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82:茶番

 ラインリバー宅、1階。


 レインは風呂に入っていた。

 いつもは2階の風呂に入るのだが、今はそもそも2階に入れない。

 だから1階の風呂を使わせてもらっているのだ。


 オーファとセシリアはすでに入浴を済ませている。

 なのでレインが最後だ。


 後の人のことを考えなくていいので、ゆっくり入れる。

 浴槽の湯に浸かり「はー……」と一息。

 ぽわぽわと温かいお湯。

 心が休まる。


 だが、いつもオーファとセシリアが入っている風呂だと思うと、どうにも落ち着かない。

 しかも今は2人が入った直後。

 このお湯にも、2人が浸かっていた。

 なぜだか、すごく良いに匂いがする。

 気にすることでは無いはずだが、無性に意識してしまう。


 2階の風呂と同じ作りなのに、まったく別の風呂に入っているような気分になってくる。

 同じ風呂なのに不思議だ。


 浴室には様々な固形石鹸や液状石鹸が置かれている。

 たぶん2人とも、お互いに自分の髪質や肌に合う石鹸を使っているのだろう。

 石鹸に関する知識のないレインには全部同じに見える。

 どれを使えばいいのかわからない。


 そのとき、脱衣所の方から声がかけられた。


 「レイン君、お洗濯物もっていくけどいい?」


 どうやらセシリアが洗濯物の回収にきたようだ。


 「はい、お願いします」


 レインはそう言ってから首を傾げた。

 あれ? 洗濯用魔術具って脱衣所に置いてあったような?

 わざわざ持っていく意味があるのだろうか。

 疑問に思ったが、何か事情があるのだろうと思い深く考えはしなかった。

 身体がポカポカして温かい。


 次にオーファの声が脱衣所から聞こえた。


 「レイ、この着替えも、もっていくわね?」

 「うん、ありがとう。よろしくねオーファ」


 うん? 着替えをもっていく?

 変に思ったレインだったが、気のせいだろうと思い、考えることを止めた。


 そして10数分後。


 風呂から上がったレインは身体を拭き、気が付いた。

 何も着るものが無い!


 仕方がないのでオーファを呼ぶ。


 「オーファ、聞こえる? 僕の着替えの服を持ってきてほしいんだけど、お願いできない?」


 ……。


 返事がない。

 もう一度、呼ぶ。


 「オーファ?」


 ……。


 やはり返事が無い。

 レインは仕方なく腰にタオルを巻いて、脱衣所の外に出た。

 風呂上がりで、心も身体もポカポカだ。



 レインが着替えを探して居間の方へ行くと、オーファの声が聞こえた。


 「た、たいへんだー! お姉ちゃんがー!」


 オーファの前にはセシリアがぐったりとうずくまっていた。


 「セシリアさん!?」


 慌てて駆け寄るレイン。

 腰タオル1枚の姿だが、気にしている場合ではない。

 オーファとセシリアも、なぜかすごく薄着だ。

 お互い、お揃いのシャツを1枚着ているだけのように見える。

 超ミニのワンピースのようだ。

 股下数センチルしかない。

 綺麗な脚がほとんど露出されている。

 でも、気にしている場合ではない。


 レインはセシリアの横にひざをつき、声をかけた。


 「セシリアさん、大丈夫ですか!?」

 「うーん、苦しいよー、苦しいよー」


 苦しそうな呻き声。

 なぜかやたらと平坦な口調。

 まるで台詞を棒読みしているみたいだ。

 きっと重病に違いない。

 レインの焦燥感が募る。


 「レイ、お姉ちゃんが苦しんでるわ。早く部屋に運んであげて」

 「レイン君、私、苦しいような気がするわ。部屋に運んで?」

 「わかりました、セシリアさん!」


 言うや否や、レインはセシリアを優しく抱き抱えた。

 お姫様を抱くように横抱きにする。

 そしてそのまま急いでセシリアの部屋へと向かった。


 その後をオーファがついてくる。

 なぜか微妙に羨ましそうな表情だ。

 だが細かいことを気にしている場合ではない。


 レインは部屋に入り、セシリアをベッドに寝かせた。


 「大丈夫ですか、セシリアさん?」

 「苦しいよー、うーん、うーん」


 まだ苦しいらしい。

 心配だ。

 

 そのとき、


 ――ガシャ。


 と音が鳴った。

 見ると、オーファが扉に鍵をかけていた。


 「オ、オーファ、なんで鍵をかけるの?」


 尋ねるレイン。

 オーファは平然と答える。


 「苦しむお姉ちゃんを外敵から守るためよ、我慢してね」

 「なるほど、わかったよ」


 セシリアを守るためなら仕方ない。

 納得したレインは、再びセシリアに目を向けた。

 顔色は悪くない。

 むしろ良い。

 今日も綺麗だ。

 いったいどの辺りが苦しいのだろうか。

 しっかりと観察する。


 「うーん、苦しいよーな気がするよー、うーん」


 呻きながら、下腹部の辺りを押さえている。

 お腹が苦しいのだろうか。


 「セシリアさん、ここが苦しいんですか?」


 レインは良いながら、セシリアの下腹部に手を当てた。

 そして少しでも楽になってもらおうと治療魔術を使った。


 『魔力強化』

 『魔力量上昇』

 『魔攻力上昇』


 これら3つのスキルの内、2つが治療魔術の効果を高めてくれる。

 強化されたレインの魔力がセシリアの下腹部へと流れ込む。

 その効果の高さは今までの比ではない。


 「ふああ!? ま、まって、ああん、ちょっとまってレイン君、んあんっ」

 「ここですか? それとも、この辺りですか?」


 早くセシリアの苦しみを取り去ってあげたい。

 その一心で、必死に治療魔術を使うレイン。

 全力で魔力を流し込む。


 さらにレインは、より魔術の効力を高めるために、指先で軽くセシリアの下腹部を押した。

 セシリアの魔力路を刺激するためだ。

 それにより、セシリア自身の魔力が活性化し、治療魔術の効果が倍増するのだ。


 ぐっぐっと何度も細かく指圧を加えていく。

 ヘソから徐々に下の方へ移動しながら、セシリアの苦しい場所を探す。


 「あんっ、ダ、ダメ、レイン君まって、こんな、ああっ」

 「セシリアさん、すぐによくなりますからね」


 シャツの裾から伸びた、白くて綺麗な脚が、クネクネと動いている。

 艶めかしい光景だ。

 思わず視線が吸い寄せられそうになってしまう。

 だがそんな場合ではない。

 なるべく早くセシリアを苦しみから救ってあげたい。

 ヘソから10センチルほど下の位置で、押し方を変える。

 ちょっと強めにぐいぐいと指圧しながら治療魔術を使う。


 さらに指圧位置を下げていくレイン。


 「ま、まって、ああん、レイン君、あんっ、そこ、いい、ひあんっ」

 「ここですね、セシリアさん!?」


 セシリアの苦しく切ないポイントを見つけたレイン。

 指先の動きに激しさが増す。

 セシリアに元気になってもらいたい。

 その一心で治療する。

 中指と薬指の2本を立て、ぐぐぐぐぐっと素早く小刻みに刺激を加える。


 『運動能力上昇』

 『瞬発力上昇』

 『瞬発力強化』


 3つのスキルの相乗効果。

 レインの指先が人間離れした動きでセシリアの下腹部を刺激していく。

 セシリアの魔術路はすでにきゅんきゅん活性化している。

 治療魔術の効果は抜群だ。

 さらにはエルトリアがレインに教えてくれなかったちょっとエッチなスキル効果も相まっている。

 セシリアは頭の中が真っ白になりそうだ。

 下腹部が治療で中からすごい。

 意味不明だがそんな感じだ。


 「あああ、いい、ああっ、レイン君もっと、ああっ!」

 「任せてくださいセシリアさん!」


 ぐぐぐぐぐっと激しくも優しく、繊細かつ大胆に振動を加えるレイン。


 セシリアはいろいろと限界寸前だ。

 もうちょっと、もうちょっとで――。

 だが、


 ――ガシッ!


 と、オーファが横からレインの腕を掴んだ。


 「レイ、そんな羨ましいことをしても、お姉ちゃんは治らないわ」


 静かな口調のオーファ。


 「で、でも、このままじゃセシリアさんが!」


 早く治療を再開して、セシリアの苦しさを癒してあげたい。

 そう思ってセシリアに視線を向けるレイン。


 セシリアは顔を赤くして、息を荒げている。

 瞳が潤み、太ももを切なそうにすり合わせている。

 きっとまだ苦しいのだ。


 レインが心配している一方で、ラインリバー姉妹が会話を始めた。


 「はぁはぁ、オーファちゃん、じゃま、しないでよ。わたし、もうちょっとで」

 「お姉ちゃんは黙ってて! 今日はお互いに抜け駆けしないって約束でしょ!」

 「でも、ただの口約束でしょ?」


 今のラインリバー姉妹にとっては『ただの口約束』なんて、してないのと同じである。


 「いいからお姉ちゃんは黙ってて!」

 「はぁーい」


 と口を尖らせるセシリア。

 ちょっと拗ねているようだ。


 レインは意味がわからず首を傾げた。

 でも深く考えることはしなかった。

 取りあえず、指先を激しく動かしたせいで身体が熱い。

 全身がポカポカだ。



 「うーん、苦しいよー」


 再びセシリアが苦しそうになってしまった。

 心配するレイン。


 オーファがセシリアの病状を告げた。


 「お姉ちゃんが苦しい場所はね、『心』なの」

 「えっ、『心』!? ……思ったより大丈夫なのかな?」


 レインは少し気が抜けた。

 身体が病にむしばまれていないのなら、大したことなさそうだと思ったのだ。


 だがオーファの顔は深刻そうだ。


 「そんなことないわ、命にかかわるほど重病よ」

 「えっ!??」


 驚くレイン。


 「孤独はね、死に至る病なの。お姉ちゃんはね、レイが何日も帰って来なかったから、寂しかったのよ。このままでは、死んでしまうわ……」

 「で、でも、オーファが一緒にいたんだよね?」


 孤独じゃなかったのでは?

 そんなレインの疑問にオーファが答えた。


 「そんなことはどうでもいいのよ」

 「そ、そうなんだ」


 レインはよくわからないけど納得した。

 オーファがそう言うなら、きっとそうなのだろう。


 「そうなの。ほら、お姉ちゃんを見て」


 レインはベッドに寝そべるセシリアを見た。

 シャツ1枚の姿。

 呼吸に合わせて上下する大きな胸。

 もぞもぞと悩ましく動く、綺麗な生脚。

 艶々と健康そうな顔だが、


 「苦しいよー、寂しいよー、死んじゃうよー」


 口から出る声は苦しそうだ。

 苦しむセシリアを見るのは辛い。

 なんとか治してあげたい。


 「ほらね? お姉ちゃん、寂しくて苦しそうでしょ?」

 「うん、どうすれば治してあげられるの?」

 「レイが添い寝をしてあげれば治るわ。そうすれば寂しくなくなるもの。あたしも一緒に添い寝をするわ」


 オーファの言葉を聞いて、レインは以前、ルイズにもらった分厚い本で読んだ内容を思い出した。

 確か『添い寝』には気分を安らげる効果があるのだ。

 添い寝にはストレスを緩和して、心を癒す効果があるらしい。

 詳しい原理は忘れたが、きっとオーファはそのことを言っているのだろう。

 流石オーファだ。


 でも、


 「僕には婚約者がいるから」


 エルトリア以外の女性と同じベッドで寝るなんてできない。

 そんなの浮気みたいだ。


 「レイはお姉ちゃんが死んじゃってもいいのっ!?」

 「そんなわけないよ! でも……」


 エルトリアを裏切ることはできない。

 エルトリアは大切な女性だ。

 絶対に裏切れない。


 でも、セシリアも大切な人だ。

 自分をどん底から救い上げてくれた恩人だ。

 今の自分があるのは、全部セシリアのおかげだ。

 家を家族を食事を、すべてを与えてくれた。

 いつも優しくて、大好きだ。

 絶対に見捨てることなんてできない。


 自分の命より大切な2人。

 どうすればいいんだ。


 悩むレインに、オーファが優しく声をかけた。


 「いい、レイ? これは治療行為なのよ? 変な意味はないの。婚約者とか、そんなことを考える必要はないわ」

 「そ、そうなの?」

 「そうよ、なにも意識する必要はないの。ほら、お姉ちゃんを見て」


 セシリアに視線を向けるレイン。


 「うーん、うーん、寂しいよー、添い寝してくれないと死んじゃうよー、ずっと3人一緒がいいよー、うーん」


 口元からこぼれ落ちる苦悶の声。

 なぜかすごく平坦な口調。

 きっとものすごく苦しいのだ。

 そうに違いない。


 「ほらね? 寂しさで、今にも死んじゃいそうでしょ?」

 「セシリアさん……」


 レインは不謹慎ながらも思った。

 こんなにも自分がいなかったことを寂しく思ってくれて嬉しい、と。

 だからこそ、なんとか元気になってもらいたいと思った。


 「レイ、お姉ちゃんの命を助けてあげて? レイじゃなきゃできないの」

 「お願い、レイン君じゃなきゃダメなの、私を助けて?」


 自分じゃなければならない。

 誰でもいいわけではない。

 『スキル共有』だけが目的じゃない。

 その言葉がレインの心に刺さった。


 「わ、わかりました。僕にセシリアさんを助けさせてください」


 レインがそう言うと、オーファと、ベッドから跳ね起きたセシリアが抱き着いてきた。


 「お姉ちゃんを助けてくれてありがとー、レイ!」

 「ありがとー、レイン君!」


 ぎゅぅっと身体の両側から抱きしめられる。

 2人ともシャツ1枚のような際どい姿。


 さらにレインは腰タオル1枚。

 むにゅむにゅと伝わる極上の感触。

 このままでは変な気持ちになってしまう。

 治療行為なのに。

 そんなのダメだ。

 早く服を着ないと。


 「と、ところでオーファ、僕の着替えは?」

 「レイはそのまま寝るのよ?」

 「え、でも」


 流石にそれは不味いだろうと戸惑うレイン。


 だが、両サイドのラインリバー姉妹が許してくれない。


 「お姉ちゃんのためよ、レイ」

 「お願い、レイン君」


 懇願と抱擁。


 むにゅむにゅ――。


 思考を奪う、柔らかさと温かさ。

 極上の抱擁。

 これは治療行為。

 浮気ではない。


 そしてレインは着替えを諦めたのだった。

 身体中がホコホコポカポカして、熱い。

◆あとがき


言わずもがな、3人ともちょっと酔っぱらってます。




ところで世の中にはソフレ(添い寝友達)なんてものもあるらしいですね。

添い寝が『浮気』になるのかどうか、日本の法律だと議論が分かれるところだと思います。

でも大丈夫。

今のレイン君の状況と王国民法的には『浮気』に該当しません。


ちなみに作者はソフレどころか、普通の女の子のフレンドすらいません。

はははwww

ちくしょうっ(`Д´♯)ノ!



ちなみに、添い寝にはオキシトシン(幸福ホルモン)の分泌効果が期待できるらしいです。

幸福ホルモンが分泌されると精神的ストレスの緩和に繋がると科学的にいわれているので、オーファちゃんの言ってることがまったくのデタラメというわけではありません。

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