72:殲滅
名目上の『お手本』を終えたレインは、再びフネアたちの前に立った。
我を忘れてエルトリアと求め合ってしまったことが恥ずかしくて顔が赤い。
対するフネアたちも2人のキスにあてられて顔が赤い。
微妙に気まずい。
一方のエルトリアは艶々としたとても良い笑顔だ。
「さあレイ君、ぶちゅっとどうぞ!」
そんなことを言いながら、不思議な踊りを踊っている。
レインと気持ちが通じ合ったことが嬉しくて、完全に浮かれているのだ。
最早、死ぬ気がしない。
レインはその様子を微笑ましく見た後、表情を引き締めた。
「それでは、失礼します」
「はい、レインさま、よろしくお願いします」
目を閉じるフネア。
レインが顔を寄せる。
ちゅ――。
と軽く唇を触れ合わせ、レインの身体が薄っすらと光った。
『スキル共有』が成功したのだ。
レインはすかさず身体を離した。
「フネアさん、終わりましたよ」
「え? も、もう、終わりですか?」
実はフネアは、自分も大人のキスをしてもらえるのかと思ってドキドキしていたのだ。
だがレインのキスは唇の端に、そっと触れる程度だった。
エルトリアとの差に、ちょっとだけ落ち込む。
しかしレインの紳士的な振る舞いに、それはそれでドキドキした。
その後レインは、他の少女たちとの『スキル共有』も軽いキスで速やかに終わらせた。
ちなみにエルトリアは、レインがフネアたちに軽いキスしかしなかったので、秘かに自尊心を満たしていたのだった。
◇
今回のスキル共有で増えたスキルの数は26だ。
レインのスキル数は合計39になった。
『神童』と呼ばれるオーファの、約5倍のスキル量である。
すでに人間の域を出ている。
スキル数が増えたことでスキル鑑定の難度が格段に上がったのだが、エルトリアは苦も無くやり遂げてみせた。
「今回の『スキル共有』で得た戦闘に役立ちそうなスキルは、『瞬発力上昇』、『瞬発力強化』、『体力上昇』、『腕力強化』、『魔力強化』、『魔力量上昇』、『魔攻力上昇』の6つです」
26ある中で、6つも戦闘系スキルがあるならば上々だ。
特に魔力強化系スキルが3つもあるのが大きい。
今までは物理一辺倒のスキル構成だったので、とても助かる。
だが気になることもある。
「エルトリア様、『瞬発力上昇』と『瞬発力強化』って何が違うのですか?」
レインの問いかけに、嬉しそうに答えるエルトリア。
「効果が『加算』か『乗算』かの違いです。『上昇系スキル』は加算方式ですので、もとの能力が小さいときほど効果が大きいです。『強化系スキル』は乗算方式ですので、もとの能力が高いほど効果が大きくなります」
もとの能力を『1』として、スキル修正値を『5』とした場合。
加算だと、1+5=『6』になる。
乗算だと、1×5=『5』になる。
わずかに加算方式の方が、効果が大きい。
だがもとの能力を『10』として、スキル修正値を『5』とした場合。
加算だと、10+5=『15』になる。
乗算だと、10×5=『50』になる。
圧倒的に乗算方式の方が、効果が大きい。
つまりもとの瞬発力が低い人ならば、『瞬発力上昇』の方が効果が大きく。
もとから瞬発力が高い人なら、『瞬発力強化』の方が効果が大きい。
そんなことを笑顔で説明するエルトリア。
エルトリアはレインに頼りにされていることが嬉しくて堪らない。
レインの役に立てている。
そう思うだけで、嬉しくて体が震えそうになった。
だが続くレインの問いかけには少しだけ困った。
「なるほど、よくわかりました。ところで、戦闘系以外のスキルはどうなのでしょうか?」
「あー、えっと、それはですねぇ、うーんと……」
どう答えるか悩むエルトリア。
もちろんどんなスキルなのかはわかっている。
だが答え辛い。
その理由の1つは、エッチな能力を強化するスキルがあることだ。
生殖能力の強化は、種族繁栄という生物が生きる意味の根底に関わる重要なものだ。
何も恥じることはない。
だがなんとなく言い辛い。
もう1つの理由は、美容系のスキルがあることだ。
大好きな男の子には美容系スキルの有無を知られたくない。
複雑な乙女心である。
そんなこんなでエルトリアは戦闘系スキル以外についてはあまり言いたくないのだ。
エルトリアがどうしようかと頭を捻っていると、『聴覚強化』のスキルが遠くから話し声を拾った。
――小娘たちは見つかったか?
――いや、ダメだな。だが小娘たちは食料を持っていないんだろ
――ああ、あまり森の奥には行けないはずだ。
どうやらフネアたちを探している獣人たちの話し声らしい。
おそらく、それほど遠くでもないだろう。
レインとエルトリアは顔を見合わせ、息を潜めて聞き耳を立てた。
――ところで、ハズロのヤツはどうした? 迷ったのか?
――まさか。迷ったなら合図を送ってくるだろ。
――仕方がない、様子を見に行くか。ハズロはどの方角に向かった?
推測だが、ハズロとはさっきイソギンチャクに飲まれた獣人だろう。
それを探しに来る。
つまり敵がここに来るということだ。
この会話はフネアたちにも聞こえていた。
全員の顔に緊張が走った。
◇
現在、『海の森』には5人の獣人がいた。
フネアたちを追ってきた獣人たちだ。
獣人たちは集合時間になっても現れない同僚のハズロを探すため、森の中を進んでいた。
5人でまとまって歩きながら、言葉を交わす。
「ハズロはともかく、小娘どもを見つけたらどうする?」
「この時間だと、連れて帰るのは面倒だな」
「情報を持ったまま逃がすくらいなら殺しても良いと言われている。抵抗するなら殺せばいいさ」
そんな話をしながら牙を剥き、加虐的に笑い合う。
やがてハズロが担当していたエリアにたどりついた。
「この辺りか?」
「そのはずだ」
「おい、ハズロ! いたら返事をしろっ!」
大声を出して呼びかけるが応答はない。
「仕方がない、手分けをして探すか」
「ああ。ったく、ハズロめ、手間をかけさせやがって。帰ったら1週間は掃除当番をやらせてやる」
「はは、それはいい。ハズロも懲りるだ――、げふっ、がはっ!??」
いざ手分けをしようとしていたそのとき、1人の獣人が大量の血を吐いた。
仲間たちがぎょっとして目を向けると、胸から剣が生えているのが見えた。
「がっ!? は!??」
突如、剣に胸を貫かれた獣人は激しく混乱した。
だが肺をやられ、空気を吸い込むことができず、まともな声を発することができない。
ずるりと乱暴に引き抜かれる剣。
次の瞬間、
――バチュッ!
と短い音が鳴り、その獣人の頭が胴体と別れた。
舞い散る鮮血。
周囲の獣人たちに戦慄が走る。
ごと、と鈍い音を立て、首が地面に落ちた。
続けて、どさり、と首を失った胴体が崩れ落ちる。
その背後から1人の人間が現れた。
黒髪の人間。
短い髪。
男。
探していた小娘じゃない。
気付いた瞬間、吠える獣人。
「てめぇっ! なにも――かふっ!?」
誰何しようとした獣人の喉が、一瞬で斬り裂かれた。
黒髪の人間が信じられないような速度で踏み込み、一閃したのだ。
身体能力に優れる獣人が、たった1人の人間に、抵抗もできずに殺された。
尋常ではない。
一斉に剣を抜く獣人。
「気を付けろ、敵は早いぞっ!」
「くそっ、よくもグロッゲとチャロを殺りやがったなっ!」
「人間風情が、たった1人で俺たち3人に勝てると思うなよ! なぶり殺しにしてやるっ!」
油断なく構え、人間を取り囲むように動く。
一方の人間が右手の剣に紫電を走らせ、左手には炎を纏わせた。
獣人たちに緊張が走る。
どこの国の戦闘術かは知らないが、複数の魔術と剣術を同時に扱うなんて、並大抵の技量ではない。
さっき見た限り、身体能力もずば抜けている。
単独ではあるが、間違いなく強敵だ。
一層、気を引き締める獣人たち。
その瞬間、
――ズゴアァァンッ!
爆裂音が鳴り、獣人の1人が業火に包まれた。
残った2人が驚愕に目を剥く。
黒髪の人間は動いていなかった。
いったい何が起きている。
獣人が視線だけで周囲を見渡すと、遠くに銀髪の人間が手をかざし、魔術陣の残痕を残しているのが見えた。
業火の中、獣人がもがき叫ぶ。
「ぐああああついいいいいいいいああああっ! あ、あああ、あ、だずげ……」
手足が炭になり、喉が焼け、地面に倒れ、動かなくなった。
血肉が焼け焦げる強烈な臭い。
獣人たちに怖気が走る。
街に戻り、このことを仲間に知らせるべきだ。
そう考えた1人の獣人が、一歩後ずさった。
だがそこに、黒髪の人間が猛烈な速度で踏み込んでくる。
「でやあああああッ!」
「ひいいっ!??」
嫌だ、死にたくない。
その一心で咄嗟に剣をかざし、防御の姿勢をとる獣人。
――ガギィンッ!
凄まじい衝撃。
弾ける紫電。
手が痺れ、剣が弾き飛ばされた。
しかし黒髪の攻撃は終わらない。
眼前に迫りくる、炎を纏った掌底。
――ズダアアンッ!
爆炎と共に、獣人の頭部が爆ぜた。
悲鳴すら残らない死。
この人間には勝てない。
そう判断した最後の1人がすかさず武器を捨てて、手を上げた。
「参った、降参だっ! 頼む、殺さないでくれっ!」
無様な命乞い。
それでも死ぬよりはマシだ。
ゆっくりと歩み寄ってくる黒髪。
剣には紫電、腕には炎。
怖い。
獣人は逃げ出したい衝動に駆られた。
だが背を向けたら殺される。
そう思った、次の瞬間、
「はッ!」
黒髪が正拳を放ってきた。
――ドゴッ!
獣人の鳩尾に衝撃が走る。
「かはっ!?」
息ができない。
このまま死ぬのだろうか。
獣人はそんなことを考えながら、意識を闇へと飲まれていった。
◇
「ふう……」
なんとか勝てた。
レインは気を失った獣人を見下ろしながら胸をなで下ろした。
反省の多い戦いだった。
最初の1人は心臓一刺しで殺すつもりだった。
だがスキルで上昇した身体能力を御しきれず、手元が狂い、肺を刺してしまった。
せっかくの不意打ちだったのに、一撃で仕留められなかったのは失敗だ。
続く2人目は力を抑え過ぎて、かなり浅い剣閃を放ってしまった。
なんとか喉を裂けたから良かったものの、少しでも身を引かれていたら避けられていただろう。
エルトリアが3人目を焼き払った直後の4人目は、やり過ぎてしまった感が否めない。
爆炎で頭を吹き飛ばすつもりはなかったのだが、スキルによる魔術攻撃能力の上昇量が思ったよりも大きかった。
最後の5人目は、まあ、いいとして、立ち回りにも問題があった。
3人の獣人に囲まれたのはどう考えても失敗だ。
敵が分散してしまうと街へ逃げられる可能性が高い。
そう判断して敵が手分けをして捜索を始める直前に攻撃をしかけたのだが、エルトリアの援護がなければ危ないところだった。
そこにエルトリアが駆け寄ってきた。
「レイくうううううううううううんっ! 無事で良かったですぅっ!」
――がしっ!
と強く抱き着いて来る。
レインも優しく抱擁を返した。
「エルトリア様の援護のおかげです、ありがとうございました」
「いいえ、レイ君が敵を引き付けてくれたおかげです」
エルトリアはそう言いながら、頭をぐりぐりとレインの胸板へ押し付けた。
レインと気持ちが通じ合ったことで、今までよりも感情表現が直接的になっている。
2人がそうしていると、物陰に隠れて様子を見ていたフネアたちも出てきた。
「レインさま、流石です」
「私、感動しました」
「獣人たちをあっさりと倒してしまうなんて、尊敬します」
口々にレインを褒める少女たち。
足元に獣人たちの死体が転がっているのに、気にしていない。
頭部を失った死体が2つ。
喉を裂かれた死体が1つ。
全身が炭化した焼死体が1つ。
まさに惨劇だ。
なのに少女たちは意に介していない。
むしろ獣人を短時間で全滅させたことに興奮している。
レインは思わず、タフだなぁと感心してしまった。
レインが初めて大きな生き物の死体を見たのは、下水道のオオカミだ。
すべてオーファが自分を守るために殺してくれたものなので、嫌悪感は抱かなかった。
初めて人型の生物を殺したのは遠征訓練のときのゴブリンだ。
それなりに忌避感を持ったが、駆除が推奨されている生物なので割り切ることができた。
初めて獣人の死体をみたのは、オーファが殺したハイロの首だけ。
首だけなら、人間であるレインには、普通のオオカミにしか見えなかった。
だからショックも少なかった。
そして初めて獣人を殺したのは、イソギンチャクを利用した間接的なものだった。
その死体は見ていない。
このように、レインは段階的に精神を殺人に慣らしていっている。
そうでなければ、この自分がもたらした惨劇に耐えることが出来なかったかもしれない。
だがフネアたちは、そんな経験などしていないだろうに、目の前で起こった惨劇を気にしたふうもない。
女性は血を見ることに慣れているからこういう光景も平気なのだろうか。
レインはそんなことを思いながら、自分もしっかりしなければと気を引き締めた。
そして、足元で気を失って倒れている獣人へと視線を向ける。
今のうちに殺すべきだろうか。
それとも、生かしたまま情報を聞き出すべきだろうか。
だが尋問技術もない自分では、得た情報の真偽がわからない。
だから情報を聞き出すことに意味はない。
生かしておく意味はない。
むしろ生かしておけば、将来この獣人が王国民の命を奪う可能性もある。
敵に慈悲をかけ、味方を危険にさらすのは愚かなこと。
殺すべきだ。
そう判断したレインが腰の剣に手をかけた。
そのとき1人の少女が声をかけてきた。
「レインさま、私に……、私に殺らせてください」
その少女が獣人を見る目は憎悪に満ちている。
獣人と何かあったのだろうか。
そう思ったレインだったが、すぐに察した。
故郷を武力で制圧され。
親に捨てられる原因を作り。
捕虜にされ、さっきも下手をすれば殺されるところだった。
憎む理由など数えきれないほどあるだろう。
復讐の是非。
その答えをレインは持ち合わせていない。
考えてわかることではない。
だからただ、黙って頷いた。
少女は小さく頭を下げると、落ちていた剣を拾い上げ、獣人の喉元へと突き挿した。
何度も何度も突き挿した。
「妹の、仇……、死んで後悔しろっ」
唸るような声。
少女は泣いていた。
フネアがレインに耳打ちした。
「あの子の妹は、私たちと一緒に捕虜になっていたのです。私たちにとっても、苦楽を共にする大切な仲間でした。ですが1週間ほど前、獣人たちの怒りを買ってしまい……」
殺されたのだという。
それだけではない。
故郷を襲われたとき、獣人たちの手で、知人、友人も多く殺されたのだという。
それはフネアたち共通の憎しみらしい。
レインは黙って頷いた。
終わった後、少女は泣きながらレインにお礼を言った。
他の少女たちもお礼を言った。
レインは、やはり黙って頷くだけだった。
◆あとがき
ナチュラルに病んでいる新規のモブヒロインたち。
方向性としては、レイン君に従順で崇拝している感じです。
従順なヒロインなら、奴隷枠とか出さないのって話なのですが、作者は奴隷系ヒロインがちょっと苦手です。
なぜ苦手なのかと言うと、作者が気持ち悪いくらい処女厨だからです←
処女厨っていうのは、ヒロインに膜があれば満足するような生易しいものじゃないんです。
処女性そのものが大事なのです。
例えば、「この奴隷は処女です」って言われたとします。
すると気持ち悪い作者は、「それって誰がどこで何回、どうやって確認したの?」って考えてしますのです。
奴隷って、おそらく複数人の仲買人の手を経由しながら奴隷商店に並ぶんじゃないかと思います。
(人を輸送するのは大変ですから)
で、まず最初に娘が仲買人娘に買われる段階なんですけど、
「この娘は処女ですから高く買い取ってください」
「わかりました、高く買います」
とはならないと思います。
「わかりました。では全身に傷が無いかどうかも含め、全身くまなく確認させてもらいますね」
となるんじゃないかと思います。
括約筋が切れてないかも含めて入念にチェックされそうです。
そんなことが商人の手から手に渡る度に繰り返されるわけです。
何人ものおっさんたちに全身くまなく舐めるように確認されたヒロインに処女性があるのかどうか考えると微妙な気がするので、気持ち悪いくらい処女厨な作者は奴隷系ヒロインが苦手なのです。
あ、もちろん奴隷系ヒロインが出てくる小説をディスってるわけじゃありませんよ。
悪いのは気持ち悪い発想しか出てこない作者です。
世の奴隷系ヒロインはとても素晴らしい(?)もののはずです!
以下、ネタバレ
Q:スキルが潤沢になって、レイン君ってば最強やん?
A:残念、実はまだ『強い人間』の域を出ていません。




