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第二話

 荷物を運び入れて家具を動かすと、もうすっかり日が暮れていた。 

 埃にまみれたため湯浴みをして、いつものように寝室に入ろうと扉に手をかけたとき、ソラはためらった。

 一瞬考えて、仕事場から薬を持ってくる。

 今日は多分、初めての夜になる。そっと扉を開けると、ルイシュが布でガシガシと髪を拭いていた。


「ソラ」

「ん。寝る?」


 袖机に持ってきた薬瓶を置く。


「なんだ?」

「媚薬」


 普段なら王宮に下ろすような高級品もある。何れもそう安いものではない。


「私痛いの好きじゃないから、痛くないようにしてね」


 耳がじんわり赤くなるのを感じて、ソラはそれをさとられないように並んだ薬瓶を指さした。


「あのね、試してみたい薬がいくつかあって。リラックスさせる効果のやつと、少しだけ痛み止め効果の混ざったやつと、処女が娼婦のように、って売りのやつ。これ全部生娘向けのやつね。せっかくだから試してみたいんだけど、どれがいい?」

「……は?」


 間が抜けた声が聞こえた。


「どれ……?」


 ソラはしっかりとうなずく。

 せっかくの機会だ。試さない道理がない。


「ルラも童貞だよね? 男性向けは童貞用の商品って売れないんだよね。男性向けの精力剤や媚薬の類もあるから、試してくれるならいくつか持ってくるけど?」


 ソラは一番左端の、薄紫色をした瓶を指差す。


「気持ちが安らぐ効果のやつはね、薬瓶に入ってるけど揮発させて使うの。性的興奮を得られるものじゃないから、寝不足の時に使ったことあって、よく眠れるんだけど、はたして性交の時に何故安らぐ必要があるのか理解できなくて、よくわからないから試してみたかったんだよね」


 次に、真ん中の橙色の瓶を指差す。


「これはちょっとした麻酔成分が入ってるから感覚が鈍るはずなんだよね。興奮するような作用もそこまで強くないし」


 最後に、一番右端の毒々しい薄紅色の瓶を指差す。


「ルラがあんまり自信ないなら、これ。この処女が娼婦のように、っていうの。これ中毒性はかなり抑えてるけど催淫効果は私の作ったことあるやつの中でもかなり強いからオススメだよ。本当は高級娼館とかに卸してるんだけど」


 あまりの反応の無さに、不審に思ってルイシュを見ると、ルイシュは目を丸くして薬瓶とソラを交互に見つめていた。


「どれがいい?」

「……あまり、そういうのは」

「そっか」


 ルイシュにとっても初めての性交だ。選べと言われても適切な商品を選択するのは難しいだろう。

 3つの瓶を並べて考える。

 確かにピンク色はおすすめなのだが、かなり催淫作用が強い。いきなり強い刺激に慣らすのもどうだろうか。

 村で新婚さんに贈るには薄紫色が定番だ。真ん中の橙色は貴族や王族相手に売るものだ。無難なのは薄紫色か? 終わったあと、そのままにしておいても、安眠に効果的だ。


「じゃあ最初はこれにしてみようか」


 薄紫色の薬瓶の蓋を開ける。ふわりと、花の香が広がった。


「痛かったら二回目はこっち使ってみよう」


 これから運動をするわけだから、こぼしたらまずいだろう。

 そう考えて、3つの薬瓶を少し離れた棚の上に置く。

 こういう時、自分から脱ぐべきなのだろうか。それとも脱がしてもらうべきなのだろうか。

 しかし、とりあえず近づくべきだろう。寝台の上に座っているルイシュの隣に腰掛けた。


「ソラ」


 ルイシュの指先が、ソラの髪を撫でる。


「その、本当にいいのか?」

「いいよ。契約だしね」


 ルイシュの目を見つめる。思っていたより近い。

 僅かに悩んで、目を閉じた。

 ゆっくりと唇が重なる。わずかにカサついた感触。

 確かに緊張するな、どこか冷静にそう考える。漂ってくる花の香は、確かに効果を感じた。

 ルイシュの舌先が唇に触れる。わずかに口を開いて応える。

 背中に腕が回ってきて、ソラは自分の全身がこわばっていることに気づいた。

 力を抜かなければならない。

 そう考えるものの、簡単に力が抜けるものではない。この後どうすればいいのだろう、一旦腕に身を任せるべきか? 多分そういうことだろう。しかし……。

 悩んでいると、ふいに唇が離れた。

 ソラは慌てて目を開ける。何か失態を犯したか?

 ルイシュを見ると、ルイシュは眉をしかめていた。


「えっと、なんか不味かった?」

「いや……」


 そういえば、部屋の中は明かりをともしたままだった。


「ごめん、明かり消す?」

「……いや、その」


 ルイシュはソラの肩を掴む。


「悪い」

「え? 何?」

「その、えっと……」


 随分歯切れが悪い。第一目が泳いでいる。


「んー。何か問題? 私にできることなら協力するけど」

「いや」

「えっと、どうしよう。あ、この香り気に入らない? それともやっぱりやる気なくなった? 疲れてるなら別に無理にとは……」

「いや、ちがっ……」


 ルイシュはうつむいて、ポツリと呟いた。


「その、えっと……たたない」

「……えっと、うん」


 たたない? つまり男性器が勃起しないということか?

 こういう場合、どうしたらいいのだろうか。


「原因はわかりそう? というか立たない状態なのに継続の意思はある? えっと、やっぱり私と性交するの嫌になったとか?」

「そうじゃない」


 よく見ると、ルイシュは耳まで赤い。

 まだ若い男性が、いざ本番で立たない。それはもしや本人にとってもそれなりに衝撃を受ける事実なのでは?

 そう考えると同時に、番以外とは性交しない種族であることを思い出す。


「ねぇ」

「……あぁ」

「つかぬ事を聞くんだけど、あの、私を番だって思った時、性的興奮ってあった?」


 ルイシュは小さく頷いた。

 一つ考えうる事案がなくもない。


「思うに、番じゃないから勃起しないんじゃない?」

「そう……なのか?」

「番を見つけると、麻薬成分が分泌されて、ざっくり言えば異常に幸せな気分だったと思うんだけど」

「……そういえば、そうだな」

「その状況下で性交するのが普通の感覚なんじゃない? 竜人の」


 ソラはわずかに眉を寄せた。

 もしや番でなくす薬に勃起不全的な効果が出るとは思っていなかった。結構な副作用だ。

 いや、だがそういえば童貞は緊張しすぎて立たないこともあると聞いたことがある。もしかしてそういうたぐいだろうか。

 何れにせよ、今日は難しいだろう。


「寝よっか。薬の副作用なら、いずれ何とかしてあげる」


 これは次の研究課題としたほうがいいだろう。やはり売れないからとさして見直しもしていなかった童貞用の薬を新規開発すべきなのか、はたまた性交の時に一時的に番がいると誤認させるような薬を作るべきなのか。

 少し考えて、ソラはルイシュの頬に唇を落とし、その体を抱きしめる。

 だがひとまず、今日は寝たほうがいいだろう。


「おやすみ、ルラ」

「……あぁ、おやすみ」

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