73:造船街
翌朝、未明。
太陽も月もなく、1日で一番暗い時間帯。
レインたちはクワティエロの街の外延部にいた。
「レインさま、こっちです」
クワティエロ出身のフネアに案内をしてもらい、街へと侵入する。
『海の森』が天然の防壁になっているクワティエロには大きな外壁がない。
『海の森』から野生生物が出てくることはないため、獣害への備えが必要ないのだ。
一応、小動物や対人用に街を覆う壁はあるのだが、所詮はただの造船街なので、そこまで厳重ではない。
軽く乗り越えられる。
情報通り獣人は人手不足なようで、見張りも見当たらない。
数多くのスキルを得た今、街への潜入は楽なものだ。
レインたちは家々の隙間を抜け、まずは残り4人の捕虜の奪還を目指した。
街の住民は農奴として各農村に送られているので、街はほぼ無人だ。
「フネアさん、あの建物ですか?」
「そうです」
遠くに見える質素な建物。
その中に捕虜の少女たちが収監されているらしい。
「見張りは?」
「私たちがいたころは、外に2人の獣人がいました」
今も同じとは限らないが、人手不足ならそこまで増えていることもないだろう。
2人くらいなら、レイン1人でもなんとかなる。
「フネアさんたちも、あそこに閉じ込められていたのですか?」
「はい、私たちは見張りがいなくなった隙に逃げ出しました。ですが、残りの4人は体力とスキルに自信がなかったらしく、一緒には逃げずに、囮として残ると言ってくれました」
心配したような表情のフネア。
他の少女たちも同様の表情を浮かべている。
少女たちは捕虜としての運命と苦楽を共にした、大切な仲間なのだろう。
「すぐに助けましょう。エルトリア様、少しの間ここでお待ちください」
エルトリアはレインに無茶をして欲しくないと思った。
だが我がままを言って、時間を浪費することの方が危険だとも理解している。
なので大人しく頷いた。
「はい、レイ君。気を付けてください」
レインはエルトリアの言葉に頷いて返すと、捕虜の収監所らしき建物へと向かった。
気配を消し、音を立てず、闇に紛れて忍び寄る。
『運動能力上昇』
『瞬発力上昇』
『瞬発力強化』
この3つのスキルを得たレインは速い。
あっという間に建物の前まで来た。
扉の前には獣人が2人。
椅子に座って雑談している。
「逃げた小娘を追いかけていったグロッゲたち、戻って来ないわね」
「そうね、まだ見つからないのかしら」
口調から、なんとなく女性のように感じる。
声も心なしか高い。
顔はオオカミ。
レインには獣人の男女を見分けることはできない。
とはいえ見分けができたところで、どのみちやることは変わらない。
男だろうが女だろうが、敵は敵だ。
レインは上昇した身体能力を活かし、気付かれないように建物の屋根へと上った。
そして獣人たちの真上まで移動し、そっと剣を抜く。
レインに気付かないまま雑談に興じる獣人。
「それにしても、小娘の見張りなんて面倒よね」
「確かにね。まあ、女の見張りは女がするっていうのはわかるけ――、ぐげ!?」
レインが屋根から飛び降り、獣人を頭上から一刺しにして殺した。
脳を貫かれた獣人は即死だ。
すかさず剣を引き抜き、もう1人へと斬りかかる。
「あ、まっ――、がっ!?」
喉を一突き。
悲鳴も断末魔も上げさせない、一撃。
獣人はすぐに事切れて、動かなくなった。
椅子に座ったままの死体が2つ。
レインは女性を殺してしまったという吐き出しそうな罪悪感を、無理やり飲み込んだ。
剣に着いた血を払い、納刀する。
そして2人の死体が他の獣人たちに見つからないように、建物の影へと運んだ。
その後レインは、収監所の周囲に敵がいないことを確認すると、捕虜を解放する前に、エルトリアたちと合流した。
◇
合流したレインたちは収監所の中へと入った。
収監所の中には捕虜の少女が4人。
4人はよく眠っており、レインたちが来たことに気付いた様子はない。
「レインさま、私たちが彼女たちを起こして、事情を説明します」
フネアの言葉に、レインは頷いた。
男である自分よりも適任だろう。
「よろしくお願いします、フネアさん」
「はい、レインさまの素晴らしさを、全力で伝えますね」
「わたくしも、レイ君の素晴らしさを伝えます」
エルトリアも気合を入れている。
伝える内容に疑問を感じたレインだったが、黙って部屋を出た。
変なことを聞き返して、時間を無駄にするわけにもいかない。
説明は女性陣にまかせ、周囲の警戒に努める。
レインが外で待っている間、『聴覚強化』のスキルは室内の会話音を拾わなかった。
意図的にスキルの能力を遮断できるらしい。
他のスキルもそうなのだろうか。
『攻撃力上昇』の発動には、『害意を持って攻撃するとき』という条件がある。
同じような条件が各スキルにもあるのだろう。
もっと使いこなす練習が必要だ。
やがて空が明るみ出したころ、レインは中へと呼ばれた。
言われるままに室内に入ると、なぜか4人の少女が土下座していた。
「レインさま、私たちにもどうかキスをお与えください!」
「私たちの全てを捧げると誓います、ですからどうか!」
「愚かな私たちに、偉大なるレインさまのお慈悲を!」
腰が低いとか、そんな程度の話ではない。
最早、狂信的ななにかを感じる。
話しが早くて助かるが、これは大丈夫なのだろうか。
大丈夫じゃないだろう、どう見ても。
困ったレインは、エルトリアに視線で問いかけてみた。
「わ、わたくしは、土下座をするとレイ君が嫌がるから、しなくていいと言ったのですが、あの、その、ええっとですね」
しどろもどろ言い訳をするエルトリア。
レインは次にフネアたちへと視線を向けてみた。
「努力の甲斐あって、レインさまの素晴らしさを理解していただけました」
「レインさまの素晴らしさを思えば、このように頭を下げるのは当然です」
「むしろ全裸で土下座をしてもいいくらいです」
誇らしげに胸を張って言うフネアたちに、レインは頭を抱えたくなった。
だが悠長にしている場合ではない。
「皆さんどうか頭を上げてください。お願いするのは僕の方です。どうかこの窮地を乗り切るために、僕と『スキル共有』をしてください」
改めて自らお願いをするレイン。
4人の少女たちは顔を上げ、うっとりとレインを見つめた。
「ああ、私たち如きに、なんて寛大なお言葉」
「はぅ、お優しいです、レインさま」
「私、一生ついていきますぅ♡」
甘ったるい声と言葉。
美しく整った顔を赤く染め、熱い溜息を吐いている。
もしかして寝ぼけてる?
レインは一瞬、そんな失礼なことを考えてしまった。
だがすぐに考えを改めた。
少女たちの心情を、余程ここでの暮らしが辛かったのだろうと察したのだ。
かなり精神が追い詰められていたに違いない。
捕虜になった境遇を思えばそれも当然だ。
きっと誰かにすがりたいのだろう。
そう考えて同情的な気持ちになった。
「さあ立ってください。心配しなくても、『スキル共有』はすぐに終わります。頑張って一緒にここから逃げましょう」
レインが言葉をかけるほど、「レインさま、お優しい」と9人の少女全員の感情が昂っていった。
もう何を言っても好感度が上がりそうな状態である。
「レイ君、わたくしも一生ついていきます!」
なぜかエルトリアの感情も昂っていた。
◇
滞りなく『スキル共有』は終了した。
今回は流石に、『お手本』はしなかった。
エルトリアはもの言いたげにレインを見つめたが、結局なにも言わなかった。
レインもその視線に気付いていたし、視線の意味にも気付いていた。
そしてそれに応えたいとも思ってしまった。
だがそんなことをしていられる状況ではないので、自重した。
今回、増えたスキル数は17。
その内、戦闘系スキルは以下の3つだ。
『防御力上昇』
『動体視力上昇』
『魔力耐性上昇』
全体的に防御に偏っている。
逃げることには向かないスキルだ。
だからこそ4人の少女たちは逃走を諦めて、ここに残っていたのだろう。
ともあれ第一目標を達成できたので、次は食料を調達しなければならない。
「フネアさん、食糧がある場所に心当たりはありますか?」
レインの問いかけに、フネアは少し考えてから答えた。
「そうですねぇ……。おそらく食料は、獣人たちの兵糧として一ヶ所に集められていると思います。前線に運びやすいように、街道付近の陸戦艇の造船所倉庫にでも集められているでしょう」
重量がある食料を運ぶときは、馬車などを使うことが一般的だ。
いくら獣人が身体能力に優れるといっても、それは変わらない。
だから食料が集められているのは、輸送に便利な街道近くの倉庫だろう。
そんな予想だ。
レインはその説明に納得し、とりあえずそこへ向かってみることにした。
「その造船所倉庫に、案内をお願いできますか?」
「もちろんです」
フネアの案内で、レインたちは街の西にある造船区へと向かった。
空はすでに明るくなっているので、獣人に見つからないように、なるべく裏道を通って移動する。
今やレインたちは全員がスキル数55――レインは56――の超人である。
『神童』オーファの7倍のスキル数。
運動が苦手な少女たちですら、自分でも驚くほどの速さで街を駆けることができた。
◇
倉庫が立ち並ぶ区画へとたどり着いた。
「あそこですか?」
「そうです。ですが……」
見張りの獣人が多い。
すべての倉庫に見張りがいるわけではないが、いくつかの倉庫の前には、何人もの獣人が立っている。
ざっと見ただけでも15人以上はいるようだ。
流石に多すぎる。
「不意打ち……は、無理そうですね」
ぼやきながらレインは考えた。
あれだけ見張りが多いのだから、物資を貯蔵していることは確実だとは思う。
だが手出しができない。
不意打ちで1人か2人倒しても、すぐ他の見張りに見つかり、取り囲まれてしまうだろう。
あの数を倒しきることは流石にできない。
ここから王国領まで逃げるには食料が必須だ。
一応、身体を動かさないでじっとしているだけならば、数日なにも食べなくても平気である。
だがなにも食べないままで走って逃げることは不可能だ。
栄養を補給しなければ、1日も経たずに走れなくなる。
街道を駆ければ、『海の森』を通るよりも早く、人間が住む場所までたどり着ける。
しかし1日、2日でクワティエロからトーレまでの距離を走破することはできない。
スキルの効果で瞬発力は上がっているが、早く走るにはそれだけ多くの栄養が必要だ。
1日でたどり着ける近くの農村は、すでに獣人たちに占領されているはずなので、そこでの食糧調達も難しい。
どうする。
一か八か、食料を持たずトーレを目指すか。
命がけで見張りを蹴散らし、食料を奪うか。
ここより敵が少ない可能性にかけて、近場の農村を襲撃するか。
逡巡するレインに、フネアが声をかけた。
「レインさま、私に考えがあります」
「考え、ですか?」
「そうです。あそこに見張りのいない倉庫がありますよね?」
フネアが指さす先には、新しい大きな倉庫が見えた。
確かに見張りがいない。
「あそこには新型の陸戦艇があるはずです。それを奪って逃げましょう。あの陸戦艇なら、今日中にはトーレの街にたどり着けるはずです」
新型の陸戦艇とは、船体が少し宙に浮くという新技術が使われた陸戦艇だ。
昔、レインがイヴセンティアに乗せてもらった、少し宙に浮かぶ馬車と同じ技術である。
宙に浮いているので移動速度が速い。
獣人を振り切り、今日中にトーレまでたどり着くことも可能だろう。
つまり食料は諦めて、移動速度の速い新型艦で一気に逃げきるという作戦だ。
レインは悪くない案だと思ったが、気になることがあった。
「この人数で動かせますか?」
陸戦艇は総じて大きい。
たった11人で動かせるのだろうか。
「動かすだけなら問題ありません。帆を張って、そこに風の魔術を当てるだけです。今の私たちなら造作もないはずです。最初は船足が出ませんが、速度が乗れば獣人の追っても振り切れるでしょう」
やたらと陸戦艇に詳しいフネア。
「ずいぶん詳しいですね?」
と、問うレイン。
レインはそもそも新型の陸戦艇が帆に風を受けて動くことすら知らなかった。
そういうのは軍事機密ではないのだろうか。
「私は一応、この街の市長令嬢でしたからね。街の産業は熟知しているのです」
市長とはこの街を治める代官の通称だ。
「市長令嬢でした」と過去形で言ったフネアの表情は複雑そうだった。
「なるほど……。貴重な情報、とても助かります」
「レインさまのお役に立てて嬉しいです」
レインに褒められ、照れたように笑うフネア。
そんな2人の様子に、エルトリアは「むうう」と悔しそうにしていたのだった。
◆あとがき
新型の陸戦艇がどうのこうのという話題が出たのは、2章37話『馬車』の辺りですね。
そんなこんなで、例によってモブヒロインはチョロイです。
一応チョロいことに理由を付けるならば、ストックホルム症候群的な心理現象が働いたからだといえます。
ストックホルム症候群とは、ざっくり説明すると誘拐や監禁などの犯罪被害者が犯人に好意を抱くことです。
で、なぜ犯人に好意を抱くのかというと、そうする方が生存率が上がるからです(あくまで仮設です)。
ちょっと解釈は違いますが、簡単に言うと、犯人と仲良くなったら殺される危険性は減るって感じです。
今回の場合、捕虜になっていた少女たちはレイン君に好意を抱けば生存率が上がると無意識的、本能的に察知したのでしょう。
それってただの精神疾患なんじゃね?
と思うかもしれませんが、恋心ってそもそも精神疾患みたいなもんじゃね?
と考えることもできるわけで(以下略




