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9:引っ越し

 東区を少し歩いて住宅街のようなところへやってきた。

 ゴミなども落ちておらず、清潔感のある街並みだ。

 閑静な住宅街という表現がよく似合う。


 「この家の2階が今日からレイン君の家よ」

 「ここが?」


 レインは目の前の家を見上げた。

 2階建ての綺麗な家だ。


 1階と2階で入り口が別々になっているのが印象的だ。


 「そうそう、この家は――」


 セシリアは、この家のことを掻い摘んで説明した。

 曰く、この家は、2つの家族が別々にわかれて住めるように設計されて建てられた家であり、入り口だけじゃなくて、水回りの設備なども1階と2階で別れている。

 だから、どちらの階にもトイレやお風呂がある。

 2階は、ずっと誰も住んでいなかったが、家具は一通り揃っていて、今日からでもすぐに住める。

 とのことだった。


 所謂いわゆる、小規模な集合住宅アパートである。


 レインはセシリアの説明を聞きながら、改めて目の前の家を見た。

 素朴だけど清潔感があって、素敵な家だなぁ、と思った。

 それと同時に不安がよぎった。


 この家のお家賃は絶対に高い。


 レインは子供だが、何をするにもお金がかかることくらい知っている。

 そして、良い物が高価なことも知っている。

 もちろん、良い物の値段が絶対に高いとは思わないし、高くても悪い物が沢山あることも知っている。


 だが、目の前の家は、絶対に高い。


 レインにはお金が無いのだ。

 お金が無いから、ギルドへ行った。

 その結果、セシリアと再会し、今、ここにいる。


 つまり、言い換えればお金がないからここにいるのだ。

 なのに、こんなお家賃の高そうな家に連れて来られたのはなぜだろう。


 何かの間違いだろうか?


 「あの、ぼく、お金が……」


 レインは間違いがあるなら早めに修正した方がいいと思い、お金が無いことを告げた。

 わざわざ言わなくても、すでに知っていると思うのだが、勘違いということもある。

 勘違いは早く正さないと、よけいに話がややこしくなる。


 「ふふふ、大丈夫よ。一応、私がここの大家ってことになってるから。どうせ使っていなかったし、タダで貸して、あ・げ・る」


 セシリアはそう言いながらウィンクした。


 「っ!」


 レインは、セシリアのウィンクに、ドキっと心臓が跳ねた。


 「レイン君には2階に住んでもらうけど、1階には私が住んでるから、困ったことがあったら何でも言ってきてね? ご飯は、私がいないときはギルドで食べれば良いし、お掃除も手伝ってあげるから、1人でも大丈夫よね?」


 セシリアは平静を装って尋ねた。

 だが、その内心は、幼いレインに1人暮らしを強要することに対する、罪の意識で一杯だった。


 セシリアは当初、レインを中央男子孤児院に預けるべきか悩んだ。

 だが、王立学院の入学式の日以降、どうにも中央区にある準公共施設への不信感が拭えないでいた。


 もしかしたら、孤児院へ預けることで、レインが更に酷い目に遭わされるかもしれない。

 そう思うと、とてもではないがレインを預けることはできなかった。

 それならば、と自分の目の届く範囲にレインを置くことにしたのだ。


 次に、セシリアは、幼いレインと一緒に住んであげるべきか悩んだ。

 レインを孤児院に入れないのは自分のわががままでもある。

 もしかしたら、孤児院に入る方がレインにとっては幸せかもしれない。

 レイン本人もそれを望んでいるかもしれない。

 だが、レインの意思を無視して勝手に住居を決めてしまった。


 だからこそ、一緒に住んで、可能な限り面倒を見るべきではないか。

 そんな思いがあった。


 しかし、子供であってもレインは一応、男である。

 いくら幼くても、男は男。

 同棲はいかがなものか。

 それに、セシリアは妹と一緒に暮らしている。

 妹はレインとほぼ同じくらいの年齢だ。


 ヴァーニング王国を含む、聖カムディア教を国教に定める国々では、『男女4才にして同衾せず』という教えがあり、それが強く守られている。

 これは、例え子供であっても男女は区別して扱いなさいという、性の乱れを戒めるための教えである。


 セシリアは、情操教育や諸所の事情を考慮し、幼くとも男女が一緒に住むのはよろしくないと判断した。

 なので、レインには1人暮らしをしてもらうことにしたのだった。


 もちろん、これらのことは1人で決めたわけではない。

 レインがマフィオたちと食事をしている間にギルド長と相談して決めたことだ。

 だが、レイン本人には相談していないため、セシリアは秘かにそのことを気にしている。


 「1人でだいじょうぶです。ありがとうございます」


 レインはセシリアのウィンクに見惚れて、話を半分聞いていなかったが、辛うじてそう答えた。


 今まで掃除用具入れに1人で暮らしていたのだ。

 それを思えば、その環境の違いたるや月とスッポンである。


 だが、懸念というか、心配事がある。


 「ぼく、まいにち、やしきの前の道のそうじをするように言われているんですけど?」


 掃除用具入れに住むようになった日、使用人に言われたことだ。

 その日から、毎日欠かさずに道の掃除をしている。

 この新しい家はとても素敵だが、ここから掃除に向かうのは大変そうだと思った。


 「そんなこと、する必要ないわよ!」


 セシリアは、少し語気を強めてそう言った。

 この子はそんなことまでさせられているのか、といきどおる。


 「そうなんですか?」

 「そうよ。だって、別に掃除をしてお金を貰っているわけじゃないんでしょ?」


 セシリアが思った。

 レインを捨てて『他人』になった癖に、この期に及んで便利に使おうとするなんて、酷すぎる。

 レインがお金に困っていることから、お金を貰っていないことは明らかだ。


 せめてお給金を支払って、屋敷に住まわせ、使用人として扱うならまだわかる。

 納得はできないが、それならば、理解はできる。

 だが、掃除用具入れに住まわせて、無賃労働させるなんて、到底、人の扱いではない。

 レインを便利な家畜か何かと思っているのだろうか。


 「お金はもらってないけど、パンをもらってます」

 「……直接、手渡しで? 何か契約書とかに名前を書いた?」


 セシリアは、むむむっ、と唸り、その整った眉を寄せた。


 報酬は、お金でなければならないとは決まっていない。

 普通に、現物支給も認められているのだ。

 だから、パンを報酬として支払うことで、『掃除用具入れに住み、道の掃除をする』ということが契約として成り立っているとしたら、少し面倒かもしれない。


 「ううん、パンはいつのまにか、道におちてます。なまえは書いてません」

 「落ちてっ……、ううん、なら気にしなくていいわ」

 「わかりました」


 とりあえず、面倒な事態は避けられそうなので、その点は安心だ。

 だが、セシリアはレインへの仕打ちを新たに知り、さらに怒りの度合いを高めた。

 レインはあっけらかんとしているが、道に落ちているパンを食べさせるなんて酷すぎる。

 飼い犬ですら皿に餌を入れてもらえるというのに。

 そんなことを考えてセシリアは怒っていた。


 レインは、セシリアのぷんすかと怒った雰囲気に、少し緊張していた。

 何か怒らせることを言ってしまっただろうか。

 謝った方がいいのだろうか。


 「あ、それからレイン君!」

 「は、はい、なんですか?」


 びくっ、と驚いた様子のレインに、セシリアは、いけないいけない、と自重し、怒りの気持ちを抑えた。


 「今度からは道に落ちてるパンなんか食べちゃだめよ? ご飯ならちゃんと食べさせてあげるから、ね?」

 「はい」

 「うん、いいこいいこ」


 セシリアは、よしよし、と素直なレインの黒い髪を撫でた。

 レインは、セシリアに撫でられることを気恥ずかしく感じたものの、嬉しさの方がまさった



 その後、セシリアと話し合って、今日中に『新しい家』に引っ越すことになった。

 話し合ったといっても、セシリアが一刻も早くレインを酷い環境から連れ出したくて、かなり強引に言いくるめた結果だ。


 そして、セシリアと一緒に、掃除用具入れにあるレインの私物を取りに行くことになった。

 レインは1人でも平気だと言ったが、セシリアが「もうすぐ夜だから」と心配したため、一緒に行くことになったのだ。


 2人で手を繋ぎ、中央区まで歩いた。

 屋敷に着くころにはすっかり夜になっていた。


 掃除用具入れに到着すると、レインは私物を回収した。

 私物といっても、学院で支給された教科書と筆記用具、訓練着。

 あとは家から出されたときに着ていた薄汚れた私服だけだ。


 レインが私物を回収している間、セシリアには少し離れたところで待ってもらっていた。

 なんとなく、掃除用具入れをセシリアに見られることが恥ずかしかったのだ。


 レインは回収した私物を、セシリアに貰った袋に詰めた。

 少し大きな袋は、全ての私物を入れてもぶかぶかだった。

 掃除用具入れの中に忘れ物がないかを確認し、扉を閉め、鍵をかけた。


 後は、掃除用具入れの鍵を返せばこの場所に用はない。


 レインは、わざわざ使用人に会って鍵を返そうとは思わなかった。

 だから、学院で支給されたノートのページを千切り、世話になった礼を短く書き、それに鍵を挟み、扉の手紙受けへと差し込んだ。

 明日には使用人が気付くだろう。


 レインは、待っていてくれたセシリアのもとへ戻った。

 また、2人で手を繋いで帰り道を歩いた。


 レインは生まれてからずっと住んでいた屋敷の傍から離れることに、不思議となんの感慨も湧かなかった。



 「私、付いてくる必要なかったかな?」


 屋敷から『家』へと帰る道すがら、セシリアはそんなことを言った。

 そして、「意地悪な人が出てきたら、レイン君を抱えて逃げようと思ってたけど、なにもなかったわね」と残念がっている。

 本人は、「私、実は逃げ足には自信があるのよ」と言っているが、悲しいかな、まったく素早そうには見えない。


 「いっしょに来てくれてうれしかったですよ?」

 「そう? それなら私も嬉しいな」


 そう言って微笑むセシリア。


 レインは優しくてとても素敵な人だなぁと思った。

 でも、不思議なことがあった。


 「なんで、ぼくに、やさしくしてくれるの?」

 「んー、なんでかな?」


 セシリアは可愛らしく小首を傾げて考えた。


 「うーん、もしかしたら、レイン君が私の親友に似てたからかしら?」

 「親友ですか?」

 「うん。まあ、女の子なんだけどね」


 そう言いながら、セシリアは笑った。


 レインは、ちらりとセシリアの顔を見た。

 月明りに照らされたその横顔はとても綺麗だった。

◆あとがき


レイン君が引っ越しました。


引っ越し先の家は二世帯住宅みたいなものですが、

別に『税金が安くなる』って理由で別れているわけではありません。

王都は人口密度が高いので、基本的に集合住宅が多いのです。

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