第64話★そして、かつての僕は強かった
「物質変更。炎を無害な空気に」
ツモイを包む炎は立ち消える。
「大丈夫か?」
「はい、怪我はありません。模擬戦、ありがとうございました」
「ああ、時間がある時ならいつでも相手するよ。今日はもう休むといい」
ツモイは大分身体に無理をしていたようで、全身にダメージを負っていた。
「はい、師匠」
これで今日の稽古は終わり。
「お疲れ〜」
タオルを持って現れるリカンツちゃん。
ああ、この安心感をくれるリカンツちゃんはナンバーワンだ。
「ありがとう、リカンツちゃん。リカンツちゃんもやってくか?」
「ううん、剣はもういいかな」
な、な……。
「なんでぇ!?」
僕はてっきり久しぶりにリカンツちゃんと模擬戦ができると思っていたし、それを彼女もそれを楽しみにしていたと思っていた。
だがしかし、実際には僕の誘いは彼女に断られてしまった。
彼女は才能に恵まれずとも、本気で剣聖になろうと人一倍努力を積み重ねていたのだ。
予想外過ぎる彼女の回答に、すっとんきょうな驚きの声を上げてしまった。
「……そ、そんなにおおきな声出さないでよ、ロクトくん……」
「あ、ああ……ごめん。それはそうと、理由を聞いてもいいかな?」
「あー、そうだね。なんていうか、その。恥ずかしいからやっぱ無しにできない?」
「いや、どうしても聞きたいんだ。これは僕の今後の人生設計に関わるほど重大な話だから」
そう、未来の剣聖リカンツが剣聖をやめた理由を聞かなければならない。
そのために僕がリカンツちゃんの側で剣を教え続けたのだから。
「……私、勘違いしてたみたいなんだ。ロクトくんの振るう剣を見て、私もいつか振るって見たいって思ったの。その頃から私は剣聖になりたいと思い込んでた。でも最近ロクトくんと過ごしてわかっちゃったんだけど……あのね」
リカンツちゃんは恥ずかしそうに両手で頬を隠しながら続ける。
「ロクトくんが好き……なんだと思う」
その言葉に、僕はどう返せばいいのかわからなかった。
素直に喜ぶべきことなのだが、もはや許嫁ではなくなった彼女のその言葉をどう受け取れば良いのか僕にはそれが難しい問題だった。
「ありがとう、嬉しいよ。でも家のこともあるんだ、これ以上僕との関係がランクアップしてしまうようなことがあれば、きっと君のモンドワール家の……」
「ううん、家は関係ないよ。私はロクトくんが世界を敵に回したとしたら、私も喜んで世界の敵になるよ」
そのリカンツちゃんの瞳に宿った覚悟の灯火はもはや確認する必要がないほどに本気だった。
そうか、リカンツちゃんの想いはこれほどにも大きかったんだな。
「そしたら一緒に世界でも滅ぼしてしまおうか」
「それもアリかもね」
いやナシだろう、リカンツちゃん。
「師匠が世界に挑まれるというのであればこの百千万億も師匠の剣となりましょう」
話に入ってきたツモイも世界滅ぼす気満々なんだが。
「いやいや、冗談だよ」
それにしても、仲間と呼ぶには従順過ぎる信頼っぷりだな。
だけれどまあ、裏切られるよりはよっぽどマシだろう。
今の僕は一人が怖い。
剣聖を目指していた頃は仲間が多ければ多いほど自分を弱くするだとか、そんな強がりを呟いていつしかその言葉を本気で信じて自分で自分を騙していた。
確かにあの頃の僕は今の僕にはない強さが備わっていたのかもしれない。
だけれど、今の仲間はかつての僕にない強さを持っている。
裏切られるのは怖い。
けれど一人はもっと怖い。
それでいい、それでいいんだ僕。
僕は弱いままに強くなり続ける。
これが僕の成長のロードマップだ。
どうか弱く在れ。