第三話
「ソラ」
声をかけられて、ソラは顔をあげた。
そこにはソラと同じように腰に鎖を巻いて宝石を付けた12、3歳の子供が立っている。
「ダナ。どうかした?」
ここは王宮だ。あの後、家に帰る気が起きなかったのでそのまま出稼ぎを継続し、商売品のいくつかを元に王宮に自分の腕を売り込んでお抱えの錬金術師のあいだに潜り込んだ。
錬金術師は希少な存在だし、王宮付きの錬金術師であればソラの作った何もかも検証可能だ。実験台すら豊富に準備できる。
それなりに要求された物品を作りながら、自分の研究を進める。割にここは快適な職場だった。
「この魔法陣、出力系まで固定されてて使えたもんじゃないって宮廷魔導師長から文句が来てたぞ」
「えぇっ! 新人でも使いやすく出力を一定にしろって依頼だったのに」
「そうは言っても高火力で押し込むべきの一点張りでな」
どうもこの間頼まれて作った魔法陣が気に入らなかったようだ。
ダリオとソラは基となる魔法陣を机に広げて覗き込む。
「ここが出力系だろ? もう外しちまえばどうだ?」
「んー。でもそうすると新人が暴走させないで使えるって要件から外れちゃうでしょ? 触る位置で出力系替えたら? こう、内側を触ってるときは内径だけ魔力を通すようにして、この円に触りながらながらだと出力制限を通らないようにして、みたいな」
「そんなに重ねたら複雑すぎないか?」
「まぁ使い勝手は悪くないだろうし。顔料が足りれば。いける?」
「顔料は経費だしいいだろ。なら召喚元はこっちのほうが良くないか?」
「そうね。ちょっと低出力時に欠損が出るけど、高火力前提なら」
「いいだろ。新人がロスなく魔力出力を制御できるとは思えん。どうせ無駄になるだろうし」
魔法陣の改良案をかきあげながら、議論に興じる。
ダリオは年若いながらも優秀で、一緒に仕事をしていて楽しい同僚だ。
「んー。じゃあこれで一辺宮廷魔導師長サマに確認してきてくれる?」
「おう。ありがとな、ソラ」
「いえいえー。仕事だからね」
部屋を出ていくダリオに手を振って、ソラは手元の瓶に目を落とした。
中にはパトリツィオの眼球がある。腐敗防止の薬品で歪む像に目を凝らしながら少しずつ魔法陣を紙に書き写していく。
思いついたことを手帳に書き留めながら、別の紙を開いては照らし合わせて意味を読み取っていく。
静かな空間に、筆記具を走らせる音だけが響く。
書いた文字が読めないことに気づいて、ソラは顔を上げた。
外はもうすっかり暗くなっている。隣では、いつからいたのかダリオが薬をかかえて何事か悩んでいるようだった。
ソラが顔を上げたことに気づいたのか、ダリオも顔を上げてソラを見る。
「終わったのか?」
最近のソラの研究課題は、竜人の眼球に描かれた魔法陣についてだった。
番を検知するのは魔力のようだったので、もしや眼球の裏の魔法陣にそれを検知する何かがあるのではないか、と考えたのだ。竜人の眼球に魔力強化の魔法陣が描かれている事自体は錬金術師界隈では知られている事実であったが、やはりどうもそれだけではなさそうだ。
「うーん。まだ。『筋力強化』の魔法陣が内蔵されてるだけだと思ったのに、これに別の魔法が重なってるみたいなんだよね。でも重なってるし、そもそも内蔵されてる魔法陣自体が正しく読み解け無いから重なってる魔法もわからないし」
「『筋力強化』は常時発動してるのか?」
「基本的には。でも瞬間的に力を入れる時に発光があったから出力で強化はかけてるはずなんだけど」
「ま、今日は遅い。帰ろうぜ」
「そうね」
ソラは外していた鎖をつけ直すと、マントを羽織り直した。
並んで外に出る。王宮の中は点々と蝋燭の明かりが灯っているが、それだけでは暗い。ダリオは宝石を握り込むと魔法を発動する。
ぽつん、と光の珠がダリオの一歩前を浮かんだままついてくる。
「ダナは? 痕跡を残さない毒、だっけ?」
「毒自体はできたんだがなぁ。毒の痕跡は残らないが今は明らかに毒を飲んだ感じになるんだよな。吐いてのたうち回る。それに結構死ぬまでの量が多くてな。問題ばっかりだ」
たどり着いた食堂で、並んでまかないを食べる。
「目的としては自然死に見せかければいいんだから、そっちの方向で?」
「健康体ならどんな死因でも調べるさ。痕跡を残さない方向自体は悪くないと思うんだがな」
「そうね。それも明日話しましょうか」
そんな話をしていると、隣に座っていた兵士が嫌な顔をしたが、無視する。
「ソラはどのくらいここにいるつもりなんだ?」
「んー。機材が揃ってるのよねぇ。ここ。魔法使いのお歴々はうるさいけど」
湯気の立ったシチューを一口飲み込む。
「怒られるぞ。ま、オレはソラがいてくれて嬉しい」
「どうも。ダナは?」
「ん?」
「ダナはずっとここにいるの?」
「まぁな。オレは一応王宮付きだからな」
ダリオほどの逸材だ。そうそう王宮も手放さないだろう。
一緒に旅をして研究できたら楽しそうだ。とも思うが、本人の希望が第一だ。
「王宮も悪くないけど、やっぱり外に出て実地で調べたいのよねぇ」
「ずっとここに勤めたらどうだ?」
「嬉しいお誘いだけど」
「城下のオレの家でもいいぜ?」
「そりゃどうも」
ソラはダリオの髪をぐしゃぐしゃとなでた。
ダリオが真剣なのか定かではないが、ダリオは優秀でソラになついてくれていて、可愛い。どうにも子供か弟か、そういうものを見るような気持ちで見てしまう。
「本気だぞ?」
「ダナがあと10年早く生まれてたら嬉しかったんだけどね」
「一応オレは成人してるんだがなぁ」
「そりゃ13だからね。私とは親子ぐらい離れてる」
「まぁ、確かに母親はソラと同い年だけど」
「そういうこと」
ソラは汁物をすすって、固いパンをちぎる。
「でもオレはソラと付き合いたい」
「んー。気持ちだけは。お友達でいましょう?」
「なんで疑問系」
「告白されたことないから」
「だよなぁ。オレもこんな仕事してるからか誰も声もかけてこねぇ。オレだってかわいい女の子とイチャイチャしたいっつぅのに、モテんのは騎士だ魔法使いだばっかりだ」
うんざり、といった体でダリオは汁物を突きながらボヤく。
「錬金術師、お金あるのにね。ここお給金もいいし」
「なー。やっぱ背が低いからかな」
「まぁ、それもあるかもね」
「ソラはどういうやつがタイプなんだ?」
「んー」
ソラは水を飲みながら首を傾げた。
ちらりと頭によぎった人物の、一番好きな部分を上げる。
「私の役に立つ人」
「標本かよ」
「うーん。考えたことなかったかも。そうだね、私の知りたいことを教えてくれる人?」
「そりゃ、なかなか骨だな」
「そうかな」
「そうだろ」
ダリオは残っていた林檎酒を一気に飲み干す。
「ソラなら興味ないっていうかと思ってた」
「まさか。興味津々。私も恋とかできるものならしてみたい」
「へぇ?」
「信じられない?」
「いや、オレもイケるかなってだけ」
「はいはい」
「こんなに熱心に口説いてんのになぁ」
「そうね。私もダナがいると楽しい」
「だろぉ?」
でも10年前でもきっと恋愛はしないだろう。
言いかけてやめて、ソラもグラスを空けた。
「さ、もう遅いから帰りましょう」
「だな。また明日、ソラ」
「えぇ。まあ明日」




