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80:本音

 ジェルハードとの話し合いの結果、レインとエルトリアの婚約は『大々的に発表はしないが、隠したりもしない』ことになった。


 話し合いが一段落したころ、部屋に伝令役の兵士がやってきた。


 「ジェルハード様、王城の前に『神童』オーファ様が押しかけてきております。近衛隊長のイヴセンティア様が応対しているのですが、ええと、その……」


 言い淀み、レインにちらっと視線を向ける伝令兵。


 オーファがきている。

 そのことにレインは、「ええっ!?」と驚いた。

 しかもただ『きている』わけではない。

 『押しかけてきている』らしい。

 いかにも物騒な言葉だ。

 嫌な予感がする。


 ジェルハードが話の先を促した。


 「それで、どうした?」

 「は、はい、実は『神童』オーファ様が、そちらの『英雄』レイン様にお会いするまでは帰らないと言い張っておりまして。場には剣呑な雰囲気が立ち込めております」


 オーファの破天荒な行動を聞いて、冷汗をかくレイン。

 昔から結構な無茶をしていたが、流石に王城に押しかけるのは不味い。

 冗談では済まない。

 しかもその報告を受けているのはこの王城の主である王様。

 絶対に不味い。

 不興を買ってしまい、極刑に処されないだろうか。

 そんな心配と冷汗が止まらない。


 一方のジェルハードは落ち着いている。

 そして少し考えた後、申し訳なさそうにこう言った。


 「レイン君、すまないが、オーファ殿を止めてきてもらえるか?」

 「も、もちろんです!」


 言うや否やレインは一礼して、王城前へと向かった。

 1人では迷子になってしまうので、伝令兵と一緒だ。


 今すぐ駆け出したい気持ちを我慢して、足早に歩を進めるのだった。



 王城前。

 すでに空は暗い。

 向かい合うオーファとイヴセンティア。

 まだレインは到着していない。


 オーファが剣の柄に手をかけつつ、静かに言った。


 「どいてイヴ。あたしはあんたを斬りたくないの」


 平坦な口調。

 ギラついた視線。

 冷静ではない。


 対するイヴセンティアは冷静だ。

 自身の剣に手を添えつつ、静かに返す。


 「オーファ殿、悪いが退くわけにはいかん。今、城には他国の姫もいるのだ。これ以上、要らぬ混乱を起こしたくはない。大人しく引いてくれ」


 オーファを刺激しないように説得する。


 だがオーファには他国の姫のことなんかどうでもいい。

 重要なのはレインだけだ。


 「あたしのレイを返してくれたら帰るわ」

 「レインなら伝令が呼びに行っている。少し待っていてくれ」

 「待てないわ。あたしは今すぐレイに会いたいの」


 オーファは普段にも増してレインに狂っている。

 なにせ何日もレインに会っていなかったのだ。

 それなのにあんな最悪な再会をしてしまった。

 そもそも別れ方からして最悪だった。

 早く誤解を解いて仲直りしたい。

 そんな思いに駆られている。


 もういいや、無理やり押し通ってしまおう。

 オーファがそう考えたとき、


 「オーファ!」


 レインが王城の中から出てきた。


 「レイ!」


 オーファは全速力でレインに駆け寄り、抱き着いた。

 ずっと会いたかったレインだ。

 絶対に離すものかと、強く強く抱きしめる。


 でも、レインは抱き返してくれない。

 それどころか、


 「オーファ、こんなことしちゃダメだよ。僕たちはただの友達なんだから」


 肩に手を当てて、引き剥がそうとしてくる。

 目も合わせてくれない。

 顔も見てくれない。


 ただの友達。

 親友とすら言ってくれない。


 やっぱり嫌われてしまったのだろうか。

 オーファはそう思い、涙が出そうになった。


 でも泣いている場合ではない。

 早く誤解を解いて仲直りしないと。


 「さっきあたしと一緒にいたのはミディアなの!」

 「……え、ミディア? さっきの男が?」


 レインがこっちを見てくれた。

 それだけで嬉しさが込み上げてくる。


 「男じゃない! さっきのは髪を短く切り過ぎたミディアなの! さっきのだけじゃない、この間、あたしと一緒にいたのもミディア!」


 ぎゅっとしがみつく腕に力を入れながら叫ぶ。


 「そう……、だったんだ」


 わかってくれた。

 これで仲直りできる。

 喜ぶオーファ。


 しかし、


 「でも……、やっぱり、こんなにくっついちゃダメだよ。」


 レインが肩を押して引き剥がそうとしてくる。


 嫌だ。

 離れたくない。

 だって。

 だって――。


 「あたし、レイが好きなの!」


 ――ああ、言ってしまった。


 「……え」


 驚くレイン。

 でも、もう止まれない。


 「好きなの、大好き。昔からずっと大好きなの! レイがいなくなって寂しかった。もう絶対に離れたくない!」


 大好き。

 レインはその言葉に、心を大きく揺さぶられた。

 自分も同じ気持ちだ。

 ずっと大好きだった。

 オーファに男がいると勘違いして、胸が張り裂けそうになった。

 それでも大好きな気持ちに変わりはなかった。

 ずっと一緒にいたいと思った。


 でも、もう遅い。

 その気持ちをオーファに伝えることはできない。

 なぜなら、


 「僕は……、もう、婚約したから」


 エルトリアを裏切ることはできない。

 そんなことは絶対にできない。

 そっとオーファを引き剥がす。


 「こん、や、く?」


 オーファの大きな瞳が揺れている。

 泣きそうな表情。


 「うん……」


 頷くレイン。

 オーファの顔を見るのが辛い。

 だが、


 「こんにゃく?」


 と、首を傾げるオーファに、思わずズッコケそうになった。

 気を取り直して訂正する。


 「いや、婚約だけど?」

 「レイ……、お姉ちゃんと結婚するの?」


 不安気なオーファ。

 対するレインは再びズッコケそうになった。


 「なんで今の会話にセシリアさんが出てくるの?」

 「ちがうの?」

 「ちがうよ!?」


 むしろなぜ婚約相手をセシリアだと思ったのか不思議だ。


 「じゃあ、だれ?」

 「……エルトリア様、だよ」

 「エル?」

 「うん……」


 オーファは考えた。

 婚約。

 結婚の約束。

 つまり、ただ約束しただけ。

 しかも、たぶん、ただの口約束。

 おそらく恋人にすらなっていない。

 そんなもの、『王国民法』的にはなんの拘束力もない。

 一応、口頭での婚約も契約として認められている。

 だが婚約に関する明確な民法上の規定はない。

 『王国貴族法』が適用される貴族の婚約ならいざ知らず。

 レインは平民の男の子。

 自分も平民の女の子。

 だからまだ大丈夫。

 レインが婚約していても問題ない。

 焦って損をした。

 自分が先に結婚してしまえば、口約束の有無なんて関係ない。

 エルトリアには悪いが、お嫁さんは諦めてもらって、愛人あたりで我慢してもらおう。

 レインもお姫様が愛人なら、きっと嬉しいだろう。

 レインの一番は譲れない。

 善は急げだ。


 「それじゃあ、レイ、あたしと結婚しましょう」


 にこっと良い笑顔オーファ。


 レインは三度みたびズッコケそうになった。


 「オーファ、僕の話、聞いてた?」


 思わずジトっとした目になる。

 すると再びオーファの瞳が潤んだ。


 「あ、あたしのこと、嫌い?」

 「嫌いなわけないよ」

 「好き?」

 「それは……」


 答えられない。


 「あたしは大好きよ?」

 「っ!? ぼ、僕は、エルトリア様と婚約したから……、だ、だから、その」


 顔を赤くして、視線を逸らすレイン。


 オーファはその表情をじぃっと見つめた。

 レインの感情を必死に読み取る。

 自分のことをどう想っているのかを必死に見極める。

 完全にはわからない。

 わかれば苦労しない。

 でも思った。

 いける!


 「さあ、早くあたしと結婚しましょう!」

 「いや、だからね、オーファ。僕はもう――」

 「大丈夫よ、レイはずっとあたしが守ってあげるからね!」

 「ちょ、聞いてよオーファ!?」


 慌てるレイン。

 しかしオーファは動じない。

 レインの手を取って歩き出そうとする。


 「それじゃあ家に帰りましょ。お姉ちゃんが待ってるわ!」

 「で、でも家には……」


 もう居場所がない。

 そう思い、落ち込むレイン。


 するとオーファが申し訳なさそうに謝った。


 「ごめん、レイ。レイの荷物は、あたしが全部1階に運んじゃったの」

 「……え、どうしてそんなことを?」

 「レイと一緒に暮らそうと思って」

 「セシリアさんはなんて?」

 「お姉ちゃん? なにか言ってたかなぁ? うーん……、忘れちゃった!」


 えへっと舌を出すオーファ。


 うぐっ可愛い。

 怯むレイン。

 だけど誤魔化されるわけにはいかない。

 でも今のオーファには、自分が何を言っても通じない。

 そう思ったレインは、人払いをしてくれているイヴセンティアに視線を向けた。


 「あー……、レイン、婚約おめでとう。……なのかな? まあ、取りあえず、王城のことは私に任せておけ。その代わり、オーファ殿のことは任せた」


 微妙な表情のイヴセンティア。

 その内心は複雑だ。

 心の片隅では、レインとエルトリアが結婚すれば、公然と『ご主人様とメイドごっこ』ができるのではないかという期待もある。

 だが、レインとエルトリアの婚約に思うところが無いわけではない。

 「あたしと結婚して」と騒げるオーファが羨ましい。

 ちょっと楽しそう。

 自分も混ざりたい。

 けどそんなことできない。

 そんな微妙な表情。


 一方のオーファはご機嫌だ。


 「さ、行くわよ、レイ」


 と、レインの腕を引っ張る。


 「う、うん」


 レインに抗う術はなかった。



 家へと帰る道中。

 東区の公園近くでミディアと遭遇した。


 「オーファちゃーん、レインくーん!」


 頭を押さえながら駆けてくるミディア。

 ウィッグカツラがずれかけて、慌てて直している。


 そんなミディアにオーファが一言。


 「ミディア、わかってるわよね?」

 「うぐ、わ、わかってるよ、オーファちゃん」


 すでにミディアは自分のせいで事態が悪化したと自覚しているので、大人しく従う。


 「じゃあ早く取って」

 「うん……、レインくん、笑わないでね?」

 「笑わないよ」


 というか、そもそもオーファが嘘を言ったなんて思っていない。

 だがら無理にウィッグカツラを外す必要なんてないと思った。


 だがレインがそのことを言う前に、ミディアはウィッグカツラを取ってしまった。


 「ど、どうかな?」


 恥ずかしそうなミディア。


 レインは激しい罪悪感に襲われた。

 ウィッグカツラを外させてしまったこともそうだが、男だと勘違いしたことに対しての罪悪感がものすごい。

 確かにミディアの髪は短いが、どう見ても可愛い女の子だ。

 それなのに男と見間違うなんて、どうかしていた。

 男と勘違いされたミディアはさぞ傷ついただろう。

 なんとか元気付けたい。

 そう思い、とにかく褒めてみることにした。


 「ショートヘア似合ってるよ、ミディア」

 「ほ、ほんと、レインくん!?」

 「うん、その、か、可愛いよ」


 婚約者がいるのに他の女の子を褒めるのはどうなのだろうか。

 そんなことを考えて、レインは少し言い淀んだ。

 でも、「可愛い」と言うくらいなら問題ないだろうと思った。

 「可愛い」程度の言葉なら、友達同士や家族間でも使われているような言葉だ。

 特に深い意味は無いし、別に特別な女性に贈るような言葉でもない。

 だから問題ないはず。

 そう思いたい。


 そんなレインの言葉を受けたミディアはでへへと表情が緩み切っている。


 オーファがちょんちょんとレインの袖を引いた。


 「ねえレイ、あたしは?」


 期待したような表情。

 ぱっちり大きな瞳。

 長い睫毛まつげ

 柔らかそうな唇。

 よく手入れされた赤い髪。


 レインは思った。

 可愛いに決まっている。

 すごく可愛い。

 でもオーファに「可愛い」言ってしまってもいいのだろうか。

 なんとなく、ダメな気がする。

 だってもう婚約したのだ。

 エルトリアに申し訳ない。

 だが、すでにミディアには「可愛い」と言ってしまった。

 オーファにだけ言わないのは……、それもダメな気がする。

 「可愛い」なんて特別な言葉じゃない。

 なら言っても問題ないだろう。

 しかし、いざ言うとなると、無性に緊張する。


 よし言うぞ! と決意を固めるレイン。


 「いつもすごく・・・・・・可愛いよ、オーファ。……あ」


 しまった、思わず不要な副詞、もとい言わなくてもいい本音までつけてしまった!

 焦るレイン。

 だが手遅れだ。


 「嬉しい! ありがとー、レイ!」


 ぎゅぅっと抱き着いて来るオーファ。

 とても嬉しそうだ。


 レインには、それを振り払うなんてできなかった。

◆あとがき


シリアスなシーンかと思いきや、実はそうではないという。


当初はもうちょっと仲直りまで時間をかける予定でしたが、あまりにもオーファちゃんが可哀想だったので、話の方向を急旋回させたったった。

当初のルートでは、ぶっ壊れたオーファちゃんがレイン君を逆レ○プする可能性まであり得たのですが、流石にそれは『ソフトなヤンデレ』の範疇を超えているのでNGかなぁと。

なのでそういう類いのイベントは別のキャラに引き継がれました(ぇ



そんなこんなで、麻雀で言うところの今まで守備重視だったオーファちゃんの打ち筋が、かなり攻撃的なものに変化しました。

テンパイ即リーチの超攻撃型麻雀です。

強そう!


逆にレイン君は、子供の頃はわりと明け透けにオーファちゃんを褒めていましたが、大人になってからは自重するようになってます(二章エピローグのマフィオさんにスーツが似合ってない事件が発端)。

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