
彼女の目は普段よりさらに研ぎ澄まされた肉食獣のようであった。
「気持ちは嬉しいけれど、死ぬぜ」
どこの空間に斬撃が置いてあるのか分からないのだ。
そんな中、閉所で相手を追跡しようものならバラバラ遺体が簡単に出来上がってしまう。
「…………っ」
ツモイは息を飲む。
「ああごめん、脅すつもりじゃなかったんだ」
「はい、師匠。忠告ありがとうございます」
とりあえずこの話はまた今度だ。
今は魂が抜けたような顔をしているヴァルキュリオスとエルが抱きしめるブラン兵に混ざっていた魔術師の話がしたい。
まず、僕はヴァルキュリオスから話をすることにした。
「なあヴァルキュリオス、お前はどうしたいんだよ。まだお前を殺そうとした隊長の言うことを聞くのか?」
この愚かな男は僕と僕の妹さえ殺せばきっと統治は上手くいくと考えていたらしいが、そうやって急進的な改革をしても新たなリーダーがまともである確証はないのだ。
気持ちは分かる、確かに僕の父はクズ同然だ。
父が領民から搾り取る税に喘ぐ領民の謀反を見たことがある。
だが、ブラン領は武力による厳重な恐怖政治の元で政府は動いている。
領民ごときの力では代々伝わる剣術に為す術なく税を収める他ないのだ。
無論重い税の苦しみを味わったはずもない貴族のヴァルキュリオスが政府を正すために戦うことは立派だとは思う。
動機は良し、問題はその過程と結果にあるだろう。
「僕が民を導かなければ統治は悪くなる一方だ。だけれど僕は勉強不足だ、今回の一件で分かってしまったよ。僕たち分家の思想も安全とは限らない。一体どうすればいいんだ……!」
「新しい世代に託せばいい。例えば、僕の妹とかな」
僕の妹グウェンは賢かった。
幼くして歴史を学び、喧嘩を仲裁し、現在ブラン領で使われている農耕策を提案した賢人だ。
若く、柔軟な考えができる彼女こそ僕が提案できる最高の人材だろう。
「すまないロクト、それは信用できない……。何せ彼女はブラン本家の純血だ。同じ過ちを繰り返すかもしれない。政府というのは完璧でなければならないんだ」
ヴァルキュリオスは俯いたまま呟く。
「そんなことないんじゃないのか、完璧かどうか、未来の絵画なんて、神さまにも分かりはしないだろうさ。大事なのは試してみることなんじゃないのかよ、明るい未来を信じ、渇望して僕を殺そうとした勢いはどこに置いてきちまったんだ」
「……ああ、確かにその通りだね、ロクト君」
ヴァルキュリオスは顔を上げる。
「それと、何もお前が見て聞いて感じてきたこともまた事実だ。今の政府は腐ってる。全部が正しいって訳じゃあないと思うけれど、分家の思想も大事にすべきだと思う。だからヴァルキュリオス、お前が僕の妹の騎士にして家庭教師となり、お前たち二人の思想で導け」
ヴァルキュリオスは顔を上げる。
「いいのかい、僕なんかで」
「当たり前だよ、これはお前にしかできない仕事だ。それにこれはお願いなんかじゃあないぜ。敗者に対する命令だよ。──いいか、僕の命令は絶対服従だ」
ヴァルキュリオスは立ち上がる。
「ふ、あはははははは! いいね、一度は死ぬほど憎んでいた相手に忠義の剣を捧げろって言うんだね。ありがとうロクト君。騎士ヴァルキュリオス、この身に代えても必ず君の妹グウェンを救い出してみせるとも」
「ああ、つまりここから先は──」
「「──共同戦線だ」」
僕とヴァルキュリオスは拳を交わす。
待っててくれよ、グウェン。