69:事情
レインとエルトリアは『聴覚強化』のスキルを頼りに、少女たちの話し声が聞こえた方へと向かった。
敵がいる可能性もあるので照明魔術は使っていない。
すでに日は落ちているが、森の中はぼんやりと明るい。
『海の森』の様々な発光生物や月明りのおかげで、昼間ほどではないが不便を感じないほどの明るさはある。
「エルトリア様、平気ですか?」
「はい、大丈夫です!」
レインたちは足元に気を付けながら走った。
ここまでの移動でも感じていたが、イヴセンティアとのスキル共有で得たらしい『運動能力上昇』の効果が大きい。
複雑な地形の『海の森』を、難なく駆けることができる。
数分後、少女たちの声のすぐ近くまできた。
物陰に隠れて、様子を窺う。
少女たちは5人組らしい。
肩で呼吸している。
かなり疲れているようだ。
何事かを話し合っている。
「どうしよう、こんなに奥まで来ちゃったけど」
「獣人に追われてたんだから、仕方ないですよ」
「うん、こっちに逃げてくるしかなかったものね」
どうやら獣人から逃げて、『海の森』へと入ってきてしまったらしい。
レインとエルトリアは互いに頷き合い、少女たちの前へと歩み出た。
まずはレインが声をかける。
「こんばんは、王立学院高等部所属のレイン・ラインリバーです。害意はありません」
そう言いながら腰の剣を外し、地面へと置く。
ちなみにレインはそれなりに格闘技も収めているので、もし少女たちがエルトリアに危害を加えようとしても、無手で制圧できると判断している。
少女たちはレインに声をかけられて、ビクっと驚いた。
だがレインが敵ではないとわかり、ほっと胸をなで下ろした。
「こ、こんばんは、えっと……」
「レインです。レイン・ラインリバー」
「よろしくお願いします、レインさん。私はフネアです」
レインは少女たちと言葉を交わしつつ様子を観察した。
全員、よく整った顔立ちだ。
可愛いと表現して余りある。
端的に言って怪しい。
こんな場所で不自然だ。
ここは貴族令嬢が通う王立学院ではないのだ。
全員が可愛いなんて絶対におかしい。
美少女がこんなところに5人も集まっているなんてありえない。
なにかの罠かもしれない。
レインは警戒心を引き上げた。
会話をしつつ左手に魔力を集中する。
不意打ちされてもエルトリアだけは守ってみせる。
そんなことを考え、意気込む。
一方のエルトリアは、のほほんと少女たちに声をかけた。
「こんばんは、わたくしはエルトリアです」
自分自身が世界最高峰の美少女であるからか、オーファやイヴセンティア、アイシアやキュリアたちなどの美少女を見慣れているせいか、少女たちの容姿が整っていることに違和感を持っていない。
対する少女たちは、エルトリアに話しかけられて驚いていた。
エルトリアが奇跡と称されるほどの美貌を持っているからだ。
少女たちの中に、レインと同じような警戒心が生まれる。
フネアと名乗った少女は考えた。
『海の森』の中に、こんな現実離れした美少女がいるなんてありえない。
きっとなにかの罠だ。
だってエルトリアと名乗った女性は、月明りに照らされて幻想的なほどの美しさを――。
うん? エルトリア?
「ま、まさか、王女様ですかっ!?」
ぎょっと驚くフネア。
他の少女たちも、フネアの言葉でエルトリアの正体に思い至り、驚いている。
なぜこんなところに王女様が。
そんなことありえるのだろうか。
本物だろうか。
まさか偽物なのだろうか。
だがこんなところに偽物を用意する意味がわからない。
しかもとてつもない美人だ。
本物は見たことがないが、偽物なんてあり得ない気もする。
いや、でもなぜこんなところに王女様が。
そんな考えが脳内を錯綜し、軽く混乱してしまう。
そんな少女たちとは裏腹に、エルトリアは落ち着いている。
「はい、第一王女のエルトリア・アパライ・ストファ・リンセス・ヴァーニングです。ところで皆さんは、こんなところで何をしていたのですか?」
問いかけながら、すっと目を細めるエルトリア。
嘘は許さない。
そんな迫力がある。
「じ、実は、私たちはクワティエロから逃げ出してきたのです」
事情を説明するフネア。
エルトリアがさらに深く情報を聞き出す。
「みなさん、クワティエロの出身ですか?」
「いいえ、私だけはクワティエロの出身ですが、他のみんなは違います。みんなそれぞれ別の街で捕虜にされて、クワティエロに集められたのです」
フネア以外の少女たちもうんうんと頷いている。
嘘は言っていないようだ。
「その捕虜はあなたたちで全員ですか?」
「いいえ、あと4人ほどクワティエロに捕まっています」
つまり全部で9人が捕虜になっていたということだ。
「その4人以外に、クワティエロにいる人間は?」
「いません。全員が労働力として、各農村に送られました。女子供、老人もすべてです」
現在のクワティエロには民間人はいないようだ。
潜入するにしても、住民に紛れることはできないだろう。
「その4人の捕虜は全員が女性ですか?」
「はい、見た目が良い、若い女性が選ばれていますので」
レインはエルトリアとフネアの会話を聞いて、ここにいる5人全員が美少女であることに納得がいった。
確かに、若く美しい捕虜の方が価値があるだろう。
そう思い警戒心を少し下げた。
エルトリアの質問が続く。
「全獣人には人間の美醜がわからないらしいですが、半獣人も前線に来ているのですか?」
そもそも全獣人には、人間の『男』と『女』の見分けすら難しいのだ。
女性の見た目の良いかどうかの判別なんてできないだろう。
だから、それができたのなら半獣人いるはずだ。
そう考えたエルトリアだったが、フネアが首を横に振って答えた。
「いいえ、私たちを選んだのは人間です。獣人たちは街で一番美しい女性を差し出すように、占領下の人間に命令しました。その結果、私たちは家族や街の人間から『生贄』に選ばれたのです」
『生贄』という言葉を出したとき、フネアは少し悲し気な表情になった。
「家に帰りたいですか?」
「いいえ、あの家はもう、私の帰る場所ではありませんので」
毅然と答えるフネアに続き、他の少女たちも同様の言葉を上げる。
「私も、帰りたくないです」
「戻っても、きっとまた『生贄』にされます」
「私を捨てた家族には、もう会いたくないです」
口々に家には帰りたくないと言う少女たち。
レインは自分も親に捨てられた経験があるので、少女たちの気持ちがとてもよくわかった。
今更、「元の家に帰って、そこで生活しろ」と言われても、「絶対に嫌だ」と答えるだろう。
あんな家には戻りたくないし、親だった人にも会いたくない。
レインは親に捨てられた過去の自分と少女たちを重ね、同情的な気持ちになった。
その間エルトリアは目を閉じて黙考していたが、やがて次の質問へと移った。
「全獣人は人間の女性に興味がないと聞きますが、どのような理由で集められたのかわかりますか?」
「確か、取引の道具にすると聞きました。具体的な取引先は決まっていないようですが、とりあえず集めたというところでしょう。取引価値を上げるために、入浴なども許可されていました」
それで捕虜だったわりには汚れていないのか。
と、レインは1人で納得した。
すでに少女たちに危険は無いと判断し、警戒は完全に解いている。
少女たちも警戒を解いているようだったので、レインは地面に置いた剣を拾い、装備を整え直した。
その後も、エルトリアによる聞き取り調査はしばらく続いたのだった。
◇
「なるほど、おおよその事情はわかりました。それにしても、よく獣人たちから逃げられましたね?」
全獣人の身体能力は非常に高い。
人間が走って逃げても、すぐに追いつかれてしまうだろう。
もしかしたらこの少女たちは、オーファ並みの身体能力を秘めているのだろうか。
そんなことを考えたエルトリアだったが、フネアの答えは違った。
「今日の昼間、私たちの見張りをしていた獣人がいなくなったので、その隙に逃げてきたのです。獣人たちは人手不足なようです」
獣人たちは占領下の各農村に分散している。
農村から人間が逃げ出さないように見張りをするためだ。
土地だけあっても労働力がなければ意味がないので、獣人たちは人間を逃がさないように必死なのである。
各農村に獣人たちが分散したので、クワティエロに駐留している獣人が減り、逃げ出すことができた。
そうんなフネアの説明だったが、エルトリアは少し疑問い思った。
「先ほどは誰かから逃げているようでしたが?」
「実は、街から出てしばらくしたところで、私たちが逃げたことが獣人たちに気付かれてしまい……」
それで慌てて、食料も持たずに『海の森』に逃げ込んでしまった。
フネアは地元民なので、食料を持たずに『海の森』に入る無謀さは重々承知している。
だが獣人から身を隠しながら逃げるには、ここへ入るしかなかった。
そんな話をしていたとき。
チャキ――。
と、金属音が鳴った。
レインはエルトリアを庇うように前に出て、音の方を見た。
そこには1人のオオカミ型の全獣人がいた。
牙を剥きだし、威嚇的な表情を作っている。
「見つけたぞ、小娘ども!」
低い声で唸るように言う獣人。
手には大きな八卦刀。
かなりイラだっているいるようだ。
「ひっ」と少女の誰かが怯えた声を出した。
獣人が声のした方を一瞥し、言った。
「殺されたくなければ、これ以上面倒をかけさせるなよ。……ん?」
訝しむ獣人。
おかしい。
逃げた人間の小娘は5人だ
だがここには7人いる。
よく見ると、1人は髪が短い。
髪が短い人間は、……男だ!
獣人がそう気付くのと同時に、レインが抜刀して斬りかかった。
「はッ!」
不意を突いた一撃。
普通の人間なら防ぐことは不可能だ。
だが相手は獣人。
流石の身体能力で、即座に防御の姿勢を取った。
――ガギイィンッ!
打ち合わされる剣。
響く金属音。
弾ける火花。
獣人は手から伝わる予想外の衝撃に、苦悶の声を上げた。
「ぐあぁっ!?」
剣戟の威力を受け流せず、ずざざと地面の上を滑るように後方へと吹き飛ばされる。
構えが崩れた。
隙だらけだ。
だがレインは追撃を仕掛けなかった。
否、仕掛けられなかった。
レイン自身も、自分が放った斬撃の威力に驚いているのだ。
確かにイヴセンティアとの『スキル共有』が発動していることは聞いていた。
エルトリアの言葉を疑う気持ちなど毛頭ない。
それに今まで何度も、『聴覚強化』や『運動能力上昇』の効果を感じていた。
だが、イヴセンティアとキスをしたという決定的な記憶がなかったので、どうにも実感を持てずにいた。
現状、レインが持っている戦闘系スキルは以下の4つ。
『攻撃力上昇』
『運動能力上昇』
『破壊力上昇』
『衝撃上昇』
見事に物理攻撃力に特化したスキル構成だ。
先ほどの斬撃の威力にも頷ける。
レインは事此処に至って、ようやくイヴセンティアと『スキル共有』したということに実感を持ったのだった。
◆あとがき
据え膳系超ハーレムなので、美少女の選定は向こうで勝手に終わらせてくれているスタイル!




