第二章 第一話
昼下がりの午後。ソラは自宅で製薬をしていた。
村から外れて森の中にあるこの家はいつも静かだ。
ふいの扉を叩く音に、ソラは首を傾げると玄関に向かった。
今日、客の予定はない。
近くの村にはこの間薬を売りに行ったところで、わざわざこんな外れまでくる必要はないだろう。
珍しい病でも流行ったのか。魔物にでも襲われて大量に薬が必要になったのか。何れもいい想像は浮かばない。
再度、扉を叩く音。
作りかけの薬を切りのいいところまで仕上げてから、ソラは躊躇いつつ玄関に向かっと。
「はーい」
扉を開けると、不機嫌そうな竜人の青年が立っている。
茶色の髪、赤褐色の瞳。黒灰色の鱗。そしてなにより右頬からこめかみにかけて残る太刀傷。
背は、長身のソラの更に頭一つ分は高い。今は服の下に隠れている肉体も、随分と筋肉が多く見える。
少なくとも近くの村人ではないはずだ。知り合いでも無いだろう。
「いらっしゃい」
なんの用事だろうか。
竜人の里はいくつかあるが、何れもここからは遠い。
「えっと、何がご入用で……」
「ソラ」
「はい?」
「やっと見つけた」
青年は、緊張が解けたように息を吐きだして、そのままソラの体を抱きしめた。
反射的に、腰の鎖に手を伸ばすが、伸ばした手をそのまま後ろ手に拘束される。そしてもう片方の手も取られて、両手をまとめて青年の片手で拘束された。
ソラの行動を予測した動き。腕に力を込めてみたが、到底振りほどけそうにない。
混乱して、ソラはそのまま動きを止めた。
「会いたかった」
「どなた?」
「ルイシュ。覚えてないのか?」
「ルイシュ?」
脳内の竜人カテゴリーの知人を検索したが、その名前に該当するのは一人だけだ。
しかしソラの見たルイシュは精々12〜3歳の少年だったが、目の前の青年は17〜8歳位に見える。
最後にあったのは3年程前なのは確かだ。成長期の少年の成長は著しいだろう。だがこんなに差異が出るだろうか。
「ルイシュなんて知り合いは一人しかいないけど年が合わない」
「言っただろう、ルラでいい」
第一、この竜人が本当にルイシュだとすると、ソラにとっては非常に都合が悪い。
何をしに来たのか。復讐か、薬が効かなくてソラを番として迎えに来たのか。
だが薬が効かなかったのならもっと早く来れただろう。竜人は番がどこにいるのかわかると聞いている。
少しずつ拘束されている手に力を込めるが、逃げられるわけがなかった。
「あんた、俺をいくつだと思ってたんだ? 年、教えただろう」
「え、あ、そうだっけ?」
もう二度と会わないと思っていたので試験管に巻き付けた紙を見ないと思い出せない。
でも確かに同意の上で血液を採取する時は、年齢も聞くはずだ。いつ採取したのかはっきりさせるために。
だから教えた、と言われれば教えられたはずだった。
「で、なんの御用で? まさか薬買いに来た訳じゃないでしょう」
「俺の番になってくれ」
ソラはため息をついた。やはりそれか。
薬が効かなかったのか。そう考えるとソラが考えてもいない機構で番を認識していることになる。
「薬が効かなかったみたいで残念だわ」
どう逃げるか。一番簡単なのは目の前の竜人を殺すことだ。だが今すぐは難しいだろう。
「薬は効いた。……ソラの匂いがしないんだ」
「意味がわからないんだけど」
「あの感じがない」
「はぁ?」
ルイシュの言葉の意味がわからず、ソラは一旦力を抜いた。
ぽすん、とそのままルイシュの腕の中に収まる。
「とりあえず、抵抗しないから話を聞かせてもらえる?」
だか薬が効いているのかいないのかはともかく、あの話の噛み合わないような感覚は見受けられない。
どうも何か事情がありそうだ。
「逃げるなよ」
「逃げないし、抵抗もしない、今日、日がくれるまでは。誓います」
ソラの誓いをどうとったのか、ルイシュは少し間を空けてソラから手を離した。
いくらソラでも誓いまでしたことは守る。
そう強く押さえられていた訳ではないが、手首に違和感を感じる。
手首を軽く回して、ソラは食卓兼接客用のテーブルを指差す。
「長くなりそうだからお茶入れてくる。入って、そこ座っておいて」
「わかった」
ルイシュは、ソラに指示された椅子におとなしく座った。
ソラは一人分のお茶を沸かし、茶葉を一杯分急須に放り込む。沸騰したお湯をそのまま急須に流し入れて、木の湯呑を2つ取り出すと一つには水を注いだ。
そして急須の中身を空いている湯呑に雑に注ぎ、一人分のお茶と水の入った湯呑を持って部屋に戻ると、お茶の方をルイシュの前に置く。
「……草の匂いがする」
「茉莉花茶。心身を落ち着ける効果がある」
向かい合う椅子に座り、自分の分の水を半分ほど煽る。
手近の紙と筆記具を取り出して、広げた。
「で、とりあえず恨み言を聞きましょうか」
「俺の番になってほしい」
「私が君に盛ったのは番を番だと認識できなくなる薬なんだけど」
「ソラと離れてから番が遠く感じる。こんなにそばにいるはずなのに。番を探せない。匂いがしない」
竜人の感覚的な部分は、ソラには想像することしかできないが、なるほど。効果を確認せず逃げてきたが、効いてはいるようだ。
被験者の話を聞けると思っていなかったソラは、ルイシュの話を書き留める。
「えっと、それはつまり番を見つける前と同じってこと?」
「あぁ」
「その割に成体にはなったのね」
額には立派な角が生えている。右側だけ少し歪に欠けていた。
「……そうだな」
「あ、ごめん続けて」
番を一度でも見つけたら成体にはなれる、と言うことだろうか。
だが確かに番を見つけてすぐ死なれたら成体になれない、と考えると違和感がある。
番を見つける、というのは何かの起因でしかないのだろう。
「それにあの瞬間、あんたを見つけたとき」
「えっと、初めてあった時の話じゃないよね? お風呂のときだよね」
「あぁ」
気配消しの魔法陣が消えるまで、ルイシュにはそんな様子は見られなかった。
本人申告でもそのようなので、明確にして書き留める。
「うん、それで?」
「ひどく甘い匂いがして、あんたがどこにいるかすぐに分かったのにどこに行ったかわからなくなった」
「甘い匂い……?」
なるほど。匂いとして感じるのか。
気配消しの魔法陣は効果として、魔力、体臭、自分の周りの音を無くす効果がある。
魔力か体臭がポイントだろう。風呂に入っている間だったし、建物の中だったことから体臭は考えづらいが、匂いとして感じるのであれば無くもない。
魔力だったとすると、竜人の番は魔力持ちに限られることになる。魔力は竜人かその混血、魔女が人ならざるものしか持たない。番の魔力、という観点で調べた資料は無かったはずだ。
魔力、に丸をつけておく。
「それにあの時の、番を見つけたとき、俺はあんたを手に入れることしか考えてなかったはずなのに」
「はぁ」
「目が覚めて最初に考えたのはアロルドに無断で家を空けて心配をかけたってことだった」
その言葉からは何を気にしているのか理解できない。
あの村で、ルイシュはアロルドを気にかけているように見えた。帰ると言ったのに帰れなくて心配をかけたかもしれない。危惧としてそう違和感のある思考ではない。
「結構なことじゃない」
だがルイシュにとってはそれこそが大切なことだったようだ。
「番を見つけて手に入れるまで、他のやつのことを気にするやつはいない」
そう力強く断言した。
残念ながらその機微はソラには理解しがたいものだ。一応書き留めておく。
「あ、ごめんなさい。続けて続けて」
「ソラ、俺の話を聞く気あるのか?」
「え、すごい聞いてると思うんだけど」
向き合ってお茶を出し要点を書き留めまでしている。これ以上なく真剣に話を聞いている。
「だから」
「うん」
「俺の番になってほしい」
ソラは首を傾げた。
今まで書き留めた内容からその話が結びつかない。
「えっと、ちょっと待って」
書き留めた内容を上から読み返す。
「私は、あの、宿で会った段階で、君の番でした」
「今もそうだ」
「そう。でも今は番として認識できていないようだ、と」
「あぁ」
ソラは頭を抱えた。
何を言っているのかわからない。甘い匂いはしない、ソラの場所がわからない、本人だって、私を番だと認識していないという。
なのに番になってほしい? 番とは双方の希望を無視した強制的なものだったのではないのか?
「要求は?」
「俺の番になってほしい」
改めて聞いてみてもルイシュの答えは変わらない。
「それは聞いたんだけど」
「ならなんて言えばいい」
「えっと、今私を番として認識してないなら、別に番を探せばいいんじゃない?」
普通に考えればそうなると思う。
「あんた、自分で番を番として認識できなくなる薬を盛ったって言ってなかったか?」
「そうだね」
確かに探しても見つからないとは思う。二人番を見つけた竜人の話は聞いたことがない。
「だから、俺はソラを番にしたい。薬の効果を解いて番になってほしい」
とりあえず、紙にルイシュの要求を書きつける。
「私は竜人の番は嫌なんだけど」
「俺の何が気に入らない?」
「え、竜人って所かなぁ」
ルイシュは目を眇める。
なるほど、確かに本人では対応しがたい問題で気に入らないと言われれば不機嫌になるのも道理だ。
「別に亜人だから、とかじゃないから。竜人以外ならむしろ歓迎だし。問題は過剰な独占欲と束縛であって、それが解決できる手段がほぼ存在しないから嫌だというだけだから」
ルイシュはますます不機嫌そうだ。
ソラは自らが擁護がどうやら失敗したらしいことは察したが、それ以外に言えることはない。仕方無しに肩をすくめる。
「要求を整理しよう。ルイシュは……」
「ルラでいい」
「ルラは、番がほしいんだよね?」
「あぁ」
「でもそれは私である必要はないよね?」
ソラにとっては大前提ですらあったが、そう問われて、ルイシュは首を傾げる。
「あんた以外は番じゃないだろう」
確かに一般的に竜人は、生涯ただ一人だけを番にする。番を見つけた竜人は絶対に諦めない。常識だ。
ここを正せばいけるかもしれない。幸い、手はなくもない、と思う。
「ルラが望むなら、誰かを番にしてあげる」
「……は?」
ソラの言葉がよほど予想外だったのか、ルイシュは大きく目を見開いた。
「同意のもとで、誰か探してきたら、私が必ずその人をあなたの番にしてあげる。アテはある。今研究中だけど、探してくるくらいの間に優先的に開発してみる。相手がいるならなんとかしてあげる。それでどう?」
「なんとか? どうするつもりだ?」
ソラは残った水を呷った。
「要は、私以外の人間を番だって認識できれば良いんだよね」
「意味がわからない」
「まぁいいや。とにかく私以外の誰かを番だと誤認させて、私でなくその人を番だと認識させれば、あなたは番が手に入る。どう?」
ソラにとってはこれ以上もないほどの提案だと思ったのだが、ルイシュはひどく不満そうだった。
「あんたじゃ駄目なのか?」
「私は竜人の番は嫌なので、駄目」
「何が嫌なんだ?」
ソラはくるりと筆記具を回す。
この話は何度目だ?
「その異常な独占欲」
ルイシュは、酷く苦い顔をしていた。
「私は錬金術師を続けたいし、これからいろんな場所に旅にも出たい。里で鎖で繋がれて生きるなんてごめんだし、束縛されるのは邪魔なの」
ルイシュは、しばらく黙って机を見つめていた。
もうこれで諦めただろうか。だから別の人を、と続けようとしたとき、ルイシュは低い声で呟いた。
「我慢する」
「我慢できるなら、淫魔はあんなに泣かないんじゃない。連れ去って、家族にも会わせないのに」
ソラはため息つく。解決策一つ出す訳でなく、我慢する、とは。
竜人の里で出会った淫魔は、ひどく辛そうに見えた。淫魔は仲間を、家族を大切にして、一人に縛られるのを嫌うのに。
「番が欲しいだけなら、私じゃなくていいでしょう? 相手も同意の上なら誰でも番にしてあげる。可愛い女の子を連れてくればいい」
「俺はあんたがいい」
「何故?」
「あんたが俺の番だからだ」
ソラは眉をしかめる。その理由を聞きたいのに、ルイシュの中には答えはないのだろうか。
そしてふと、思ったことを口にした。
「竜人って、番が死んだらどうするの?」
「死んだら?」
「後を追うの? その後、一生一人なんでしょう?」
急に話題が変わってついていけなかったのか、僅かに目を丸くして、すぐに何かを思い出すように視線が揺らいだ。
「番が死んでも嘆くやつはいないな」
「……は?」
「後を追ったやつも見たことはない」
「生きてる間はあんなに執着するのに?」
「そんなもんじゃないのか?」
そう問われても、ソラにそんな経験はない。
だが、一般論で言えば、一目惚れして、外にも出したくないほど独占欲を露わにするほど大切な配偶者が死んだら。
「いや、うーん。私も良く知らないけど、少なくとも配偶者が死んだら嘆くんじゃない? 後を追ったって人もいるし、お墓参りしたりとか?」
「墓?」
「え、うん。墓、知らない?」
「あぁ」
「死んだ人の死体を埋めるところ。故人を偲んだりしないの?」
「森に置きに行くな。死ぬと」
「へぇ。竜人ってお墓の習慣が無いんだ。知らなかった」
本筋からは外れたが、紙に書き留めておく。自然に返す発想なのだろうか。
「大体、番を無くすと楽しそうだな」
「え?」
「番が死んだらもう番に尽くす必要がないだろう?」
そこまで尽くして、束縛した相手がいなくなると、楽しい?
ソラは首をひねる。異文化だから理解できないのだろうか。
「なら、私のことも死んだと思ってくれればいいんじゃない?」
「そうだな」
ルイシュに同意されてますます混乱する。
結局、どうしたいのだろう。
「子どもがほしいの? 薬を使ったらできるか心配?」
「別に。まぁ出来るならほしいと思う」
「なら、何故?」
ルイシュはため息をついた。
「この三年、あんたのことが頭から離れない」
「へぇ」
「だから番を無くしたやつに聞いたら、死んだあと番のことが頭から離れないことはないと言われた」
「生きてる間はあんなに執着するのに」
だが先程の話だと番が死ぬと楽しいらしい。頭から離れないのに楽しいということも無いだろう。
「番持ちの連中にはそんなこと、聞いて回っている段階でおかしいと言われた」
まぁ、こちらは納得だ。
そんなこと聞いて回るくらいなら番を追いかけろということか。
「これがなんのかはわからない。でもあんた以外の他人には興味がわかない。あんたには興味がある」
「んー」
そこまで聞いて、ソラはぼんやりとルイシュの顔を眺める。
つまり番ではないが、ソラに執着していて、だがそれを表す言葉がわからない、ということだろう。
であるならば、まず要求を細分化して整理すべきだろう。何をしてほしくて、どこまで譲歩するのか、どこまでできるのか。
「ソラ?」
「番になってほしい、が君の要求なら応えられない。他の人間を番にする別案が気に入らないなら譲歩案を出してほしい」
「じょうほあん……?」
「要求を細かくしましょう」
ソラは新しい紙を取り出す。
「ルラは私に番になってほしい」
「あぁ」
「これは私の盛った薬の効果を無くすこと、外に出さないこと、仕事をさせないこと、竜人の里で暮らすこと、性交渉、自分に対する貞節、これらを指してると思ってるけど、相違ない?」
「貞節ってなんだ?」
「んー。あなた以外とは性交渉しませんってことかな」
ルイシュは小さく頷いた。
ソラは話しながら今の要件を話しながら紙に書いていく。
そしてここまで書いて、読めるようにルイシュに紙を向けた。
「とりあえず、仕事ができないのと外に出さないこと。これは論外。薬の効果を無くすことは、これらを強制するものであるので却下」
書いたうち、3つの横にバツをつける。
「私が譲歩できるのはここまで。残ったのは」
紙をペンで指す。
竜人の里で暮らすこと、性交渉、貞節の文字が残っていた。
「……なぁ」
「何?」
「……悪い。文字が読めない」
「あ、ごめん」
少し恥ずかしそうに言われて、ソラは己の配慮のなさを恥じた。
「残ったのは、竜人の里で暮らすこと、性交渉、貞節、ね?」
ルイシュは、小さくうなずいてから、少し考えて首を振る。
「里で暮らすのは嫌だ」
「え、そうなの?」
予想外だった。
ソラはとんとん、と筆記具で該当項目を突く。
「つまりあんたは俺の番になるのは嫌だ、ということだろう」
「そうだね」
「他の竜人の男の番だと思われたら厄介だ。……俺がソラを探せないのに、連れ去られるかもしれない」
「なるほど?」
そう言われればわかる。要は他の竜人の番となる機会を減らしたい、ということか。
ソラは少し悩んでからその文字の横にバツをつける。
「それに一人でどこかに行かないで欲しい」
「どこかって、範囲は?」
「ソラを探せないのは困る。目の届くところにいてほしい」
「風呂、トイレ、洗面所は?」
「……我慢する」
紙をソラの方に向けて、要求を追記した。
「んー。ルラと性交渉して、ルラ以外とは性交渉しなくて、お出かけする時は一緒にいればよい、ってことかな」
「あぁ」
自分の生活を振り返る。
基本的にはこの家から出ない。定期的な外出としては買い出しと薬品の販売。
「接客と販売は? 薬売らないといけないんだけど。同席してもらっていいけど」
「……なら、我慢する」
接客と販売が許されるのであれば逆に考えれば荷物持ちが増える。
外に採集や調査に行くときも基本的にはあまり人と会うことはない。むしろ護衛兼荷物持ちが増える。
なにより竜人の被験者が側にいて、薬の効果を目で見ることができる。仮説を立てる段階での聞き取り調査などもわざわざ竜人の村に赴いて危険を犯して行うよりも効率的だ。
性交だって、つまり商売物の媚薬の効果を自分で試すこともできる。
仕事が続けられるのであれば、むしろ良いくらいではないだろうか。
「この内容でいいならルラと一緒にいるよ。まぁ人間の婚姻関係に準じるのかな。番とは少し違うし。恋人? どうする?」
ルイシュはまじまじとソラの顔を見る。
「いいのか?」
ソラが同意するとは思っていなかったようだ。
その問いにはうなずいて返す。
「別にいい。特に恋人がいるわけでも無いし。君がそばにいるのは私にも利益がある。竜人の生きた標本が手に入るってことだしね」
「標本……」
「気を悪くした? ごめんごめん。あ、別にルラに他にいい人ができたらいつ破棄してくれても構わないから」
不機嫌そうな顔で、ルイシュは小さくうなずいた。
「じゃあ契約成立ってことで。契約書は必要なら発行するけど?」
「別に」
「この家に住む? 空き部屋あるけど」
「あぁ」
「じゃあ部屋案内するね」
ソラはソファーから立ち上がる。
「とりあえずそこが台所、そっちがお風呂。今は魔力で動くようにしてるんだけど、とりあえず使うときには声かけて。順番に使えるようにしてくから」
「? あぁ」
「そこ通って奥が私の仕事部屋。中のもの触られると困るけど目の届く範囲にいるって契約だからここの扉は開けておくようにする。でも入らないでね、危ないから。で、こっちが寝室。その奥が今は客間だからそこ使って。ベットもあるので良ければそれで」
「……寝室、分けるのか?」
「え?」
「一緒がいい」
ソラは目を丸くした。
言われて初めて気がついたが、性交するなら寝室も一緒になるのか。
誰かと一緒に寝るのは、小さい頃親と一緒に寝て以来だ。そう考えると少し気恥ずかしくなって、ソラはうつむいた。
「どうかしたか?」
「あ、えーっと、一緒でもいいよ。じゃあその、寝台運んで並べようか、一つだと狭いし。荷物はさっきの部屋使ってくれればいいから」
いつもより少しだけ早口でそう伝えた。
そうか一人ではなくなるのか。
そう考えると、なんだか不思議な気持ちで、ソラはもう一度寝台を見つめた。
本日より第二章です。