とある出会い
インドネシア マドゥラ島 市街地
日差しが強く、灼熱の暑さが襲う熱帯雨林の諸島。その中でジャワ島の北東部と接触寸前の島、マドゥラ島の市街地で二人の男がいた。
「しかし、停戦協定を出したとしても、ひどい有様だな」
オランダ軍の空爆攻撃により、荒廃した市街地を歩きながら辺りを見回す繁賦。
「オラ公の奴らが、手を出さないなら良いけど、これじゃあ傭兵稼業の俺たちにとっては商売あがったりだな」
その隣にはタバコを咥える源一がいた。
この日、二人は拠点の島からボートで町に向かい、買い出しに来ていた。
「源一、俺はいつものように、またあの武器商人の所に行ってくる」
子供並に背の小さい繁賦がそう言うと、源一が見下ろす。
「あの、ヤクザ上がりの佐々木んとこにか? だったら、次いでに俺の分の弾も買って来てくれ。いつもの奴だ」
「了解」
そう言って、二人はそれぞれの目的の為にその場で別れてしまう。
「さて、まずは燃料を買いに行ってからっと」
源一は吸い尽くしたタバコを地面に捨てて踏みにじると、もう一本目のタバコを取り出したその時、
「誰かその子を捕まえて!」
とある少女の声が聞こえてきた。
「ああん?」
源一は後ろを向いた途端、目の前に小さな少年とぶつかりそうになり、避けると少年は舌打ちをしながら咄嗟にその側にあるバイクに跨がる。
「あ、待てクソガキ!」
源一が止めようとすると、少年はバイクを走らせ、物凄い速さで飛ばして逃げていった。
「あのガキ、俺のバイクを……!」
源一は怒りに震えながら、バイクで去って行く少年を睨みつける。
そこへ背中に赤子を抱えた少女が声をかける。
「あなたもあの子供に盗られたんですか?」
「見ての通りだ」
源一は見つけたらタダで済まさないという気持ちに溢れかえる。
「あなた、もしかして日本人?」
「まあな」
源一の答えに少女は頼み事をする。
「でしたら、一緒にあの子を捕まえましょう!」
「は? なんで?」
「同じ日本人でしょ? ここはお互い協力し合いましょう」
だが、源一は答える。
「やなこった」
「な、なぜですか!?」
即答されて戸惑う少女。
「俺は基本、相棒以外とは連まない質なんでな」
そう言うと、源一はその場から去ろうとした瞬間、少女はその手を掴む。
「お願いします! どうか一緒にご協力してください。私が盗まれた物、あれはとても大切な物なのです……!」
源一に懇願する少女。
「あれが無くては……あれが無くては……!」
涙を浮かべる少女に源一が頭をくしゃくしゃと掻く。
「たくっ、しょうがねえな。行くぞ」
源一は少女の頼みを受け入れた。
「そういえば、あなたの名前は?」
「鈴木だ」
「鈴木さん……下の名前は?」
「それ以上は言えねえ」
「何故です?」
「理由は聞かない方が良い」
源一は自らが機密で独立派に雇われた立場を隠す為に、あえて苗字だけを伝えるだけにした。
「では、私も立花としか名乗りません」
ーー立花……? あの娘と同じ苗字?
ーーまさかな。
源一はふと、昔の事を思い出すが、すぐに思考を切り替える。
「オギャー! オギャー!」
「なんだ、赤ん坊連れか。その歳でヤッて産んだのか?
「なっ!? 勘違いしないで!」
その途端、少女は顔を赤くし、源一の頬にビンタ食らわせようとした瞬間に彼は避ける。
「避けないでよ!」
「いや、避けるだろ?」
少女は体を震わしながら訴えるかのように答える。
「私はこれでもまだ16歳よ! そういうのするわけないでしょ!?」
「いや、分かんねえぞ? このご時世、お前みたいな若い女でも体売って生計立てる奴や強姦される奴など大勢いるからな」
少女は後ろに抱えてる赤子に目をやった。
「この子は妹! それに私には将来想ってる人がいるの!」
「はいはい、誤魔化したって何もなんねえから、さっさとガキを見つけるぞ」
「ちょっと聞きなさいよ!」
そんな感じにしばらくの間、立花という名の少女との喧嘩は絶えなかった。
ーーーーーーーーーーーー
時は真夜中。
「で、なんでここへ来たの?」
呆れ顔の少女の目の前にあるのは、娼館だった。
「ここに情報に詳しい仲良しの女がいるから、そいつらからガキの情報を聞き出すのさ」
「私にこんないかがわしい所に入れと言うの!?」
「嫌なら外で待ってな。その代わり、変な男共に絡まれて、草むらに連れて行かれても知らねえからな」
その途端、少女はゾッと顔を青ざめた。耳をよく澄ましてみると、娼館は勿論、草むらからも女性の喘ぎ声が聞こえてくる。
まさに飢えた狼の巣窟である。
「なんで私がこんな目に……!」
源一は堂々と入ると、少女も自らの身を守るために彼の側についた。
「大切なものを取り返したら、真っ先にこの男から逃げてやる……!」
少女はそう誓いを立てた。
「あら〜鈴木さんったら〜」
「会えてうれしいわ」
源一が進むその先に二人の褐色女性がいた。
「ラマワティ! イェニ! 今夜もよろしくな!」
源一は二人の女性の肩に手を置いた。
「いつもなら、このまま部屋に行くところだが、その前にちょっと聞きたいことがあるんだ」
「な~に?」
二人の娼婦は耳を傾けた。
「実は俺たちはあるクソガキを探しててな。こいつの大事なもんと俺のバイクを盗みやがったんだ」
後ろに連れてる少女に親指を差す源一。
「どんな子?」
「大体、10歳ぐらいの少年だ」
それを聞いた二人の女性はピンとある人物を口に出した。
「おそらく、プラタマの仕業ね」
「分かるのか?」
「有名よ」
娼館は日頃、多くの男性の慰めるのを糧としてるが、客の大半が軍人ばかりで、娼婦達はただ男を抱くだけでなく、軍人客から戦況の情報を聞き出そうとする。万が一の時に逃げられるように自らの命を守る為に。
それが、例え極秘任務でも、娼婦は熟練した技と色仕掛けで軍人客をなんとしてでも吐かせようとする。
「で、どこに潜んでいる分かるか?」
「勿論よ」
二人の娼婦は不敵に答える。
「教えてくれ。場合によっては追加料金を払う」
「追加料金は頂くけど、探す必要は無いわ」
「なんで?」
源一は首を傾げると、彼女達はニヤける。
「だって、プラタマはさっき……私達が捕まえたんだもん」
その時、奥から三人の娼婦が現れ、そこには縄を縛られた褐色の少年が突き出され、源一と立花という名の少女はその光景に驚愕してしまう。
「い、いつの間に!?」
少女は思ったよりも早く見つけられた影響でその場の状況の理解が上手く追いつかなかった。
「は、離せ! このババア共!」
「誰がババアだって?」
娼婦は褐色少年の頭を踏みにじる。
「さっすが! いい女だなお前ら!」
「いやね~そんな褒めなくても~」
源一に褒められて照れる娼婦達。
「さて、プラタマとか言ったなお前?」
「な、何だよ?」
「俺のバイクとこいつから盗った物はどこだ?」
後ろにいる少女に親指を差す源一。
「……」
だが、少年は無言になる。
「話せば、飴ぐらいやるよ」
そう言うと、源一はポケットからキャンディーを取り出し、少年にチラつかせる。
すると、少年は途端に素直になった。
「み、店の裏だよ。そこの姉ちゃんの物はここにある」
すると、少年はポケットから麻袋を取り出して見せると、少女はそれに反応する。
「あ、それ私の! 返して!」
少女は手を差し伸べると、少年は素直に返した。
「良かった……!」
少女は安直の涙を浮かべながら麻袋を両手でぎゅっと胸の中に埋めた。よほど大切な物なのか、少女のその表情は安心の喜びに満ちていた。
「さて、一仕事も終えたし、ラマワティ。ラムのボトルはあるか?」
「あるわよ~源一さん」
すると、源一は店でラム酒を買うと、ボトルに口をつけてラッパ飲みした。
「プハァ! 仕事を終えたばかりのラムは美味えな!」
強い酒を喉に流した影響で焼けるような喉ごしと発火するような熱さが体に染み渡り、快楽を得た源一はその後、娼婦二人を両脇に抱え、酒瓶を持ちながら、少女と共に店の外に出た。
「鈴木さん。この度は本当にありがとうございました!」
少女は源一に頭を下げて礼を言う。
「おう! 嬢ちゃん。何が入ってるか知らんが、もう盗まれんなよ」
今後用心するよう注意する中、少女は麻袋を大事そうに両手で持ちながら顔を染める。
「そんなに大事なもんなのか?」
「勿論よ!」
少女は無邪気に答えた。
「これは昔、東京でとある人から貰った大切な勾玉が入ってるの」
ーーん? どっかで身覚えがあるような……?
頭の中でふと、ある光景が思い浮かび、疑問な表情を浮かべる源一。
「私は小さい頃からずっと、その人の事が好きで、将来結婚してお嫁さんになる事をずっと夢見てたの」
「ふ~ん」
すると、源一は少女の話を聞き流しながら、ポケットからタバコを取り出し、火を点け始めた。
「だけど、私はお家の都合上、引っ越すことになり、その人と別れる事になっちゃって」
シュンとしょんぼりする少女。
「その時に、その人から貰った物なの。いつか、また会いに来る時、これを身につければ、姿を現わしてくれると」
「フゥー」
タバコの煙を吐き出し、上の空になる源一。
「でも、三年前、東京に来てみれば、その神社は大空襲の影響で焼け崩れてしまって……」
隣に抱えてる女性の胸を鷲掴みして揉み始める源一。
「でも、私はずっと信じてる! いつか、あの人に出会えることを! この勾玉が輝くその時まで!」
その時、少女は麻袋を開けた途端、異変が起きた。
「なっ……!?」
「えっ……!?」
その瞬間、袋から取り出した勾玉が急に青色の光を放ち、二人を包み込んだ。
南国の島を照らす月夜の下、海のように輝く青い光が少女と両脇に女を抱える源一を優しく包み込み、二人は唖然する。
「この光……!」
源一はその光輝く勾玉に見覚えがあった。
「か、楓……なのか……?」
その時、自分の下の名を呼ばれた少女は反応する。
「童神様……なの……?」
少女は源一を見ながら、かつての名を呼ぶ。
「忘れる訳ないだろ!」
お互い面を向かう二人の感動の再会が今まさに果たされる。
「ずっと……ずっと、会いたかったんですよ……!」
少女のその表情はひきつり、今にも泣きそうに涙を浮かび始める。
「童神様!」
少女はやっと再会出来た事に嬉し涙を浮かべながら、感情に身を任せたまま両手を広げながら源一の胸の中に飛び込もうと走り出した。
無精髭で、酒瓶を持ち、タバコを咥え、両脇に女を抱えた汚ない男に抱きつこうと。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ぶっ!!」
その瞬間、目を覚ました少女は悲鳴を上げながら、源一の頬をバッチーン!!と思いっきりビンタを食らわし、彼は見事にその場でノックダウンした。
「嘘よ! あんな可愛かった童神様がこんな……こんな、おっさんになるわけがないわ!!」
少女は未だに現実を受け入れられず、頭を抱え始めた。
「嘘よ! 嘘よ! 嘘よ!! 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!!」
まるで精神患者になったかのように錯乱する少女。
「嘘よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
やがて、少女は倒れている源一を放って、その場から逃げ出した。
地面にうつ伏せになっている源一の側にいた二人の娼婦はクスクスと笑いながら彼を見下ろし、その横に先ほどまで少女が大切に持っていた青く輝く勾玉がポツンと寂しく置いていかれた。