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第三話

 ノック音が響く。


「はーい」


 ソラはかちゃりと扉を開けた。

 その途端、ふわりと何かに包まれる。

 嗅ぎなれた匂い。第一ソラにこれをする相手は二人だけ。


「ソラ! 久しぶりだな!」


 即座に緊張が走った。ソラはとっさに声を上げる。


「切っちゃダメ!」

『防御結界』


 足元に魔法陣が広がる。

 風圧が微かにソラの頬をくすぐる。目線をやるとルイシュの大剣が見た。


「誰だ?」

「幼馴染の、ちょっ、悪いけどいっぺん離して」


 ソラはもがいて腕の中から出ると、ルイシュの前に移動する。


「ソーラちゃん! えっとぉ、だぁれ? この人」

「ちょっとまって」


 ソラはルイシュに向き会うと、玄関の男女に視線を向ける。

 予想したとおり、そこには幼馴染二人が立っていた。


「こっちがヴァレリ、こっちがカテリーナ」

「キティって呼んでね」

「どっちも私の幼馴染。近くの里に住んでる淫魔」

「淫魔……」


 心底嫌そうに、ルイシュはヴァレリをにらみつける。


「んで、彼がルイシュ。竜の魔女様の森のそばの村の竜人で、私の……」


 ソラは首を傾げる。

 なんと紹介すればいいのか。番ではないが。


「恋人?」

「竜人かよ」


 ヴァレリは、吐き捨てるようにそう言った。


「ソーラちゃん恋人できたのー? すごぉい」

「あぁ、うん、ありがとう」


 間延びした話し方に緊張感が和らぐ。

 ソラは息をついて、ひらひらと手を振って返した。


「結界、張ってくれたのキティでしょ? ありがと」

「だってぇ、ヴァルが死んじゃうかもって思ったからぁ」

「うん、危なかったね」


 ソラはため息をついた。あのままだと間違いなくヴァレリは死んでいただろう。


「ルラ。悪いけど、この辺淫魔の里が近くて、そもそも私淫魔と人間の混血なの。淫魔のほうが多いんだけど」

「そうなのか?」

「うん、父親が淫魔で、まぁいいか。淫魔の挨拶だからあれ。基本的に抱きついて頬に口づけするまでが挨拶だから」


 淫魔は基本的に他者との触れ合いを好む種族だ。

 基本的に番以外と接触する機会のない竜人にとっては衝撃だろう。そもそも住んでいるところも離れているし、習慣なんて知るはずもない。


「……は?」

「挨拶くらいで武器を持ち出さないで」


 今度は幼馴染に向かって、逆のことを伝える。


「ヴァル、キティ、悪いけどルラは竜人だから。基本的に番と他人の接触は嫌うから。抱きついたり口付けたりは挨拶でも自重して」

「なんで俺が竜人なんかに遠慮してソラに挨拶までやめてやんなきゃいけないんだよ!」


 ヴァレリはルイシュを指さして抗議する。


「ヴァル、その態度は礼に反しない?」

「まぁまぁヴァルぅ。ソーラちゃんの恋人なんだよぉ? ニンゲンだって、恋人に抱きつかれると嫌がるじゃなぁい」

「今すぐ別れろ竜人なんか! というか俺が斬る! ソラを竜人なんかに任せておけるか! 拉致監禁を繰り返す悪鬼だぞコイツらは!!」


 あまりに礼に反した態度と言動に、ルイシュの顔色が変わった。


「誰とでもフラフラ性交して回る頭の軽い淫魔に言われたくない」

「あぁっ!? クソ野郎どもが抜かしてんじゃねぇぞ!」


 ヴァレリが腰のナイフを掴む。

 ルイシュも大剣の握りを強くする。


「ヴァルもルラもやめて」

「止めるなソラ!」

「ヴァルが勝てるわけ無いでしょう」

「なんでだよ!」

「ヴァルの暗器に塗られてる毒を作ったのは私だから。あと部屋の中で暴れる気なら私はヴァルを叩き出すよ」


 ヴァレルは左目を眇めた。


「俺よりそいつを庇うのか」

「恋人ってそういうもんでしょ」


 緊張感を打ち破ったのはカテリーナだ。


「そぉそぉ。だいいちぃ、喧嘩売ったのはヴァルでしょぉ。確かに竜人はひどいけどぉ、ソーラちゃんの恋人を悪く言うのはどうかと思うなぁ」

「ちっ」


 カテリーナにまでそう言われて、ヴァレルは渋々武器から手を離した。


「ルラも。剣を収めてくれる?」

「……わかった」


 ルイシュも大剣を鞘に収める。

 完全に混乱した場に、ソラはため息を着いた。


「とりあえず、中入ってお茶にしない?」


 三人を椅子に座らせて、三人分のお茶と、自分用のグラスに水を淹れると、ソラは居間へと戻る。

 ルイシュとヴァレリの間には明らかに険悪なムードが漂っていた。カテリーナはヴァレリの隣でにこにこと微笑んでいる。


「えっと、とりあえずお茶」

「わぁい。今日はなんのお茶?」

「加密列。気分が安らぐ、はず、なんだけど……」


 カップをそれぞれの前に置く。香りが広がるが険悪さを消してはくれない。

 ソラはため息をついて一口水を飲んだ。


「ソラ、この鱗野郎はなんだ? なんの弱みを握られた? そうじゃなきゃ聡明で美しいソラが、力しか脳のない竜人なんぞの恋人ってことはないだろ?」

「ヴァル。人の恋人を悪く言うのはやめて。弱みも握られてないし」

「第一そもそも恋人って何だよ。性交したいだけなら俺だっていいだろ? 何も竜人なんか選ばなくても」

「やめて」


 ソラの制止が聞こえないほど興奮しているようだ。ソラは眉をしかめる。


「あれだろ? ニンゲンでいう恋なんて、こいつにしてるわけじゃないんだろ? 財産を継ぐ子が欲しかったのか? こいつ実は金持ちなのか? ソラの子供なら俺が喜んで育ててやるって、わかってるだろ?」

「恋はしてないけど、子供もいらないし、ルラの財務状況も知らない。ヴァルが私の子供なら喜んで育ててくれることもわかってるから」

「ソラ、こいつとはどういう関係なんだ?」

「だから幼馴染なんだって」


 ソラは頭を抱えた。

 お互いの理解はあまりに遠い。ルイシュがどういう生活をしていたかは不明だが、ヴァレリは基本的に淫魔の里から出て生活したことはない。


「竜人と淫魔だと、家族の概念が違うの。淫魔は村全体家族だと思ってるし。ヴァルにとって私は、えっと……そうね、妹みたいなもの? なの」


 不適切な例えだ。しかし他にいい言葉が思いつかなくて、捻り出す。

 だが、ソラのそんな葛藤などルイシュには通じなかった。


「……淫魔は兄妹でも性交するのか?」


 心底信じられない、といった顔で問われる。

 返す言葉もない。


「同腹の兄妹とはしないけど、父親なんかわかんないから腹違いならするよ。淫魔の感覚では兄弟って事にならないから。私の母親はニンゲンだったし、ヴァルは純粋な淫魔だから、父親はわかんないけど、母親は違うから」


 言葉を探すが、どう伝えれば伝わるのかがわからない。

 ソラはルイシュと湯呑を交互に見つめる。

 助けを求めてカテリーナを見たが、カテリーナは相変わらずにこにことお茶を飲んでいる。


「私の貞操観念は母親に育てられたからニンゲンに近いの。だから別に、ヴァルと性交したこともないし、今後する予定も無いし。そもそも言った通り誰とも性交したこともない。淫魔にとって性交はニンゲンがご飯食べいくのと同じくらいの重みだし、竜人はそもそも番以外の女性とご飯食べ行ったりしないし、だから価値観の違いが顕著なの、竜人と淫魔って!」


 ソラは頭を抱えた。


「ソーラちゃん。落ち着いて、ね?」


 カテリーナがソラの髪を撫でる。


「そうね」


 ソラはグラスの水を一気に呷った。

 ヴァレリに向き直り、ルイシュの手を取る。


「私、ルラと一緒にいて、他の人とは性交しないから。子供のためじゃなくて私がそうしたくて選んだの。ヴァルは口出さないで」

「……わかった」


 ひとまずソラの思いは伝わったようで、ヴァレリは不本意そうにうなずいた。


「ごめんね。ルラ」


 ソラの謝罪に、ルイシュも不本意そうに頷く。


「言い訳させてもらえば、里の子が……家族が、番だって竜人に連れ去られて、会わせてももらえないから竜人は里の淫魔に嫌われてるの」

「里の?」


 ルイシュは少し目を細める。


「あんたが村に会いに来てたやつか?」

「あ、そうそう」


 残っていたお茶を減っていたカテリーナとルイシュのカップに注ぎ足す。


「淫魔は家族を大事にする種族なの」

「番とか言って押し付けるしかしないお前らと違ってな」

「ヴァル!」

「もしソラまで俺から奪っていく気なら、俺は絶対に許さないからな」


 もう一度、ソラは大きくため息をついた。


「ヴァル、キティ。で、今日はなんの用?」


 お茶を飲んでいたカテリーナが顔を上げる。


「あのねぇ、そろそろ材料が切れる頃じゃないかと思ってぇ。ヴァルも素材がほしいなぁって言ってたしぃ」

「あぁ、確かにそんな時期ね。明日にでもでかけましょうか」


 頭の中で在庫を確認するが、確かにそろそろ材料が足りない。


「どこかに行くのか?」

「竜狩り。ルラも行くでしょう?」


 ルラは目を見開いた。


「危ないだろ」

「大丈夫。キティがいるから。ルラも来てくれるならより安全。ヴァルはそんなに力が強いわけじゃないからね」

「悪かったな」

「この女が?」


 不審そうにルイシュはカテリーナを眺めている。

 カテリーナは、すました顔でお茶を飲んでいる。細い腕、白い肌。白銀に輝く紙に、葡萄色の瞳。とても竜など倒せるようには見えないだろう。


「キティは本職の冒険者で、魔法使いなの」

「魔法使い……」

「ソーラちゃんが魔導書作ってくれたからぁ」


 カテリーナはニッコリと微笑んだ。

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