第48話 そして、一撃で8回切った
「それはよかった。さ、戻ろうか」
僕はリカンツちゃんの座っているソファに戻ろうとするが、何か引っかかって動けなかった。
いや、引っかかっていたのではなく、ツモイが僕の服を掴んでいた。
「すみません師匠。ツモイ、今にも修行をつけていただきたい気分なのです」
いい目だ。
いい目をしている。
「いいよ、簡単な棒なら精神力をあまり使わないかな……(ペディ、聞こえるか)」
(はい、それくらいなら全く差し支えないかと)
よし、その言葉を聞いて僕は白い円柱状の棒を生成する。
「ほら、これを使ってくれよ」
僕はツモイに白い棒を手渡す。
「……随分と軽いですね。これで鍛錬になるのでしょうか」
第一声でツモイは不満を漏らす。
まあ、これに関しては僕の説明不足感が否めないか。
「とりあえず振ってみてくれよ、それ」
僕がツモイの剣戟を見た時、なんとも表現しがたい違和感があった。
おそらくだが、それは体格とそれに適切な範囲を大きく超えた剣の重量差だったように思える。
なら、試してみるべきだろう。
「はい、では」
彼女が素振りをすると、ぶんと小気味の良い音が響く。
やはり、僕の思った通りだ。
しかし彼女は首を捻る。
「師匠、何か感じましたか? 私は軽過ぎてよく分かりませんでした、すみません……。あまり力も入りませんでしたので」
「いいや、それでいいんだよ。剣ってのは余計な力を入れないように振るんだ。そしてそれのベストな重量がそれくらい」
「……すみません、少し理解が追いつきません。剣というのは重さと込められた力で威力が決まるものでは?」
な。
そんな馬鹿な。
そんなことを言っていいのはめちゃくちゃ脳筋キャラなやつだけだ。
僕はなんだか悔しくなって、追加で物質変更で四角い物体を地面から生えさせた。
「じゃあこれ、いつもの剣で切ってみてくれよ。多分大きな針葉樹くらいの硬さだけれど」
「はい、いつものですね。……いきます!」
やはりというか、少し切り口ができた程度で切れず。
「じゃあはいこれ。さっきの棒の造形をその剣に近づけてみた模造品だけれど、これで十分なはずだ」
僕は新たに模造刀を作り手渡す。
「はい、では……。やあ!」
それはもういとも簡単に四角い物体はすっぱりと切れる。
「そんな……。こうまでもいとも容易く」
ツモイの表情には動揺が見える。
何せ自分の中にある絶対普遍の法則が変わってしまったのだ、無理もない。
「やっぱりな。つまるところ既に技量を持っているツモイは肩の力を抜くだけで飛躍的に強くなれる。おそらくだけれど、君の使う八岐流剣術ってやつは男性用の、それもかなりガタイのいい人向けなんじゃないかな」
「確かに担い手であった父上も祖父も立派な益荒男でした。しかし、考えたくもない話ですね。つまりこれは私に八岐流が『不向き』という話でしょう」
残酷な現実だ。
そう、彼女が青春を殺して磨き上げた剣術は彼女に向いてないのだ。
「本当に心苦しいのだけれど、そうなるな」
「では、私の努力は……。今までの成果は全て無駄だったと……!」
彼女は唇を噛み、苦い表情を浮かべる。
そりゃ誰だってそうなる。
だけれど、自体はそれほど深刻ではない。
「そうでもないさ。ツモイ、本来の君はスピード型の剣士だ。君ならこういう芸当も簡単にできるんじゃないかな」
僕はツモイから剣を奪うと、それで再生した真四角の物質を切る。
四角は一刀の斬撃で8つに割れていた。
「今のは……。すみません師匠、私には何をしたのかさっぱりでした」
「うーん、今のは一撃で8回切ったんだよ。調子がいい時は12回くらいできるんだけどな……やっぱもう一回だけやらせてくれないか?」
やはり鈍ったかな。
これじゃ型からやり直しかもなぁ。
「……師匠、刀は一本ですよね」
「ん? 何を当たり前のことを言ってるんだ? 世の中には二刀流なんて珍しい技を使うやつもいるらしいけれど……。まあうん、僕は一本だよ」
ツモイは今更何を言ってるんだ?
「いやですが師匠、8回切ってますから、8つの刃がなければ数が合わないんですよ」
「ん? そうか? 一刀で8回、別に難しい話じゃないさ。特にツモイ、これは君向きの技だと思うぜ」
そう、彼女はスピード型。
斬撃をイメージして刀を振れば、後は自ずと切れるはずだ。
「まずは一撃で2度、それをイメージして練習をしてみます……? 自分で言ってておかしくなりそうです、師匠」
「……とにかくまずはこれからだ。これからツモイが身につける技は八岐流のその先の極地。この多重斬撃が基礎の技になれば威力は跳ね上がるはずだぜ」
「……はい、師匠」
どうやら彼女は多重斬撃を今まで一度も使ったことがなかったらしい。
僕は彼女の成果を見届けるとしようかな。