第5話★そして、落ちこぼれた
───要するに、彼女は巨乳だった。
あの頃からの成長が目まぐるしい。
「…それは、それはな。それは…」
あああ、めちゃくちゃ恥ずかしい。
あんなにかっこつけて振り返ったというのに、無残にもたった一つのおっぱいの前に僕は敗北したのだった。
いや、二つか。
「でも、びっくりしたよ。よりにもよって剣聖の一族、ブラン家のロクトくんが学園に来るなんて」
その名を聞いて、僕は剣聖でもブラン家でもないのだという現実を思い出す。
「ああ、事情があってな。それについては後日話すよ。今は試験について考えなくちゃな」
そう、眼前には試験が迫っている。
不合格となればほぼ下働きとして学園のいいように使われるコンパニオンとしての人生が待っているのだ。
僕は父のいいようになりはしない。
なんとしても乗り越えなければ。
「ううん、試験に関係、大アリだよ」
僕はリカンツの言葉に反応する。
どの部分が関係あるのだろうか。
もしかして家の偉さか、それとも剣術などなのだろうか。
「うん? そうなのか。掘り下げて教えてくれないか、リカンツ」
考えるよりも聞いた方が早い、僕は彼女に問う。
「いいよ。だって、試験は初級魔術だから」
なるほど、それは致命的だ。
なぜなら、ブラン家の人間はほぼみんな揃いも揃って魔術が使用できないのだ。
それは僕も例外ではなく、僕に至っては初級魔術の行使すらできない無能っぷりなのだ。
「なるほどな」
父はそれが初めから分かった上で僕を学園に送り込んだのだろう。
僕に初めから選択肢など与えるつもりはなかったのだ。
「でも、よかった。剣術ではどうやっても魔術には適わないって言われてるし、ロクトくんも使えるようになって。剣術一筋で大きな家になったのはロクトくんの家くらいだもんね」
「そんな寂しいこというなよ、”剣聖”リカンツ」
僕の元許嫁、『リカンツ』は賢者だ。
生まれ持って溢れんばかりの才能を有していた彼女は、常に周りの注目の的だった。
だが、僕だけが知っている。
本当は、彼女は剣に恋焦がれる少女なのだ。
幼い頃。ずっと彼女と剣を握り、剣士ごっこを繰り広げていたことを思い出す。
あの曇りない太刀筋と瞳を、僕は決して忘れたことは無い。
無理でも、無茶でも、彼女は己の道を信じ、焦がれていた。
だから、そんな彼女に『剣術ではどうやっても魔術に適わない』というもはや常識と化した概念を口にしないで欲しかった。
「…えへへ、覚えていてくれたんだ。ありがとうね、ロクトくん」
彼女の笑顔は眩しかった。
そう、彼女には笑顔であってほしい。
どうか健やかであれ。
「どういたしまして。だがまあ、初級魔術に関してはまだ使えないんだよな」
「…え?」
リカンツは驚いて顎が抜けているらしい。
まあ、そりゃそうだよな。
なんで学園に来たのって話になるし。
「イヤあぁぁぁぁ!」
その時、どこからか少女の悲鳴が響く。
辺りはざわめく。
見ると、それは隣の列の前の方から聞こえていていた。
「私は…私はぁ! 今日のためにいっぱい練習したのに…。なんで、どうして!?」
どうやら列の最前にいる紅がかった紫色の少女は試験に不合格だったらしい。
その悲痛の声に、ざわめきはいっそう強くなる。
だが、試験官は部下を呼んで彼女をどこかへと連れ去っていくと、何もなかったかのように試験を続行する。
コンパニオンとしての務めはそれほどにも苦痛なのか。
「炎よ、我が敵を打ち砕く一筋の光となりて今ここに放たれよ──」
そんな彼女の悲鳴を気にせず、僕の前に並んでいた眼前の男は、火球をカカシに命中させる。
「合格だ。次、そこの少年。前へ」
ついに僕の試験の番が回ってきたようだ。
目の前には、防護魔法らしきもので堅められた藁でできたカカシが50メートルほど離れたところにある。
「火球を的に当てよ。撃って良いのは三度までだ。ただし、棒以外の部分を8割破壊した時点で不合格とする」
初級魔術の行使っていうから、もっと簡単かと思ったがかなり難しそうだ。
火球を正確に当てるだけでも難しそうなのに、そのうえ破壊してはならないとは。
試験官の後ろには、棒だけを残して無残な姿になったカカシだったものが転がっている。
ああ、やってやるさ。
僕は初級魔術が使えない。
だが、やりようはある。
「(なあペディ、聞こえるか)」
(はい、聞こえております)
よし、会話できたな。
「(物質変更Lv.1って、"空気を炎に変えられる"か?)」
(予測中…。はい、可能です)
ならば後はやるだけだ。
あとは上手に初級魔術に”見せかけ”れば良いのだ。
さあ、やるぞ。
物質変更Lv.1、発動──。
瞬間、眼前から突然爆炎が噴き荒れる。
「な、なんでだ…」
まずい、詠唱の順序がすっ飛んでいる。
抑えなければ。
だが、爆炎は僕の意志とは関係なく、大地を抉りながらカカシへと迫る。
「あああああ、やばいやばいやばいやばいやばい!」
まずい、何もかもが燃えてしまう…!
だが時すでに遅し。
空気という指定は大雑把すぎたのか、眼前のあらゆるものを灰燼にして回った。
砂埃一つすら残さない爆炎は、生まれて初めて聞くほどの爆音と地響きと共に突き進む。
破壊と呼ぶには生ぬるい業火に、その場の全員の視線がこっちへと向く。
辺りは静まり返る。
「あ、あはははは。イッツ初級魔術、なんちって」
「な、こんな威力…。しかも無詠唱だと…。初級魔術のはずがない。不合格、不合格だ…」
試験官はそういうと、こちらを向かずに新たなカカシを持って配置に向かう。
「そんな。ロクトくん…」
元許嫁のリカンツだけがぽつりと呟く。
ああ、やってしまった。
どうやら僕の学園生活は、最悪のスタートを迎えるようだ。