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76:逃避

 パレード終了直後。


 レインは自宅への道を急いでいた。

 いち早くオーファとセシリアに会いたい。

 そして酷い別れ方をしてしまったことを謝りたい。


 足を速め、家路を急ぐ。


 だが、この後すぐに王城でパーティがあるらしい。

 レインが主賓ではなく、帝国の姫を歓迎するためのパーティだ。

 レインもそのパーティに当別に招待されているため、あまり時間に余裕はない。


 レインは家への道すがら、様々な人に声をかけられた。


 「英雄様、俺、新聞読んで感動しました! 握手してください!」

 「よお、レイン! パレード見たぜ!」

 「きゃー、英雄様ぁー!!!」


 レインより若い少年。

 知り合いの冒険者。

 野太く黄色い声を上げる筋肉質の男、等々。

 皆、好意的だ。


 だがレインは『英雄様』と呼ばれる度に、ムズムズと落ち着かない気持ちになった。

 もちろん嫌なわけではない。

 『無能』と蔑まれるより何倍も良い。

 けど、やっぱり少し照れくさい。

 それになんだか申し訳ない。

 だって王都に生きて帰って来られたのは、皆が『スキル共有』してくれたおかげなのだ。

 皆のスキルが無ければ不可能だった。

 だから凄いのは自分ではない。

 皆のおかげだ。

 陸戦艇を奪えたのも、エルトリアの魔術とフネアの知識のおかげ。

 自分の力ではない。

 なのに自分だけが『英雄』と持ち上げられることが心苦しい。

 もしかしたら、過去に「自分だけ騎士になってしまった」と嘆いていたイヴセンティアもこんな気持ちだったのだろか


 そんなことを考えつつ、レインは逃げるように家路を急いだ。



 ラインリバー宅前。

 オーファとセシリアがレインの帰りを待ちわびていた。

 そこにさらにもう1人の女の子、ミディアがいた。


 「これがレインくんの部屋の鍵かー」


 と言いつつ、セシリアに借りた鍵を手に取って眺める。


 セシリアはレインが帰って来てくれたことが嬉しくて、すごく機嫌がいい。

 にこにこと笑顔が止まらない。


 一方のオーファは、ジトっした目をミディアに向けていた。


 「ねえ、ミディア?」

 「なーに? オーファちゃん?」

 「あんた、レイの誤解を解くために協力するって言ったわよね?」

 「うん、言ったよ?」


 言ったからここにいるのだ。

 なんで今更そんなことを聞くのだろうか。

 そう思い、首を傾げるミディア。


 「だったらなんでウィッグカツラなんて着けてんのよ!? そんなの着けてたら、あのときあたしと一緒にいたのがあんただって証明できないでしょ!?」


 がーっと怒るオーファ。

 レインとの仲直りがかかっているので必死だ。


 その剣幕に、ミディアは自分の頭を押さえつつ後ずさった。


 「わ、私、誤解を解く手伝いをするとは言ったけど、レインくんの前で男の子っぽい格好をするなんて言ってないもん」


 悪いことをしている自覚があるので、目が泳いでいる。

 当然オーファは許さない。


 「いいから外せー!」

 「やだー!」


 逃げ出すミディア。

 だが、ただ走って逃げてもオーファから逃げられないことは百も承知だ。

 だからラインリバー宅の2階、レインの部屋へと駆けあがった。

 手に持った鍵で素早く扉を開け、中へと逃げ込む。

 扉を閉めて、鍵を掛れば――。


 だがオーファがそんなに遅いわけがない。

 すでに室内へと侵入している。


 「外せー!」

 「ひぃ、やだー!」


 さらに部屋の奥へと走るミディア。

 しかし、すぐにオーファに捕まってしまった。


 だがミディアも諦めない。

 意地でもウィッグカツラを取られてなるものかと意気込み、必死に頭を押さえる。


 業を煮やしたオーファが援軍を呼んだ。


 「手伝って、お姉ちゃん!」

 「わかったわ、オーファちゃん!」


 セシリアが指をワキワキと動かしながらにじり寄る。

 とても良い笑顔。

 すごく楽しそうだ。


 両手で頭を押さえているミディアの腋はがら空き。

 隙だらけだ。


 だから、


 「やだあああ、助けてレインくうううううんっ!」


 叫ぶしかなかった。

 が、


 「うるさいっ!」

 「むぐっ、んんん!」


 オーファに口を押えられ、それすらもできなくなった。



 自室の前まで帰り着いたレインは重大なことを思い出していた。

 すなわち、部屋を出たとき鍵を掛け忘れていたということだ。

 あのときはオーファとのあれこれで、うっかりしていた。

 セシリアが気付いて、鍵を掛けてくれていればいいのだが。

 そんなことを考えながら扉に手をかける。


 ――ガチャ。


 開いてる。

 ずっと開けっぱなしだったということだ。

 あちゃー、とレインは頭を抱えた。


 だがそんなことをしている暇はない。

 泥棒に入られていないかの確認が先だ。

 そのとき、


 ――ガタガタ。


 室内から物音が聞こえた。


 まさか泥棒!?

 レインの緊張感が高まった。


 扉の中を覗き見る。


 驚くことに、部屋の中から私物が全て無くなっていた。

 もともと物が少ない部屋だったが、今は1つも残っていない。


 やはり、泥棒か!?

 さらに高まる緊張。

 気配を消し、中へと入る。


 慎重に室内を進むレイン。

 物音が聞こえた寝室の前まで来た。

 そして、そっとの中の様子をうかがった。


 そこには、


 「ほら、大人しくしなさいっ!」

 「むぐぐっ!?」

 「こちょこちょー♪」


 ベッドの上で、オーファとセシリアがと絡み合っていた。

 3人とも楽しそうで、とても仲が良さそうだ。


 その光景を見たレインは、なぜ自分の私物が部屋から無くなっていたのかを察した。

 邪魔だったのだろう。

 あの男がこの部屋で暮らすには……。


 あんな酷い別れ方をしてしまったのだ。

 自分なんか邪魔者扱いされて当然。

 もう、ここは自分の帰る場所ではない。

 また家を、家族を失ってしまった。


 暗く落ち込むレインの心。


 そのとき、オーファがレインに気付いた。

 目が合う。


 だがレインは目をそらした。

 オーファの顔を見ることができない。

 また、手で追い払われるかもしれない。

 そう思うと怖い。

 だから一言、


 「邪魔して、ごめん」


 小声で呟いて逃げ出した。

 振り返らず、駆ける。


 オーファは今の自分がレインからどう見えるのか即座に気付いた。

 ミディアからはすでにウィッグカツラを奪い取っている。

 しかも当然、ミディアは今日もズボン姿。

 ぱっと見、男に見えなくもない。

 そしてここはベッドの上。

 3人でもつれるように絡み合っている。

 最悪だ。


 その上、部屋からはレインの私物が消えている。

 以前とち狂った挙句、レインの私物を箱詰めにして1階に運んでしまったのだ。


 レインからはこの光景がどう見えたか。

 考えなくてもわかる。

 最悪だ。


 オーファはレインを追って即座に走り出した。


 「むぐぐ、ぷはっ!?」

 「オーファちゃん、急にどうしたの!?」


 背後から状況を理解していないミディアとセシリアの、のん気な声が聞こえた。

 だが無視だ。

 早くレインに追いついて誤解を解かなければ。

 大丈夫、すぐに追いつける。

 レインが素早さ系のスキルを持っていないことは知っている。

 自分の方が何倍も速い。

 絶対に追いつける。

 そう思い全速力で扉の外に出た。


 だが、すでにレインの姿は見当たらなかった。



 レインは街を駆けた。

 毎朝の配達で鍛えてきた走力は伊達ではない。

 さらに、


 『運動能力上昇』

 『瞬発力上昇』

 『瞬発力強化』


 3つのスキルの相乗効果がある。

 その速度は半端なく速い。


 風のように街中を走り抜ける。


 あっという間に王城へとたどり着いた。

 そこには白いドレスに着替えたエルトリアが待っていてくれた。


 「レイ君、早かったですね?」


 不思議そうに首を傾げるエルトリア。


 レインは何があったのかを言いたくなかった。

 『部屋に知らない男がいて、私物を捨てられ、家を失った』

 そんなことを言うのは、あまりに惨めだ。

 だから誤魔化すことにした。


 「走って往復しましたから。今はスキルのおかげで、それなりに速く走れますからね」

 「そうなのですか?」

 「はい」

 「も、もしかして、わたくしに会うために、早く戻ってきてくれたのですか?」


 期待に瞳を輝かせるエルトリア。

 その脳内には、お互いに「大好き」だと言い合い、キスしたときのことが浮かんでいる。


 レインの脳内にも同じことが浮かんだ。

 だからこそ、この人だけは失いたくないと思った。

 どうすれば嫌われずに済むだろうか。

 どうすれば好いてもらえるだろうか。

 考えてもわからない。

 でも自分の好意を伝えたいと思った。


 「もちろんです、すぐにでもエルトリア様に会いたいと思って、全力で走りました」


 嘘ではない。

 全ての理由を言っていないが、嘘ではない。

 これは本心だ。


 その言葉を聞いたエルトリアは喜色満面、喜んだ。


 「嬉しいです、レイ君! わたくしも、少しでも早くレイ君に会いたいと思って、ここで待っていました!」


 がしっとレインに抱き着く。


 レインはエルトリアが喜んでくれて、ほっとした。

 同じ気持ちだったことが嬉しい。

 自分からも抱擁を返したい。

 だが、


 「エルトリア様、ここは人目ひとめがありますので」


 ここは公衆の面前だ。

 王女であるエルトリアの外聞を考えるなら、自重すべきだろう。


 抱き着いたまま、顔を上げるエルトリア。

 ちょっと頬が赤い。


 「レ、レイ君、人目ひとめがなければ……、いいですか?」


 なにを?

 とは聞きかえさない。

 もちろん、『良い』か『悪い』かで言えば、『悪い』ことだろう。

 だが今のレインには、その言葉が言えなかった。

 だから、


 「いい……、です」


 短く、了承の意を示す。


 エルトリアはその言葉に花を咲かせたような笑顔を見せたのだった。

◆あとがき


前回のあとがきにも書きましたけど、たぶんオーファちゃんとの仲直りは80話目くらいです。



レイン君もオーファちゃんも3章開始時点でそんなに互いのことが好きだったのならさっさと告白してればよかったのに、なんで告白してなかったの?

と疑問に思う人がいるかもしれません。


でも、告白は麻雀でいうところの立直リーチみたなものです。

成功すればリターンは大きいですけど、失敗したときのリスクも大きいです。


例えばなんですけど、麻雀の南4局で、現在トップの人がリーチをかけるメリットって少ないですよね?

むしろ直撃逆転のチャンスを相手に与えてしまうので、デメリットが大きいです。

(もちろんラス親で叩きに入る場合などは別です)


で、オーファちゃんの場合、3章開始の時点では自分のことをトップだと判断していました。

(実際にレイン君の好感度という名の『持ち点』は一番多かったです。)

わざわざ危険なリーチなんてかけなくても、そのまま場が進めば自然と1位のまま対局を終えて、優勝できる状態です。

ぶっちゃけリーチを打つ意味がありません。



そんなときに起こったセシリア事変!


今までなんとなく卓に座っていただけのセシリアさんがぶっ壊れます。

麻雀経験ゼロ、もとい恋愛経験ゼロのセシリアさん。

当然のように仕出かします。

点数計算が出来ていないので、自分をトップだと勘違い。

しかもいきなり本気を出し始めます。

ですが、やはり打ち筋がデタラメ。

恋愛の情報源がエロ本だけなので、思考がエッチに直結してしまっています。

自分の親番でタンピン系の安定した配牌にもかかわらず、中張牌チューチャンパイを全て叩ききって国士無双をぶっこみにいくイメージです。

なんだかもう、麻雀の素人とかそんなレベルではありません。

普通ならそのまま自滅して終わりです。


しかーし、セシリアさんの剛腕はバシバシ幺九牌ヤオチューハイをツモってきます。

あっという間に国士テンパイ(レイン君の理性は崩壊寸前)。


当然、セシリアさんの川には中張牌チューチャンパイばかり。

どう見ても国士一直線の捨て牌。

何人かはセシリアさんの不穏な気配を察しています。


セシリアさんの待ち牌は『白』。

場には2枚見え。

残り2枚は山生き濃厚です。


ですがこの白はオーファちゃんが雀頭に使っているので、残り0枚です。

当然オーファちゃんはガンガン押し返します。


セシリアさんは役満エッチ目前で押し返されて面白くありません。

しかも寝不足の変なテンション。


「トップは私なの」とオーファちゃんを煽ります。

オーファちゃんはムッとしつつも、しっかりと場が見えているので冷静に対処。

結果、セシリアさんの親番を流すことに成功しました。



その後もセシリアさんは自分がトップなのだと勘違いしたまま変な打ち筋を続けています。

当然、1回もあがれません。



オーファちゃん強い!

流石ガチ勢!

このまま逃げ切りか!?


作者がそう思ったとき、オーファちゃんが痛恨のチョンボをやらかしました。

なんとミディアちゃん(♀)とのお買い物を、レイン君に「彼氏とイチャイチャしてる」と勘違いされてしまったのです。

これは痛い!


しかもその流れに乗ってセシリアさんもチョンボ!

仲が良いぞラインリバー姉妹!



ここでイヴ先輩の親番到来!

イヴ先輩は積極的にトップを狙ったりしませんが、変な手役を作りたがります。

自然と高打点になることが多いので、要注意の雀士です。



おおっとイヴ先輩、配牌ですでに「お泊り」の出来面子!

これは好配牌だ!

しかも自宅からメイド服を「ぽん」!

メイドごっこの手役まで絡めにいった!

親満確定の手だ!

待ちは3面、このまま12000点は確実か!?


な、なんと!?

イヴ先輩、ここでお尻を「ぺん」だ!←

まさか「お尻ぺんぺん」の手役まで絡めるなんて驚きです!

しかしそうなるとアガリ牌は薄いです。

流石にアガるのは難し――、


ツモッたあああああああッ!


ラス牌のエッチなパンツ!

親っ跳、180000だあああああッ!

これは強い!

強いぞイヴ先輩!


ああっと、しかしここでレイン君が素面に戻ってしまった。

イヴ先輩、お尻をぬるぬるもみもみしてもらったもののアガリきれずに親番終了。



続く親番はエルトリア様。

エルトリア様は王女という身分が足を引っ張って素点が低い。

なんとか親で連荘を続けて点を稼ぎたいところです。


まずは「恋人ごっこ」。

1幡のみの軽いアガリ。

親番を続けます。


2本場。


おおっと、ここでエルトリア様にも「お泊り」のチャンス!

なんとかものにしたいところ!


な、なんと、エルトリア様はレイン君と同じベッドで眠る気です!

確定の「純正お泊り」!

アガれば12000!

これは期待できます。


ああっと、しかしここでエルトリア様がレイン君とイヴ先輩のキスを知ってしまった!

自分もキスしたい様子。

ベッドの中で積極的にレイン君に絡みます!

これはさらに高い役を狙いにいったということか!?

す、すごい、レイン君の理性は風前のともし火だ!

役満の大チャンス!!!

しかし残りツモ数は少な――、レイン君がエルトリア様を組み敷いたあああああああッ!!!!

海底ハイテイツモあるか!?


ああ、残念ながらレイン君が冷静になってしまいました。

アガリ牌はワン牌(理性)の中に眠っていたようです。


流局、1人テンパイ、親番続行です。


続く3本場4本場、エルトリア様は心に余裕を取り戻した様子。

手堅いアガリを重ね、素点を稼ぎます。

レイン君の気持ちはグラグラ揺れてますね。


5本場。


あー、これは配牌が悪い!

食べ物が腐ってしまった。

エルトリア様も諦めムード。

流石にここまでか?


獣人を打ち払いつつなんとか手役を作りますが、なかなかテンパイが入りません。

もう後がない。

このままでは親番が流れてしまいます。


おおっと、逆にフネアちゃんたちに「ちゅー」のチャンス。

エルトリア様ピンチ。

残りツモ数は後2回。

ここでテンパイが入らなければキツイぞ!


エルトリアさまのツモ、どうだ!?

きたか!?

キタああああッ!

テンパイ入った!!!

エルトリア様にも「ちゅー」のチャンス!


だが残りツモ数は1回のみ。

このまま黙テンで流局か!?


な、なんと、リーチだあああ!!!

エルトリア様がリーチを打ちました!

最後のツモにかけた『大好き』です!

親のリーチに、フネアちゃんたちも下りざるを得ません。


海底牌を積もるエルトリア様(人数の都合で海底が親番の人)!

最後のツモはどうだ!?


ツモッたああああああ!!!


リーチ、イッパツ、ハイテイ、ツモ、ちゅー!

さらに裏も乗れば……、乗ったああああああッ!!!

裏ドラ「べろちゅー」!!!

親倍だああああああッ!!!


24000点のアガリ!

エルトリア様、逆転トップに躍り出ました!

喜びのあまり不思議な踊りを踊っています!




という感じの、突如始まった3章ダイジェスト(麻雀実況風味)でした。

(作者は小学生のころから毎晩麻雀を打つのが日課でしたので(今でも毎晩やってます)、基本的に麻雀脳です)

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