63:雨後の夜
夜。
レインはギルドから出てから東門に向かっていた。
今夜は門の近くで宿を取る予定だ。
雨はいつの間にか止んでいた。
道を歩きながら考えるのは、オーファのことやセシリアのこと。
胸の奥がどろどろとして、吐き気がする。
気持ち悪い。
レインが東門の近くまで来たとき、1人の女性に声をかけられた。
「レイン、こんなところで珍しいな?」
声の主はイヴセンティアだった。
近衛の制服ではなく私服を着ている。
今は非番だろうか。
レインはいろいろと聞かれることが嫌だった。
だからイヴセンティアの質問に、質問で返した。
「……イヴ先輩、ここでなにを?」
「私は買い出しだ。明日からアイシア様に同行して西へ向かうから、その準備のためにな。レインはなにをしていたんだ?」
イヴセンティアはレインの質問に答えてくれたが、また質問を返してきた。
誤魔化すことは難しそうだ。
レインは仕方なく、オーファたちの話題は避けて、ここにいる理由を答えた。
「……この辺りで泊まれるところを探していたんです。明日の早朝に東門から馬車に乗るので」
「ん? ということはもしかして、レインは今日の夜、1人なのか?」
「……そうです」
もしかしなくても1人だ。
というか、夜はいつも1人だ。
レインは視線を逸らして、少し俯き加減に答えた。
その愁いを帯びた表情は、妙に母性をくすぐる。
一瞬イヴセンティアは、連れて帰りたい! と思った。
だが自重して次の質問をする。
とても重要な質問だ。
ある意味では命にかかわる。
「オ、オーファ殿もいないのか?」
レインにしてみれば、今は一番されたくない質問である。
だがイヴセンティアの視線は鋭い。
嘘は通じない雰囲気だ。
正直に答える。
「…………はい」
レインが答えた瞬間、イヴセンティアは満面の笑顔になった。
「そうか、それは心配だな! 迷える市民を救うのも騎士の務めだ。よし、私が宿を手配してやる、ついてこい!」
そう言いながら、レインの手を引くイヴセンティア。
イヴセンティアの力は強く、逆らうことは不可能だ。
街中をぐんぐんと歩き、あっという間に大きな宿の前まで来た。
とても豪華で高そうな宿だ。
レインにはこんなところに泊まるお金などない。
「……イヴ先輩、せっかくですが、僕にはお金が――」
「心配するな、金は私が払ってやる。良い宿だぞ。食事も美味いし、ベッドもフカフカだ。私は1人で泊まったことしかないから、2人部屋は初めてだが、きっと良い部屋だぞ。大丈夫だ、絶対に変なことしないから。安心して、一緒に泊まろうな?」
「え!? 先輩も泊まるんですかっ!?」
ぎょっと驚くレイン。
それは不味いだろう。
「そ、そうだが、別にやましい気持ちはない! ちょっと遊ぶだけだ! いいだろう、たまには! 私だって仕事で疲れているんだ! 息抜きしたいんだ! 絶対に無理やり押し倒したりなんかしないから、一緒に泊まろう! よし、決まりだ!」
ものすごく必死なイヴセンティア。
レインに抗う術はない。
◇
あれよあれよと、レインは最上階にある最高級の客室へと案内されてしまった。
イヴセンティアはレインを部屋に入れると、外へ出ていった。
家に帰って外泊の報告と明日の仕事の準備をしてくるらしい。
こんなときにも真面目である。
だが、そんな真面目なイヴセンティアが、なぜ「一緒に泊まる!」なんて言い出したのか。
レインには皆目見当がつかない。
「……落ち着かない」
1人残されたレインはソファーに座り、愚痴をこぼした。
凝った刺繍のクッションを避け、背筋を伸ばして座る。
部屋の中は想像以上に豪華だった。
寝具から絨毯、置物にいたるまで、すべてが高価そうだ。
しかも無駄に広い。
この部屋だけで最上階の大半を占めているので、レインの寝室の10倍以上の広さがある。
当然、ソファーやベッドも広い。
まるで、王族にでもなったような気分になる。
これで寛げと言われても、小市民のレインには不可能な話である。
一度、お茶を飲んで気を紛らわせようかと考えた。
だが、部屋に置かれているティーセットがいかにも高級そうだったので断念した。
もし割ってしまったらと思うと、気を紛らわせるどころか、逆に気疲れしてしまう。
ちなみに、普通は宿の使用人が部屋の給仕を務めてくれるらしい。
だがそれはイヴセンティアが断っていた。
レインとしても人を使うことに慣れていないし、給仕が部屋にいると気になるので、そうしてもらって良かったと思っている。
そんなわけで、することがないレインは部屋の観葉植物を眺めたり、飾ってある変な絵を眺めたりして時間を潰した。
◇
レインがソファーに座ったまま、うつらうつらとしだしたころ、部屋の扉がコンコンと鳴った。
レインは目を覚まして、返事をした。
「……はい」
「レイン、私だ。入ってもいいか?」
イヴセンティアの声だ。
「……どうぞ、イヴ先輩」
「うむ、失礼するぞ」
そう言って、いそいそと入ってくるイヴセンティア。
少し遠慮しているようだ。
レインとしては、部屋のお金を払っているのはイヴセンティアなので、遠慮されると逆に恐縮してしまう。
なんとなく気まずくなったレインは、イヴセンティアの手荷物に気付いて問いかけてみた。
「……その荷物は、明日の仕事に使うものですか?」
「いや、仕事には明日の朝、家に帰ってから向かう。これは今から使うものだ」
今から使うと言うことは、所謂、お泊りセットというやつだろうか。
それならきっと歯ブラシや着替えなどだろう。
そう考えてレインは納得した。
「……イヴ先輩、夕食はどうしましょう?」
「そうだな、少し待っていてくれ」
言うや否や、イヴセンティアは浴室の脱衣所の方へと入っていった。
なにやら布が擦れる音がする。
寛ぎやすい部屋着にでも着替えているのだろうか。
そう予想したレインだったが、イヴセンティアが予想外の姿で出てきた。
「イ、イヴ先輩!?」
「に、似合うだろうか?」
まさかのメイド服だった。
しかもスカートの丈が異様に短い。
少し動くだけで下着が見えてしまいそうである。
上着も露出が多い。
胸元は大きくはだけ、お腹も見えている。
こんな卑猥なメイドは見たことがない。
「……えっと」
レインは言葉に困った。
可愛いかどうか問われれば、間違いなく可愛い。
というか王国屈指の美女であるイヴセンティアなら、どんな格好でも可愛いだろう。
だが、こんな卑猥な姿を似合うと言っても良いのかわからない。
いつも凛々しくて真面目なイヴセンティアには、近衛の制服こそが似合うと思うのだ。
こんな、ほぼ肌を隠せていない、ぎりぎり下着を隠せているだけのメイド服を似合うと言うのは、いかがなものだろう。
そんなことを考えるレインに、イヴセンティアは意を決したように言い放った。
「よし、今から遊びをはじめるぞ!」
「……遊び、ですか?」
「そうだ。まあ、ただの『ごっこ遊び』だ。変なことはしないから、心配しなくても良い」
と言われても、レインとしては不安だ。
確かに『ごっこ遊び』はカムディア女学院の子たちとよくする遊びなので、レインにも馴染み深い。
だが、卑猥なメイド服姿でする『ごっこ遊び』なんて、嫌な予感しかしない。
「……ど、どんな『ごっこ遊び』を?」
レインの問いに、少し考えるそぶりを見せるイヴセンティア。
「うむ、そうだな、どうしようか……。あそうだ、『ご主人様とメイドごっこ』にしよう!」
「……いやそんな、今閃いたみたいに言いましたけど、絶対に違いますよね?」
ジトっとした目のレイン。
だがイヴセンティアは意に介した様子を見せない。
オーファがいないこの期を逃してなるものかと必死だ。
いつもより格段に強引である。
「レインがご主人様で私がメイドだ。はい、スタート!」
有無を言わさぬ開始宣言。
「ええっ!? いきなり過ぎますよっ!!?」
ルール説明すらなく始まった『ご主人様とメイドごっこ』。
最高級の客室に、レインの驚愕の声が響いた。
◇
レインがソファーに座り、その横に卑猥なメイド姿のイヴセンティアが寄り添っている。
「……あの、イヴ先輩?」
「ご主人様ぁ、イヴイヴのことはイヴって呼んでくださぁい♡」
なんだ?
なんだこれは?
レインは激しく混乱した。
あのいつも凛々しく真面目なイヴセンティアが、ものすごく頭の悪そうな喋り方で媚びてくる。
普段の騎士然とした姿を知っているだけに、違和感が半端ない。
しかも一人称が『イヴイヴ』。
イヴセンティアなりにボケているつもりなのだろうか。
もしかしたらツッコんだ方が良いのだろうか。
いや、でも流石にここまで身体を張ったボケはしないだろう。
だとしたら本気でやっているのか。
だが、しかし――。
しばし考えたレインは、恐る恐る『イヴ』と敬称を付けずに呼んでみることにした。
「……イヴ」
普段なら、こんなに簡単に目上の人を呼び捨てにしたりはしない。
それが親しい間柄であってもだ。
だが自分もふざけてみたくなった。
そうすることで、昼間から胸の中で燻っているドロドロとした感情を、少しでも紛らわせたいと思ったのだ。
レインにイヴと呼ばれたイヴセンティアは、とても良い笑顔で返事をした。
「なんですか、ご主人様ぁ?」
「……これは、どんな遊びですか?」
ふざけるにしても、『ご主人様とメイドごっこ』の趣旨がわからなければノリようがない。
「えっとですね。ご主人様がイヴイヴに一杯命令をして、イヴイヴはその命令に従ってなんでもするっていう遊びです」
「……なんでも?」
「なんでもいいですよ、ご主人様ぁ♡」
イヴセンティアはそう言いながら、自身の大きく開けた胸元を強調した。
むぎゅっと両腕で寄せている。
かなり、大きい。
谷間に吸い込まれそうだ。
なんでもする。
その言葉を聞いたレインは、思わず生唾を飲み込んでしまった。
ごくり。
イヴセンティアは昔より更に美しくなった。
艶のある黒髪、碧い瞳。
いつもは露出のない近衛の制服に包まれた肌が、今は惜しげもなく晒されている。
超ミニのスカートから見える、白くしなやかな美脚。
その触り心地の良さを、レインは知っている。
治療のためにぬるぬるにして触ったときの事は、今でも鮮明に覚えている。
だからこそ、また触りたいと思ってしまう。
成長したイヴセンティアの肌は、過去にも増して触り心地が良さそうだ。
魅力的なのは脚だけではない。
しなやかな曲線を描く、綺麗なヒップ。
細く括れたウェスト。
張りのある大きなバスト。
全てが絶品だ。
もちろん顔も美しい。
流石は『三優美女』の1人。
世界でも最高峰の美女の1人だ。
容姿も性格も家柄も良い。
非の打ちどころがない。
完璧な女性。
そんな女性に、なにを命令してもいい。
改めてイヴセンティアの胸を見る。
大きい。
柔らかそうだ。
揉みたい。
「……おっ」
――ぱいを揉ませてください、なんて言えるわけがない。
ふざけるにしても、言って良いことと悪いことがある。
いきなり出だしで失敗してしまった。
「お?」
首を傾げるイヴセンティア。
「……お、お茶を淹れてもらえますか?」
「はぁい、ご主人様ぁ♡」
レインの命令を聞いたイヴセンティアは、嬉しそうにティーセットを取りに行った。
その後ろ姿を見送りつつ、レインは軽く頭を振った。
そしてこんなことを考えた。
オーファに男ができた途端、他の女性が気になるなんて最低だ。
結局自分は、綺麗な女の人なら誰でもいいのだろうか。
そういえば前にセシリアにも欲情してしまったことがある。
セシリアは恩人であると同時に、育ての親でもある。
姉や母親同然の人ということだ。
そんな人に興奮してしまうなんて普通じゃない。
もしかしたら自分は変態なのだろうか。
そんな男、オーファに好いてもらえなくて当然だ。
自己嫌悪。
「……はぁ」
思わず嘆息する。
レインは自身がイラついているのを感じていた。
なぜか胸の奥からムカムカとしてくるのだ。
さらには、オーファが男といた光景を思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。
苦しい。
心の中のドロドロが、また溢れ出そうになった。
◆あとがき
イヴ先輩の、この疲れたサラリーマンが赤ちゃんプレイにハマるような感じ、すごくいいよd(・v・´)←
ちょっと(?)イヴ先輩がレイン君を宿に連れ込む話の流れが強引ですが……、そ、そんなところもすごくいいよd(・v・´;)←




