64:お仕置き
宿、最高級の客室。
「ご主人様ぁ、お茶を淹れ終わりましたぁ、どうぞお飲みくださぁい♡」
イヴセンティアは卑猥なメイド姿だが、すごく楽しいそうだ。
こんなに卑猥で頭が悪そうなメイドなんて、世の中にはいないだろう。
だが、遊びなので細かいことを気にする必要はない。
レインはドロドロと溢れ出しそうな暗い気持ちを、なんとか打ち払おうとして、自分も『ご主人様』の役になりきろうとした。
無理やり笑顔も作る。
「……ありがとう、イヴ」
「勿体ないお言葉です、ご主人様ぁ♡」
レインにお礼を言われ、イヴセンティアは嬉しそうに頬を緩めた。
だが次の瞬間、なぜかイヴセンティアはキリっと表情を引き締めた。
そして素早く横に置いてあったコートを着た。
足首まで裾があるロングコートだ。
それだけで、いつもの凛々しいイヴセンティアに早変わりだ。
なにごとだろうかとレインは首を傾げた。
直後、
コンコン――。
ドアをノックする音。
続いて宿の使用人らしき女性の声が聞こえた。
「ボーディナ様、お食事をお持ちしました」
「うむ、中に運び込んでくれ」
「はい。扉をお開けしてもよろしいですか?」
「ああ」
イヴセンティアが短く答えると、使用人の女性たちがワゴンを押しながら部屋へと入ってきた。
次々にテーブルの上に料理が並べられていく。
「ボーディナ様、お食事の給仕はいかがいたしましょう?」
「必要ない。食事が終わったら呼び鈴を鳴らす。それまでは部屋に近付くな」
「はい、承知いたしました。それでは私どもは下がらせていただきますので、ごゆっくりお楽しみください」
使用人の女性たちは洗練された所作で一礼すると、部屋から出ていった。
イヴセンティアは足音が遠ざかったことを確認すると、再びコートを脱ぎ捨てた。
「ご主人様ぁ、イヴイヴがいっぱい『あーん』してあげますね♡」
満面の笑顔。
イヴセンティアは今、楽しくて仕方がない。
何年も前に『ごっこ遊び』というものを知ってから、ずっと『ご主人様とメイドごっこ』をやってみたかったのだ。
今、1つの夢が叶っている。
多くの者は、「くだらない遊びだ」と一笑に付すだろう。
そんなものが夢だなんて、どうかしていると思うだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
これは現実ではない。
ごっこ遊びだ。
嫌なことも、難しいことも考えない。
レインに従属したいという、素の自分をさらけ出す。
普段は絶対に出せない言葉も、今なら出せる。
楽しくて仕方がない。
媚びた声を出すだけで、仕事の疲れが吹き飛んでいく。
大貴族の嫡女に生まれてこの方、こんなに楽しい遊びをしたことはない。
いや、大貴族の嫡女に生まれたからこそ、この遊びを楽しいと感じる。
大貴族としての義務。
近衛騎士隊長としての責任。
それらに抑圧された心が解放される。
今だけは心の重荷が全て外れ、ふわふわとした高揚感すら覚える。
ずっとこの遊びをしていたい。
遊びが終わっても、ずっとレインのメイドをしていたい。
そんなふうに思ってしまう。
だが、それが無理なことはわかっている。
この時間が終われば、自分は近衛騎士の隊長。
そしてボーディナ家の嫡女だ。
レインは平民の男の子。
身分が違いすぎる。
ふとイヴセンティアは、そもそもレインは今の自分の媚びた姿をどう見ているのだろうかと考えた。
呆れているのか。
軽蔑しているのか。
見損なっているのか。
考えると不安だ。
でも、この遊びを止めたくない。
だからなにも考えない。
「ご主人様ぁ、あーん♡」
イヴセンティアは現実に引き戻されそうな思考を切り捨て、有限な幸福の時間を楽しもうとしたのだった。
◇
食事の後、イヴセンティアはコートを着てから使用人を呼びつけ、食器を下げさせた。
そして使用人がいなくなると、またコートを脱ぎ、メイド姿に戻った。
「ご主人様ぁ、イヴイヴにもっと命令をしてくださぁい♡」
レインはコートを着ているときのイヴセンティアと、脱いでいるときのイヴセンティアが、まるで別人のようだと思った。
性格ごと、着たり脱いだりしているように感じる。
脱いでいるときは本当に楽しそうだ。
少し羨ましい。
レインはイヴセンティアとは違い、上手くこの遊びを楽しめないでいた。
心の中のドロドロが中々消えてくれない。
嫌な考えばかりが浮かんでくる。
イヴセンティアはいつまで自分と友達でいてくれるのだろうか。
今はこうして『ごっこ遊び』に興じたりして遊んでくれる。
会えば挨拶してくれるし、会話もしてくれる。
だがイヴセンティアとはそもそも身分が違う。
いつまでも、今のような関係でいることはできないだろう。
今のイヴセンティアは騎士という身分なので、その仕事の都合上、会う機会が多い。
しかし数年後、兵役の義務を終えれば、騎士職を引退するだろう。
大貴族の嫡女なのだから、その後、家督を継ぐのが当然だ。
そうなれば、他の貴族家から婿を取り結婚するのだろう。
結婚したら、きっと自分とは会ってくれなくなる。
大貴族の夫人が、気安く平民の男と会うべきではない。
つまりいつかは友達ではいられなくなるということだ。
オーファと同じように。
そう考えた瞬間、レインの心が冷えた。
さらに嫌な考えが浮かぶ。
そもそもイヴセンティアは未婚の令嬢だ。
こんなところで、男と外泊なんかしていいと思っているのだろうか。
そんな常識的なことがわからないはずがない。
なら、どういうことだ。
おそらく、自分を男として認識していないのだろう。
ただの都合のいい遊び相手としか思っていないのだ。
この『ごっこ遊び』だって、きっと相手役は誰でもいいんだ。
たまたま街で会ったから連れて来られただけ。
誰でもいい。
セシリアと同じだ。
セシリアも『スキル共有』できるなら誰でもいいんだ。
自分じゃなくてもいい。
誰も自分のことなんて求めてない。
そんなの昔からわかっている。
自分はいらない人間だから、家族に捨てられて、掃除用具入れに住まわされていたんだ。
父親だった人に捨てられてからずっと、自分に価値がないことくらいわかっている。
自分が誰からも必要とされていないことくらいわかっている。
嫌なことを考えれば考えるほど、レインの心は冷えた。
寒い。
胸の奥がムカムカする。
どろどろした感情を抑えきれない。
レインはちょっとだけ、イヴセンティアに意地悪なことを言いたくなった。
絶対にできない命令をしてやろうと思った。
だから言ってやった。
「……イヴ先輩、僕とキスしてください」
イヴセンティアは貴族令嬢だ。
『スキル共有』という利点を知らなければ、キスなんてできるわけがない。
こんな命令をされても困るだけだろう。
困ればいい。
「…………へ?」
驚いた顔で固まるイヴセンティア。
ほら、やっぱりできないんだ。
できないに決まっている。
そんなことを遊びでできる人間なんていない。
レインは予想通りにイヴセンティアを困らせてやったことに、薄く笑った。
もう少しだけ困らせてやろうかとも思ったが、やりすぎるのも可哀想なので、ここらで許してやることにした。
「……できないなら、無理に――」
「し、します! キスします!」
くわっと詰め寄ってくるイヴセンティア。
それに驚いたのはレインだ。
まさか本当に命令に従おうとするとは思わなかった。
「……待ってください。さっきのは冗談です」
「キスしたいです、ご主人様ぁ♡」
甘えた声のイヴセンティア。
かなり可愛い。
柔らかそうな小さな唇。
思わずキスしたい衝動に駆られる。
だが、できるわけがない。
気安く『スキル共有』するわけにはいかないのだ。
レインはイヴセンティアを困らせてやろうと思ったのに、逆に自分が困らされていることに少しイライラした。
普段はこんなことくらいでイラついたりしないのに、何かおかしい。
そうは思うものの、溢れ出すドロドロとした感情を止めることができない。
いつもより少しだけ、言葉が強くなる。
「……ダメです。貴女はボーディナ家の嫡女でしょ? そんなに気安くキスをしていいと思っているんですか?」
レインの説教に、拗ねたような顔になるイヴセンティア。
「い、いまは関係ありません」
反省する気はないようだ。
レインの目が据わり、視線が冷える。
「……将来、旦那になる人になんて言う気ですか? 遊びで初めてのキスを捨てたって言うんですか? そもそも、そんな格好で恋人でもない男の前に立つなんてなにを考えているんですか? 先輩には貞操観念がないですか?」
レインの軽蔑したような言葉。
将来の話。
それを聞いたイヴセンティアは現実に引き戻されそうになり、一瞬、悲し気な表情になった。
だが、すぐに媚びた顔を作りなおし、レインに甘えた。
「……。先輩じゃなくて、イヴって呼んでください、ご主人様ぁ♡」
そう言いながら、抱き着こうとして来るイヴセンティア。
口で言ってもダメだと思ったレインは、強硬策を取ることにした。
すでに胸の奥から溢れ出るイライラを我慢するのも限界だ。
「……イヴ先輩、そこに手をついて、お尻をこっちに向けてください」
「な、なにをするんですか、ご主人様?」
イヴセンティアの声にこもるのは、期待と不安。
そんなイヴセンティアを、レインは冷たい目で見つめ、短く答える。
「……お仕置きです」
口で言ってもわからないなら、身体に教え込んでやる。
痛めつけて、「ごめんなさい」と言わせてやる。
昔、父親だった人に自分がやられたみたいに。
全部、聞き分けが悪いイヴセンティアが悪いんだ。
そんな暗い感情。
ドロドロとした心。
自己嫌悪してしまうが止まれない。
レインはイヴセンティアが嫌がって許しを請うと思っていた。
だが「お仕置き」という言葉を聞いたイヴセンティアは、なぜか嬉しそうな表情をしていた。
◇
「ご主人様ぁ、どんなお仕置きをしてくださるんですか?」
興味津々に尋ねてくるイヴセンティアに、レインは淡々と返す。
「……お尻叩きです。反省するまで許しませんよ」
「お尻叩きなら、こういう姿勢でお願いします」
言うや否や、イヴセンティアは自身とレインの体勢を整え始めた。
まずはレインに片ひざ立ちをしてもらう。
そしてイヴセンティアがレインの片ひざに自身の腹を乗せるように四つん這いになる。
お尻叩きに最適の姿勢だ。
「……く、詳しいですね?」
若干引き気味のレイン。
軽く気勢をそがれている。
だがイヴセンティアは気にしたふうもない。
「本に書いてありました。さっそくお仕置きをお願いします、ご主人様ぁ♡」
イヴセンティアの媚びた声。
直接触れ合うことで伝わる感触。
人肌の温もり。
レインは妙な気持ちになりかけた。
イヴセンティアのスカートは『超』が付くほど短い。
今の姿勢だと丸見えだ。
下着も、やたらと面積が少ない。
そのせいでお尻も丸見えになっている。
白くて丸い、綺麗で可愛いお尻。
柔らそうで触り心地も良さそうだ。
叩かずに撫でたい。
そう思ったレインだったが、頭を振って雑念を消した。
「……お仕置きです、えいっ!」
手首のスナップを効かせ、尻を叩く。
――パシィン!
と部屋に響くお仕置きの音。
叩かれた柔らかな尻タブが、ぷるんとゆれた。
「あひ♡」
イヴセンティアの口からの声が漏れた。
加減はしているが、痛いのかもしれない。
だが、レインは構わず、お仕置きを続けた。
「……いいですか? さっきのは僕から言い出したことですが、女性がみだりに男性とキスしてはいけません!」
言い終わると同時に、手首を振り下ろす。
――パシィン!
と、良い音が鳴り、尻タブが揺れる。
「あひ、ご、ごめんなさい♡」
イヴセンティアは素直に謝りながら、身を震わせている。
お仕置きの効果が出ているようだ。
レインは少し気を良くして、お仕置きを続けた。
「……それに、ただの遊びで男と外泊なんて言語道断です。反省してください!」
語尾を強め、尻を叩く。
――パシィン!
と、響く音。
音は大きいが、痛み自体は少ない叩き方だ。
とはいえ、尻タブの表面は赤くなっている。
まったく痛くないわけではないだろう。
「あんっ、反省してます、ご主人様意外と外泊なんてしません♡」
反省の言葉を述べるイヴセンティア。
だが反省の内容が間違っている。
「……誰ともしちゃいけないんです!」
尻を叩く。
――パシィン!
揺れる尻タブ。
「あんっ♡」
なぜか嬉しそうなイヴセンティアの声。
気のせいか喜んでいるように感じる。
レインは尻を叩く手を止めた。
するとイヴセンティアが振り返って、レインを見上げた。
目が合う。
碧くて綺麗な瞳。
もの欲しそうな目、赤く染まった頬。
反省の色が見られない。
レインはお仕置きの効果がないことにムッとした。
「……そもそも、なんですか、この卑猥なメイド服は? そのもの欲しそうな目は? このっ!」
ちょっと強めに尻を叩く。
――パアァンッ!
と、大きな音が鳴った。
尻タブが、ぷるるんと揺れる。
「あひぃっ、ごめ、ごめんなしゃい♡」
さらに嬉しそうな声になるイヴセンティア。
謝ってはいるが、どう見ても喜んでいる。
レインはもっとお仕置きが必要だと思った。
「……こんな格好になって、下着が丸見えですよ? 淑女なら慎みをもってくださいっ!」
そう言いながら、強く尻を叩く。
――パアァンッ!
と、響く尻音。
ぷるると揺れる尻タブ。
「ああん、ごめんなしゃい♡」
やはり嬉しそうに謝るイヴセンティア。
もっと叩いてほしそうに、尻をフリフリしている。
スカートが捲れ、丸見えになっている卑猥な下着。
「……なんですかこの下着は?」
レインは良いながら、紐みたいな下着を引っ張った。
グイグイと引いてから手を離し、強く尻を叩く。
――パアァンッ!
と、大きな尻音。
「あひん♡」
喜びに満ちたイヴセンティアの声。
「……こんな下着、殆ど隠せていないじゃないですか?」
またグイグイと下着を引っ張り、尻を叩く。
――パアァンッ!
ぷるるんと揺れる尻タブ。
「あひぃっ♡」
イヴセンティアの艶めいた声。
男の情欲を刺激する。
レインは変な気持ちになりかけた。
それを誤魔化し、
「……昔からこんな下着ばっかり着けて。先輩は変態なんですか?」
八つ当たりするように尻を叩く。
――パアァンッ!
淫らに揺れる尻。
「あんっ、ちが、ちがいましゅ、い、いちゅもは普通の下着を♡」
呂律が回っていないイヴセンティア。
いつもの凛々しい姿からは想像もできない姿だ。
だが、そんなことはお仕置きには関係ない。
「……口答えするんなんて、先輩は悪い子です!」
さらに強く、尻を叩いた。
――バチィインッ!
と、一際大きな尻音が響く。
「あっぎぃもちいぃ、もっとしてくだしゃいいいい♡」
口からは涎を垂らし、だらしなくお仕置きを求めるイヴセンティア。
尻を振り、もっと叩いてくれと懇願してくる。
「……これはお仕置きなんですよ? わかってるんですか?」
問いかけながら、少し優しく手を振り下ろす。
――パシン!
と、控えめな尻音。
ぷるんと、尻タブが小さく揺れた。
「あひぃっ、わ、わかってましゅ、ご主人しゃまのお仕置き大好きでしゅ♡」
だから、もっと叩いてください!
そう言って、尻をフリフリするイヴセンティア。
「……わかってませんっ!!!」
レインは今までで、一番強く手首を振り下ろした。
――バチィイイインッ!
と、豪快な尻音が部屋に響いた。
ぶるると波打つ尻タブ。
「あぐぅ、いいっ、も、もっと、もっとおおおおお♡」
そんなイヴセンティアの嬌声が響く中、レインのお仕置きが続いた。
◇
何度もイヴセンティアのお尻を叩いていたレインは、あるとき、ふと胸のムカムカが消えていくのを感じた。
別に、尻叩きでストレスを解消したからではない。
とある薬の効果が切れたのが原因だ。
レインがイライラ、ムカムカしていたのは、卒業試験の説明のときに盛られた『酒酔剤』が原因である。
『酒酔剤』の作用は、レイン本人でも気付かないような、中途半端な高揚感。
副作用は、時間とともに大きくなる胸のムカつき。
ここ数時間のレインは、これらの効果で精神的に不安定だったのである。
しかもそんなときに、オーファとミディアが一緒にいる姿を見てしまった。
そのせいでレインは、イラつきやムカつきの原因を、その光景を見たせいだと勘違いしてしまったのだ。
その後もセシリアやイヴセンティアとの会話で、同様の勘違いを繰り返したのである。
『吊り橋の恋』とは正反対の心理効果といえるだろう。
惚れ薬の真逆の効果ということだ。
ともあれ薬の効き目が切れ、レインは我に返った。
もちろん薬の効果が切れる前の記憶はすべて残っている。
目の前には尻を腫らして惚けているイヴセンティアの姿。
レインは焦った。
顔面蒼白になり、冷汗が吹き出る。
次々に湧き出る後悔の念。
自分は、普段から仲良くしてくれる大切な先輩であり友人でもある女性に、なんて酷いことをしてしまったのだろうか。
イヴセンティアは普段から自分のことを慮ってくれる、優しい先輩だ。
一緒に泊まると言い出したことだって、きっと外泊の経験が少ない自分のことを心配してくれたからに違いない。
その上さらに、気分が悪かった自分の気を紛らわすために、『ごっこ遊び』までしてくれたのだ。
なんて後輩思いの素晴らしい先輩なのだろうか。
それなのに、その先輩の尻を叩いて説教してしまうなんて……。
とにかく、イヴセンティアの尻の腫れをなんとかしなくては――。
そう考えたレインは、イヴセンティアへと声をかけた。
「イヴ先輩、四つん這いのまま、お尻をこちらに向けてもらえますか?」
「はい、ご主人様ぁ」
イヴセンティアは嬉しそうにレインの方へと尻を向けた。
まだ『ご主人様とメイドごっこ』は続いているらしい。
レインは、意外と子供っぽく遊びに興じるイヴセンティアの様子に頬を緩めた。
だが、和んでいる場合ではない。
痛ましい姿のイヴセンティアを、早く治療してあげるべきだ。
「先輩、少しお尻に触ってしまいますが、いいですか?」
イヴセンティアはレインの声がさっきよりも優しくなったことに気が付いた。
冷たい声と視線で罵られながら尻を叩かれるのは最高に気持ちよかったが、優しくされるのも魅力的だ。
なので大人しく従う。
「はい、もちろんです、ご主人様ぁ♡」
「それでは、失礼します」
――ぬるむにゅん。
レインはいつの間にか用意していたぬるぬる薬をイヴセンティアのお尻に塗り付けた。
優しく揉むように、ぬるぬるを馴染ませていく。
――むにゅむにゅ。
「ひゃん♡」
「すぐに治りますからね」
レインはぬるぬるとお尻を揉みながら、治療魔術を使い始めた。
回復効果を高めるために、がんがん魔力を流し込む。
「んあああっ、ご主人様ああああああ♡」
レインの治療はしばらく続いたのだった。
◇
治療後。
すでに部屋は暗い。
就寝のために魔力灯を消しているのだ。
レインはベッドで、イヴセンティアはソファーで寝ている。
イヴセンティアが、「私はソファーでいい」と言い張ったのだ。
相変わらず男前である。
レインがシーツに包まり目を閉じていると、イヴセンティアが声をかけてきた。
「なあ、レイン」
「なんですか、先輩?」
「さっきの話だけどな」
「さっき?」
レインは眠気で少し鈍くなった思考を働かせる。
「私がお仕置きをしてもらっていたときの話だ」
「ああ、えーと……」
微妙に気まずい話題だ。
「私は誰とも、結婚しない」
「……え?」
「去年、弟が生まれた。家督は弟に譲る。だから、私は誰とも結婚しない」
静かな声。
「先輩、さっき僕が言ったことなら――」
「いいんだ、もう決めたことだから。それに、前からそうしようと思っていたんだ」
「……はい」
またしばらくの沈黙。
ゆっくりと眠りへと入っていくレイン。
「なあ、レイン、また遊んでくれるか?」
消え入りそうな、とても小さな声。
「はい、僕で良ければ、いつでも……」
レインも小声で答えながら微睡みの中に落ちていった。
翌朝。
早起きのレインが目覚めるよりも早く、イヴセンティアはいなくなっていた。
テーブルには書置きが1つ。
『約束だぞ!』
男前な書置きに、レインは思わず笑ったのだった。
◆あとがき
はい、そんなわけでレイン君は小話3-4で学院理事に一服盛られて体調不良でした。
61話:雨がふる夕方は、雨がオーファちゃんをふる話。
62話:雨の宵は、酒酔い剤の効果が顕著になる話。
63話:雨後の夜は、雨がやんだ夜のこと、つまりレイン君がちょっと病む話です。




