第70話 そして、旧友は敵を睨んだ
結局、僕は一睡もせずに朝を迎えた。
先程のドア越しの襲撃もあったのだ、今寝てしまっては命に関わるかもしれない。
「むにゃむにゃ……あ、おはようロクトくん」
リカンツちゃんは目を覚ます。
「おはようリカンツちゃん、ツモイの抱き心地はどうだった?」
僕は一日中見張りをするため、リカンツちゃんには替えの抱き枕が必要だった。
そのため、僕に代わってエルとツモイをベッドに投下したところ、交互に抱きついた後結局ツモイで収まったらしい。
「うん、ロクトと違って柔らかかった」
そいつは結構だ。
「ほらツモイ、エル、起きてくれよ」
「うーん……。あ、おはようございます」
「ふぁ〜っ。おはよ〜」
よし、起きてくれたな。
今日の闘技大会のスケジュールは午前が受付、午後が予選だったな。
遅刻厳禁、遅れないようにしなければ。
今は6時半、少し早いが早くて悪いことは無い。
「さあ、準備して行こうか」
僕たちが起き上がった、その時だった。
「くるぞ」
僕は敵の襲撃を感じ取り、臨戦態勢になる。
「うん、これは結界だね」
僕の部屋はどんどん膨れ上がり、扉が、天井が、壁が、あらゆるものが遠くなっていく。
気がつくと、僕たちは草原の幻覚に立っていた。
奥にゆらゆらと背の低いローブの人物が構えている。
しかしあの小さな背丈のローブ姿は覚えている。
そう、こいつこそ僕を貶めた『真の仲間』最後の一人のはずだ。
ローブで顔こそ見えないが、ローブで隠しきれない特徴的な身長の低さと袖の大きさになる人物を、僕はみんなの妹エル以外に覚えがない。
「お前が術者か」
僕が問うが、反応はない。
仕方ない、アジェンダ変更だ、道を開けろ。
だが、結界の中だからか敵の反応がない。
どうやらこの幻術の中では『名前をつける』がうまく機能しないようだ。
「……」
ローブの人物が手を振り下ろすと、一斉に30人ほどの人影が現れる。
こいつらは、ブラン家に仕える兵士だ。
厄介だな、こいつら全員がブランの剣術を会得している。
「あれなるはブラン家の汚点とブランの名と並び立とうとする不届き者の田舎娘、リカンツ・モンドワールとその一味である! 皆の者、かかれぇい!」
「うおお!」
一際目立つ大柄で華美な鎧を纏った大男の号令により彼らは勇ましく僕たちに突撃をする。
興味深い話だ、ブラン家がリカンツちゃんの家である隣の領を治めるモンドワール家を目の上の腫れ物みたいな言い回しとは。
それにしても、どうやらこの男の口ぶりからすると僕が学園に追放されてから、ブラン家とモンドワール家の仲は険悪になってるかもしれないようだな。
くだらない、くだらない。
この時の僕は、既に怒りに満ちていた。
「大賢者回路起動、劫火!」
僕が覚えたての魔術を使用すると草原は轟々と燃え上がり、敵陣を焼く。
まだだ、まだこんなもので終わりではない!
「焼けて苦しめよッ!」
僕は剣を振り、斬撃を飛ばす。
その斬撃は炎を纏い、熱風となり、有象無象を薙ぎ払っていく。
「馬鹿な。あのロクトだぞ! 落ちこぼれの!」
「あ、悪魔め!」
有象無象が炎の中で喚き散らす。
そこを退けよ。
僕はもう一度斬撃を飛ばす。
だが、今度は強力な斬撃でうち払われる。
「君がこんな力を隠していたなんて、ロクト君」
そいつは連れてきていた魔術師に兵士へ治癒魔法をかけるよう促す。
やがて兵士たちはみな起き上がる。
その爽やかぶった優等生を見ると思い出す。
かつての最悪な日々のことを。
「どうだか。まさかこんなところでもう一度顔を合わせることになるとは思わなかったよ、ヴァルキュリオス」