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65:後悔先に立たず

 宿を出たレインは、オーファとセシリアに謝りに行きたいと思った。

 酷い態度を取ってしまったことを悔いているのだ。


 オーファに男がいたことは辛いことだ。

 だが、もともとオーファが自分とは釣り合わないことくらいわかっていた。

 相手は、『三優美女』と謳われる美少女。

 昔から『神童』として知られている有名人で、実力もある人気者。

 一方の自分は『無能』と蔑まれていたイジメられっ子。

 釣り合うはずがない。

 本来なら友達でいられるだけでも十分なのだ。

 なにを高望みしていたのか。

 身の程を知れという話である。

 だから謝って、せめてこれからも友達でいてくれるようにお願いしたい。

 そう思った。


 セシリアにも謝りたい。

 セシリアが『スキル共有』だけしか見てくれないことは確かに辛い。

 でも、だからなんだという話だ。

 そんなこと気にするような話じゃない。

 1人の男としてキスをする相手に見てもらいたかったとでもいうのか。

 ありえないだろう。

 そもそもセシリアが『スキル共有』だけしか見ないのも当然だ。

 自分のどこに、他に見るべきところがあるというのか。

 『スキル共有』のためとはいえ、キスしてもいいと思ってもらえたなら、それは喜ぶべきことだろう。

 あのときの自分の拗ねた態度を思い出すと、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


 そんなわけで、一刻も早く2人に謝りに行きたいレインなのだが、生憎、試験に出発する時間は間近だ。

 家に帰っている余裕はない。

 謝るのは帰ってからになるだろう。

 心苦しいが仕方がない。

 謝りに行ったせいで試験に失敗して留年になってしまったら、そっちの方が申し訳ない。


 レインは後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、足早に馬車の停留所に向かった。


 レインはその道すがら不思議に思ったことがあり、首を傾げた。

 妙に身体が軽く、耳もよく聞こえるのだ。

 なぜだろうか。

 思い付くのは、胸のムカムカが取れたからという理由だ。

 だとすればイヴセンティアのおかげだろう。

 きっと一緒に『ごっこ遊び』をしてもらったおかげで、気分が晴れたからに違いない。

 何才になっても、子供に戻って遊ぶのは楽しいものである。

 有難いことだ。


 レインはそう思って、イヴセンティアに感謝したのだった。



 レインが東門の停留所に着くと、そこにはエルトリアがいた。

 停留所にいた男たちは皆、絶世の美少女であるエルトリアに見惚れている。

 だが、エルトリアを王女だと気付いている者はいないようだ。


 エルトリアはレインに気が付くと、ぱたぱたと駆け寄ってきた。


 「レイくーん!」

 「エルトリア様、どうしてこんなところに?」


 レインは第一王女であるエルトリアが、まだ薄暗い早朝の内から東門に来ている理由がわからず、首を傾げた。

 停留所にいるということはエルトリアもどこかに出かけるのだろうか。

 だがその目的地がどこなのか、皆目見当がつかない。

 まさか戦場に出向くということはないだろう。


 そんなレインの疑問に、エルトリアは笑顔で答えた。


 「えっとですね、実はわたくしもレイ君と同じ試験内容なのです!」


 若干棒読みのエルトリア。

 よく見ると、いつも可憐な笑顔はぎこちなく、目も少し泳いでいる。

 明らかに挙動不審だ。

 レインに嘘がばれないかと冷や冷やしているのである。


 だがレインに気付いた様子はない。

 むしろ「同じ試験内容」と聞いて、なるほどそうなのかと納得していた。

 試験の説明を受けたとき、「今年も、数名が同じ試験を受ける予定」と言われたことを思い出したのだ。

 それは理事たちがレインに試験内容が正当だと信じ込ませるためについた嘘なのだが、レインにそのことを知るすべはない。


 「そうだったのですね」


 とレインは素直にエルトリアの言葉を信じた。


 「はい。レイ君、一緒に頑張りましょうね!」

 「はい、よろしくお願いします、エルトリア様」



 エルトリアは周囲を見渡した後、小首を傾げてレインに問いかけた。


 「あの、ところでオーファさんはどこに?」


 いかにも一緒にいて当然というような言葉。

 むしろ見当たらないことを不思議に思っている。


 レインは少し困ったような顔になったが、なんとか平静を保ってその質問に答えた。


 「ええっと……、たぶん今は家にいると思います」


 この時間ならいつも通り寝ているだろう。

 そんな予想である。


 エルトリアはその返答に驚いた。

 今回の試験のような危ない場所にレインが赴くときは、確実にオーファがついて来るだろうと思っていたのだ。

 今日もオーファがいれば安全だろうと少し楽観的に考えていた。

 だが、どうやらその期待は外れてしまったらしい。

 とはいえそれでやる気を失うエルトリアではない。

 むしろオーファがいないのならば自分がしっかりしなければ! とさらに意気込む。


 「レイ君、わたくし頑張りますっ!」


 可愛らしく気合を入れるエルトリアに、レインは微笑んだ。


 「ところでエルトリア様、乗合馬車の乗車券はもう買いましたか?」

 「じょーしゃけん、ですか?」


 聞きなれない言葉に首を傾げるエルトリア。


 「はい、馬車に乗るために必要な券です。馬車の乗車料金を払った証明書のようなものですね」


 王都では乗り逃げや未払いを防ぐために、先払いが普通だ。


 「わ、わたくし、まだ『じょーしゃけん』を買っていません! どうしましょうっ!?」


 困りましたぁっ! と頭を抱えるエルトリア。

 まさかこんな出だしで躓くとは予想外である。

 誰にも内緒でレインに同行する計画を立てたので、情報収集が足りていなかったのだ。

 世間知らずな己の愚かさを嘆きつつ、慌てふためく。


 そんなエルトリアに、レインが落ち着いた様子で言った。


 「大丈夫ですよ、乗車券はそこで買えますから。僕が2人分買ってきますね」


 レインが指さす先には、小さな屋台のような売店がある。

 今からでも間に合うことに、エルトリアは胸をなで下ろして安心した。


 「はい、レイ君、よろしくお願いします」

 「それでは、少々お待ちください」


 レインは乗車券売り場に向かって歩きつつ、エルトリアを守るために自分がしっかりしなければと意気込んだ。



 レインは乗車券売り場の男に声をかけた。


 「こんにちは」

 「あいよ、こんちは! 料金はこっちの表の通りだ! 東行きは、ちぃと値段が上がってる。一応、問題ねぇか確認してくれ!」


 男は店に置いてある表を指さした。

 各町までの乗車料の一覧表だ。


 レインはその表を確認した。

 男の言う通り、東行きは値段が上がっているようだ。

 おそらく戦争の影響だろう。

 だが問題のない値段の範囲である。


 確認を終えたレインは財布からお金を取り出し注文を出した。


 「これでウノの街まで、2人分お願いします」

 「あいよ! ところで、あっちのえれぇ別嬪さんは、兄ちゃんのコレかい?」


 男は乗車券の用意をしながら、エルトリアの方へ視線を向けて聞いてきた。

 『コレ』とは恋人のことだ。

 不敬な質問だが、ニカッと良い笑顔の男からは悪意を感じない。

 この男も、エルトリアが王女だと気付いていないのだろう。


 レインは騒ぎにならないように、無難に答えることにした。


 「いえ、違いますよ」

 「なんでぇ、そうなのかぁ。あんな別嬪さん、王都でも滅多にお目にかかれねぇから、ぶったまげちまったぞ」


 エルトリアに並ぶ別嬪さんといえば、『三優美女』のオーファとイヴセンティア、あとはセシリアくらいのものだろう。


 特に否定する理由もないので、レインはとりあえず話を合わせることにした。


 「確かにそうですね」

 「ちなみにここらじゃ、『神童』のお嬢ちゃんが桁外れの別嬪だって評判だな!」

 「そうなんですか」


 『神童』とはオーファのことだ。


 「ああ、たまに冒険者ギルドにいるらしいから、気になるなら見に行ってみるといい。俺も何度か街中で見かけたことがあるんだが、ぜってぇに兄ちゃんもぶったまげるぞ!」

 「は、はあ」


気の抜けたようなレインの返事に、男は笑い声を上げた。 


 「はっはっは、あんまり興味ねぇか? まあなんにせよ、あっちのお嬢ちゃんも、その『神童』のお嬢ちゃんと同じくらいの別嬪だってことだ! 逃がしたら後悔すんぞ!」


 逃がしたら後悔する。

 その言葉に、レインは納得した。

 だが後悔先に立たず。

 自嘲気に笑い、同意の言葉を述べる。


 「はは、その通りですね」

 「おう、がんばんな! よし、これが乗車券だ、それじゃ気を付けてな!」

 「はい、ありがとうございます」


 レインは乗車券を受け取り、再びエルトリアのもとへと戻った。


 「お待たせしました、エルトリア様」

 「いいえ、ありがとうございます、レイ君」

 「ウノの街へはあの馬車で向かいます、さっそく乗車しましょう」

 「はい」


 2人で乗合馬車へと乗り込む。

 大きな客車を引くのは、角の生えた立派なウマだ。

 力が強く、健脚で知られる品種である。


 馬車の中には2人掛けの座席が左右に数席ずつ並んでいた。

 だが乗客の数は少ない。

 戦争の影響で、東へ向かう者が減っているのだろう。


 「エルトリア様、この座席です」

 「ありがとうございます」


 レインたちは乗車券に書かれている番号を確認して、指定された座席に着いた。

 それから間もなくして、馬車が走り始めた。



 窓の外を眺めていたエルトリアが、ふとレインに問いかけた。


 「レイ君、先ほどはお店の男性と何の話をしていたのですか?」


 エルトリアは、実はレインと男の会話が聞こえていたのだが、男の荒い言葉遣いのせいで、あまり内容を理解できていなかった。

 一応、自分に関係がありそうな内容といことはわかったので、どんな話だったのか気になるのだ。


 そんなエルトリアの問いかけに、レインはどう答えるか悩んだ後、こう答えた。


 「さっきの男性が、エルトリア様がお美しいと褒めていたのですよ」

 「それだけですか?」


 首を傾げるエルトリア。

 王女であり、『三優美女』の1人と謳われるエルトリアは、容姿を褒めるような言葉は聞き慣れている。

 レインに褒めてもらえるのならば嬉しいが、他の男性からの褒め言葉に喜ぶ道理はない。


 「先ほどの男性は、『あっちの別嬪さんは、兄ちゃんのコレかい?』と言っておりましたが、『コレ』とはなにを指す言葉でしょう?」


 答えづらい質問。

 だが誤魔化すこともできないので、レインは正直に答える。


 「ええっと、その、恋仲を指す言葉です」

 「そうなのですか?」


 大きな碧い瞳をパチパチとさせるエルトリア。

 驚いた表情も可愛らしい。


 「はい。さっきの男性はエルトリア様を王女だと気付いていないようでしたので、ただの世間話か、雑談のつもりだったのでしょう」


 レインの話を聞きながらも、エルトリアは瞳を閉じて、なにやら考え始めた。

 しばしの間、うんうんと頭を捻る。

 そしてあるとき、くわっと目を開き、叫んだ。


 「よいことを思い付きましたっ!」

 「な、なんでしょうか?」

 「えっとですね、レイ君とわたくしを『恋人同士』という設定にしましょう!」

 「へっ!?」


 予想外のエルトリアの言葉に、レインは驚いて素っ頓狂な声を上げた。


 「レイ君、今回の試験は極秘任務という設定でしたよね?」

 「はい」


 だからセシリアにも行き先を告げなかった。


 「今からわたくしたちが向かうのは王国の東部、いわば田舎ですよね?」

 「はい」


 東部にも大きな街はあるが、基本的には王都から遠ざかるほど田舎だ。


 「田舎では、レイ君とわたくしの関係は目立ちすぎると思いませんか?」

 「……そうかも、しれません」


 レインは確かにその通りかもしれないと思った。

 レインの想像では、田舎にいるのは皆、ナカルドたちのような若者だ。

 朗らかで快活な、気持ちいの良い若者たちである。

 そんな若者たちばかりがいる場所で、エルトリア相手にうやうやしくかしずいていたら、間違いなく悪目立ちする。

 そう思ったのだ。


 「極秘任務だというのに目立ちすぎるのは良くありません。なので、なるべく目立たないように、『恋人同士』のフリをするのです!」


 町に溶け込むために恋人のフリをするというのは意外と有効な手段かもしれない。


 「な、なるほど……」


 納得しかけるレイン。


 だが、流石にエルトリアと恋人同士というのは不味い。

 フリとはいえ、相手は王女だ。

 恋人の相手役が自分では、明らかに役者が不足している。


 躊躇するレインに、エルトリアは瞳を潤ませた。


 「お嫌ですか? レイ君がお嫌なら、わたくし、恋人同士の設定は諦めます……」


 しょんぼりと、すごく悲しそうに落ち込むエルトリア。


 ちなみに、妹のアイシアはこういうことを計算でするが、エルトリアは天然である。

 故により一層、庇護欲をくすぐる。

 当然レインは「嫌だ」なんて言えない。


 「い、嫌だなんて滅相もないです」

 「ほ、本当ですか!? レイ君、でしたら」

 「はい。不肖レイン・ラインリバー、有難くもエルトリア様の恋人役を務めさせていただきます」


 レインの言葉に、エルトリアは花が咲いたような笑顔を見せた。


 「やったぁ、ありがとうございます、レイ君! わたくし、嬉しいです!」


 身体全体を使って、子供のように喜びを表現している。

 余程嬉しいらしい。


 そんなエルトリアの様子に、レインの顔も綻ぶ。


 「エルトリア様にお喜びいただけたなら、僕も嬉しいです」


 レインは、もしかしたらエルトリアも、『ごっこ遊び』のようなことが好きなのかもしれないと思ったのだった。



 「それでは、わたくしとレイ君は、今から恋人同士ですよ?」


 笑顔で告げるエルトリア。

 もちろんレインにいなはない。


 「はい、エルトリア様」


 いつものように、かしこまって返事をする。

 だがそんなレインに、エルトリアは人差し指を立てながら注意した。


 「レイ君。そういうときは『エル』って呼んでください」

 「えっ!?」


 驚くレイン。


 「『様』なんて不自然ですよ。なんといっても、わたくしたちは恋人同士なのですから!」


 確かにその通りかもしれない。

 今更レインには「恋人設定はやっぱりやめましょう」とは言えない。


 「わ、わかりました、エ、エル」


 恐る恐る『エル』と呼ぶレイン。

 表情が緊張で強張っている。


 そんなレインに、エルトリアからのさらなる注文が入った。


 「あ、オーファさんと接するときのようにお願いしますね?」


 にこっと微笑むエルトリア。

 逆らえる気がしない。


 オーファのようにとは、平民の女の子として扱えということだろう。


 レインは、せっかくエルトリアが考えてくれた『目立たないための作戦』を無下にしたくないと思った。

 だからエルトリアを王女ではなく『普通の女の子』なのだと、必死になって自分に言い聞かせた。


 「わ、わかったよ、エル」


 思ったよりもすんなりと、その言葉を発することができた。

 もしかしたら昨晩、『ごっこ遊び』をしていた成果かもしれない。

 イヴセンティアに感謝である。


 単におかしな出来事の連続で、感覚が麻痺しているだけ。

 そんなツッコミを入れられる者はこの場にはいなかった。

◆あとがき


そして放置プレイに突入するオーファちゃん。

可哀想ですけど、これもオーファちゃんを積極的なヒロインに進化させるために必要な試練(・ω・´)



ところで今回、「役者不足」という言葉を使ってます。

「役不足」と意味を間違えられやすい言葉のような気がします。


おもむろに」も意味を間違えられやすい言葉だと思います。


聞くところによると、50%近くの人が間違えて覚えているらしいです。

本来の意味は「ゆっくりと」ですが、「不意に」という意味だと思っている人が多いらしいです。


言葉なんて日々変化していくものなので、将来はもしたら「不意に」という意味が正しい意味で、「ゆっくりと」と訳すのは古文だけとかになるかも?


ちなみに作者が「徐に」という言葉を本文中に使うときは、どちらの意味に取られてもいいときだけ使ってます。←こんなことをするから、余計にどっちの意味が正しいかわからなくなっていく可能性が微レ存

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