ルーシャ村の攻防<後編>
勇樹は反射的に目を閉じた。しかし、何時まで経っても自身の首に痛みは走らなかった。
おそるおそるゆっくり瞳を開くと一人の男が刃を刀の鞘で受け止めていた。
「なんだ貴様は」
「ただの通りすがりよ」
ただの通りすがりと飄々とした様子で答えた男は江戸時代の武士のような着物を着ていた。
ガタイはよく、その姿からは威厳が伺える。
「あ、あなたは……?」
「言っただろう。ただの通りすがりと」
思わぬ助っ人の登場に勇樹は男に訊ねるが、自分が望んだ答えは聞けなかった。
一方、邪魔が入ったローラインは苛立ちを押し殺すように男に剣を突きつける。
「通りすがりが俺の邪魔をするな」
剣の切っ先で魔物に「やれ」という指示を出す。その合図に従い魔物は男に向かい一斉に襲い掛かった。
男は鞘から日本刀を抜き天に掲げる。すると辺りの雲が黒くなり青い雷が走った。
雷は飛びかかろうとしていた数十匹の魔物を一瞬で灰にしてしまった。
「我を前に数は無意味だと知れ」
圧倒的な強さだった。
一瞬で兵を失ったローラインは下がるかと思われたが、「なるほど」と一言呟きニヤリと笑った。
「貴様は精霊か」
「いかにも」
男は答える。
「ならば、話は別だ。俺に降れ」
「断る」
「ならば無理矢理従わせるまでだ。イフリート!」
ローラインがそう唱えると剣が呼応するかのように炎を上げ燃えた。
そして、剣は死神が持つような大鎌へと変化を遂げた。
「ほぉ?イフリートか……なるほどな」
精霊の男はフフと笑い再び日本刀を構え、戦いの火蓋が降ろされた。
◇
突然現れた助っ人は精霊だった。
もはや何が何だか分からない。思考が追い付いていない勇樹はただただ突っ立っていた。
やがてハッと我に返る。
アルベージュと赤ん坊を安全な場所へと避難させなければ……
勇樹はアルベージュに赤ん坊を抱くように言って肩を貸す。
そして刃と刃がかち合う音がする場面から遠ざかった。
勇樹はやがて一つの民家に逃げ込んだ。
不法侵入をしていることに若干の罪悪感を持つ勇樹だが、隠れるにはうってつけだった。
「ここなら安心かな」
「とりあえずは大丈夫かと」
赤ん坊がぐずり始めたのでアルベージュはあやし始める。
しばらくあやしていると機嫌が直ったのかはたまた疲れたのか赤ん坊はすやすやと寝息を立て始めた。
「この子、将来大物になりますね」
くすりと笑いながらアルベージュが言う。
「……」
一方の勇樹は気持ちが泡立って落ち着かない様子だった。
無理もない。一度はゲームのイベントシーンと似ていると切り捨てた光景を目の前で見てしまったのだ。
己が引き起こした襲撃を受け止められるほどの度量はまだ勇樹には存在しなかった。
そんな勇樹の様子に気が付いたアルベージュは声を掛ける
「大丈夫ですか?」
勇樹は首を横に振った。
「大丈夫じゃない」
「精霊を味方につけるなんて凄いですね」
「味方につけた覚えはないんだけどな」
「でも現にキミを守っています。凄い事ですよ?」
「……」
「どうしたんですか?」
「なんでもない」
「なんでもなくないように見えないから僕はこうして話し掛けてるんです。やはりアレですか?魔物の襲撃に心を痛めてるのですか」
「……俺さ。魔女の婆さんに水晶玉で襲撃の様子を映されて見たんだ。ゲームのイベントシーンとしか思えなかった。でも俺、怖くなったんだ」
「怖くなったとは?」
アルベージュが問いかけると勇樹は振り絞る様に言った。
「俺が魔王と戦う道を選ばなかったからこうなったんじゃないかってさ」
「戦う道を選んでいてもこの世界のどこかで魔物の襲撃はありますよ」
アルベージュは勇樹の言葉に間髪入れずに言った。例え勇樹が魔王討伐の旅に出ていたとしても魔物の襲撃は止まないと
「でももし、俺が魔王を倒したら襲撃は止まるだろ?俺…、どうすればいいんだろうな」
急に召喚されて勇者だと言われて
家に帰りたくて勇者の使命を放棄して家に帰る術を探しているけれど、本当にそれでいいのだろうか……
実際に血を流して冷たくなってる死体を見てそう思った。
「それは自分で見つけてください。僕がどうこう言うものじゃない」
「……」
「過去は変えられないし、後悔したって何も変わらない。辛いですね。悲しいですね。でもそうやってウジウジしていても何も解決しません。本当に解決したいのであれば、罪悪感から逃れたいのであれば、できる事をしなさい。キミには何ができますか?」
「……」
「答えを早急に出す必要はないんじゃないですか?」
早くに答えを出してしまうよりも自然に身を任せるのも手だとアルベージュは告げた。
それからどれぐらい時間が経過しただろうか。この民家の時計は止まっているために時刻が分からない。
ふと、外が騒がしくなっていた。
「どうしたんでしょう?」
アルベージュの言葉に勇樹が窓を開けて外を確認すると村の男達が怪我人を村の教会の方へと運んでいる姿が見えた。
「村人が教会の方に人運んでる」
「教会の方に?ということは___」
アルベージュが言いかけた瞬間、民家の扉が開かれた。
村人が入り込んできては勇樹達を発見した。
「オイ!怪我人が居たぞ!こっちだ」
「アンタ達、大丈夫かい?」
大丈夫かい?と心配してくれるのは良いが、現状、大丈夫なのかと言いたいのは勇樹達の方だった。
「俺は大丈夫だけど、魔物はどうしたんだ?」
勇樹が問いかけると村人は言う。
「魔物の事か?其れなら大丈夫だ。尻尾巻いて逃げていきやがったからな」
尻尾を巻いて逃げた?
勇樹とアルベージュは互いに顔を見合せた。確か魔物とは精霊が戦っていたはず……
魔物が逃げたということは勝ったのだろうか?
二人は村人の手により村の教会へと移動する。
教会では医者とボランティアの女性が怪我人の手当てをしていた。
擦り傷や打撲の多い勇樹は女性に包帯を巻いてもらい絆創膏を貼ってもらい、勇樹よりも傷が多いアルベージュは医者にケア魔法をかけてもらっていた。
アルベージュの治療が終わり勇樹は近づく
「よっ」
「治療終わりましたか。キミもケア魔法で良かったのでは?」
「打撲とかだしこれでいいよ。それよりあの赤ん坊は?」
「母親のもとに返されましたよ」
勇樹が救った赤ん坊は無事に母親の手に引き取られたらしい。
それを聞くと勇樹はやんわりと笑顔を見せる。
「大きく育ってほしいな」
「ですね」
ところで、とアルベージュが切り返す
「あの精霊は何処に行ったんでしょうね」
魔物の撤退、それを意味するのはあの精霊が勝利したということだ。
現に教会にいる人の話を聞いていると何発もの雷が鳴った。巨大な鳥が飛んできて去って行ったと言っていた。
「だよな。お礼ぐらい言わせてほしいとこ__」
「呼んだか?」
勇樹が言いかけた瞬間、背後に人の気配を感じる。
江戸時代の武士のような男が勇樹の後ろに立っていた。
「うぉお?!」
ビクッと大声をあげて反応する勇樹
そんな勇樹を精霊は豪快に笑い飛ばした。
「いきなり出てくるなよ」
「いや、我を呼んだのはおぬしたちであろう?」
呼ばれたから出てきたのだ。と精霊
「確かに呼びましたが、本当に出てくるとは思いませんでしたよ」
「あの時はありがとうな助かったよ」
勇樹はお礼を言う。
すると精霊はわしゃわしゃと勇樹の頭を撫でた。
「生き残ってくれていて何よりだ。勇者殿」
精霊はそう口から発した。
「ご存知なんですね。彼が勇者であると」
「うむ。知っておる。上から見ていた故」
上と言って雲を指さす
「そうですか……で、どうして彼を助けたんです?」
「助けた理由などただ一つよ。この勇者殿と契約がしたくてな」
ニッカリと精霊は笑った。
「契約?俺と?」
「そうだ。我はお前が気に入った。従って力を貸したいのだ」
精霊は明るく伝えた。
しかし勇樹はポカンと口を開け呆けている
「け、契約って‥…マジで言ってるのか?」
「本気だぞ?それとも我では不満か?この先お前は更に魔王軍に狙われることとなるだろう。仲間がいるとはいえこのまま身一つで戦っていては死んでしまうぞ。そうなったら元の世界に帰るのも帰れまい」
元の世界という言葉に勇樹は反応した。
「そうなんだけどさ、俺、少し寄り道することにしたんだ。魔王を倒そうかと思ってる」
「なんと!魔王を倒すというか!!」
精霊は感極まったようで勇樹に抱き着く
「まぁ諸事情で……」
「そうか。ならば、このミカヅチ。力を貸しましょうぞ」
ニコニコと精霊は嬉しそうに笑う
どうあっても契約をしたいようだ。
勇樹としてはその理由は分からないが、力が手に入るのは嬉しかった。
ミカヅチが手を伸ばしたのでこちらも手を伸ばし握手をかわそうとする。その瞬間、手に静電気が走った。
「いっ……」
「すまん。我は…その雷の精霊ゆえ、たまに、その……」
「別にいいよ。静電気ぐらい」
しかし今のは痛かった。耳に聞こえるほどの音がして手に痺れが走った。
「ふふっ、良かったですね。勇樹君。精霊を得ることが出来て」
「まあ、うん。それで、契約ってどうやってするんだ?」
「それはですね?」
アルベージュは言った。
精霊と契約するためには契約の祠に向かわねばならないという。
幸いにもルーシャ村から契約の祠まではそう遠くなく2日も歩けば着くという。
勇樹達は落ち着き次第その祠へと向かう事にした。