第47話 そして、髪を乾かした
僕は壮絶なツモイの過去を覗いてしまい、彼女が僕を師匠と呼んで付き纏ってくるのに合点がいった。
僕の剣術はそれほど自慢できるものじゃないが、確かにツモイにないものがたくさんあるのは分かる。
「あ……あびゃ……あびゃびゃ……」
やばい、あまりの恥ずかしさからツモイが失禁しながら壊れている!
「ご、ごめんツモイ。まさかこんなことになるなんて思わなかったんだ」
ちなみにリカンツちゃんとエリカは下を向いたままにやにやとしていたが、その水溜まりに気がつくとタオルを探して大慌てになった。
彼女たちが引いた恥ずかしい話も気になるが、それは後。
「ツモイ、大丈夫か……?」
「……っ! ふ、拭いといてくださいね! 師匠のえっち!」
そう言い残すと、ツモイはぽいぽいとセーラー服と下着を脱ぎ捨てるとシャワールームへと駆けていく。
失禁じゃ仕方ない、僕は濡れた床を『物質変更』で置き換え、彼女の服に付着した水素を大気に置換しておいた。
しかし彼女がどんな気持ちで学園に来たのかは理解できた。
どうせ今日は何もできないんだし、後で僕の剣術を彼女に教えてあげるか。
*
「ツモイ、髪を乾かし終えたら僕の剣術なんかでよかったら少し教えてあげるよ」
罪滅ぼしって訳じゃあないけれど、彼女の記憶を覗いた僕は彼女の剣に対するひたむきな姿勢がとても気に入った。
それこそ無気力気味な僕が自分から進んで彼女の助けになってあげたいと思うほどに。
「はい、師匠。……え、本当です!?」
彼女は全身濡れたまま全裸でシャワールームを飛び出し、僕の元へ駆け寄る。
……彼女から水滴が飛散し、僕の顔や服を濡らす。
「つ、ツモイさん服!」
「ロクトくんが乾かしてくれたから!」
エリカとリカンツちゃんは彼女のセーラーをツモイに返す。
「……ありがとうございます」
それにしても、髪はまだびしょびしょのままだ。
仕方ない、アレを使うか。
僕は普段常備しているポーチを部屋の片隅からつまみ上げ、風の魔石と火の魔石を取り出す。
その2つの魔石を使い、軽い熱風を起こす。
よし、ちょうどいい塩梅だ。
「ツモイ、ちょっとこっちだ」
「にゃん」
僕はツモイちゃんを引っ張り、少し離れた場所にある鏡面物質の前に座らせる。
再び右手で握った2つの魔石を使って熱風を起こし、それをツモイの髪に当てながら左手で梳かしていく。
「ふぁぁっ……、気持ちがいいです、師匠」
欠伸をしながらツモイは呟く。
「それならよかった。実のところリカンツちゃんはたまに暴れ出すからな……」
僕はリカンツちゃんの家にお泊まりに行った時や来た時なんかはいつも僕がリカンツちゃんの髪を乾かしていた。
だからこの技術には少し自信があるのだけれど、時折リカンツちゃんは嫌がって脱走するんだよな……。
リカンツちゃんの髪が綺麗だからという理由もあるが、何より彼女は僕を抱き枕替わりにして寝る習性があるのだ、乾かさなければ僕はぐっしょり濡れたまま寝るという苦行を強いられる。
そうこう考えているうちにあらかた乾かす作業は終わる。
「ふん、ふん、ふん……」
ツモイは珍しく鼻歌を歌っていた。
今は大分上機嫌らしいな、よかった。
「よし。終わりだよ、ツモイ」
「師匠、ツモイは幸せものです」
鏡越しににっこり微笑んでみせるツモイ。
普段はきりっとした表情ばかり見せるツモイの笑顔は破壊力抜群だった。
今日は彼女の色んな一面が覗けたなぁ。
「それはよかった。さ、戻ろうか」
僕はリカンツちゃんの座っているソファに戻ろうとするが、何か引っかかって動けなかった。
いや、引っかかっていたのではなく、ツモイが僕の服を掴んでいた。
「すみません師匠。ツモイ、今にも修行をつけていただきたい気分なのです」
いい目だ。
いい目をしている。
僕は彼女の真っ直ぐな瞳に真剣になったことが一度もなかった。
だけれど、今からは違う。
僕はその刃を研いでみたくてたまらなかったのだ。