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85:いつもの道

 ラインリバー家の朝食。

 セシリアはレインが配達に出なかったので終始上機嫌だった。

 そして食事中ずっと、


 「レイン君、これからも働こうとしちゃダメよ? 絶対に働いちゃダメだからね? ずっと家にいてね? なんでもしてあげるからね?」


 こんなことを言っていた。


 レインは「働いちゃダメ」と言われる度に、『自立しなければ』という思いが強まった。

 一種の反抗期かもしれない。


 朝食後。


 「それじゃあ私はお仕事に行ってくるから、オーファちゃんはレイン君がいなくならないようにしっかり見張っててね?」

 「はぁーい、お姉ちゃん」

 「レイン君はオーファちゃんとゴロゴロしててね? あ、でも、2人だけでエッチなことしちゃ、ダ・メ・だ・ぞ?」


 人差し指を立て、お姉さん然とした様子のセシリア。

 だが言っている内容がいろいろと変だ。


 セシリアはその後すぐに仕事のために家を出ていった。

 外からガチャリと鍵をかけられる。


 しかし鍵は中からも開けられるし、合鍵もある。

 鍵をかけられていても特に問題ない。


 「それじゃあオーファ。僕も出かけてくるね?」

 「あたしも一緒に行く!」


 セシリアの言いつけを守ることはなく、レインとオーファも家を出た。


 向かう先は王城。

 昨日パーティに招待されていたのに、途中で帰ってしまったことを謝りに行くのだ。

 誰に謝ればいいのかわからないが、取りあえず行ってみる所存である。

 無駄足になるかもしれないが、どうせ暇なので問題ない。

 退学になったので時間はあり余っている。


 だがオーファはまだ在学中だ。

 こんな時間にブラついていていいのだろうか。

 疑問に思ったレインは、オーファに尋ねてみた。


 「オーファ、学院に行かなくてもいいの?」

 「いいのよ。だってもう学院に行かなくても卒業できるもん。それにもし卒業できなくても、別に困らないし」

 「そ、そうなんだ」


 オーファの場合、『聖カムディア女学院卒業生』という肩書などなくても、すでに名声も実力も知れ渡っている。

 それに少し前に、全科目の修業も終えている。

 もう学院で教わることは残ってない。

 だからわざわざ卒業に拘る理由がないのだ。

 もちろんちゃんと卒業することにもメリットはあるが、オーファにとってそんなことは細事だ。


 一方のレインは、自身が退学になったことを秘かに気にしていた。

 なので卒業に拘らないオーファのことを、すごいなぁと思った。

 オーファに尊敬の視線を向ける。


 目が合った。

 するとオーファは少しもじもじした後、手を差し出してきた。


 「ねえレイ。手を」


 レインは昔からオーファと手を繋げることがすごく嬉しかった。

 でも、今はできない。


 「オーファ、僕には婚約者がいるから、そういうのは……」

 「うん……、ごめん」


 大人しく引きさがるオーファ。

 瞳に涙を溜め、今にも泣きだしそうな表情だ。


 レインの胸には罪悪感が溢れた。

 思わず手を繋ぎたくなってしまう。

 手を繋ぐだけなら、添い寝より何倍も健全だ。

 大好きなオーファの泣きそうな顔を見るのは辛い。

 オーファに笑顔になってもらいたい。

 手を繋ぎたい。

 そう思ってしまう。


 でも、できない。

 添い寝は治療行為だったが、手を繋ぐのは違う。


 自分にはエルトリアがいるのだ。

 他の女性との不要な触れ合いは避けるべきだろう。

 だから自分の心にふたをして、オーファからそっと視線を逸らす。


 レインが前を歩き、その後ろをオーファが歩いた。

 中央区へと向かう道。

 いつも通る通学路。

 今日は遅い時間だから人通りが少ない。

 歩きなれた道だ。

 いつもはオーファと並んで歩いていた。

 でも、今は前後に離れて歩いている。

 その距離が寂しい。


 オーファが、ぽつりと呟いた。


 「レイ、やっぱりあたしのこと……、嫌いになっちゃった?」


 少し湿った声。


 レインは心臓が握りつぶされたような気分になった。

 嫌いなわけがない。

 今すぐ振り返って、「大好きだ」と伝えたい。

 でも、それはできない。


 レインはふと思った。

 もしかしたら中途半端に気を持たせるくらいなら、「嫌いだ」と言った方が良いのではないか。

 その方がオーファのためになるのではないだろうか。


 しかし、例え嘘でも、オーファのことを「嫌いだ」なんて言えない。

 昔からずっと一緒にいてくれて、何度も自分を守ってくれた女の子。

 自分のことを「大好き」だと言ってくれた女の子。

 そんなオーファに「嫌いだ」なんて言えるわけがない。

 だからもう、なんて言えばいいのかわからない。


 結局レインは何も言わなかった。


 2人は会話もなく、ただ静かに道を歩く。


 いつもの通学路。

 この道を2人で歩くのはこれで最後なのだろうか。

 レインの胸中には、言い知れぬ寂しさが溢れた。



 レインたちが中央区へ渡ると、そこでイヴセンティアと出会った。

 近衛の制服を着ている。


 「レイン、丁度良かった。今から会いに行くところだったんだ」

 「僕にですか?」


 首を傾げるレイン。

 仕事中のイヴセンティアが尋ねてくる理由に心当たりがない。

 何か用事だろうか。


 「ああ、届け物を持ってきた。ほら、陸戦艇の権利書だ」


 そう言いながらイヴセンティアが封筒を取り出した。

 厳重に封がしてある封筒だ。

 余程大事な書類なのだろう。

 それはわかる。


 だが『陸戦艇の権利書』を渡される理由が、レインにはわからない。


 「どうして僕に権利書を?」

 「まだ聞いてなかったのか? くだんの陸戦艇の所有権が、正式にレインの物だと認められた。この封筒にはそれを証明する書類などが入っている。大事な物だからまとめて保管しておくといい。まあ、もし失くしても、私に言ってくれたらなんとかしてやるさ」


 あっけらかんと言うイヴセンティア。

 きりっと凛々しい表情で、頼りがいのある言葉をかけてくれる。

 『メイドごっこ』のときとは別人のようだ。


 だがレインはそれどころではない。

 あの陸戦艇が自分の物になるだなんて初耳だ。


 「ど、どうしてあれが僕の物になるんですか!?」

 「ん? ああ、陸戦艇を敵軍から奪取したときのレインは軍の所属でも王立学院の生徒でもなく、ただの冒険者だったからな。戦時中に冒険者が個人で敵国軍から奪取した物資などは、それらをその冒険者の財産とすることが認められている。まあ、実際に戦争に加担する冒険者は少ないから、知っている者は少ないがな。ともあれ、あの陸戦艇はレインの物だ」


 などと戦争法の説明をするイヴセンティア。


 しかしそんな説明を聞いても、レインは釈然としない。


 「あの陸戦艇は、もともと王国軍の物ですよね?」


 いくら敵軍から奪取したものでも、元の持ち主がいるなら、ちゃんと返還するのが道理だろう。


 「その辺はややこしいんだが、あの陸戦艇は納品前だったから、まだ軍のものではなかったんだ。それに製造業者もすでに存在してないらしい。つまりあの陸戦艇には前所有者がいない状態なんだ。まあ、そんなわけだから、気にせずにもらっておけばいいさ」


 逆にレインが受け取ってくれないと、その所有権をどうするかでかなり面倒なことになる。

 だからもらってくれないと困る。


 そこまで言われれば、レインに断ることはできない。


 「は、はい、わかりました」


 と頷く。

 しかしあんな大きな物をもらっても、正直に言って扱いに困る。


 「船が邪魔なようなら私に言ってこい。もらい手を探してやるから」


 どこまでも頼りになるイヴセンティアの言葉。

 やはりお尻を叩かれて喜ぶ卑猥なメイドとは別人のようだ。


 レインはそんな失礼なことを思いつつ感心したのだった。



 再び王城へと歩き出す。

 レインとイヴセンティアが並んで歩き、オーファがその後をとぼとぼとついて歩く。


 レインはオーファに声をかけたいのを我慢して、イヴセンティアに問いかけた。


 「イヴ先輩、フネアさんたちのこと、なにかわかります?」

 「彼女たちなら、例の陸戦艇にいる」


 陸戦艇は東門の外に停泊している。

 大きすぎて街に入れないのだ。


 レインは少し驚いて聞き返した。


 「え、陸戦艇にいるんですか?」


 どうしてそんなところに。


 「ああ、あのフネアって娘が陸戦艇に詳しいようだったから、私が船の管理を頼んでおいたんだ。新型の陸戦艇に詳しいやつなんて他にいないし、適任だろう」


 なるほど確かに適任だとレインは納得した。

 現状では陸戦艇の維持管理を任せるのに、これ以上の人選は無い。

 それにフネアたちの王都での仕事というのは懸念事項でもあったのだ。

 フネアたちが仕事を得ることができて一安心である。

 これで王都での暮らしもなんとかなるだろう。

 流石イヴセンティアは人事の采配が上手い。

 思わず感心してしまう。

 だが、


 「僕、人を雇うお金なんてありませんよ?」


 陸戦艇の所有権がレインにあるのだから、フネアたちへの給料もレインが払わなければならない。

 だが当然レインにはお金が無い。

 フネアたち9人を雇うなんて無理だ。


 困った顔のレインに、イヴセンティアが言った。


 「給料は要らんらしい。その代わり、陸戦艇に住まわせてほしいそうだ」

 「住むのは構いませんが、流石に無賃労働をさせるわけには……」


 労働をしてもらって、その対価を支払わない。

 それでは商品の対価を支払わないのと同じだ。

 つまり万引きや泥棒と同じ。

 そんなのはダメだ。

 でも、対価は『陸戦艇に住むこと』で支払えているのだろうか。

 なら給料は必要ない?

 いやいや、そんなはずない。

 ちゃんと給料は払わないとダメだろう、たぶん。

 でも、そんなお金はない。

 どうすれば……。

 うむむ、と考えるレイン。


 「まあ、労働条件は後で本人たちと話し合ってくれ」

 「そうですね」


 確かに自分1人で考えても仕方がない問題だとレインは納得したのだった。



 王城への道中。


 レインはふと、イブセンティアと話しておかなければならない重大な問題を思い出した。

 すなわち『スキル共有』についてだ。

 一度、事実確認も含めて、ちゃんと話しておかなければならない。

 だがいきなり「僕にキスしましたか?」とは聞けない。

 それでもし勘違いだったら恥ずかしすぎる。


 なので少し遠回しに聞いてみることにした。


 「ところでイヴ先輩」

 「なんだ?」

 「妙なことを聞きますけど、最近やけに身体が軽くなったりとか、突然魔力が増えたりとか……、しました?」

 「ああ、よくわかったな。そうなんだ。実は何日か前からそんなことを感じ始めてな。今の私は絶好調だ」


 胸を張るイヴセンティア。


 レインは間違いなく『スキル共有』が発動していると確信した。

 だから思い切って聞いてみることにした。


 「あの、勘違いだったら申し訳ないんですけど」

 「ん? なんだ?」

 「もしかして、僕にキス……、しました?」


 気まずそうなレインの言葉に、イヴセンティアはピタっと立ち止まった。

 だらだらと冷汗が止まらない。


 「あ……、あの、わ、私は」

 「イヴ先輩?」


 覗き込むようなレインの視線。

 可愛い後輩の純粋な瞳。

 勝手にキスしたのに、怒った様子もない。

 軽蔑すらしていない。

 嘘を言って誤魔化すなんてできない。

 イヴセンティアは、土下座もかくやという勢いで頭を下げた。


 「す、すまん! つい出来心だったんだ! でも、唇に触れたのは本当に偶然なんだ! わざとじゃない! だが許してくれとは言わん! 是非、お仕置きしてくれ! 今日の夜にでも私のお尻を――、はっ!?」


 ――しまった、ここにはオーファ殿もいるんだった!


 焦るイヴセンティア。

 頭を上げ、そろりとオーファの様子をうかがう。


 「うう、レイ……、イヴとまで、あたしとはまだなのに……、やっぱりあたしのことなんて」


 うるうると瞳一杯に涙を溜め、むにむにと口を動かしている。


 え? なにこの可愛い――。

 レインとセットで持ち帰りたい。

 そんなことを考えるイヴセンティア。

 完全に混乱している。


 「イヴ先輩、エルトリア様がどこにいるかわかりますか?」

 「へ? あ、エ、エルトリア様は、今日は学院をお休みしている。だから、王城にいるはずだ」

 「お会いできますか?」

 「レインだったら会えるだろう。だが……」


 ちらっとオーファに視線を向けるイヴセンティア。


 「ふぐぅ、やっぱりエルなんだ……、ぐす」


 ハンカチで涙を拭うオーファ。

 不憫だ。


 「なあ、レイン?」

 「行きましょう、イヴ先輩」


 振り返らずに歩き出すレイン。

 その横顔はとても辛そうだった。

◆あとがき


突然ですが、ここで有名なコピペを1つ。


豪華客船が沈没する時の声かけ


様々な民族の人が乗った豪華客船が沈没しそうになる。

それぞれの乗客を海に飛び込ませるには、どのように声をかければいいか?


ロシア人には、海の方をさして「あっちにウォッカが流れていきました」と伝える。

イタリア人には、「海で美女が泳いでます」と伝える。

フランス人には、「決して海には飛び込まないで下さい」と伝える。

イギリス人には、「こういうときにこそ紳士は海に飛び込むものです」と伝える。

ドイツ人には、 「規則ですので飛び込んでください」と伝える。

アメリカ人には、「今飛び込めば貴方はヒーローになれるでしょう」と伝える。

中国人には、「おいしい食材が泳いでますよ」と伝える。

日本人には、「みなさん飛び込んでますよ」と伝える。


各国の国民性をあらわした、とても面白いジョークですよね。

このジョークからもわかる通り、日本人には「みんなやってる」が有効らしいです。

CMなどでもよく聞く気がします、「みんなやってる」。


で、なんですけど、たぶん主人公がハーレム状態になるとき説得しやすい方法も「みんなやってる」だと思うんです。

この国は一夫多妻でみんなハーレム作ってる!ってなると、あっさりハーレムに納得できる気がします。


が、作者は思うのです。

みんながやってることを主人公がしても、あんまり興奮しない(・ω・`)←

むしろみんながやってないことを主人公にしてもらったほうが興奮する(・v・´)←


そんなわけでレイン君たちが暮らす国は一夫一妻で、ハーレムはレイン君だけの特権なのじゃよ。



……ちょっと思ったんですけど、仮に「みんなやってる」という言葉が人の「自分だけ損したくない」という心理に働きかけるものだとして、かつ日本人が「みんなやってる」という言葉でハーレムに納得できるとするならば、例えどんなに硬派ぶった男(いわゆる硬派厨)だったとしても、それが日本人であるなら「食える女の子は喰わなきゃ損」だという一種のハーレム願望的な深層心理を隠し持っているということには……、ならないか(´v`;)←

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