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70:決断

 獣人と相対するレイン。

 剣を構え、向かい合う。

 お互い、すでに驚きからは立ち直っている。

 油断はできない。


 そこにエルトリアが叫んだ。


 「レイ君! 敵のスキルは4つです! 『体力上昇』、『牙強化』、『毛艶上昇』、『肉球強化』です! 大したスキルは持っていません!」


 魔術を駆使した遠距離からのスキル鑑定。

 普段の練習の成果だ。


 獣人は自身のスキルが言い当てられたことに目を見開き驚いた。

 離れた場所からのスキル鑑定なんて、普通はできない。

 熟練のスキル鑑定士であっても難しいことだ。


 だが獣人の感情は驚きよりも怒りの方が大きかった。


 「ぐるる、俺のスキルを馬鹿にするなッ!」


 獣人はエルトリアに「大したスキルではない」と言われたことに腹が立った。

 大したスキルではないことくらい、自分自身が一番わかっている。

 普段からそれに劣等感を抱いているのだ。

 だがだからこそ他人に、しかも人間の小娘にそれを言われたのが我慢できなかった。


 もちろんエルトリアはそこまで考えていなかったが、獣人はそう思ったのだ。

 そのせいで頭に血が上り、冷静な判断ができなくなった。

 生意気な人間の小娘を殺してやろうと剣の切っ先を向ける。


 だがそれを遮るように、レインが斬りかかった。


 「僕が相手だッ!」


 だからエルトリア様を狙うな。

 そんな意思の乗った、鋭い剣閃。


 「ちっ」


 獣人は身を引いて剣撃を避けた。

 あの威力の攻撃を何度も剣で受けきることができないと判断したからだ。

 咄嗟の判断だったが、余裕を持って回避することができた。

 体勢は崩れておらず隙はない。


 再びエルトリアへと殺気のこもった視線を向ける獣人。


 しかしレインがさらに連撃を浴びせかけた。


 「でやああああッ!」

 「クソがっ!」


 獣人は忌々しそうに吐き捨てつつ、レインの剣を避けていく。

 剣で攻撃を受け流せないのが厄介だ。

 反撃の機会を見いだせず、防戦一方。


 隠れて様子を見ているフネアたちには、レインが圧倒しているように見えた。

 だが焦っているのは獣人ではなくレインの方だった。


 レインは『運動能力上昇』の恩恵を受けている。

 にも関わらず、獣人の方が身体能力が上なのだ。

 すべての剣撃を、身を反らすだけで回避されてしまう。

 このまま持久戦になれば、『体力上昇』を持った敵の方が有利だ。

 剣を振り続けている自分の方が、疲労が大きい。

 このままでは不味い。

 だが攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 相手に反撃の機会を与えるわけにはいかない。


 レインはいつもの正眼から構えを変えた。

 右手だけで剣を持ち、左手に魔術陣を浮かべる。

 マフィオやルイズに教わった、総合戦闘術の構えだ。


 今までは片手だけで十分な剣速と威力のある斬撃を放つことができなかった。

 だからこの構えを実戦で試したことはない。

 だが『運動能力上昇』がある今なら使いこなせるはずだ。


 左右両の手に、それぞれ魔力を流す。

 剣に紫電を走らせ、左手には炎がおどる。


 「でりゃああああッ!」


 レインは今までよりさらに激しい攻撃を繰り出した。

 雷撃らいげきが如く鋭い剣閃、爆炎が舞う掌底。

 剣術と格闘術、さらには魔術までもを複合させた総合戦闘術だ。

 脚さばきも尋常ではない。

 獣人がどう動こうが常に最適の間合いを維持し続け、時折繰り出す蹴脚にも魔術が込められている。


 まさに乱舞。


 獣人は何度か直撃を受けそうになった。

 一応今のところは、なんとか紙一重で躱すことができている。

 だがこれ以上避けきることは不可能だ。

 そう考えた直後、眼前へとレインの掌底が迫った。

 咄嗟に八卦刀の腹でそれを受け止める。


 ――ズガアァンッ!


 凄まじい衝撃。


 「ぐおおっ!?」


 炎による熱も厄介だが、物理的な攻撃力が尋常ではない。


 後方へと跳躍する獣人。

 このままではヤバい。

 少し冷静になった頭で、『海の森』へと入っている仲間たちを呼ぶべきだと考えた。

 遠吠えのために息を吸い込む。


 スゥゥ――。


 「させませんっ!」


 エルトリアが獣人を目がけて炎弾を放った。

 スキル効果の乗ったレインの剣撃に比べたら、その速度は緩やかだ。


 だが実は、オオカミ型の全獣人は魔術適正が総じて低い。

 身体能力は人間よりも高いのだが、その分、保有魔力量などで人間に劣っている。

 種族的な問題で、魔術の対処技術も拙い。

 一応普段は持ち前の身体能力を活かして、敵の魔術を回避することができる。

 しかし身体の動きを止めてしまっている今、その回避方法は使えない。


 迫りくる炎弾。


 エルトリアの炎弾は、狙い違わず獣人の口元に炸裂した。


 ――バアァンッ!


 「ぐはあっ!? げはっ、げほっ!??」


 獣人は炎を吸い込んでしまい、盛大に咽た。


 そこにレインが間髪入れずに駆け寄る。

 距離を詰め、剣を両手で持ち直し全力で斬りかかる。


 「はあああああッ!」

 「げほっ、く、クソがあああッ!」


 獣人がギリギリのところで剣を構え、防御の姿勢を取った。


 ――ズガアァンッ!


 身体を走り抜ける衝撃。

 なんとか防いだが、力を受け流すことができず、踏ん張ることもできない。


 獣人はそのまま宙へと吹き飛ばされた。

 しかしまだ気を失ったわけではない。

 受け身を取るために空中で身体を捻り、体勢を立て直す。

 着地をしたらすぐに撤退して、仲間を連れて戻ってこよう。

 そう考えた。


 そして地面に落ちた。


 ブニュ――。


 不自然に柔らかい感触。


 なんだ?

 獣人がそう思った瞬間、チクッとする痛みに襲われ、身体中に痺れが走った。

 瞬く間に広がる痛みと痺れ。

 全身の力が抜け、動くことができない。


 「な――」


 なんだ!?

 なにが起こっている!??

 混乱する獣人の思考。

 だが全身の痺れは瞬く間に強くなっていく。

 最早、声を出すこともできない。

 獣人が薄れゆく意識の中で最後に見たものは、無数の触手だった。



 獣人を襲った触手の正体は、大きなイソギンチャクだ。

 長い触手で獣人に絡みつき、触手の先から神経毒を打ち込んでいる。


 エルトリアはイソギンチャクに飲み込まれる獣人を見て、身を震わせながら呟いた。


 「レイ君に言われた通り、あのブニュブニュには触らなくてよかったです……」


 イソギンチャクは獣人を食べないが、神経毒自体は獣人にも有効だ。

 触手に捕まった獣人が生きているかは不明である。


 が、心臓が麻痺したまま数分経てば、おそらく死ぬだろう。


 レインは獣人を殺してしまったことに、軽い忌避感を覚えた。

 一応、直接的な死因はイソギンチャクであり、自分ではない。

 それに殺した相手は敵だ。

 王国の平和を脅かす侵略者だ。

 悪く思う必要はない。

 そう自分に言い聞かせ、強引に気持ちを整理する。


 レインは自分が殺した名前も知らない獣人に短い祈りを捧げ、エルトリアのもとへと駆け寄った。


 「エルトリア様、ご無事ですか?」

 「はい、レイ君のおかげで、怪我1つありません」


 にこっと笑うエルトリアに、レインは胸をなで下ろした。

 エルトリアの笑顔に逆立っていた気持ちが安らぐのを感じる。

 そして、勝つことができて良かったと心から思った。


 「エルトリア様の援護あってこそです」

 「いいえ、レイ君が敵を追い詰めてくれたおかげです」

 「いえ、それはエルトリア様がスキル鑑定をしてくれたからこその――」


 お互いに褒め合うレインとエルトリア。


 離れて見ていたフネアたちは、レインの戦いぶりに驚愕していた。

 戦いの素人であるフネアたちには、レインが獣人を圧倒しているように見えたのだ。

 あの男の子は、エルトリアとは違って顔は普通なのに、もしかしたら凄い人なのだろうか。

 そんなことを思い始めていた。



 レインは今後の方針について考えた。

 まず重要なのはクワティエロの現状だ。

 獣人たちは各農村に散っているから、街に残っている人数が少ないらしい。

 それなら潜入して食料を奪って逃げることも可能かもしれない。


 次にフネアたちをどうするかだ。

 このまま放っておくわけにはいかない。

 なによりも優先するのはエルトリアを守ることだが、可能な限り助けるべきだろう。

 そうなると一緒に連れていくしかない。

 食料を持っていないフネアたちを『海の森』に残していっても、餓死してしまうだけだ。


 フネアたちを連れてクワティエロに潜入し、食料を奪い、逃げる。

 ついでに他の捕虜4人を助ける。

 そうすることができれば一番良い。


 だが、果たしてそんなことが可能だろうか。

 いくらクワティエロの獣人の人数が減っているといっても、それなりの兵数は残っているだろう。

 複数人の獣人に囲まれたら終わりだ。

 さっきの戦いがあと少し長引けば、体力の差で負けていた。

 たった1人の獣人――しかも大したスキルを持っていない――を相手にそれだ。

 複数人の獣人を相手にして、勝てるはずがない。


 それに食料を奪って逃げるといっても、楽なことではない。

 水や食料はかなりの重さになる。

 自分1人で全員分の食料を運ぶことは不可能だ。

 むしろ戦闘のことを考えると、自分は手を空けておくべきだ。

 手がふさがっていたら、いざというときに戦えない。

 荷物はフネアたちに持ってもらうのが良いだろう。

 だがフネアたちの身体つきは細く、見るからに華奢だ。

 肉体労働に慣れているようには思えない。

 大量の食料を担いで長時間走ることができるだろうか。

 見た限り、無理そうだ。

 少女たちが何か有用なスキルを持っているならば――。


 そこまで考えたレインは、ふとあることを思い付き、エルトリアへと声をかけた。


 「エルトリア様、1つ、現状を打破する案があります」

 「案ですか?」

 「ええ、彼女たちと『スキル共有』させてもらおうと思います」


 少女たち5人全員と『スキル共有』する。

 それが一番、生存の可能性が上がる方法だ。


 「え……? ええっ!!? レイ君、本気ですか!?」


 驚愕するエルトリアに、レインは淡々と告げる。


 「はい。彼女たちは帰る家がありません。裏切りの心配は少ないでしょう」


 レインの言葉を聞き、エルトリアは素早く思考を巡らせた。

 フネアたちは家族に捨てられた。

 さらに故郷にも帰れない。

 現状、頼れる相手はレインだけだ。

 確かに裏切りの可能性は少ないだろう。


 「確かにそうですね」


 ゆっくりと頷くエルトリア。


 しばしの静寂。


 「……僕を、軽蔑しますか?」


 レインは努めて表情を消した。

 胸中は不安で一杯だ。


 少女たちが断れない状況で、『スキル共有』だけを目的にキスを迫ろうというのだ。


 軽蔑されても仕方がない。

 エルトリアに軽蔑されるのは辛い。

 だがそれでも、それでエルトリアを守ることができるのなら、軽蔑くらい甘んじて受け入れよう。

 そう思った。


 対するエルトリアはこう思っていた。

 軽蔑なんてするはずがない。

 全部、自分のために考えてくれたことだとわかるからだ。

 いやそんなことは関係ない。

 レインの行動にどんな理由があろうが、なかろうが、軽蔑なんてするはずがない。

 だって昔からずっと大好きだったのだ。

 誰よりも大切なレインを、軽蔑なんてするはずがない


 「レイ君、わたくしは何があっても、レイ君のことを軽蔑なんてしません」

 「エルトリア様……」


 レインは内心で、さっきの質問が卑怯だったと反省していた。

 そんな質問をされても、優しいエルトリアが「軽蔑します」なんて言えるわけがない。

 「軽蔑しません」と言うに決まっている。


 だからエルトリアの返答は、ある意味では予想通りだった。

 だが、その言葉は、レインが思っていたような上辺だけのものではなかった。

 心からのものだと伝わってくる言葉。

 レインにはそれが堪らなく嬉しかった。

 気を抜くと思わず緩んでしまいそうになる表情を、必死に引き締める。


 そんなレインにエルトリアが告げる。


 「彼女たちには、わたくしから事情を説明します」

 「ですが、それは」


 言い出した自分がするべきではないだろうかとレインは思った。

 だがエルトリアの考えは違った。


 「男の子であるレイ君が説明するより、わたくしからの説明の方が、彼女たちも納得しやすいでしょう」


 確かに、とレインは納得した。

 男性から「キスをしろ」と迫られるよりも、女性から説明された方が聞き入れやすいだろう。

 心苦しいが、エルトリアの好意に甘えるべきだ。


 「……なるほど。では、よろしくお願いします」

 「はい、レイ君」


 そう返事をして、エルトリアは花が咲いたように微笑んだのだった。

◆あとがき


このままじゃスキル共有が極々まれじゃなくなっちゃう!

で、でも、すでに文字数は40万文字を超えてるし、大丈夫なような気もします(・ω・´;)


あ、5人1セットと考えれば、「5人とスキル共有しても1回のスキル共有しかしてません!」と言い切れるから、スキル共有は極々まれだと言い訳ができ(以下略



Q:レイン君、オーファちゃんがダメだからって、すぐにエルトリア様のことを好きになるってどうなのよ?

A:レイン君は一章22話「吊り橋」までは、実はオーファちゃんよりエルトリア様のことを女の子として好きでした。


でも吊り橋を渡りながらムニャムニャと考えた結果、自分のエルトリア様への感情は吊り橋効果による勘違いなのだと思い込こんだわけですね。


つまりオーファちゃんがダメだと思ったから新たにエルトリア様を好きになったというよりは、今回の旅で自分の気持ちを改めて自覚した感じです。


ちなみに作者はもし美少女にニコッと微笑まれたら、それだけで好きになっちゃいます←

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