79:突然の
ジェルハード・リッター・サハド・カイン・ヴァーニング。
ヴァーニング王国の現国王であると同時に、エルトリアの父親でもある男だ。
すでに40才を越えているはずなのに、その姿は若々しい。
引き締まった体格の美丈夫だ。
現役の騎士でもある。
そんな人物の私室に呼ばれたレイン。
生きた心地がしない。
さっきまでエルトリアとしていたこと、エルトリアの部屋でしようとしていたこと。
そんなことがバレたらきっと殺される。
冷汗が止まらない。
部屋にいるのはレイン、ジェルハード、エルトリアの3人。
それぞれが豪華な椅子に座っている。
エルトリアは微妙な表情だ。
レインとのお楽しみを邪魔されたので、少し機嫌が悪い。
ジェルハードはそんな娘の様子にやれやれと首を振ってから、レインへと声をかけた。
「レイン君、そんなに脅えないでくれたまえ」
「は、はい」
返事をして、頷くレイン。
だが怖いものは怖い。
エルトリアとキスしたことに後悔はないものの、罪の意識はあるのだ。
怒られるのは仕方がないが、殺されるのは怖い。
後悔はないが、怖い。
「さて、レイン君には伝えなければならないことがある」
「は、はい」
姿勢を正すレイン。
なにを言われるのだろうかと想像して、身体を固くする。
もし、エルトリアに近付くな」と言われたらどうしよう。
ラインリバー家に居場所を失った今、エルトリアにまで会えなくなったら……。
そんな嫌な想像をしてしまう。
だがジェルハードの言葉はまったく予想だにしていないことだった。
「残念ながら……、レイン君は王立学院を退学になったようだ」
端的な言葉。
「……えっ」
と、驚くレイン。
退学。
いったいなぜ。
その理由を必死で考える。
極秘という設定の卒業試験を、大事にし過ぎたせいだろうか。
卒業試験に日数をかけ過ぎて、出席日数が足りなくなったのだろうか。
普段の成績に問題があっただろうか。
それとも日々の素行が原因だろうか。
頭を巡らせ、様々な理由を考える。
だが、どの理由もしっくりこない。
一方のエルトリアは不機嫌な顔から一転、顔面蒼白になっていた。
「ぁ、レ、レイ君、ごめんなさい……。わ、わたくしが、わたくしが試験のときに何度も何度も足を引っ張ってしまったから」
だからレインが退学になってしまった。
そう思って、泣きそうになっている。
一応、泣かないように堪えているが、すでに大きな瞳には涙が一杯に溜まっている。
そんな様子に、また、やれやれと首を振るジェルハード。
「レイン君、娘を庇うわけではないが、君の退学に卒業試験の結果は関係ない。詳しいことはまだ調査中だが、身柄を取り押さえた学院理事たちの証言では、君が王都をたった翌日にはすでに学院から除籍されていたようだ。つまり退学に卒業試験の結果は関係なかったということ。だから……、というのもおかしいが、どうか娘を嫌わないでやってくれないか?」
レインは考えた。
エルトリアを嫌う、そんなこと――。
「ありえません。僕がエルトリア様を嫌うなんて、そんなことは絶対にありえません」
考えるより先に、口をついて出てしまった。
「大好き」と言ってくれた女の子。
イジメられているときも、唯一学院で優しくしてくれた女の子。
大好きな女の子。
そんなエルトリアを嫌うなんてありえない。
「レイ君……」
レインを見つめ、頬を染めるエルトリア。
レインの言葉が嬉しすぎて、それだけで蕩けてしまいそうだ。
また2人きりになりたい。
早く自分の部屋に行きたい。
さっきのつづきがしたい。
そんなことを思っている。
不機嫌になったり、顔面蒼白になったり、泣きそうになったり、うっとりしたり。
ころころと忙しく表情を変えるエルトリアに、ジェルハードの頬が緩んだ。
「うむ、2人の仲が良いようで安心した」
「あ、いえ、あの」
しどろもどろになるレイン。
もちろん仲が良いことは否定しない。
だが仲が良すぎることがバレるのは不味い。
下手なことを言えば死罪に処されるかもしれない。
絶対に不用意な発言はできない。
死んでしまう。
特にキスをしたことだけは絶対に――。
「はい、先ほどもレイ君にお願いして、キスをしていただきました!」
なんの躊躇もなく暴露するエルトリア。
とっても良い笑顔だ。
死んだ!
そう思って、焦るレイン。
だが父と娘は和やかだ。
「そうか、レイン君に気持ちが通じてよかったな、エルトリア」
「はい、わたくし、レイ君に受け入れてもらえてとても嬉しいです」
などと会話している。
レインはジェルハードが怒っていないことに、ほっとした。
だが、いつ逆鱗に触れるかと思うと気が気ではない。
『退学になった』という大問題が発生したばかりなのに、そのことに対して思考を割いている暇がない。
ビクつきながら、2人の会話に耳を傾ける。
「ところで2人の『婚約』のことだが」
突然ジェルハードの口から飛び出した『婚約』という言葉に、ふぁっ!? と驚くレイン。
展開が速すぎて理解が追いつかない。
慌てて会話に待ったをかける。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 『婚約』って僕とエルトリア様がですか!?」
確かに、いつかそうできたら良いなぁとは思っていた。
だがあまりにも様々な経過をぶっ飛ばし過ぎていて、流石に驚く。
なにかの間違いではないかと思ってしまう。
しかしジェルハードは当然のように頷いて返した。
「うむ、もちろんだ。娘のためにも、是非、『婚約』を受け入れてほしい」
「レイ君……」
祈るようなエルトリア。
レインは考えた。
婚約。
結婚をする約束。
将来、家族になるという約束。
つまり婚約すれば家族ができるということだ。
昔、親に捨てられ家族を失った自分に。
今日もラインリバー家から居場所を失った自分に。
そんな自分に家族ができる。
それはなんと魅力的な話だろうか。
しかも相手は大好きな女の子。
断る理由がどこにある?
どこにもない。
なら答えは決まっている。
「……エルトリア様との婚約、喜んでお受けいたします」
そう言って頭を下げるレイン。
それから頭を上げると、
「ありがとうございます、レイ君」
そこにエルトリアが飛び込んできた。
椅子に座ったままのレインに抱き着く。
レインからはエルトリアの表情が見えなかった。
でもなんとなく、泣いているような気がした。
だから、そっと抱きしめた。
ジェルハードの前だが、今更だろう。
ジェルハードはそんな2人を満足気に眺めていたのだった。
◇
エルトリアが自分の席に座り直すと同時に、アイシアも部屋にやってきた。
見計らっていたかのようなタイミングの良さだ。
というか見計らっていた。
そして、
「レイお兄様ぁ♡」
早速、レインのひざの上に跨った。
巷で言うところの恋人座りだ。
さらにレインへと抱き着き、身体を押し当てる。
先ほどのエルトリアよりも大胆な触れ合い。
「ア、アイシア様」
レインは焦った。
なにせ先ほどエルトリアと婚約したばかりなのだ。
それなのに、婚約から数分も経たずに義父の前で婚約者の妹と抱き合うなんて、非常識にもほどがある。
でも、だからといって第二王女を振り払うわけにもいかない。
結局レインは両腕を上げた姿勢で、アイシアのなすがままだ。
そんな無防備なレインに、アイシアはさらに激しく抱き着いた。
豪華な椅子の上でもなんのその。
巧みにレインのひざを乗りこなし、身体と身体を密着させる。
そこにジェルハードが言葉をかけた。
「あー、レイン君、わたしもあまり口煩く言いたくはないのだが、流石に、娘を2人ともというのは、ちょっと……」
困ったような声。
レインはさらに焦った。
ジェルハードの言っていることがもっともだと思ったからだ。
どこの世界に娘2人を同じ男にくれてやる父親がいるというのか。
このままでは婚約早々、義父からの心象が最悪になってしまう。
早くアイシアに下りてもらわなければ。
「ア、アイシア様、あまりこのようなことをなさるのは」
「うう、わたしと仲良くするのはお嫌ですか、お兄様……?」
即座に泣きそうな表情を作るアイシア。
アイシアはこういう演技が得意である。
そしてレインはそういう表情で迫られると弱い。
「嫌だ」と言えなくなってしまう。
婚約したのだから婚約者以外の女性と触れ合うべきではないとは思う。
だがやはり、「嫌だ」と言って振り払うなんてできない。
昔から自分を兄のように慕ってくれる女の子に、そんな冷たく当たるなんてできない。
いったいどうすればいいんだと頭を悩ませたレインは、エルトリアに助けを求めることにした。
普段からアイシアが過剰なスキンシップを迫ってきたときには、エルトリアが止めてくれていた。
だから今日もお願いしようと思って、ちらりと視線を向けてみた。
だが、
「でへへへへ、わたくしとレイ君が婚約ですぅ。夢の新婚初夜ですぅ。激しい夜の営みですぅ。でへへ、じゅるり。ああ、レイ君、わたくしが絶対に幸せにしてみせますぅ。でへへ」
なんだかダメな感じでダメになっていた。
お姫様がしていい類いの表情ではない。
そっと視線を逸らすレイン。
仕方なく、「アイシア様――」と自分で声をかけてみるレイン。
しかし、
「えへへ、お兄様ぁ♡」
悲しいかな、まったく効果が無い。
結局こんなやり取りが、アイシアが満足するまでの間、繰り返されたのだった。
◇
「エルトリア。アイシアを連れて会場に戻っていなさい」
ジェルハードにそう言われて、エルトリアとアイシアは渋々と部屋から出ていった。
部屋の中にはレインとジェルハードの2人だけ。
「ジェルハード様、申し訳ありませんでした」
頭を下げるレイン。
アイシアを振り払えなかったこと対して、罪悪感で一杯だ。
だがジェルハードは気にしたふうもなく首を振った。
「いや、レイン君に非はない、頭を上げてくれ。アイシアがあんなに誰かに甘えた所を見るのは初めてだったから、少し驚いただけだ」
レインはアイシアのことを甘えん坊だと思っていたので、意外に思った。
アイシアはいつも、「お兄様」と言いながら甘えてくる。
本当の兄であるディザベルドには甘えたりしないのだろうか。
ディザベルドはレインから見ても魅力的な王子だ。
あんなに素敵な兄がいれば甘えたくなるだろう。
甘え上手なアイシアなら、さもありなん。
「アイシア様は、ディザベルド様にはお甘えにならないのですか?」
「不仲ではないが、甘えたりはしないな。レイン君が迷惑じゃなければ、今後も、あの子と仲良くしてやってくれ」
「め、迷惑なんてとんでもないです」
レインが慌てて頭を振ると、ジェルハードは満足気に頷いた。
「うむ、よかった。それでは、そのことも含めて、改めて礼を言わせてもらおう。レイン君、エルトリアとの婚約を受け入れてくれてありがとう」
しみじみとした言葉。
レインは乱れていた心が落ち着いていくのを感じた。
そしてふと思った。
心が乱れていたのはいつからだろう。
アイシアに甘えられたとき?
ジェルハードに出会ったとき?
エルトリアとキスしたとき?
パーティ会場で土下座したとき?
ラインリバー家にはもう居場所が無いのだと気付いたとき?
考えてもわからない。
でも取りあえず、冷静になり、1つの疑問が浮かんだ。
本当に平民の自分が、第一王女のエルトリアと婚約しても良かったのか、と。
だから聞いた。
「僕は貴族ではありません。本当に僕が、エルトリア様の婚約者で良かったのですか?」
今更「ダメだ」と言われたら?
そんなこと考えたくもない。
でも今のうちに聞いておきたかった。
そんなレインの不安を払拭するように、ジェルハードは微笑んで答えた。
「問題ない。と、一言で言っても、納得できないか? ……そうだな、ではこういうことにしよう。君が本当にただの平民の男だったら、第一王女である娘と結婚させるのは難しかった。だが、君はすでに『英雄』として名が売れている。だから問題ない」
誰が聞いても建前だとわかる言葉。
ジェルハードの話は続く。
「少しだけ、昔話を聞いてくれるか? どこにでもあるような昔話だ。ことはエルトリアのスキル鑑定の日まで遡る。あの日あの子は、スキルが1つしかないと診断されてしまった。それからというもの、あの子に向けられるのは侮蔑や嘲笑、憐憫の視線ばかり。あの子は日を追うごとに元気を失っていった。次第に誰も信用しなくなり、ほとんど人とも話さなくなり、笑顔も見せなくなってしまった。幼い我が子が人生を諦めて無気力になっていく。あの頃のことは、今思い出しても、辛い……」
慚愧に満ちた表情。
エルトリアを救えなかったことを悔いているのだろうか。
レインは何も言わず、ジェルハードの言葉に耳を傾けた。
「ところがある日、あの子が君とお弁当を食べたことを嬉しそうに話してくれてね。あの子が久々に笑顔を見せてくれたんだ。あのときは嬉しかった。その日から、人生を諦めていたあの子は変わった。部屋に引きこもることがなくなり、様々なことに努力するようになった。家族と一緒にいるときも、君のことを話しながら、いろんな表情を見せてくれるようになった」
懐かしそうに微笑むジェルハード。
そして、
「わたしは君に感謝している。あの子が今も元気に生きていてくれるのは君のおかげだ。あの子と婚約してくれて、本当にありがとう」
そう言いながら、深々と頭を下げた。
ジェルハードは王国の国王。
この国の最高権力者だ。
ヴァーニング王国は人間が治める国の頂点に君臨している。
つまり人間の中では世界一の権力者だともいえる。
そんな人物に頭を下げられたレイン。
「ジェ、ジェルハード様、頭をお上げください」
当然、慌てる。
だが不用意に手を触れるわけにもいかず、おろおろするばかり。
ジェルハードはゆっくりと頭を上げ、楽しそうに笑った。
「ははは、すまんすまん。これからもエルトリアをよろしく頼む。だが婚前交渉はできるだけ控えてほしいな」
冗談めかした言葉。
レインはこの人の期待を裏切らないようにしたいと思った。
◆あとがき
裏切るなよ?
絶対に裏切るなよ!?
【悲報】この小説は超ハーレム!
むしろ王様自ら女の子を据えてくるまである! ……かもしれない!
(以下、裏設定の垂れ流しコーナー
一章のあとがきにチョロっと書いたのですが、王国はそれなりに近代的です。
それなりに裕福な近代国家なので、もちろん(?)国民には『人権』もあります。
日本にもありますよね、基本的人権。
主に試験などで出るのが、自由権、社会権、参政権、請求権、平等権の5つ辺りだと思います。
これらの権利をザックリ分けると、
『国に口出しされない権利』
『国がやることに口を出す権利』
『国にいろいろとしてもらう権利』
になります。
それらの成り立ちは、まず国から束縛されず自由に生きる為に『国に口出しされない権利』が発生し、次にその権利を実現するために、参政権などの『国がやることに口を出す権利』が生まれ、最後に『国にいろいろとしてもらう権利』が作られます。
で、王国ではどこまでの人権が認められているのかって話ですが、まず『国に口出しされない権利』はあります。
自由に職業を選択する権利や、好きなところに住む権利が認められているということです(だから田舎出身の冒険者たちなんてのも成立するわけです)。
2章辺りでオーファちゃんが王国から出ていくことも考えていたように、出国の自由なども与えられています(入国は自由にできないです)。
次に『国がやることに口を出す権利』もあります。
王国なのに参政権があるの?って疑問に思う人もいるかもしれませんが、別に絶対君主制をとっているわけではありませんので、専門の政治家などは選挙で選ばれます。
フネアちゃんの親はクワティエロの代官という設定で、その代官は選挙で選ばれたって裏設定があります。
各街を治めているのが代官なので、キュリアちゃんたち貴族の子女は王都で暮らしているという塩梅です(貴族が街を治めているならば、王都ではなくその街の学院に通っていたかもしれません)。
じゃあ王様は偉くないのかというと、そうでもありません。
政治家トップの任命権などは王様が持っていますし、各機関の構造上のトップにいるのも王様です。
王様すごい!
最後ですが、実は『国にいろいろとしてもらう権利』もあります。
その例が王立新聞です。
『知る権利』自体はもっと前の段階の権利ですが、『知る権利』を実現するためになんやかんやあった結果、国が国民に情報を公開するための機関として作られたのが王立新聞というわけです。
この話は本来、2章33話『帰り道』でキャメルドさんが権力分立の話と一緒に教えてくれる予定だったのですが、作者が本編に難しい話を書きたくなかったので予約投稿直前にゴソッと消しちゃいましたわーい←
(そんな感じでキャメルドさんの登場シーンは今まですでに3万文字以上削られています、不憫)
ちょっと話が変わりますが、この話において貴族は絶対的な権力者ではなく、なおかつ無条件に政治に参加できるわけでもありません。
中世ヨーロッパのような貴族社会ではないってことですね。
ではなぜレイン君が王侯貴族に対して必要以上にビビッているかというと、自分がもともと貴族家の出身だからです。
幼少期にラザフォード家の家庭教師によって「王侯貴族こそが素晴らしい存在なのだ」と教え込まれていたわけです。
・小話1-1から抜粋、マフィオさんとレイン君の会話。
「いいか、レイン。世の中には、決して怒らせちゃいけない人間がいる」
「はい」
「誰だかわかるか?」
「うーん、王さま?」
王様や貴族様は偉いから、逆らったり怒らせたりしてはいけない。
これが当時からレイン君の中にあった考えです。
だから当然、エルトリア様に対しても必要以上に敬っていました。
レイン君はよく、『王女様に対してこんなことを考えるのは不敬』とか思っていましたけど、ぶっちゃけ頭の中で何を考えていても、口に出さなければそれは本人の自由として権利が認められています。
(すごくどうでもいい解説ですが、上記と同じ小話中に出てくる『どこにでも生えてるような、小さな白い花』は、セシリアさんの昔話でセシリアさんとセピアちゃんがシスター・グリアに誕生日に贈った花と同じ種類の花という設定です)
まだ書きたいんですけどちょっと長くなってきたので、突然ですが『裏設定垂れ流しコーナー』はこの辺で終わります(次回は未定)。




