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71:キス

 エルトリアがフネアたちに『スキル共有』について説明している間、レインは離れた場所で自分の装備の状態を確認していた。


 剣を月明りにかざして刀身を見る。

 キュリアたちに贈ってもらった剣だ。

 かなりの負荷をかけてしまったが、刃が欠けたり曲がったりはしていない。

 まだこの先の戦いにも耐えられるだろう。

 かなり良い剣のようだ。

 キュリアたちに感謝しつつ、剣を鞘にしまう。


 次に防具と服を確認した。

 これらもキュリアたちに贈ってもらったものだ。

 炎の魔術を使ったが、焦げたりなどはしていないようだ。

 かなり魔術抵抗力が高い素材らしい。

 やはり良いものなのだろう。

 キュリアたちには、もう一度ちゃんとお礼を言わなければならない。

 そのためにもここから無事に帰らなければ。

 エルトリアと一緒に。


 レインがそんなことを考えている内にエルトリアの説明が終わったらしい。

 フネアたちがレインの方へと近付いてきた。


 フネアたちはレインの前に立ったかと思うと、一斉に地面へとひざをついた。

 そして祈るように手を組みながら、深々と頭を下げた。


 「お願いします、レインさま・・、どうか私たちとキスをしてください!」

 「私たちのすべてをレインさま・・に捧げると誓います! ですから、どうかキスを恵んでください!」

 「私たちにできることなら、なんでもします。ですからお願いです、どうか私たちの命をお救いください!」


 神に祈るように懇願する少女たち。

 そしてそれを満足気に眺めるエルトリア。


 少女たちの行動に困惑したレインが、エルトリアへと小声で問いかけた。


 「あ、あの、エルトリア様、これはいったい」

 「わたくし頑張りました!」


 えっへん、と胸を張るエルトリア。

 可愛いのだが、なんの説明にもなっていない。


 「いったいどんな説明をしたのですか?」


 『スキル共有』の説明だけではこんなことにならないだろう。

 そんなレインの質問にエルトリアは臆面もなく答える。


 「えっとですね、現状で助かるにはレイ君とキスをする以外の方法が無いということと、レイ君がいかに素晴らしい男の子であるかというお話を、ほんの少しだけ」

 「な、なるほど」


 レインはエルトリアに「素敵な男の子」と言ってもらえて、嬉しいような気恥ずかしいような気分になった。

 そんな場合ではないとわかっているのだが、どうしてもちょっと浮かれてしまいそうになる。


 レインとエルトリアがそんな会話をしている間も、少女たちの懇願は続いている。


 「キスさえしていただければ、きっとレインさまのお役に立てます!」

 「私たちは全員、ある程度の学術を嗜んでいます。無知蒙昧な小娘ではありません!」

 「炊事や家事も一通りこなせます。特に料理には自信があります!」


 必死に自分たちの有用性を主張する少女たち。

 だがその内容が徐々におかしな方へと向かい始めた。


 「私たちは全員、容姿の良さで集められた処女です!」

 「まだ一度も男性に肌を見せたことすらありません!」

 「レインさまに喜んでいただけるように、頑張ります!」


 少女たちは己の『女』としての価値を理解している。

 子供のころから「可愛い、可愛い」と褒められながら育ったので当然だ。


 しかし、そんなちょっと下品ともいえるアピールにレインは焦った。


 「ちょ、ちょっと待ってください!」


 容姿に優れた処女が、男に喜んでもらうために、なにを頑張るというのか。

 そんな話をエルトリアの前でしないでほしい。

 そう思って、少女たちの懇願を止めようとするレイン。


 だが止まらない。


 「レインさま、お願いです、キスをください」

 「私たちにお慈悲を。どうかキスを」

 「レインさま、私たちにキスを恵んでください」


 土下座してしまいそうな勢いの少女たち。

 レインはなおのこと焦った。


 「します! キスをさせていただきます! ですから頭を上げてください!」


 そもそも『スキル共有』の話を最初に言い出したのは自分なのだ。

 むしろ自分がお願いする立場だと思っていたのである。

 こんなにも頭を下げてお願いされると心苦しい。


 だが少女たちはお礼を言いながら、さらに深く頭を下げてしまう。


 「有難うございます!」

 「お優しいです、レインさま!」

 「私、なんでもします!」


 少女たちはこの場において唯一頼れる存在であるレインを、すでに崇拝していた。

 自分たちの窮地に現れ、命を助けてくれて、その上スキルまで与えてくれる。

 優しくて礼儀正しいのに、獣人を圧倒するほど強い。

 しかも第一王女のエルトリアがレインのことをものすごく褒めていた。

 こんなに凄い人は他にいない。

 そう思った。


 そしてこう考えた。

 きっとこの出会いは運命だ。

 神様が自分たちとレインを出会わせてくれたに違いない。

 だからこの人についていけば大丈夫だ。

 生き残ることができる。


 そんな少女たちの内心を知らないレインは困っていた。

 普段から自分の腰が低めなので、逆に相手に下手に出られることが苦手なのである。


 「お、お願いですから、頭を上げてください!」


 レインと少女たちの腰の低いやりとりはしばらく続いた。



 レインは少女たちの前に立った。

 いよいよ『スキル共有』をするのだ。


 だが土壇場になって、レインはものすごく緊張していた。

 今までに何度か『スキル共有』をしたことはあるが、普通のキスをしたことはないのだ。

 いざキスをしようと思って少女たちと見つめ合うと、変に意識してしまう。

 ただ唇を触れ合わせるだけなのだが、それが難しい。

 どういうふうに顔を近付ければいいのかもわからない。

 しかもエルトリアに見られていると思うと、余計に緊張する。


 躊躇するレインに、エルトリアが声をかけた。


 「レイ君、このキスは彼女たちの命を救うための救命行為です。言わば人工呼吸と同じようなもの。男女のキスではないのです。意識する必要はありません」


 この言葉はレインへとかけた言葉だったが、エルトリアが自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。


 一応エルトリアも、現状では『スキル共有』することが最善なのだと思っている。

 だがいざ目の前でレインと自分以外の女の子がキスしようとしているのを見ると、胸の奥がモヤモヤとしてしまう。

 頭では『スキル共有』するべきだと理解できていても、乙女心が納得しない。

 レインからキスをしてもらえる少女たちのことが羨ましくて仕方がない。

 かといってレインの邪魔をすることもできない。

 そんなわけで、無理やりに自分を納得させるために出た言葉なのである。


 その言葉を聞いたレインは、ようやく覚悟を決めた。


 「人工呼吸……。確かに、その通りですね」


 命がかかっている状況で、変なことを意識している場合ではない。

 そう思い、再び少女たちの方へと向き直った。

 まずはフネアからだ。


 見つめ合うレインとフネア。

 ただの人工呼吸なのに、ちょっと良い雰囲気に見える。

 ゆっくりと近付いていく2人の身体。


 そんな光景、エルトリアは面白くない。

 邪魔しちゃダメだとは思うが、黙って見てもいられない。

 自分もレインとキスがしたい。

 昔したような偶然触れ合ったようなキスじゃなくて、ちゃんとした大人のキスがしたい。

 だって、これで最後かもしれないのだ。

 今日、明日中には獣人に負けて、殺されるかもしれない。

 レインだけは生き残れるように努力するが、そうすうと自分は死ぬ可能性が高い。

 どうせ死ぬなら、その前に、自分もレインとキスがしたい。

 今ここにいる誰よりも先に、誰よりも激しく、キスがしたい。

 だから、つい言ってしまった。


 「待ってください、レイ君」

 「エルトリア様?」


 ピタっと動きを止めるレイン。

 フネアも空気を読んで、一歩下がった。


 エルトリアが焦ったように言葉を紡ぐ。


 「え、えっとですね、彼女たちは『スキル共有』の経験がありません。きっと初めてのキスに不安を覚えているはずです。なので、レイ君とわたくしが、キ、キスをして、お手本をお見せすることにしましょう。……ダメ、ですか?」


 不安気な表情のエルトリア。


 レインは思った。

 ダメなわけがない。

 エルトリアとキスしたい。


 そして、そう思ってしまうことに罪悪感を抱いた。

 エルトリアが自分の身を犠牲にしてまで少女たちに手本を示そうとしているのに、自分はそのことを浅ましく喜んでしまっている。

 思わず自己嫌悪。


 だがこの期に及んで断るなんて選択肢は無い。

 レインは内心を押し隠し、努めて冷静に言った。


 「ダメじゃないです、エルトリア様。手本のお相手役をお願いできますか?」

 「っ! はい! もちろんです、レイ君! ありがとうございます! わたくし嬉しいです!」



 ぼんやりとした月明りに照らされた海の森。

 薄っすらと光る夜行生物たちが森を彩り。

 ぷかぷかと月のようなクラゲが空を飾る。


 レインの目の前位には、幻想的な魅力を放つエルトリア。

 まるで空想の世界のような不思議な光景。


 レインは、自分の鼓動が速くなるのを感じた。

 顔が熱い。


 「エルトリア様、失礼します」


 『お手本』のために身体を寄せ、2人で見つめ合う。

 そっと手を取り合い、指を絡め、お互いに引き寄せ合う。

 自然と、もう片手を背中に回し、優しく抱き合う。

 ゆっくりと顔を近付けていく。


 エルトリアがぽつりと呟いた。


 「あの、レイ君……」

 「はい」


 短く答えるレイン。


 エルトリアは思った。

 どうせ死ぬのなら、今、想いを伝えたいと。

 だから言った。

 ずっと胸の内で大切にしてきた想いを。


 「わたくし、レイ君のことが、大好きですっ!」


 これで最後かもしれない。

 死ぬかもしれない。

 そう思っているのはエルトリアだけではない、

 レインも同じだ。

 だからこそレインは思った。

 絶対に後悔したくない。

 この手を離したくない。

 失いたくない。

 大好きと言ってもらえたことが嬉しい。

 不敬?

 身分の違い?

 そんなこと知らない。

 エルトリアの気持ちに応えたい。

 自分の気持ちを伝えたい。


 「僕もエルトリア様のことが――」


 オーファの笑顔が浮かんだ。

 もう遅い。


 「――大好きです」


 エルトリアの瞳から涙が零れた。


 「レイ君……」

 「エルトリア様……」


 どちらからともなく唇を重ね合わせた。

 お互いの息がぴったり合ったキス。

 満たされる心。


 もう死ぬのも怖くない。

 そう思ったレインが、そっと離れようとした。


 だが、エルトリアが絶対にレインを離すまいと、背中に回した手に力を入れた。

 さっきより強く抱き着きつく。

 そして、ずっとレインとしたかった大人のキスをする。

 もう止まれない。


 「んんっ!?」


 と驚くレイン。


 だが、レインはすぐにそれを受け入れた。

 激しく求め合う2人。


 ふわふわと温かくて、気持ちよくて、脳が痺れて、とろけてしまいそうになる。

 もうどこまでが自分で、どこからがエルトリアなのかもわからない。


 フネアたちが真っ赤な顔で見ている。

 でもそんなことはどうでもいい。

 『お手本』なんか詭弁だ。

 時間も、場所も、身分も関係ない。


 2人はなにも考えず、ただひたすらに、互いのことを求め合った。

◆あとがき


激しく求め合う2人!


って書くと、エッチしてるみたいにしか思えない作者の心は汚れてます^q^;


予約投稿直前までは、エルトリア様がベロチューでレイン君の口を蹂躙するシーンが合ったのですが、あまりにもあんまりな内容だったので無かったことになりました←

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