第三章 第一話
竜狩りから三ヶ月。
「あ、できた」
手元の琥珀色の液体を見つめる。飲める味かはわからないが、薬ができた。
結局あの後何度か性交を試みたものの、ルイシュは完全に勃起不全のようだった。多分番を見つけた時に出ていた麻薬成分が竜人の性交に大きな影響を及ぼしていたようだ。
現在、前にソラが飲ませた薬の影響で、ルイシュはその成分を受容できない。ソラにとって、これは完全に失策だった。
そのため、まず性交渉をする側のニンゲンが身につけるソラの魔力を擬似的に再現する紅玉を作った。
わざわざピアスに加工しやすいよう、ルイシュの瞳の色に一番近い赤褐色を2つ探し、片方には他人の魔力を擬似的に再現するために、人体が纏う微量の魔力を無意味に一定量放出し続けるという全く役に立たない魔法陣をこのために開発した。ソラが宝石に入るだけ魔力を込めておいたので、機能を果たすだけなら50年は持つだろう。
もう片方は何かあった時探せるよう、別の魔法陣…‥こちらは消耗品なのでマギーグラスを混ぜ込んだ土器製にした……を破壊するとピアスの方へ一定時間光を出せるような人探しの魔法陣も組み入れておいた。人探しの魔法陣自体は元々よく依頼があるのでこちらは何度も作ったことはあるが、結構な高級品だ。
だがこれだけでは身につけたニンゲンをソラだと誤認させるだけで、ルイシュが麻薬成分を認識できないことに変わりはない。
そのため、一時的に麻薬成分を受容可能な状態とする薬を作成した。それが今日できた薬だ。
味は保証できないが、理論上この2つが揃えば別の誰かを番とすることも、性交渉を行うこともできる。
ソラは自分の成果に思わず口元を緩めると、はたと目の前の薬を眺めて考える。
これを渡したら、多分試すよね。実験しないといけないし、試したい気持ちもある。
しかしつまり性行為をするということで、なんというか、勢いがあった当初ならともかく時間がたった今、作ったら性行為してみましょうと誘うのは、気恥ずかしい。
ひとまず薬を飲みやすいように粒状に加工し、紅玉と土器と合わせてひとまとめにしておく。
竜狩りの分前としていくらかもらったものの、紅玉を買うために財産の多くを使ってしまったので、どの道出稼ぎに行かなければならない。
一旦保留を決め込んで、ソラは実験室を出ると台所で料理を作っているルイシュに声を掛ける。
「ルラ。里に行くけど」
「…‥は?」
「ルラが行きたくないなら一人で行く」
「俺も行く。ちょっと待て」
「? 料理中なら少し待つけど?」
「いや、あとは煮込むだけだ」
ちょうど区切りも良かったようだ。
台所を片付けているルイシュを横目に、ソラも出かける準備をしてマントを羽織った。
二人は淫魔の里にやってきた。
里には入らず、入り口から少し外れた、煙突のある工房に向かう。
「ヴァルー。久しぶりー」
「ソラっ!」
ヴァレリが駆け寄ってきた段階でルイシュはソラの前に立つ。
「邪魔だ、どけ」
「巫山戯るな。ソラに寄るな」
ヴァレリは舌打ちを一つすると、ルイシュを睨みつけた。
「しょうがない。こっちに来い」
「はぁ?」
「お前が来ないと調整できないだろ、くっそ。俺はお前らの武器作ったことなんかねぇんだからなふざけんなよ! 無駄に重てぇし!」
「ごめん、ヴァルの腕は確かだからつい」
「ソラに頼られるのは嬉しい。愛してるよソラ」
「あーはいはい。私もあ……」
いいかけてやめる。
多分、ソラがヴァレリに愛してると返した暁には、確実にルイシュの機嫌を損ねるだろう。
「ごめん。えっと、じゃあ頼んでたのは?」
「こっちだ。俺は運びたくないからお前が運べ」
「何を言っている」
「うるせぇ。とっととそれもってけ」
ヴァレリは工房の奥に置かれている大剣を指さした。
先端に向かって刃先の広がる見慣れない構造をした大剣はルイシュが普段持っているものより長く、厚い。そして重そうだ。
「……これは?」
「ソラが言う通り、芯に竜鱗使って、柄も竜革にして、宝石取り外しできるようにしといたぞ。思いっきり先端に重心よせてあっから、まともに運用するとめちゃくちゃ疲れるはずだけどな」
「ありがとうヴァル。あ、ちょっと振ってみて、必要なら調整かけてもらうから」
「俺にか?」
「そう」
ルイシュは戸惑ったようにその大剣を見つめた。
恐る恐る手を伸ばす。いつもと同じ感覚で持ち上げたのだろう。全体が持ち上がる一瞬、手が止まったがすぐに剣先を軽く振ってみせる。
「当然だが、ここでやるなよ。外でやれ外で」
三人は連れ立って外に出る。
ヴァレリは重たいから持ち運びたくない、と言っていたが、ルイシュは特に重さを感じている様子もなく片手で運んでいる。
「ほら、そこの空き地で振ってみろ」
言われたとおり少し離れた空き地で、ルイシュは何度か軽く振ってみる。
それで何か感じたのか、軽くうなずいて体勢をただし、素振りを行う。大剣が動く度、風を切る音がする。剣先を振り抜く時、魔力がうっすらと光り、全身を淀みなく一定の厚みで包んでいる。
ソラはほう、と息をついた。思っていたより、美しい。
「ソラ、見とれてるだろ」
指摘されて、ソラはヴァレリを横目で見た。
ヴァレリはいたずらっぽく笑っている。
「えっ、そうなの?」
「キティの仲間共が、キティを見てる時みたいな目ぇしてた」
「そうなんだ。……そうかも」
「でもあれまだまだだからな。もっとイケる」
一通り振ってみて、ルイシュはソラの方を見た。
「どう?」
届くように、少し声を張って聞いてみる。ルイシュは首を振った。
「……よくわからない」
「あぁ? どう考えても握りが柄頭によりすぎだろ。もっと深く、鍔の方もて。お前軽いのばっかもってっから力載せようと思って端の方持ってただろう。それはもっと真ん中持つように作ってんだよ!」
ルイシュは不愉快そうに眉を寄せながら、言われたとおり柄に寄せて持ち直す。
もう一度振ってみるとしっくり来たようだ。先ほどと風を切る音が変わった。
「ヴァル、意外とルラのこと気に入ってるのねぇ」
「ソラの恋人だからな。ソラの恋人で、俺達からソラを引き離さないなら、一応家族としてみなしてやるよ。俺達からソラを引き離さないならな」
「ん、ありがとう」
ヴァレリは、ソラの髪を撫でようとして、手を止めた。代わりに小さく笑って息をつく。
ルイシュも一段落ついたようだ。
「なぁ、これもう少し握り厚くなるか?」
「調整してやる。もう良ければ中運べ」
ヴァレリはそう怒鳴り返して、工房の中に入っていく。
ルイシュもあとに続くようだったので、ソラも後に続いて工房に入る。
ヴァレリが調整をかけている間、どこかそわそわした様子で、ルイシュは大剣を見つめていた。
「俺がもらっていいのか?」
「ルラの大剣、あれ子供の時からずっと使ってたやつでしょう? 体格が変わってるのに剣自体が変わってないから力が伝わりにくそうだと思って。ついでに魔力が通りやすいように芯に竜鱗入れてもらったから錬金術師の支援があれば魔法を載せられる」
「魔法……」
ルイシュは表情を曇らせた。
「なんだよ、不満なのか? そのくっそ重たい剣鍛造すんのめちゃくちゃ苦労したんんだぞ?」
「いや…‥」
「ん? あぁ」
竜人にとって、魔法とは得体の知れないものだ。
ソラはルイシュに笑いかけてみせた。
「その機構、私の趣味だから。ルラの力不足を疑ってるわけじゃない」
「…‥ん」
「? なんだよ。どういうことだ?」
「そういえば竜人には、魔法は卑怯者で自分に能力のないやつが使うもんだって価値観があるって聞いたことある気がして。そういうこと?」
「……あぁ」
「私に言わせれば、私の恋人が、私の支援を受けてない方が恥かな。もらってくれる?」
「あぁ。……嬉しい」
ソラは手持ちの宝石の幾ばくかをヴァレリに差し出す。
「お代はこれね」
「多すぎだな」
ヴァレリは渡された宝石から1粒抜き取った。
「あいよ、毎度。で、今度はどこ行くんだ?」
「ありがとうヴァル」
「どこか行くのか?」
「出稼ぎにね。国境付近の最前線に行くから。……ルラも来る?」
「行く」
「じゃあ行きましょうか。ルラにも稼いでもらうから。傭兵としてね。武器を新調したのも、半分はそのためだから」
ソラは楽しげに笑った。
本日より第三章です。




