第68話★そして、隷属の紋章は仄かに煌めいた
「ツモイ、リカンツちゃん、エル、頭を下げろ!」
明確な殺意が僕を掠める。
僕はリカンツちゃんの部屋の玄関にて、ツモイとリカンツちゃんの頭をわし掴みにしてそのままエルを抱くようにして無理やり下げ、僕も合わせるように姿勢を低くする。
瞬間、視覚では何も捉えられなかったが、第六感がそこに首があれば撥ねられていたと告げている。
間違いない、僕の剣術と全く同じ流派だ。
「おいおい、マナーがなってないな。ドアがあるんだから、ノックしてから干渉したらどうなんだよ」
僕はドアを開け、誰に攻撃されたのか確認する。
その人物はものすごい速度で逃亡していく。
服装はローブでよく見えなかったが、あの袖には見覚えがあった。
間違いない、あれは僕の元いたブラン家当主に代々仕えていた親衛隊のものだ。
暗殺の際ですら隊服に袖を通しているとは随分律儀なやつだ。
まあ親衛隊だと断定できる証拠はないが、かといって親衛隊に偽装した証拠もない。
僕には、その隊服をわざわざ見せびらかしているようにしか見えなかった。
「大丈夫か、怪我はないかよ」
僕はリカンツちゃんとツモイとエルに声をかける。
「うん、大丈夫だよ」
「今のは一体……」
「はわわ、何が起こったんですか……?」
どうやら三人に怪我はないらしい。
まさか隣の領主の令嬢であるリカンツちゃんまでも巻き込んで学園内で僕を暗殺しようとするとは。
「なんの騒ぎかなあ、ロクトくんよお」
ずかずかと寮内を闊歩して現れた男を僕は知っている。
爽やかなブロンドの外見にそぐわぬクズを煮詰めたような中身で構成された小悪党。
元学年主席にして僕に地獄への片道切符をくれた最低最悪の内弁慶、『真の仲間・シュトリ』であった。
だが、それよりももっと大きな事件が僕の脳を大きく揺さぶった。
「お久しぶりですね、お兄ちゃん」
その声を、容姿を、何もかもを僕が忘れたことはなかった。
――妹には二つのパターンが存在する。
ひとつは妹を超越した属性としての妹。
そしてもうひとつは、今は捨てたブランの名を連ねる歳下の少女。
「グウェン……!」
それは紛れもなく僕の実の妹、グウェンだった。
「お久しぶりですね、お兄ちゃん」
妹のグウェンは告げる。
僕が世界一可愛いと称する美少女の一角にして僕が成し遂げられなかったブラン家の剣術の正当後継者。
だがしかし、僕の溺愛している妹の姿はそこにはなく、彼女はシュトリの傍に立っていた。
「ああ、久しぶりだなグウェン。元気やってるか?」
「ええ、お兄ちゃんがいなくなったから時期領主はこの私。これほど心地の良い響きはありませんのよ」
僕も妹も、互いに剣を握る。
「やれやれ、穏やかじゃないなぁ。俺が話したかったのはもっと建設的な話だったのに」
呆れたような口調でシュトリは呟く。
「なんだよ、先に攻撃を仕掛けておいて、それはないんじゃないか?」
そう、この男の刺客によって僕たちは死にかけた。
何があっても言い訳できないほど攻撃的な話だ。
「攻撃……? いや、まあいいさ。俺が話したかったのはお前の可愛い可愛い妹ちゃんの話だよ! おい、グウェン!」
「はい……」
シュトリの指示で僕の妹は上着を脱ぎ捨てる。
そこには、彼女の腹には奴隷紋が刻まれていた。
「お前……!」
僕は仲間たちのおかげで少しずつ穏やかな気持ちになりつつあった。
それこそ復讐などどうでもいいと思えるほどに。
だが、その紋章は僕の炎を再び燃え上がらせるのには充分すぎた。