第三話
「いらっしゃいませ」
「なぁ薬師さん、痛み止めあるかい?」
「えぇもちろん。5回分で銀貨10枚で」
「媚薬とかあるって聞いたんだが……」
「ありますよ。ただ効果が強いので、調整して。半分で十分なので……」
意外にも需要があったのか、パラパラと客が来る。ソラは順々にそれをさばいていった。
女性ウケするものと媚薬の類は売れ行きが良い。やはり番に使うのだろう。そう考えて婦人病、痛み止め、媚薬は多めに仕込んできたので充分な売上だ。
「いつまでいるんだ?」
「明後日までの予定なんですが、薬は多分今日か明日で終わりですね。何かあれば急ぎどうぞ。と言っても持ってきているだけしか売れませんけど」
「わかった。ありがとな」
大した雑談もなく帰っていくので、売上ほど忙しくはない。
来るのは男たちばかりだが、本当にソラには興味がなさそうだ。番以外に興味がない種族、という噂は本当のようだった。
「ソラ姉!」
「あら、アロルド。もう元気になったの?」
「あぁ。バッチリだ。姉ちゃんの薬はよく効くな」
「特別製だからね」
ソラは胸を張って答える。
アロルドはからからと明るい声で笑った。それに釣られてソラも微笑む。
「さて、ご用件は?」
「様子を見に来たんだ。ルラ兄ちゃんは心配性でさ。まだ休んどけっていうからな」
「そう。おかげさまで盛況よ。お茶はいかが?」
「良ければぜひ頼む」
「じゃあ、準備するからちょっと待っててね」
ソラは鍋を火にかける。沸騰するとそのまま中に茶葉を入れ、十分に抽出されたところで茶葉が入り込まないようそっとカップに注いだ。
「どうぞ」
「ありがとな」
アロルドがソラに向かい合うように座る。
「竜人の里に来たし、竜人について聞きたいんだけどいい?」
「あぁ。構わないぜ」
「えっと、まずそう。ピアスをつけている方が多いのは何故?」
竜人の男性は、他の装身具はつけていないのに大体ピアスを付けている。
「番と交換するんだ。自分の瞳の色と同じピアスを贈って、相手の瞳と同じ色のピアスをもらう」
「なるほど。番がいるってことね」
「そうさ。だからみんな大人だっただろ?」
「そう。確かに。みんな角があった」
竜人は成体になると角が生える。アロルドの額は綺麗なものだ。まだ番を見つけていないのだろう。
「番って、どうやって見つけるの?」
「俺にもまだ番っていないからなぁ」
アロルドは首を傾げた。
「兄ちゃん……ヴィット兄ちゃんは番は美しくて聡明で、彼女だけ世界の誰より鮮やかに見えたって言ってたけど」
「そう」
どうやって見つけるのかのあてにはならなそうだった。
まさか美しさや聡明さに出会う前に気付けるわけもない。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「うーん。番って現象に興味があるから、かなぁ」
竜人はすべからく一目惚れした相手を番として追いかけ回すそうだ。
「恥ずかしいから内緒にしてくれる?」
「なんだい? 淑女との約束を守るくらいの甲斐性はあるつもりだぜ?」
気障ったらしいその口調に笑ってしまった。
「私ね、恋について研究しているの。竜人の番って、猛烈な一目惚れでしょう? それを研究に来たの」
「番ってニンゲンにはいないもんな」
「そうなんだよね」
そんな話をしていると次の客が入ってきた。
ソラは作り置きの薬を渡して代金を受け取る。
「うーん。そろそろ在庫切れか」
「もう?」
「もともと旅費を稼ぐためだし、そんなに数はないんだよね。道具もないし。今日で閉店かな」
在庫を数えてもせいぜい片手で足るほどだ。
お茶がいくつか残っていたが、あまり売れ行きは芳しくない。
「とはいえ結構仕込んできたつもりだったんだけど」
ソラは在庫の袋を締める。
この量だと、明日までは持たないだろう。
「じゃあ、この村から出てくのか?」
「いや、もう一つの目的を果たしてないから」
「目的?」
「竜の魔女様に会いたいんだけど」
「それは……」
アロルドの顔が曇る。
ソラは首を傾げた。何故そんなに曇った顔をするのだろうか。竜人にとって竜の魔女は自分たちを庇護する存在だと聞いていたが。
「無理だと思う」
「やっぱり?」
だが、その回答自体は予想していたものだ。ソラはさして残念そうでもなく頷いた。
「まぁ、魔女様にほんとに会えるとは思ってないけど。魔女様の森に入りたいんだよね。怒られる?」
アロルドは首を傾げる。
「多分?」
「狩りとかで入らないの?」
「何しに行くんだ?」
「んー。私の予想ではあの森にマギーグラスがあるはずなんだけど」
「マギーグラス?」
「草。使うのは種なんだけど、すごく高いわけじゃないけどそれなりに珍しい」
「薬の材料ってことか?」
「ちょっと違うけど、そんな感じ。薬を作るときに使う道具の材料、かな」
「ふぅん。いろいろあるんだな」
「そう。色々あるの」
アロルドの飲み終わった湯呑を受け取る。
「おかわりはいかが?」
「もらえるか?」
残っていたお茶を注ぐ。
「いつもは仕事しているの?」
「あぁ。大体成人するまでは鉱山の採掘の手伝いだな。石運びとか」
「竜人はいくつで成人とみなされるの?」
「ん?10で家追い出されて、見習いって感じかなぁ。でもなぁ、番がいないと一人前に見られないんだよなぁ」
「番がいないと成体にならないからねぇ」
「そ。だからルラ兄ちゃんにも早く番見つけて幸せになってほしいんだけどなー」
冷めていたからかアロルドは残りのお茶を一気に飲み干す。
「ありがとな」
「どういたしまして」
「ルラ兄ちゃん。森で狩りするのが仕事だから、頼めば連れてってくれると思うぜ」
「本当?ありがとう。後で頼んでみる」
その夜。
ソラが借りた空き家で座ったまま眠っているとがたりと物音が響いた。
咄嗟に、鎖につながっている宝石を握りしめる。
見ると、暗闇の中に人影が揺れている。サイズからしてニンゲンの女性に見えた。
「た、助けてほしいの。対価ならあるから! 私を麓の村まで連れて行ってほしいの!」
ソラは、火種に薪を起こして炎を大きくする。
「ねぇ! お願い! 逃してくれるだけでいいから!」
「無理ですよ」
起こした炎で、やっと女の顔が見えた。
高級そうな服は、転んだのか泥にまみれ足元には切れた鎖がつながっている。
キラキラしい装身具がひどく重そうに見えた。
「どなたの番か存じませんが」
「イ、イグナツィオ。あの男はイグナツィオよ! ねぇ!」
「そうですか。……どちらにせよ、逃がすなんてできません。竜人の恨みを買うし、あなたが生きている限り、彼らは決して諦めない」
女の体は痩せていたが、ソラが持ち上げて歩くのは無理だろう。
「さて、どうしましょうね」
「なんでよ! 私を助けてよ! 私はあんな男の番になんて!」
「番になりたくてなるニンゲンはいませんよ。なりたくてもなれないし、なりたくなくてもなる。竜人の番はそういうものだと聞いています」
「知らないわよ! ねぇ、助けてよ! かぁさんが、病気で!」
女はソラに縋り付いてくる。足が萎えているのか、歩くことも覚束なそうだ。
こんな夜中に大騒ぎしていればどうしたって誰か来るだろう。
ソラはため息をついた。抱きつかれているところを、女の番には見つかりたくない。理不尽に恨まれる可能性がある。
「あなたが自由になれるのは、あなたが死ぬときか相手が死ぬときですよ」
遠くから、すこし慌てたような足音が近づいてくる。
「あぁ。お迎えです」
「リリィ!」
少しでも身を隠そうとソラの後ろに回り込もうとするのを、竜人の男はすんなり抱き上げた。多分彼がイグナツィオだろう。
「どうしたんだ? こんな夜中に」
「いやっ! 助けてよ! 家に帰るの!」
「わかった、帰るか。……あんたがリリィを連れ出したのか?」
「帰るの! 離して! 離してよぉ!」
腕の中で、女は半狂乱で暴れるがイグナツィオは体制を崩す素振りも見せない。
「どうした? リリィ、そんなに泣いて……あいつがなにかしたのか? 余所者の」
「私は実家に帰りたいの! かぁさんに会いたいのよ!」
「わかった。家で聞く。帰ろう?」
「あんたなんかの側には居たくないの! 帰りたいのよっ!?」
「だから、帰るって。リリィ。何を怒ってるんだ? 愛してる、リリィ。許してくれ」
「あんたのっ! 愛なんていらないのっ! 返して! 返してよぉ!」
「酷いな、リリィは」
ソラには目もくれず、イグナツィオは女を抱えて出ていった。
ソラは胸を撫で下ろす。
「夜中に迷惑な」
もう一度寝直そうとしても、もうすっかり目が冴えてしまった。
だが番を前にした男の行動がわかった貴重な機会だ。薪を足して、ソラは荷物の中から紙を取り出す。
先程の会話は、明らかに噛み合っていなかった。
恋慕とは性質が違うものに見える。
だが昼間薬を買いに来ていた竜人達は会話は普通に行っていたし、噛み合わないと感じたこともない。ルイシュや、アロルドとも。
豪華な服や宝石を身に着け、鎖で繋がれる女たち。番とは想像以上にいびつな関係のようだ。
とりとめもなく思いついたことを書き留めているうちに、そう言えば竜人の幼体の血液を手に入れたことを思い出した。
ここでは何もできないが、成分から分析していけば番を見つけたときに何が起こるのかわかるかもしれない。
ソラは口元を緩めて、乾かした紙を丸めて荷物に戻す。
唯一採光できる玄関が、少し明るくなってきていた。




