77:帝国の姫
レインとエルトリアが王城の前にいる頃。
まだパーティは始まっていないが、王城内に作られたパーティ会場にはすでに多くの人が集まっていた。
その中にはレインのクラスメイトたちもいる。
クラスの女子たちは普段からお互いに仲が良い。
会場でもみんなで一緒にいる。
見目麗しく、華やかなキュリアたちのドレス姿。
露出はがない清楚なドレスがよく似合い、魅力的だ。
14人もの美少女が一緒にいるので、当然目立つ。
会場中の注目を集めている。
一方の男子たちは、それを微妙な顔で眺めていた。
本音を言えば女子たちに声をかけたい。
年頃の男の子なので、美少女に興味があるのは当然だ。
普段は同じ教室にいても話す機会が無い。
だからこういう機会に仲良くなりたい。
そう思っている。
だが男子たちは、どうせ声をかけても無駄だとわかっている。
女子たちがレインにしか興味が無いことをすでに知っているのだ。
だから声をかけたりはしない。
しかし気になる。
でも声はかけられない。
結果、遠くから眺めるしかできないのだった。
そのとき、会場に9人の少女が入ってきた。
全員がキュリアたちに負けず劣らずの美少女だ。
どこの貴族かは知らないが、これはチャンスだ。
男子たちはそう思って、少女たちに近付き、なるべく紳士的に声をかけた。
「こここ、こんにちは、お嬢さんたち」
「お、俺たちと少しお喋りしませんか?」
「どぅふふ、絶対に退屈させませんよ?」
挙動不審気味な態度。
妙な笑い声。
いやらしくニヤケた表情。
身体は少し前のめりになっている。
これでも本人たちは紳士的なつもりだ。
そんな男子たちに、少女たちは丁寧に腰を折って対応した。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
「私たちは身も心もレインさまに捧げると決めておりますので」
「レインさま以外の男性と不必要に馴れ合うことは致しません」
ハッキリとしたお断りの言葉。
男子たちは、またあの『無能』か! と思い、苛立った。
そこにキュリアたちも近付いてきた。
キュリアが代表して少女たちに声をかける。
「はじめまして、私はキュリア・アドプチャート。王立学院高等部の生徒です」
「はじめまして、私はフネアと申します」
少女たちを代表してフネアが答えた。
お互いにぺこりと頭を下げて、丁寧に名前を交換する2人。
キュリアの問いかけ。
「貴女たちは、レインさんが助けたという捕虜の少女ですよね?」
「そうですが……、貴女たちは?」
訝し気なフネア。
だが、
「私たちも、レインさんに命を助けていただいたことがあるのです」
そんなキュリアの言葉に、警戒心を打ち消した。
同好の士を見つけた!
そんな気分だ。
「まあ、そうだったのですね!」
「はい、よければ向こうで一緒にお話ししましょう」
「ええ、是非に」
そのままキュリアたちは連れ立って会場の端へと歩いていった。
残された男子たちは、それを見ていることしかできなかった。
◇
パーティ会場に、豪華なドレスを着た女性が入ってきた。
このパーティの主賓。
帝国の姫こと、ゼルダリア・ルイ・タナード・アルベ・ルインペリアル、その人だ。
金色の長い髪をなびかせて歩く姿はとても堂々としている。
ゼルダリアは帝国一と称されるほどの美姫だ。
まだ若いが、その容姿は非常に整っており、美しい。
『ルインペリアルの宝石』と謳われ、諸外国にも名が知られている。
帝国は今回の戦争で、王国側に援軍を派遣することになっている。
ゼルダリアはその援軍に先行して、挨拶のために来国したのだ。
会場の注目がゼルダリアへと集まる。
当然、男子たちの視線も釘付けになった。
男子たちは美しいゼルダリアに興味津々だ。
レインの毒牙にかかっていない美少女と仲良くなるチャンス。
この機会を逃す手はない。
仲良くなれれば帝国とのコネを持てる。
もっと仲良くなれば、もしかしたら結婚できるかもしれない。
あんなに美しい姫と結婚。
めくるめく夫婦の営み。
否が応にも期待が膨らむ。
男子たちはいそいそと近付き、鼻息荒く声をかけた。
もちろん本人たちは紳士的なつもりだ。
「は、はじめまして、ゼルダリア様」
「よければ、少しお話ししませんか?」
「どぅふふふ、どうですか? どぅふ」
いやらしく品の無い笑顔。
自己紹介も無しの不躾な誘い。
ゼルダリアの護衛――帝国女騎士――たちが、思わず顔を顰めた。
ゼルダリア本人も少し引き気味だ。
だが、王国貴族を無下にはできない。
帝国と王国は、古くから友好関係にある。
だが両国が対等な力関係にあるわけではない。
国力は王国の方が圧倒的に上だ。
一応、国土は帝国の方が広い。
だが『魔の森』などの人間が踏み込めない地域が多く、実質的な領土は控えめだ。
帝国では魔物の被害も多い。
なので開墾も進まず、人口も国土の割には少ない。
もし戦争をすれば、間違いなく王国が勝つだろう。
とはいえ両国間に武力的な争いが起こったことはなく、常に友好的な関係にある。
王国から帝国に、魔物退治の援軍が派遣されることも珍しくない。
帝国にとっての王国は良き隣人であり、これからも仲良くしていきたい相手なのだ。
そんなわけでゼルダリアには、王国貴族の子息である男子たちを無下にはできない。
「はじめまして、私、ゼルダリア・ルイ・タナード・アルベ・ルインペリアルですわ」
にこっと笑顔を作り、自己紹介。
男子たちは一瞬で心を鷲掴みにされた。
なにせ女の子に笑顔を向けてもらうなんて数年ぶりなのだ。
まともな挨拶も会話も数年ぶり。
あっという間に好きになってしまった。
顔が赤くなり、鼓動が速くなる。
そして、べろりと舌なめずり。
是非、結婚して夫婦の営みを――。
そのとき会場にエルトリアとレインも入ってきた。
レインも礼装に着替えている。
男子たちがそれを忌々しそうに見た。
会場の注目は、美しい第一王女と話題の英雄に集まっている。
ゼルダリアもエルトリアに視線を向けた。
「エルトリア姫はやはりお美しいですわね。お噂以上ですわ。あら? あちらの殿方はどなたでしょうか?」
ゼルダリアは秘かな憧れであるエルトリアに見惚れたあと、レインの姿を見つけ、首を傾げた。
ゼルダリアは新聞も読んでいないしパレードも見ていない。
だからレインの顔を見ても、話題の『英雄』だとは気付かなかった。
それは帝国女騎士たちも同じだ。
ゼルダリアたちは王国貴族の名前や外見的特徴を頭に叩き込んでいる。
だが黒髪黒目の少年に心当たりがない。
いったい誰なのだろうか。
なぜ王女であるエルトリアと仲良くしているのだろうか。
一様に顔を見合わせ、不思議そうな顔をする。
その様子に、今まで1人つまらなそうにしていたブラードが、にぃっと口角を上げた。
「ゼルダリア様、あの男は『臭くて汚い無能のゴミ』として有名です。汚いゴミ捨て場に住み着き、周囲に悪臭をまき散らす、社会の害悪でしかない無能です。気を付けてください」
ブラードはここぞとばかりにレインの悪印象を植え付けようとした。
それに他の男子たちも追随した。
ゼルダリアまでレインに取られて堪るかと、口々に悪口を吹き込む。
「そうです、あの無能は、汚らしいゴミです」
「貴族ですらない平民。どころか、社会の最底辺を惨めに這いつくばるウジ虫です」
「どぅふふ、所詮はスキル無し、無能のクズですよ」
レインを罵倒するのは慣れたもの。
男子たちはとても饒舌だ。
だがゼルダリアの反応は、「はあ、そうなのですか」とそっけない。
『ゴミ』や『クズ』という悪口に、ピンときていないのだ。
ブラードは舌打ちしたくなるのを我慢して、悪口の方向性を変えた。
「ゼルダリア様、あの無能は『性欲の権化』としても有名です。女性を性欲の捌け口にすることしか考えていません。すでに何人もの女性がその毒牙にかかっております」
悔し気な表情を作るブラード。
『あの無能は女性の敵』だ。
それがいかにも真実であるかのように語る。
ゼルダリアはそれを信じた。
「まあ、それは……」と、不快気に眉を顰めている。
帝国女騎士たちも嫌そうな表情だ。
その反応に、男子たちは好機を見出した。
ここぞとばかりにレインを色欲魔に仕立て上げる。
「あの無能は、女と見れば節操無く手を出す変態です」
「平民の分際で、とにかく女を孕ませることしか考えていません」
「どぅふ、ゼルダリア様も近付くと……、どぅふふふ」
「ひぃ」と小さな悲鳴を上げるゼルダリア。
レインを見る目は、すでに嫌悪に彩られている。
そのことにブラードは楽しそうな笑みを見せた。
さらには、
「ゼルダリア様、あの無能を懲らしめるために、是非、ご協力頂けませんか?」
こんなことを言い出したのだった。
◇
レインとエルトリアは、2人で並んで会場を歩いていた。
人目があるので適度な距離感。
近付き過ぎず、離れ過ぎず。
心地よい雰囲気。
にこにこ笑顔のエルトリア。
とてもご機嫌だ。
「見てくださいレイ君。この果物、とても美味しそうですよ」
「本当ですねエルトリア様。あちらの盛り付けも綺麗ですよ」
テーブルの皿に盛りつけられた果物。
鮮やかな飾り付け、
2人一緒なら、見ているだけでも楽しい。
余談だが、王国は獣人連合国に穀倉地の4分の1を奪われているが、穀物以外の食べ物はまだまだ豊富である。
さらに国民が早くから自発的に節制していたので、穀物にもそれなりの蓄えがある。
ヴァーニング王国は豊かな国なのだ。
閑話休題。
そこにゼルダリアが近付いてきた。
その表情は義憤に満ちている。
「そこの平民! すぐにエルトリア姫から離れなさい! 貴方のような男性が近付いては、エルトリア姫が汚れてしまいますわ!」
嫌悪感を剥き出しにした言葉。
――不埒な平民を懲らしめて、エルトリア姫を助けるのですわ!
そんなことを考えている。
ブラードや男子たちにあれこれ吹き込まれて、完全にレインを悪物だと思っているのだ。
自分に正義があると信じている。
こうすることがエルトリアや王国の、しいては帝国のためになる。
そう信じている。
ブラードはその光景を、心底、楽しそうに見物するのだった。
◆あとがき
作者が感情移入しやすいのはクラスの男子かもしれない。←主にモテない男という意味で
ゼルダリア様は実はちょっとアホの子です。
帝国を『多数の地域や民族を支配する国』として見ると、とても攻撃的な国に思えます。
ですが今回の話で出てきた帝国は、武力で人々を支配をしているわけではなく、魔物のや近隣国の脅威から自国を守るために周辺諸国同士が結合していった結果、なぜか帝国制になっちゃったわーいみたいなゆるい国です。




