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第四話

 ルイシュとソラは並んで森の中を歩いていた。

 ソラは道なき道をまっすぐ進んでいく。


「あんた、ここ来たことあるのか?」


 反面、この森に慣れているはずのルイシュは重い足取りでソラの後をついて行く。どうも普段歩くルートとは異なるようだ。

 そういえば道ができていないな、と思いながら、ソラは足を止めずに前に進む。


「まさか。でもマギーグラスの生育条件はわかってるし、感じ取れる」

「あんたも魔女か?」

「まさか」


 時折風が葉を揺らしてサラサラと音を立てるが、動物が出てくる気配もない。静かなものだ。

 ソラはいつもの多弁な様子など嘘のように押し黙り、ひたすらにまっすぐ歩いていく。近所の森ならばあるき慣れている。造りは違えど、足元の悪い道で困ることはない。

 少し開けた場所で、目的のものの気配を感じて足を止める。


「ここか?」

「多分。少し探してみる」


 ソラが辺りを見回すと、すぐに目的のマギーグラスが見つかった。

 それもかなりの数だ。この辺では採取する人間もいないのだろう。気持ち早足で近づいていく。


「あった」

「あぁ。これか」


 ソラが指さした草は、ルイシュも知っている物のようだった。

 森の奥に咲き、白い花が暗闇にわずかに発光する。ぽつりぽつりと十輪程度ずつ群生して咲く。


「そろそろ種になる時期でしょう」

「欲しいのは花じゃないのか」

「花は別に必要じゃない。使うのは種だけ」


 そういえば、僅かに魔力で発光する花は贈り物として人気だったな、と思い出す。だがソラにとって必要なのは種だけだ。なれた手付きでそれだけを回収していく。


「この時期逃すと手に入れづらいし」

「まぁな」

「今回は竜人の里に来てたからちょっと諦めてたんだけど、採取できてよかった」


 種は熟れると弾けて飛び出る。そうなれば回収は難しい。

 2つ3つ種を残しては次の群生へと歩を進める。

 5つほど群生を回ったところで、ソラは足を止めた。ルイシュも一拍遅れて足を止める。

 足元に、熊と思しき足跡がある。まだ付いたばかりのようだ。


「大丈夫?」

「あぁ」


 足跡は右側に続いていた。この先から微かに水音がする。川が近いのだろうか。


「狩る? 逃げる?」

「狩る」

「じゃあ、護衛よろしく」

「動くなよ」

「はーい」


 ルイシュは大剣を鞘から抜いて、熊のいる方向へと一気に踏み込んだ。

 魔法を使ったとき独特の光が、ルイシュの動きを軌跡として残す。

 ソラがまばたきした時にはもう揺れた木々しか見えない。ソラは僅かに目を見開いて、唇を釣り上げた。

 思っていたより大分早い。

 動くな、という忠告を無視して、ゆっくりと魔法の軌跡を辿っていく。この速度なら追いついたときには終わっているだろう。

 そう考えて、案の定、たどり着いたときにはもう全て終わっていた。

 ルイシュの足元には熊が倒れている。何をどうやったのかソラには想像もつかなかったが、熊は首の殆どが胴体から離れて革一枚で繋がり、辺り一面血にまみれている。ルイシュ本人も血塗れだ。


「へぇ。思ってたよりいい腕ね」


 その言葉を皮肉ととったのか、ルイシュはため息をつくと、足を持って熊を逆さに担ぎ上げる。

 どう考えてもルイシュの身長より大きい熊は、肩のあたりから地面に引きづられた。


「近くの川まで持っていっていいか?」

「もちろん。どっち?」


 両手が塞がっているため、顎でぐっと前を指す。

 そしてゆっくりと川に向かって歩き出した。大層重いだろうに、足取りもしっかりしている。

 今度はソラがその後をついていった。多分肉を冷やす気だろう。暫く川のそばで過ごすことを想定し、歩きながら乾いた木々を拾う。

 程なくして木々の間に川が見えてきた。河原になっていて、側まで降りることができそうだ。


「これ、村の川とは別なの?」

「あぁ。支流だ」


 ルイシュは熊の足をロープに結わえると、近くの岩にロープの逆側をかけ、熊の体を川に投げ入れた。

 熊の血が水に流れていく。

 ソラはなれた手付きで木を組む。いつもの通り鎖に手を伸ばしかけて、慌てて手を引く。


「何か、火起こしある?」


 ルイシュは火打ち石を投げよこす。ソラは枯れ葉を集めて何度か火打ち石を打ち付けると火をおこした。

 その間、ルイシュは服を脱ぎ、自分の体と服を洗っていた。

 火をおこして一息つくと、ソラは体を洗っているルイシュの背中を見つめる。竜人にあるはずのものが見つからない。


「背中に羽根の痕跡が無いのね」

「まだな」


 左肩から左肘の辺りまでが鱗に覆われている。顔の鱗と同じ黒灰色で、濡れたことによって鈍く光を弾いた。

 一枚一枚はそう小さくない鱗に見えるのに、それが筋肉に沿って動くのは随分と不思議なことに思えたが、まさか触って確かめるわけにもいかない。


「ルイシュは番を探しに行かないの?」


 その背中を眺めながら、そんなことを口にしたところ、ルイシュは眉をしかめた。


「うるさい」

「失礼」


 不愉快な話題だったかと、さして悪びれた様子もなく謝る。

 ルイシュは川から上がる。荷物の中から布を取り出し、体を拭くと服を絞ってから着込んだ。

 ソラが起こした焚き火のそばに座り込む。一応、ソラの話を聞いてくれる気はあるらしい。


「番って存在に興味があって、元々この村にきたの。不快な話題だったなら謝る。ごめんなさい。大体今まで出会った竜人は、番についてならいくらでも話してくれたから、そんなに失礼な認識がなかった。ごめんね」


 ソラの話を聞いているのかいないのか。ルイシュは揺れる火を見つめながらぽつりと呟いた。


「……アロルドも10を越えた。俺も番を探しに行く」

「あぁ」


 従兄弟がそれなりに育つまで待っていたのか。

 ソラは納得したように声を上げた。


「優しいんだね」

「バカにしてるのか?」

「まさか。純粋な賛辞」


 竜人にも家族を大切にするという概念があったとは。内心驚きつつ記憶に留める。


「番を探すあてはあるの?」

「さぁな」


 そっけなく答えてから、答えを続けた。


「会えるんじゃないか。気が向く方に行けば番がいるらしいからな」


 きっとソラが番について興味がある、と言ったことを気にしたのだろう。そう付け足して答えてくれた。

 なるほと、態度はともかく結構優しいらしい。

 最初にあった村人としてはかなり上玉を引いたようだ。ついていた。


「とりあえず麓の村に降りるつもりだ」

「なるほど。付いていってもいい?」

「は?」


 ルイシュは意味がわからない、といった顔でソラを見た。


「言ったとおり、番ってものに興味があるの。より正確には番を見つけるとルイシュの血液がどのように変化するのか気になっている。幼体と成体の血を比較したい」

「……あんたな」

「もちろん、お金は払うし、特になにかして欲しいとかじゃないので。薬とか出せるし、結構便利だと思うけど」

「あんた、俺の血を売るとか言ってなかったか?」

「高く売れるって言っただけ。事実私なら高く買うよ」


 ルイシュは、明らかに不審者を見つめる目つきでソラを見た。先程まで緩んでいた空気が張り詰め、今にも飛びかかられそうだ。

 そんな変化を、ルイシュは興味深く見つめていた。


「あんた、何者だ」


 低い声に、肩をすくめる。


「暫定旅の薬師」


 ルイシュはソラを睨みつけたが、ソラは微笑んでみせた。今にも大剣に手を伸ばしそうなので、ソラは諦めて両手を上げてみせた。


「本職は錬金術師」


 残念ながらその答えは、警戒を解くには至らなかったようだ。


「ここに来た目的は竜人の調査が主目的。黙ってたのは、わけあって魔法が使えないから」

「わけ?」

「今は気配消しの魔法陣を直接体に書いてあるから、魔法が使えない」


 ソラは先程採取したマギーグラスの種を振ってみせる。


「これも錬金術の材料」

「錬金術師……?」

「私の薬はよく効くよ。言ったでしょ? 特別製って」


 ルイシュは心底嫌そうな顔をした。


「毒とか媚薬とか作ってる胡散臭い連中か」

「そうだよ」

「何が目的だ?」

「だから、さっき言ったとおり。幼体と成体の血を比較したい。たまたま手入った幼体の血がルイシュのものだから、ルイシュが成体になってくれるとちょうどいい。幼体の竜人の血液なんてめったに手に入らないし、ましてそれが成体になった時に血が手に入ればなおいい」

「あんたな」

「もちろん、断る権利は君にある」


 ソラは焚き火に視線を落とした。


「まぁ、考えておいて。私、何もなければ明日には村を出てくから」


 パチリと薪がはぜた。

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