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始まりの過去

これはフィクションであり、実在の国や人物、または史実とは一切全く関係ありません。

 1938年 8月 東京都 童神社



 夕焼けの光が差し掛かる東京のとある小学校の近くの丘に、ある小さな神社があった。神社のその右隣には樹齢800年のご神体である楠木があり、その木の下で子供達が円を囲いながら歌っている姿が見えた。


『かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ?』


 子供達が歌い終えると、その囲まれて地面にしゃがんでいる少女、立花楓(たちばなかえで)は後ろにいる子供の名前を当てた。


童神(わらびがみ)様!」


「あったり~!」


 童神と呼ばれたその子供はとても神秘的な風貌をしていた。おかっぱ頭で白い神職の装束を来て、首に水晶で出来た勾玉の首飾りを掛け、子供達に満面な笑顔を見せるとても可愛らしい少年であった。


「楓は真に勘が良いの~!」


「童神様ほどではないですよ~!」


 文字通り彼は人間では無かった。彼は八百万の神の一人にして、子供と遊ぶのが大好きで子供にしかその姿を見せぬと言われてきた童神と呼ばれる子供の守護神である。たまに遊びすぎて神隠しの原因を作ってしまう時もあるが、ちゃんと子供を親元に帰させたりする無害な神である。


 また、近くの小学校に来て悪戯をしたり、噂話を広めたり、子供達に紛れ込んで授業を受けて勉強したり、遊んだりするやんちゃな神様でもあった。


「楓ちゃん。そろそろ帰ろ?」


 その時、ある少女が地面にしゃがんでいる楓の肩に優しく手を置いて語りかけた。彼女の名は鈴木京子(すずききょうこ)、源氏の血を微かに引き継ぎ、代々この神社を管理して来た神主一族の一人娘であり、また童神自身も代々、その神主一族を見守り続けてきた末裔の一人娘でもある。


「イヤ」


 楓は京子の言葉を頑に拒否する。


「楓ちゃん」


「イヤ! 私は童神様と一緒にいたい!」


 楓は地面にしゃがみながら、耳に手を当てて涙を浮かばせていた。


「楓、そなたの両親が心配しておる。もう帰りなさい」


「イヤ! 私引っ越したくない!」


 彼女の言うとおり、楓は明日の朝、引っ越す予定であった。それというのも彼女の家は高貴な家柄で、お家の都合で田舎に引っ越さなくてはならなくなったのだ。


「私、童神様と離れたくない!」


 彼女はポロポロと涙を流しながら、この場にいる子供達に訴えた。


「本当は……本当は童神様の事……!」


 だが、楓の肩に童神が優しく手を置いて、笑顔で語りかけた。


「楓、その気持ちだけで十分だ」


「でも、でも……!」


「何を申す? 別にずっと離ればなれになる訳ではないのだぞ? いつの日かまたここに来れば良いことであろう?」


「嘘よ! 知ってるわ! いつか私が大人になったら、見えなくなるんでしょう!」


「確かに我の姿は大人になれば見えなくなる。いつか、楓も大人になる日がやって来る。だから、そなたにこれを渡そう」


 すると、童神は首に掛けていた勾玉を外すと、それを楓に渡した。


「これは?」


「我が魂の一部を込めた勾玉だ。我に近づけば近づくほど、その勾玉の光を輝かし、我の姿を見る事が出来る代物だ」


 楓の手のひらに優しく乗せた勾玉は海の様な青色の光を放つ。


「いつか、我に会いに来る時、これを身につけば、例え我の姿が見えなくても、我が一体どこにおるのか分かるであろう」


「本当に姿を見せてくれる? もし、私が大人になっても童神様の姿を見せてくれるの?」


「勿論だ! 約束するとも!」


 童神は胸を張って言い放つが、当の本人はいささか信用できそうにないと思い始めると、


「童神様……」


 突如、楓は童神の胸に飛びかかった。


「童神様! 私、あなたの事が大好き! いつか私のお嫁さんにしてください!」


 楓のその大胆な告白に周りの子供達は顔を赤くした。


「それはちょっと難しいかなのう。我とて八百万の神だ。神の座を捨てぬ限り、人間とは、永延に結ばれぬのだ」


「イヤ! 私は童神様じゃなきゃ駄目なの!」


 すると、その姿を見た京子は不機嫌そうにムーと顔を膨らませる。


「楓ちゃん! そしたら、京子だって負けないよ!」


 すると、今度は京子が童神の腕に抱きつき始めた。


「童神様! 私もあなたの事が大好き! いつかお嫁さんにしてください!」


 童神は二人の突然の告白に戸惑う。


「う~ん。困ったのう。皆の者どうすれば良いのだ?」


 童神は周りの子供達に相談すると、彼らは童神をからかい始めた。


「や~い! 童神様の女たらし!」


「童神様が憎たらしい!」


 しばらくの間、童神は子供達に弄られるが、やがて、夜が更け始めると、子供達は家に帰り始めた。


「童神様、さようなら!」


 楓は涙を浮かばせながらそれだけを伝えると、その場を去った。


「行っちゃいましたね……」


 隣に京子がどこか寂しそうな表情を浮かべる。


「案ぜよ。いつかまた皆と共に遊べる日が来る」


 童神は笑顔で京子にそう言った。


「そうですね。いつかまた……」


「そう、いつの日かまたの……」



 しかし、七年後、その日は永遠に叶うことはなかった。










 1945年 3月10日 東京大空襲




 東京に焼け野原が広がる中、童神社とその御神体の楠木が豪炎で燃え、その広間には、かつて一緒に遊んでいた子供達の無惨な黒焦げの死体が倒れていた。


「うああああああああああああああああああ!!!」


 童神が発狂しながら手に抱えている者は、かつて鈴木京子(、、、、)と呼ばれた少女の遺体であった。髪は全て燃えて丸ハゲになり、全身の皮膚が焼かれて剥がれ落ち、まるで人体模型の様な無残な姿に変わり果てた黒焦げの京子を抱えながら、童神は断末魔の如く泣き叫ぶ。


 上空を飛ぶ米軍の爆撃機『B-29爆撃機 スーパーフォートレス』を憎々しげに見た彼は決意する。


 その日、童神は神の座を捨て、かつて見守ってきた源氏の血を引く京子の姓を取って、鈴木源一(すずきげんいち)と名乗り、日本兵に志願した。

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