第36話 そして、満天の星空を見上げた
「ごめんねロクトくん。どうしても話しておきたい事があって」
バッジを披露した後、彼女からどうしてもと言われ二人で波打ち際の浜辺へとやってきた。
空はすっかり暗くなり、人混みは充分減ったと言えるがまだ居座っている生徒は多い。
確かにここなら安全だろう。
「ああ、話してくれよ。そのどうしてもってやつ」
彼女は体育座りのまま、星を眺める。
「……ほんとすごいよね、ロクトくん」
僕の方を振り向かず、たんたんと呟く。
「どうしたんだ急に。褒めても何も出ないぞ」
いつも元気なエリカは、いつになく暗い表情をしていた。
「ロクトくん、わたしね、子爵家を追放されてここに来たんだ。笑っちゃうでしょ」
彼女の話はこうだった。
暖かい両親の子爵家に産まれたエリカは友人にも兄弟にも恵まれていた。
だが跡取りは長男と決まっており、身分だけを余らせていたエリカは政治の道具として政略結婚を決められていたという。
それを拒否したとたん周りの態度は一変。
結局分かったことは、誰も自分には優しかったわけではなく、身分に優しかったのだと。
政治として価値のない女だと分かると父は学園に送り出したのだという。
まるで僕と同じじゃないか、僕はそう思った。
「なるほどな。自分語りになってしまうけれど、実は僕も子爵家の子だったんだけど、力が無かったせいで追放されたんだ。その……こんなこと言ったら怒るかもだけど、分かるよ」
僕は自分を語って失敗したなと思い彼女を見る。
だけれど、彼女は予想外のリアクションを見せていた。
「あ……。うぅ……。ううん。ありがとう……。ロクトくん……。えへへ、おかしいな……。涙が止まらなくて……」
彼女は号泣していた。
僕のために泣いていたのだ。
残酷なことに、僕はその涙が嬉しかった。
「エリカ、君は強いよ。人間不信になってもおかしくない境遇なのに、エリカは困ってる人がいたら『とりあえず』で救ってしまう。それって並大抵の事じゃないんだぜ」
僕はそんな彼女を称えた。
彼女がいなければ僕はあの屈辱の日を乗り越えられなかっただろう。
そうなれば僕はきっと今頃異界だったし、人間不信にもなっていた。
生きてすらなかったかもしれない。
僕にとって彼女はすでに大切な存在だったのだ。
「やっぱロクトくんはすごいなぁ。わたしと境遇は大して変わらないのに、どんな困難も平然と乗り越えちゃうんだもん。ロクトくんがいなかったらツモイさんとは友達にはなれてなかったし、バッジの秘密にも気がつけなかったよ」
エリカは涙を零しながら、微笑んだ。
その表情は、瞳は、どこまでも真っ直ぐに綺麗だった。
「参ったな。どこまでも純粋なんだな、エリカは」
「ううん、そうでもないよ?」
そういうと、彼女は上目遣いで僕を見つめる。
扇情的は眼差しは、僕の視線をかっさらっていくのに一秒も必要なかった。
「っ……。エリカ」
「ねえロクトくん。キスしよっか」
エリカは僕に顔を近づけ、目を閉じる。
僕は無粋にも考える。
このまま僕は彼女のそれに答えてしまっていいのだろうか。
僕たちの友好関係に支障をきたさないだろうか。
僕の復讐の枷にならないだろうか。
その全てを鑑みて、答えはイエスだった。
僕は唇を重ねようと目を閉じた。