第69話 そして、妹は覚悟を決めた
僕の妹は上着を脱ぎ捨てる。
そこには、彼女の腹には奴隷紋が刻まれていた。
「お前……!」
僕は仲間たちのおかげで少しずつ穏やかな気持ちになりつつあった。
それこそ復讐などどうでもいいと思えるほどに。
だが、その紋章は僕の炎を再び燃え上がらせるのには充分すぎた。
「心配しなくても大丈夫だよ、ロクトくぅん。お前をぶち殺した後にはちゃーんと妹ちゃんも隣に並べてやるからさぁ! あははははは!」
「お前……お前!」
僕はシュトリのその言葉に怒りが沸点を超え、剣を振り翳し、同時にスキルを発動させる。
「アジェンダ変更、死ね!」
剣で首を撥ねてもよし、もし躱されてもアジェンダ変更により自害する。
「甘いですね、お兄ちゃん!」
だが、グウェンの一刀によりアジェンダ変更もろとも剣が破壊される。
その剣にも見覚えがある。
邪悪を断つ聖剣、『原初の神の熱意』。
僕がついに手にすることがなかったブラン家の次期当主と認められたものに与えられる聖剣。
そうか、これほどの聖剣ならばアジェンダ変更すらもかき消せるというのか。
「なあロクト、問答無用の殺害が認められる闘技大会3on3の部門に出ろ。そこでお前を殺す。ああ、お前の妹は既に仮入学の手続きは済ませてある、ちゃあんと殺し合わせてやるよ」
ここに来て闘技大会だと。
ああそうか、学園で殺害すれば問題になるが、一部のイベントであれば野外演習のように殺害が認められるケースがあるからか。
しかし先程僕を殺そうとした男がなぜ今になってルールを重んじる。
いや待て、犯人は別か……?
「お兄ちゃん、待ってますね」
妹のグウェンは後押しする。
出なければ妹は死ぬ、かといって負ければ妹と僕が死ぬ。
だったら考える時間すら必要ない。
「ああ。その勝負、受けて立つ」
僕の描いたシナリオ、それは勝って僕も妹も死なない、だ。
「く、あははははは! いいねぇ! せいぜいお仲間を探してくるんだな! もっとも3on3では主人でなければ参加資格は無い。まあ、お前なんかと死にたいやつはいないだろうけれどなぁ!」
シュトリはそう言い残すと、僕の妹と共に姿を消す。
「ああくそ!」
苛立ちのあまり、地面を蹴りつける。
握りしめる拳からは血が流れ、それが地面に滴る。
「ロクトくん……」
その手を優しく握り、治癒の魔法をかけたのはリカンツちゃんだった。
「あ、ああ……。ありがとう」
「ううん、私の方こそ役に立てなくてごめん……」
そう、今回の件にリカンツちゃんは関わることができない。
「師匠、この身は師匠の刃です。師匠が命じれば使用人にもなりましょう。なんなりとご命令ください。それとリカンツさん、もしよろしければ一緒に倒しませんか? きっとこの3人なら──」
ツモイは僕に打診をするがそれは無理というものだ。
「──いいや、無理なんだ、ツモイ。リカンツちゃんだけはこの一件にどうしても関わらせるわけにはいかないんだよ」
「なぜ、ですか。……そうですか、師匠ははリカンツ様を使用人にしたくないから──」
「いいや、それもあるが、もっと根本的な理由なんだ。僕の妹が聖剣を持ってたろ。リカンツちゃんはあの聖剣に近づくとあの剣に閉じ込められてしまうんだ」
どうしてそうなってしまうのかは分からないが、幼少期に彼女があの聖剣に触れようとした時、何故か閉じ込められた。
その時はもう大騒ぎで彼女を助け出すためにあの手この手を尽くして救助した。
もうあんな思いはさせたくないし、何より危険過ぎる。
「そう、ですか……。しかしこれでは二人。明日までに三人など、どうすれば……」
空気は重くなる。
だが、そこにひとつの提案が浮かぶ。
「それでしたら、妹のわたしに任せてください、お兄ちゃん!」
それは嬉しいが、僕は知っている。
彼女の戦闘能力は秀でているわけではない、むしろ低い方だ。
そんな彼女を危険に晒すわけにはいかないし、使用人にするのも気が引ける。
「気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でもこれは危険過ぎる」
だが、彼女は退かない。
「ううん。これはわたしが適任、いいえ、わたしじゃなければダメなんです!」
僕は一抹の不安を抱いていた。
しかし確かに彼女であれば不思議と何とかなりそうな気がした。
何か変わりそうな、風が吹いたような。
本物よりも本物な妹の献身を素直に受けてみよう。