ルーシャ村の攻防<中編>
勇樹は一か八かの賭けに出た。
自分が逃げることにより、魔物が自分を追って来ることを賭けた。
その賭けには勝った。魔物は棍棒を振り回しながら自分を追いかけてくる。
そうだ、もっとついて来い
その先はどうするかどうか考えて居ないが勇樹は子供達から離れることに必死だった。
村の外は先程より酷い状況になっていた。周りの建物は燃やされ、壊され、人々の死体が無造作に転がっている。
見たくもないものを見てしまったと思わず視線を逸らす。
しかし、自分の頭で再び悪魔が囁く
今ある光景は、この光景はお前が勇者であることを放棄したからだ。と
その悪魔に抵抗する
そんなはずはない。
これは偶然だ。偶然に違いない。偶然この村は襲われた。
悪魔は言う
魔物は誰を追って村に入って来ていた?
「くそっ…くそくそ…くそっ!!」
俺の所為じゃない。俺の所為じゃない。俺の所為じゃない!
幾ら否定しても目の前に広がる光景は自分の所為でこうなったと言っていた。
勇樹は建物の近くの木の太い幹に寄り掛かる
違うんだ。
なぁ、家に帰りたいと思って何が悪いんだ?
あまりの事に勇樹の心は折れており、涙が溢れる
泣いたってこの光景は変わらない。泣いたって何かが変わるわけじゃない。分かってはいるがあふれ出た涙は止まらなかった。
子供のように泣きじゃくった
俺はただ家に帰りたかっただけなんだと
大きな声でわんわんと
こんなに大声で泣けば魔物に見つかるだろうに不思議と魔物には見つからなかった。
勇樹が泣いていると寄り掛かっている木から低く野太いどっしりとした威厳のある声が聞こえた。
勇者よ
今は泣くがよい__
その時間は作ってやろう__
頭の中がぐちゃぐちゃで心もぐちゃぐちゃで、その声の主が誰だとか何が起こったとかそんなの気にならなかった。
自分は戦うしかないのか
この世界を救う為に……
自分の心の声に返事が返ってくる
__そうだ
己が所為で倒れる人を見たくなくば、立ち上がるしかないであろう
お前の心は何故、そんなにも悲鳴をあげる?
家に帰りたいのであれば"こんなもの"どうってことないだろう?
ただのゲームのイベントシーンではないか?
そうだ。
これはゲームのイベントシーンだ。
良くある話じゃないか
じゃあ、なんで俺はこのイベントに涙が出る?
おぎゃあ……おぎゃあ…!
お助けを…どうか精霊のごかご__きゃぁ!
おぎゃあ…おぎゃあ…おぎゃあ…
ン?ウルサイナ
ナンダ、人間ノ子供カ
人間ノ子供 美味イ 喰ウ
おぎゃあ……おぎゃあ…おぎゃあ……
ゲームじゃよくある展開じゃないか
主人公の村が焼き払われてとか
これはゲームのイベント…
主役は??
人間 喰ウ
ニンゲン 美味イ
子供 美味イ?
__走れ
声がした。
ドン…っと背中が押された。
赤ん坊に
魔物の魔の手が迫る。
白いタオルで包まれた赤ん坊……
勇樹は寸でで抱き上げて、魔物の顎を思いっきり上に蹴り上げた。
グギャアと悲鳴を上げて吹っ飛ぶ魔物。その断末魔に釣られて集まった魔物に勇樹は取り囲まれる。
「マジかよ……」
弱音が出たが魔物は待ってはくれなかった。一斉に飛びかかる様に襲い掛かる。
勇樹は表情を引きつらせ、それでも赤ん坊を抱き、その攻撃の1つ1つを躱した。
「っ……」
しかし悟っている
数が多すぎると……
赤子を抱いたままでは嬲り殺されるだけだ。と
「そこまでだ」
低い声がした。
魔物の海を割ってローラインが姿を現す。
「げっ……」
あの男はアルベージュが抑えていてくれていたはずだ。
何故この場にいるのか。最悪な事態が頭に浮かび、それを否定する。
「何故戦う、風森勇樹」
「俺が戦わなかったら、この子が死ぬ」
「なんだその理由は。くだらんな。そんな塵1つに命を投げ出すのか」
「うっさい。俺が動く理由としては十分なんだよ!アルベージュはどうした」
「こいつの事か?」
ドサリと俺の前に傷ついたアルベージュが自身の足元に投げられる。
酷い怪我だが幸いにして息はあった。
「すみませ、ヘマしてしまい、ました」
「謝るな。ちょっとこの子、預かっててくれ」
勇樹はアルベージュの腹の上に赤ん坊を乗せた。
アルベージュは何か言いたそうにしていたが、赤ん坊をしっかり両手に抱く
「茶番は終わったか?」
「いや、これからだよ」
「やれ!」
魔物がローラインの指揮に再び動く。
上段蹴り、回し蹴り、
正拳、裏拳、勇樹はこの身一つで魔物の海に挑んだ。
「っはぁ…はぁ…」
どれだけ立ち回っただろうか、勇樹の身体に限界が訪れる。
足の力が不意に抜けて尻もちをつく。立ち上がろうにも力が入らなかった。
「死ぬ覚悟はできたか?」
魔物の海を割ってローラインが剣を抜き近づいてくる。
「たぶんな」
自分のしたことは取り返しがつかない。今更、こんなふうに動いたところで何が変わるわけでもない。
けど、最期の最期で人らしいことはできたのだろうと勇樹は満足していた。
自分は父さんと母さんの自慢の息子になれただろうか
父さん母さん
今まで育ててくれてありがとう
俺は……幸せだったよ
「死ね___」
勇樹は反射的に目を閉じた。