表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/112

75:第三章エピローグ

 レインたちを乗せ、街道を走る陸戦艇。

 速度は上場。


 行軍用に整備された街道は広く、大きな陸戦艇でも問題なく通ることができる。

 フネア曰く、そもそも陸戦艇は街道の広さに合わせた大きさで作られているらしい。


 レインは甲板から景色を眺めつつ、フネアたちの今後について考えていた。

 フネアたちとは『スキル共有』をしてしまった以上、このまま放っておくわけにもいかない。

 皆、帰る家も頼る相手もいないのだ。

 王都で生活できるよう、できる限り力になるべきだろう。

 だが流石に9人の少女を養うような経済力はない。

 だから当然、自活してもらう必要がある。

 しかし、どうすればいいのだろうか。


 しばらく悩んだレインがったが、1人で考えても仕方がないことなので、後で皆と話し合うことにして、その思考を打ち切った。

 フネアたちにも希望はあるだろう。

 『スキル共有』してしまった都合上、なるべく近くで生活して欲しいとは思うが、束縛するわけにもいかない。

 できる限り、望みを叶えてあげたい。


 次にレインの思考はエルトリアのことに移った。

 主に考えているのは、お互いに「大好き」と言い合い、激しくキスをしてしまったときのことだ。

 あのときは、もう死ぬかもしれないと思っていたからこそ、大胆になれた。

 だが普通に生き残ってしまった。

 もちろん後悔はしていない。

 しかし大変なことをしてしまったという罪悪感はある。

 相手は第一王女だ。

 やって良いことと悪いことがある。

 あんなキスをするのは悪いことだろう。

 有罪か無罪かで言ったら、有罪なのではないだろうか。

 下手をしたら死刑にならないだろうか。

 優しく可愛らしいエルトリアとのキス。

 王様にバレたら殺されそうな事案だ。

 でも、後悔はない。

 しかし、恐ろしくはある。

 これからどうすればいいのだろうか。


 レインは1人、甲板で頭を悩ませたのだった。



 トーレの街。

 王都から数えて3つ目にある大きな街だ。

 その外壁の外側には、王国軍が陣を敷いていた。


 陣の中央には旧型の陸戦艇。

 この陸戦艇が仮設の要塞として使われている。

 広い甲板にはいくつかのテントや飛竜舎などが設営されている。


 そのテントの1つにヴァーニング王国の第一王子、ディザベルドがいた。

 エルトリアやアイシアの兄である。

 今は軍議を行っている最中だ。

 室内の会議室よりも、見晴らしの良い甲板のテントでの会議の方が、騎士や兵からは人気なのである。


 軍議の内容は当然、獣人連合国との戦争についてだ。

 クワティエロの奪還を行うべく様々な案が出されている。

 だが情報が足りず、どの案も内容を詰めることができないでいた。


 そんなとき、1人の兵士が駆けてきた。

 なにやら急ぎの報告がある様子だ。


 会議は一時中断されて、報告の兵士が通された。


 「ディザベルド様、クワティエロ方面から陸戦艇がこちらへと向かってきます」


 「なにっ!?」と会議に参加していた騎士たちが驚き、騒めく。

 クワティエロ方面、つまり敵占領地から来たということ。

 十中八九、獣人連合国だ。

 敵の進行が始まったのか。

 そんな緊張感がテントを包む。

 のんびりしてはいられない。

 すぐに遊撃の準備をするべきだ。


 そう考えた騎士たちが動き出そうとしたとき、追加の情報を持った兵士が報告へとやってきた。

 酷く動揺したような表情だ。

 テントの緊張感が高まる。


 「ディ、ディザベルド様、白旗を上げた陸戦艇の甲板に、エルトリア様のお姿が確認されました!」


 「はあっ!?」と会議に参加していた騎士たちが素っ頓狂な声を出した。


 ディザベルドは可愛い妹の驚くほど破天荒な行動に、苦笑を浮かべたのだった。



 レインたちは王国軍と接触し、陸戦艇を降りた。

 それから全員そろって旧型の陸戦艇へと通された。

 案内されたのは甲板に張られたテントだ。


 レインはテントの上座にいる美しい顔立ちの男性を見た。

 そしてそれが誰なのか、すぐに思い至った。

 第一王子ディザベルドだ。

 即座にひざをつき、頭を下げる。


 「あ、そんなにかしこまらなくてもいいよ」


 朗らかなディザベルドの言葉。


 「は、はい」


 レインは恐る恐る頭を上げた。

 一応、貴族出身のレインだが、今ではすっかり一般人だ。

 いきなり王子様に会うと心臓に悪い。


 「知っているようだけど、ぼくは第一王子、ディザベルド・リッター・ストファ・リンス・ヴァーニングだよ、よろしくね?」

 「は、はい。よろしくお願いします」


 緊張気味のレイン。


 フネアたちは「緊張しているレインさまも可愛いです」と他人事のようだ。

 やはり捕虜生活の影響か、神経が太い。


 ディザベルドはそんな様子を見つつ、にこやかに尋ねた。


 「君の名前を聞いてもいいかな?」

 「はい、レイン・ラインリバーと申します」

 「そうか、やはり君がレイン君か。黒い髪だったから、もしかしたらと思っていたんだよ」

 「僕のことをご存知なのですか?」

 「うん。エルトリアは家族で話す機会があると、昔からいつも君の話しかしないからね。よく知っているよ」


 そう言いながら、懐かしそうに微笑む。


 レインはその話を聞いて、エルトリアに「大好き」と言ってもらえたことを意識してしまった。

 顔が赤くなる。

 だが、エルトリアの兄であるディザベルドに、そのことを知られるのは不味い気がする。

 特に今は、周りに他の騎士や兵たちがいる状態だ。

 絶対にその話題に触れてはいけない。

 そんなことを考えつつ、横に立っているエルトリアに視線を向け――。


 「わたくし、レイ君と両想いになれて嬉しいですっ!」


 にっこり微笑むエルトリア。


 いきなり過ぎませんか!? とレインは冷汗をかきつつ、秘かに死を覚悟した。


 だがディザベルドは楽しそうに笑っている。


 「あっはっは、君が弟になってくれる日を楽しみにしているよ」


 怒っていないようだ。

 冗談だと思ってくれたのだろうか。


 「きょ、恐縮です」


 ほっと胸をなで下ろすレイン。

 だが、


 「父も君に会いたがっていたよ?」


 こんなディザベルドの言葉に、レインは再び死を覚悟したのだった。



 ディザベルドはテントにいた騎士や兵たちにレインとエルトリアの仲を他言しないように言い含めてから、話を切り出した。


 「さて、本題に入らせてもらうけど、君たちはなぜ、クワティエロの方面から陸戦艇に乗ってやってきたのかな?」


 試験は極秘という設定なので、その内容を知られてはいけないことになっている。

 だがこの後に及んで隠すことなどできない。

 これだけ大事になってしまったのだ。

 正直に言わないと、軍の迷惑になってしまう。

 それにクワティエロの情報をしっかり伝えることも必要だ。

 情報は鮮度が命。

 王都に帰って学院に報告してから、情報を軍に提出していたのでは遅すぎるだろう。


 レインは自分と同じ受験者であるエルトリアに目配せをしてから、事情を説明し始めた。


 「実は、王立学院の試験で――」


 と切り出し、試験の内容から今に至るまでの一切合切を話した。

 とはいえ、もちろんエルトリアと一緒のベッドで眠ったことやキスしたことは、試験には関係がないので言っていない。

 『スキル共有』についても、念のため黙っている。

 だがクワティエロの様子などは事細かに伝えた。


 それを聞いたディザベルドは、あごに手をやりつつ思考を巡らせた。

 クワティエロの情報はとても助かる。

 さっきまではその情報がなかったから軍議が滞っていたのだ。

 他の騎士や兵たちも、レインの話を聞きながら必死にメモを取っている。

 頭の中でクワティエロ奪還の作戦を練っているのだろう。


 だがディザベルドが気になるのは『卒業試験』の方だ。

 明らかにおかしい。

 こんな試験を課すことは、普通に考えてあり得ない。

 受験者を殺したいという意図が透けて見える。

 まさかエルトリアの謀殺が目的か。

 あり得なくはない。


 そう判断したディザベルドは、手近な兵に声をかけた。


 「君、悪いけど、王立新聞の記者を呼んできてもらえるかな?」

 「はい」


 戦場の取材のために、王国軍の陣には常に王立新聞の記者が滞在している。

 前線は危険と隣り合わせ。

 記事を書くのも命がけだ。


 それから間もなく、兵が記者を連れて戻ってきた。

 その記者はレインの良く知っている人物だった。


 「こんにちは、キャメルドさん」

 「やあ、レイン君、久しぶりだね。あれ? レイン君の卒業はまだだったと思うけど、もう軍に入ったのかい?」

 「いえ、ちょっと事情がありまして」

 「ふむ?」


 言いよどむレインと、首を傾げるキャメルド。


 そんな2人の会話に、ディザベルドが楽しそうに割って入った。


 「キャメルド殿、レイン君は我が妹エルトリアの命を救い、捕らわれた乙女たちを助け出し、新型の陸戦艇を奪還して、さらには敵地の情報を手に入れるという大戦果を上げた、言わば英雄だよ」

 「ええっ!? あの陸船艇に乗ってきたのはレイン君だったのかいっ!??」


 キャメルドは王子の前であることも忘れて驚愕の声を出した。

 レインのことは小さなころから良く知っている。

 普段から温厚なレインが、とてもそんな無茶をするとは思えない。


 困惑するキャメルドに、ディザベルドが神妙な表情で語りかけた。


 「実はそのことで、キャメルド殿と話したいことがあってね」

 「私と、ですか?」

 「そう、王立新聞記者である貴殿と」


 わざわざ役職を強調する言葉に、キャメルドは表情を引き締めた。


 「……わかりました、お聞かせ願えますか」

 「うん。あ、レイン君たちは下がっていいよ。今日はゆっくり休んでね」


 その言葉に、レインたちは一礼して、テントから下がった。

 今からする話は大事な話のようだし、邪魔をするわけにはいかない。


 その後、レインたちは食堂へと通された。

 食事を振る舞ってくれるらしい。

 1日なにも食べていないので、とてもありがたい。


 レインたちが食事を取っていると、キャメルドが挨拶に来た。

 どうやら今からすぐに王都へと帰るらしい。

 なんとも忙しいことだ。


 日が暮れ始め、レインは士官用の宿舎へ案内された。

 かなりの好待遇だ。

 ちなみにエルトリアたちは女性士官用の宿舎に案内されていた。


 レインは一人の夜を、少し寂しく思った。

 だが久々の柔らかいベッドに寝そべると、すぐに眠気がやってきた。


 明日か明後日には王都に帰れるだろうか。

 そんなことを考えながら、夢の中へと落ちていったのだった。



 ある日の昼。

 王都の冒険者ギルド。


 オーファが受付に座っているセシリアに言った。


 「あたし、レイを探しにいくわ!」


 以前の陰鬱とした様子から一週回って、その表情は晴れやかだ。

 絶対にレインを見つけて仲直りする。

 そんな希望に燃えている。


 長期間レインに会っていなかったせいで、睡眠不足と情緒不安定が重なり、変なテンションになっているだけともいえる。

 顔は晴れやかだが目が普通じゃない。


 そんなオーファに、慌てるセシリア。


 「ダ、ダメよ、オーファちゃん! ちゃんと待っているって、レイン君と約束したんでしょ?」

 「そ、そうだけど。お姉ちゃんはレイが心配じゃないの!?」

 「そ、それは私も心配だけど……。でも、レイン君はちゃんと帰って来てくれるわよ。オーファちゃんはレイン君のことを信じてないの?」

 「ぐっ、ぬぬぅ。し、信じているわよ! けど、そんなの、いつになるかわからないじゃない! 10年も帰って来なかったらどうするの!? あたしは今すぐ会いたいの! もう我慢できないの!」


 言い合う2人。


 そんな様子にナカルドたちは震えていた。


 「ひぃ、美人の喧嘩はおっかないべ」

 「レインさえいれば平和になるべ」

 「レイン、早く帰って来てくれだべ」


 祈るようにレインの帰還を願う。


 だが現実は無情である。

 美人姉妹の喧嘩が終わる様子はない。

 なんとなく険悪なギルド内の雰囲気。


 ナカルドは現実逃避気味に、ギルドに置かれている新聞を手に取った。

 普段は新聞など読まないが、なにかで気を紛らわしたかったのだ。

 テーブルの上に新聞を置いて広げる。

 そして一面の記事を見て驚愕した。


 「レインが新聞に載ってるべ!」


 「「「だべっ!?」」」と驚いて、新聞を覗き込む若手冒険者たち。


 「ほんとだべ、『若き英雄、レイン』って書いてあるべ!」

 「うおおおっ! かっこいいべ、レイン!」

 「オラたちのレインが英雄になったべ!」


 「今夜はお祝いだべ!」と浮かれるナカルドたち。

 だが突如、テーブルの上から新聞が消えた。


 犯人はオーファである。

 オーファが「レインの記事」と聞いて、全速力で新聞を奪い取ったのだ。


 「お姉ちゃん、この記事……」


 レインが旅立ってから初めて、オーファの瞳に輝きが戻った。



 レインたちは豪華な馬車に乗せられて、王都の門をくぐった。


 沿道には多くの人。

 うわさの英雄を一目見ようと駆けつけた観衆たちだ。


 「「「わあああああああ!」」」


 巻き起こる歓声。

 舞う紙吹雪。


 レインは予想外の大歓迎に驚いた。

 一応、豪華な馬車に乗るように言われたときに、パレードを行うとは聞いていた。

 だが、まさかこんなにも大規模なパレードとは思ってもみなかったのだ。

 基本的に小市民なレインは、大勢の視線に晒されて落ち着かない。


 「レイン殿、民衆に手を振ってやってください」


 御車を務める兵士の言葉。

 とても落ち着いている。

 大人だ。


 レインは、もう自分も大人なのだから、しっかりしなければと思った。

 とりあえず、言われた通りに手を振る。

 丁度、カムディア女学院の女の子たちが集まっているところだった。


 「「「きゃああああああ、レインくうううううううん!」」」


 黄色い歓声が上がる。

 なんだか妙に恥ずかしい気分になるレイン。


 ちなみにフネアたちも一緒の馬車に乗っている。


 「流石、私たちのレインさまは王都でも大人気です」

 「レインさまの偉大さを思えば当然」

 「ああ、レインさまぁ♡」


 パレードの熱に浮かされて、ダメな感じになっている。

 このたち、本当に大丈夫なのだろうか。

 そんなことを思ったレインは、ちらりと横のエルトリアに視線を向けた。


 「レイ君、素敵ですぅ♡」


 こっちもダメな感じになっていた。

 うっとりとした熱い視線。

 エルトリアにそんな視線を向けられて、レインはそわそわ落ち着かない気分になった。

 それを誤魔化すように、再び観衆へと手を振る。


 丁度ギルドの近く、ナカルドたちがいるところだった。


 「うおおおおおだべっ! レイイイイイイインっ!」

 「ふぉおおおおおおだべええええっ! レインっ!」

 「だべええええええええだべっ! レイイインっ!」


 ダメだ。

 ここが一番ダメな感じになっている。

 なぜか叫びながら上着を脱ぎ捨てている。


 「ははは、レイン殿は人気者ですね」


 御車の兵士も笑っている。


 ちょっと恥ずかしい。

 正直、他人のフリをしたい。

 でも、いつも仲良くしてくれる友人ナカルドたちにそんなことはできない。


 レインは再び、ナカルドたちに手を振った。


 「「「ふぉおおおおおお、だべえええええっ!」」」


 ダ、ダメだ。

 それ以上脱いだらダメだ。

 しかし、ここからでは止めることができない。

 レインはそっと視線を逸らした。


 その先にいたのは、


 「レイ!」

 「レイン君!」


 オーファとセシリアだった。

 2人とも笑顔で手を振ってくれている。


 嬉しい。

 レインは心の底からそう思った。

 自分からも手を振り返す。


 あんなにも酷い別れ方をしてしまったのに、こうして笑顔を向けてくれることが本当に嬉しい。

 今、レイン・ラインリバーとして、この馬車に乗っていることが、とても誇らしい。

 帰ってくることができて、本当に良かった。


 心の底からそう思った。


 だからレインは笑顔で手を振ったのだった。

◆あとがき


オーファちゃんとの仲直り(?)は80話くらいかなぁと思います。……たぶん

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ