第37話 そして、口付けを交わした
「ねえロクトくん。キスしよっか」
エリカは僕に顔を近づけ、目を閉じる。
僕は無粋にも考える。
このまま僕は彼女のそれに答えてしまっていいのだろうか。
僕たちの友好関係に支障をきたさないだろうか。
僕の復讐の枷にならないだろうか。
その全てを鑑みて、答えはイエスだった。
嫁は一人しか持たないのは神話の時代の人物だけなのだ。
今の時代は人の時代、思い悩む必要もないだろう。
僕は唇を重ねようと目を閉じた。
「なーんて! 冗談冗談、ロクトくん本気になっちゃった?」
彼女は隙を伺って身を引いていた。
……どうも釈然としないな。
「そりゃそうだよな。エリカは引く手数多って感じだし。アベルとかもいるもんなぁ」
「えっなんでアベル? ナイナイ! ぜっっったいにアベルだけはない!」
思わず吹き出してしまった。
アベル、完全拒絶である。
ごめんなアベル。
「そんなに嫌なのか、アベル」
「だってアベル、女好きだし性格悪いし、それになんか……どこか遠くを見てる気がするんだよね。多分わたしのこと、道具か何かだと思ってるんだと思う」
そうなのかな。
「うーん、そうかな。アベルはアベルなりにエリカを好いているように見えるんだけど」
「ううん、そう見えるかもしれないけど、わたしに対して好きとか嫌いとか、そういった気持ちは微塵もないよ。……わたし、そういうの分かるんだ。……分かるようになっちゃった」
彼女は俯いて笑った。
その笑顔の中に愁いのようなものがあるのは、僕でも分かった。
「そうか……ごめん」
「ううん、謝らなくていいよ。……実は星占い士のスキルなんだって。少し占ってあげようか。目を見て」
エリカの言う通りに僕は彼女の目を見つめる。
「こうかな……」
「うん! いい感じ! そのままー。そのままー……」
しかし、こうして見ると彼女は本当に端正な顔立ちをしている。
綺麗な金色の髪が風で靡く度、月明かりに照らされ、乱反射してそのどこまでも透き通った白い柔肌を照らし出す。
その瞳には星々が輝くかの如く、純粋な煌めきが宿っていた。
そしてその煌めきは徐々に大きくなって……違う、これは物理的に近づいている……!
「んっ……」
「ちょっ……!?」
僕たちは口付けを交わす。
それに合わせてエリカは僕の指の間に指を絡める。
深く吸って、吐いて。
それを繰り返し、僕たちは一息つく。
「びっくりした?」
「……ああ、初めてだったから」
「わたしもー! あー、緊張した。胸がちぎれるかと思ったよ! あはは!」
さっきまで落ち込んでいた彼女はどこへやら、からっと晴れ渡るような声を聞いて、なんだか僕も嬉しくなった。
「さ、そろそろ帰ろうぜ。長居するとみんなを不安なさせちゃうし」
「うん! そーだね!」
僕たちは立ち上がると、そのまま茂みに入っていく。
「あれえ、ロクトさんにエリカさんじゃないですか! もう夜も遅いのに、どうしたんですかぁ?」
その甘ったるい声に僕は振り向く。
面識こそないが僕はその声を知っている。
やはりというか、『アベルの推し』Eクラスみんなの妹、エルがそこにはいた。